中央怪異対策機関   作:ざつざっつ

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13話目完成しました。

見てくださってる方がいるのが嬉しいです。
これからもモチベ維持して頑張っていきます。


ザ・ボーイズの最終シーズンにジャレッドとミーシャが出演してて草。
スタッフ繋がりかスパナチュ同窓会になってた…


FILE No.13「霊園」

 

 

 

白石から電話が掛かってきたのは、宗近がちょうど本部へ戻る途中だった。

 

上級案件を終えた帰りで車内には音楽だけが響き、後部座席には封印用具を詰めた鞄。

 

そんな車内でスマートフォンが震え、表示された名前を見た宗近は一度だけ画面に目を落として短く息を吐いた。

 

嫌な予感というほどではない。ただ、このタイミングでこの名前から掛かってくる連絡は大抵誰かさん絡みの問題を運んでくる気がした。

 

「どうしたよ。なんかあったか?」

『お疲れ様です、宗近さん。白石です。申し訳ありません。お戻りの途中なんですが実は…』

「ミーコか」

『……はい』

「今度は何だ」

『中級案件の出動予定だったのですが、ミーコさんがどうしても行きたくないと』

「理由は」

『式神の子達が危ない目に遭うかもしれないから、と』

 

その答えを聞いた宗近は、呆れたように「またそれか」と返した。

 

だが内心では、理由が自分の恐怖ではなく式神の事だと聞いて少しだけ安堵していた。

 

ミーコは中央所属の下級の祓い屋だ。

まだ23歳だが、師である宗近的には彼女のポテンシャルは中級クラスはあるのに本人のメンタルがそうさせない。

 

彼女に本名はない。正確には、自分の名前を捨てた。

名前が嫌いだからという理由で過去を切り捨て、今は宗近が名付けた「ミーコ」という呼び名だけを使っている。

 

固有術式は式神を操る式神双峰。

 

左右の腕へ刻まれたタトゥーを媒介に二体の式神を使役する術式。

 

術式自体は珍しくもない。

式神術そのものは、この業界にいくらでも存在する。

 

だがミーコの場合は違った。

普通の式神使いは契約した怪異を従え、術式によって使役する。

 

基本的には主従関係だ。

だがミーコの術式は少し違う。

あの二体は従者ではない。

 

ミーコが魂レベルで依存しているに近かった。

 

だから厄介だった。

その強い結び付きが、時に判断を鈍らせてしまうのだ。

 

彼女は山狗の怪異"ハル"と猫又の怪異"アキ"を使役する祓い屋だが、その性格は祓い屋らしからぬほど臆病だった。

 

怪異が怖い。戦うのも怖い。傷付くのも怖い。

 

それでも現場へ出るのは、自分よりもハルとアキを守りたいと思っているからだった。

 

白石が説得を試みたものの無理だったと聞くと、待機室にいるというミーコを迎えに行くとだけ告げ、資料を送るよう指示して通話を切った。

本部へ到着すると、入口近くで待っていた白石が頭を下げた。

 

「お疲れ様です」

「ミーコは」

「待機室です」

「じっとしてんのか」

「はい」

 

宗近はそのまま待機室へ向かった。状況を聞く限り深刻ではない。

だからこそ、誰かが背中を押さなければならないとも分かっていた。扉を開けると、ミーコは椅子に座ったまま鞄を抱え込んでいた。

 

巫女服姿に黒髪の姫カットを肩口で揺らし、どこか小動物のような雰囲気を持つ女性だ。見る人が見れば目に付く存在。

 

その足元では影がゆらりと揺れ、そこから現れた猫又のアキが尻尾を振っりながら宗近に語りかけてきた。

 

『遅いぞ宗近』

「遅いぞ、じゃねーのよ。ミーコ行くぞ」

 

アキの声に続いて宗近が名を呼ぶと、ミーコの肩がびくりと跳ねた。

 

「……宗近さん」

「行くぞ」

「嫌です」

 

即答だった。

 

「だって中級なんですよね?ハルとアキが怪我したらどうするんですか」

「お前の術式が壊れない限り、ソイツ等は死なねぇよ。傷付くのが嫌ならそうならないように戦え」

「そういう話ではないんですよ」

 

するとアキが横から『そういう話だろ』と口を挟み、二人はすぐに言い合いを始めた。

 

宗近はそんなやり取りを一瞥すると、白石へ向かって「5分くれ」とだけ告げた。

 

感情をぶつけ合っているうちは結論は出ない。

必要なのは説得ではなく整理だと判断していた。

 

白石が静かに部屋を出ていき、扉が閉まる。宗近はミーコの向かいに椅子を引いて腰を下ろした。

 

「ハルとアキが傷付くのが嫌か」

「はい」

「自分よりもか」

「はい」

「なら尚更行け」

 

予想外の言葉にミーコは顔を上げた。

 

「どうしてですか」

「今より強くなればソイツ等も傷付かないだろ」

 

簡単に言うなと反発するミーコに、宗近は簡単な話だと返す。

 

しかしその声には突き放すような冷たさだけではなく、相手を理解した上で言っている重みがあった。

恐怖を消せと言うつもりはない。消えないものだと知っているからだ。

 

「怖いです」

「だろうな」

「怖くなくなりません」

「だろうな」

 

ミーコは言葉を失った。宗近はさらに続ける。

 

「俺はお前を立派な中央の戦力として数えている」

 

沈黙が落ちる。

 

「足手纏いなら置いていく」

 

その言葉にミーコの指先が止まった。

 

「お前が必要だ」

 

慰めでも励ましでもない。ただ事実を告げるような静かな口調だった。

その一言は、どんな優しい言葉よりも重く胸に落ちた。宗近自身、安易な慰めが人を救わない場面を何度も見てきた。

 

『聞いたか?』

 

得意げなアキの声に、ミーコは小さく「聞いた」と答える。

 

『じゃあ行こう』

「まだ怖いよ」

『知ってる』

「すごく怖い」

『それも知ってる』

 

宗近は立ち上がった。

 

「ごちゃごちゃ言ってないで行くぞ」

「やっぱり行くんですね」

「当然だ」

「鬼です」

「よく言われる」

「誰にですか」

「お前」

 

まさかの言い方にミーコは思わず吹き出した。

先程のやり取りでマシになったのか椅子から立ち上がる。

不安が消えたわけではない。それでも前へ進む覚悟だけは決まったらしい。

 

廊下へ出ると白石が待っていた。

 

「出発できますか」

「……はい」

「ありがとうございます」

 

白石から資料を受け取る。現場は郊外の廃ペット霊園だという説明を聞いた瞬間、ミーコは「帰りませんか」と真顔で言ったが、宗近は即座に「行くぞ」と返した。

 

「ですよね」

 

諦めたように肩を落としながらも、ミーコは宗近の後について駐車場へ向かった。

車が本部を離れてしばらくすると、沈黙を破るように宗近が口を開いた。

 

「宗近さん、帰りにタブレット貸してください。遠いんですよね?なら映画見ながら帰ります」

「はいはい、分かった。いいよそれで」

「今回は何見ましょうか」

「俺に聞くなよ」

 

ミーコはこれまで見た動物映画を次々と挙げていく。

宗近はそのたびに短く相槌を打つだけだったが、ミーコはじっと横顔を見つめた。

 

「宗近さん」

「なんだ」

「本当に興味あります?」

「ある」

「本当ですか」

「犬が出るんだろ」

『猫も重要だぞ』

「猫も重要です」

「ふーん、そうなのか」

 

実際のところ作品名はほとんど覚えていない。

ただ、先ほどまで強張っていた声が少し明るくなっていることには気付いていた。

 

その反応にミーコは苦笑し、アキも『分かってないな』と呆れた声を漏らした。

やがて街灯が減り、窓の外には濃い山の輪郭が広がり始める。ミーコは景色を眺めながら、ふと思いついたように尋ねた。

 

「宗近さん」

「なんだ」

「ペット霊園の怪異って、動物の形をしてると思いますか」

「可能性はある」

「ですよね」

 

途端に声が沈む。宗近は前を見たまま言った。

 

「見た目で判断するな。怪異は怪異だ」

 

過去の経験から出た言葉だった。情を向けるべき相手と、そうでないものを見誤れば命を落とす。

 

「……分かってます」

 

返事はしたものの、膝の上で握られた手は強張ったままだった。

アキが心配そうにミーコの顔を覗き込む。

 

『また考えてるな』

「考えちゃうよ」

『考え過ぎだって』

「そうは言っても…」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

やがて車は街を抜け、郊外の方に来ていた。窓の外には黒く沈む森が続いている。

山道には長い影が伸び始めていた。

 

「もし、本当に飼い主を待ってる子だったら」

 

小さな声だった。

宗近は一瞬だけ黙り、それから静かに答える。

 

「だったら送ってやればいい」

「送る?」

「帰る場所がないならな」

 

ミーコは目を瞬かせた。宗近はハンドルを握ったまま補足する。

 

「ただの霊ならそうすればいい」

「……そうなんですか」

「だが怪異になっているなら話は別だ」

 

期待を持たせ過ぎないように、宗近は淡々と続けた。

 

「救えるものだけ救え。全部は無理だ」

 

その言葉は厳しい現実だった。

祓い屋になってからミーコも何度も見てきた。助けられなかった存在。間に合わなかった存在。どうにもならなかった存在。

 

それでも、

 

「救えるなら、救いたいです」

 

ぽつりと零す。

 

宗近は短く「頑張れ」とだけ返した。

 

それ以上の言葉はなかったが、その肯定だけで十分だった。

車は山道を抜け、やがて目的地へ続く細い脇道へ入る。

 

道路脇には錆びた案内板が立っていた。

 

――私設ペット霊園 やすらぎの丘。

 

文字は半分以上剥がれ落ち、蔦が絡み付いている。

ミーコはごくりと唾を飲み込んだ。

 

「今さら逃げるなよ」

「逃げません」

「声が震えてるぞ」

「仕様です」

「どういう仕様だ。訳分かんねー事言ってんじゃねぇよ」

 

 

宗近は車を停め、エンジンを切った。辺りが静寂に包まれる。

霊園の入口は錆びた鎖で閉ざされていた。

 

門柱には色褪せた犬と猫のイラストが描かれている。

かつては大切な家族を見送る場所だったのだろう。

 

だが今は違う。長年手入れをされず、打ち捨てられた結果、雑草は膝丈まで伸び、石畳はほとんど見えなくなっている。

 

宗近は門へ近付き、鎖へ手を触れた。

その鎖は金属の冷たさではなく、瘴気を纏っていた。

 

宗近は気にする事なく、鎖を引きちぎり足元に落とした。

 

門を潜り、中に入ると様々な墓があった。

 

だが妙だった。どの墓も荒らされている。

石が倒れ、供物台は砕かれていた。

 

「酷い…誰がこんな事を…」

「人間に決まってんだろ。勝手にやって、勝手に捨てる。いつの時代もそうだ」

 

ミーコは宗近の言葉に顔を顰める。

 

夜風が吹いたその瞬間だった。

 

霊園の奥から、遠く犬の鳴き声のようなものが聞こえた。

ミーコの肩が跳ねる。

その背中はいつもより小さく見えた。

 

実際、小柄な人間だ。

 

声も小さいし、気も弱い。

人と目を合わせる事すら苦手で、少し強く言われればすぐに肩を縮こまらせる。

 

「今のって…」

「アレは犬の霊じゃない」

 

低く告げると空気が変わる。

山の闇の奥で、何かがこちらを見ていた。

 

慰霊碑の向こうで何かが動いている。

それは最初、生き物に見えた。

 

夜の薄暗さと墓石の影が重なってそう見えただけかもしれない。だが視線を向けた瞬間、ミーコの背筋を冷たいものが這い上がった。

 

違う。

 

アレは生き物ではない。

霊園全体へ漂っていた嫌な気配が、一箇所へ集まっていく。

 

土の下から滲み出るように。墓石の隙間から染み出すようにして、黒い靄が集まり形を作っていた。

 

風が止まる。草木の揺れる音すら聞こえない。

静まり返った霊園の中で、土を掻くような音だけが微かに響いていた。

 

ガリ。ガリ。

 

何かが爪で地面を掘っている。

そんな音だった。

ミーコは無意識に息を呑む。

 

喉が乾いているのが分かる。胸の奥がざわつく。

嫌な予感がする。本能が警鐘を鳴らしていた。

 

そこへ近付いてはいけない。見てはいけない。関わってはいけない。

それなのに視線が外せない。

 

慰霊碑の向こう側で蠢いていた黒い影は、やがてゆっくりと立ち上がった。

 

大きな犬だった。それもただの大型犬サイズの比ではなく、乗用車程の大きさだが、今は犬だったものと言うべきか。

 

全身の毛はところどころ抜け落ち、皮膚は腐り、肋骨が浮き出ている。だが異様なのはそこではなかった。

 

頭部が異常に大きい。

身体との釣り合いが取れていないほど肥大化した頭が、まるで腫瘍のように膨れ上がっていた。

 

そして、その頭の表面には無数の顔が埋まっていた。

 

犬。猫。鳥。兎。

 

様々な動物の顔が歪な形で無理矢理混ぜて、肉へ沈み込むように張り付いている。どの顔も苦しそうだった。泣いているようにも見える。

助けを求めているようにも見える。

 

ミーコの顔から血の気が引いた。

 

「……っ」

 

胃が軋む。

胸が苦しい。見ているだけで嫌だった。

 

怪異の気配よりもその姿そのものが、何よりも嫌だった。

 

「なるほどな」

 

宗近の声が静かに響いた。

怪異から目を離さないまま、小さく息を吐く。

 

「捨てられた連中の残滓を喰って育ったな」

 

怒りも同情もなく、ただ起きた事実を確認する声だった。

怪異がこちらを見る。

 

その瞬間だった。

 

ミーコの耳へ幾つもの鳴き声が混ざり合い、重なって聞こえた。

 

泣いているようにも、助けを求めているようにも聞こえる。

 

その異様な声に、胸の奥が強く痛んだ。

知らず知らずのうちに拳を握っている。

 

足元の影が揺れた。

ハルだった。

低い唸り声が聞こえる。

 

怒っている。

 

それが分かった。

アキもいつの間にか笑みを消していた。

金色の瞳だけが怪異を見据えている。

 

『……アイツ嫌な奴だな』

 

いつもの軽い調子ではなかった。

 

『こういうの、嫌いだ』

 

ミーコから言葉は出ないが代わりに小さく頷いた。

 

そして、怪異が動く。

ゆっくりと。

 

重そうな身体を引きずりながら前へ出る。

その度に地面から黒い靄が立ち上り、周囲の墓石へまとわり付いていく。

まるで霊園そのものが怪異へ従っているようだった。

 

「俺は今回、何にもしねーぞ。お前の力だけでやってみろ」

 

宗近はそう言うと後ろへ下がった。

今回の相手はミーコの仕事だ。

 

ミーコは唇を噛んだ。怖いし正直、帰りたい。

家に戻ってハルとアキを撫でてたい。

 

だがハルもアキも戦う気でいる。

 

そして、宗近も見ている。

それ以上にあの怪異を放置したくなかった。

 

苦しそうな鳴き声がまだ聞こえている。

聞こえてしまった。

 

ならやるしかない。

 

ミーコはゆっくり息を吸った。

 

震えている。それでも構わない。

 

宗近が言った通りだった。

怖いものは怖いし消せる訳がない。

 

ならば怖さを抱えたまま進むしかない。

 

両腕に入れた式神双峰の術式のタトゥーが淡く熱を帯びる。

皮膚の下を熱いものが流れる感覚。

 

慣れた感覚だった。

やがて決心したように息を呑む。

 

「ハル!!」

 

その声と同時に足元の影が地面を走り、影から巨大な四足の獣がミーコの側へ現れた。

牛ほどもある巨体に黒い体毛に鋭い牙。そして燃えるような赤い瞳。

 

ミーコが使役している式神で山狗の怪異、それがハルだった。

 

怪異が様子を伺うように後退る。

 

今度はミーコの左腕の刻んだ術式が淡く光り始めた。

今まで半透明で浮いていたアキが実体を得て笑う。

いたずらを思い付いた子供みたいに。

 

『よーし!暴れるぞ!』

 

幼稚園児ほどの小さな身体が宙へ飛び上がる。

二本の尾が大きく揺れた。

 

 

「ハル、お願い!」

 

名を呼ばれたハルが地面を蹴る。

 

巨大な身体が前へ出た瞬間、霊園の土が弾け飛び、使い魔の一体が墓石ごと吹き飛ばされる。

怪異の身体が空中で捻じれ、黒い液体を撒き散らしながら地面へ転がり、砂となって消えた。

 

普通の式神なら、あそこまでの力は出ない。

術者の精神力が追い付かないがハルは違う。

 

式神でありながら、一匹の獣として完成している。

術式ありきの強さではなく、ミーコの魂の結び付きの強さで戦っている。

 

そしてアキの強さも同じだった。

小さな猫又が尻尾を揺らす度、霊園の影が不自然な動きを見せる。

 

墓石に伸びた黒い輪郭が、まるで生き物のように怪異へ絡み付いていく。

そして、影が槍のように変形し、使い魔の体を貫く。

 

物理攻撃メインのハルと術式メインのアキ。

どちらもミーコにとってはかけがえのない存在。

 

そして、宗近が評価しているのは術式ではない。

 

ミーコ本人だった。

本人は気付いていないが、いつまで経っても自分を下級だと思い込んでいる。等級的にも中級クラスの実力はある。

 

だが宗近の目から見れば違う。

 

今だってそうだ。

 

怪異を前に怯えている。顔色も悪い。足も震えている。

 

それでも逃げていない。

 

そして何より、ちゃんと周囲を見ている。

 

ハルがどこで戦っているか。

アキがどこへ術式を展開したか。

 

怪異が何をしようとしているか。

ちゃんと全部把握している。

 

あれは才能だった。

 

恐怖で目を閉じる人間は多い。

恐怖の中でも状況を見続けられる人間は少ない。

 

ミーコは後者だった。

だから宗近は何度でも現場へ引っ張り出す。

 

怖いなら怖いままでいい。

逃げたいなら逃げたいままでいい。

 

だが、その足を止めて欲しくない。

 

そう思いながら、愛弟子の活躍を眺めながらタバコに火を付けた。

その視線の先で慰霊碑の向こうにいた本体の怪異が、ゆっくりと首を持ち上げる。

 

さっきまでの使い魔とは比較にもならない瘴気が霊園へ流れ出した。

 

それを見ていたハルが振り返った。

赤い瞳がミーコを見つめる。

 

大丈夫か。

 

そう問い掛けているのが分かった。

 

ミーコは小さく頷いた。

 

「……大丈夫、アナタ達がいる。行こう」

 

その声は決して大きくなかったが先程までの弱々しい声ではなかった。

アキが嬉しそうにニヤリと笑う。

 

『よし!それでいい!』

 

二本の尻尾が大きく揺れた。

 

『ぶっ飛ばそうぜ、ミーコ!』

「うん、私達ならやれる」

 

 

ハルが地面を蹴る。

 

黒い巨体が駆け出し、その背を追うようにアキの術式が光を撒き散らした。

 

 

ハルの前脚が振るわれ、墓石の陰から飛び出した怪異が横殴りに吹き飛び砕けた石と一緒に地面を転がった。

 

だが、それで終わる訳もなく黒い靄が集まり、崩れた身体が再び形を取り戻そうと蠢き始める。

 

普通なら気味が悪いだけだっただろう。

だが今のミーコには分かっていた。

 

あれは再生しているのではない。

 

本体から流れ込んでいる瘴気で無理矢理繋ぎ直されているだけだ。

 

傷が治っている訳ではない。

ただ動かされているだけだ。

 

その事実に気付いた瞬間、怪異の見え方が少しだけ変わった。

 

怖い存在だったものが、哀れに感じた。

それはほんの僅かな変化だったが、祓い屋にとっては大きな違いだった。

 

『ミーコ!』

 

アキの声が飛ぶ。

 

『左!』

 

反射的に視線を向ける。

墓石の影から飛び出した動物の怪異が、地面を滑るように迫っていた。

 

ミーコは息を吸い、両腕へ刻まれた術式へ意識を向ける。

 

皮膚の下を流れる霊力が熱を帯びる。

 

怪異が飛び掛かかろうとするも、どこからともなく現れた影は生き物のように怪異の脚へ絡み付き、そのまま動物の怪異は悲鳴を上げる間もなく墓石へ叩き付けられた。

 

衝撃で石が砕ける。

舞い上がった土埃の向こうで、怪異の身体が砂となって崩れていく。

 

『ほら!』

 

アキが嬉しそうに叫ぶ。

 

『出来るじゃん!』

 

ミーコは返事をしなかった。

その余裕がない。

 

だが、自分でも分かっていた。

ちゃんと戦えた。

 

その事実が、胸の奥へ少しずつ熱を灯していく。

 

霊園の奥では本体が蠢いている。

無数の顔を身体へ埋め込んだ異形は、ゆっくりとこちらを見下ろしていた。

 

どれも苦しそうだった。

 

その光景に胸が痛むが、今は足を止める訳にはいかない。

 

怪異がまた鳴いた。

 

悲鳴のような。遠吠えのような。

聞いているだけで心が沈む声だった。

 

それと同時に、周囲の使い魔達が一斉に動き出す。

 

墓石の陰。草むら。慰霊碑の裏。

黒い影が次々と現れ、ミーコ達へ殺到した。

 

数が多い。

 

だが先程までの恐怖はなかった。

ミーコは深く息を吐く。

 

「アキ」

『おう!』

「全部止めて」

 

アキの金色の瞳が大きく見開かれる。

そして次の瞬間、子供みたいに笑った。

 

『任せなって!!』

 

二本の尻尾が大きく揺れる。

 

霊園全体へ張り巡らされた影が一斉に蠢いた。

 

墓石の影。木々の影。慰霊碑の影。

あらゆる黒が怪異達へ絡み付き、無数の足を縛り上げる。

 

霊園中の怪異達が動きを止めた。

それはアキ一体の力ではない。

 

ミーコがアキが戦えるように力を流している。

 

 

彼女は怖がりで、弱気で、自信がなくて。

それでも一度前を向けば、きちんと結果を出す。

 

だから宗近はミーコを信用していた。

 

その視線の先で、ハルが吠えた。

低く重い咆哮だった。

 

拘束された怪異達へ飛び込む。

巨体から繰り出される前脚や牙はたやすく怪異を引き裂いていく。

 

やがて最後の使い魔が黒い靄となって消える頃には、霊園には本体だけが残されていた。

 

暗い霊園の中央で、無数の顔を埋め込んだ怪異だけがこちらを見ていた。

 

ミーコは小さく息を吐く。

 

まだ怖いし、正直に言えば帰りたい。

 

だが、その視線はもう下を向いていなかった。

 

「……頑張ろう、2人共」

 

低い唸り声が返る。

 

『ミーコも頑張ってよ!』

 

怪異がゆっくりと口を開く。

ミーコはそれを真正面から見据えた。

 

怖いままでもいい。

 

宗近の言葉が頭を過る。

だから今度は逃げなかった。

 

怪異へ向かって、自分から一歩踏み出した。

 

「さっきと同じように、アキが拘束してから黒槍で相手の動きを鈍らせて。ハルは思いっきりやっちゃって」

『おっけー!大丈夫、オイラ達なら出来るさ!」

 

アキが影を伸ばして、怪異の体を拘束していく。

当然、怪異も大人しく拘束されるはずもなく、影を引きちぎろうとするも、体中を縛っている影が槍のように鋭く怪異の体を貫いた。

 

流石に全身を貫かれれば、ダメージで動きが止まる。

そのタイミングを待っていたハルは、怪異に飛び掛かり地面に叩き付けた。動けないように前脚で怪異を固定して、ハルは低く唸り大きな口を開け、怪異の頭を噛み砕いた。

 

 

それを引き金に、怪異は黒い砂となり消滅した。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

怪異が崩れ去った後も、霊園にはしばらく静寂が居座っていた。

 

張り詰めていた空気がほどけるように、止まっていた風がゆっくりと戻ってくる。

 

墓石の間を抜けた風は草を揺らし、さらさらと擦れ合う音を夜の闇へ溶かしていった。耳を澄ませば、遠くで鳥の鳴き声も聞こえる。

 

つい先ほどまで霊園全体を覆っていた重苦しい圧迫感は、まるで幻だったかのように薄れていた。

 

その代わりに流れ込んでくるのは、夜特有の冷たく澄んだ空気だ。

 

ミーコはその場に座り込んだまま動けずにいた。

 

肩が小さく上下し、握り締めていた指先はまだ強張っている。

汗で額に張り付いた髪を払う余裕もなく、ただ地面を見つめていた。

 

怪異を前にした恐怖。術式を維持し続けた緊張。 

そして失敗すれば取り返しのつかない事態になるという重圧。

 

それらを抱え続けていた身体は、戦いが終わった途端に言うことを聞かなくなっていた。

 

「終わったか」

 

宗近が歩み寄ってくる。

肩に錫杖を担ぎながら周囲へ視線を巡らせ、その目で現場の状態を確認していた。

 

瘴気の残滓はまだ漂っている。それを見ていた宗近は錫杖を鳴らす。

 

清めの音は霊園に残っていた瘴気や怪異の残穢を打ち祓った。

 

「こういう後始末も忘れるなよ」

 

ミーコは小さく頷く。

 

「はい……」

 

掠れた声が返る。

 

その足元ではハルが大きな身体を横たえている。

 

戦いを終えたハルは前足を伸ばし、大きく欠伸をした。

そこへアキが軽やかに飛び乗り、ハルの頭の上で胸を張る。

 

『いやぁー』

 

アキは両腕を広げた。

 

『オイラ達強かったな!』

「そうだね……」

『だろ!?』

 

アキがけらけらと笑う。

その様子を見ていた宗近が、小さく鼻を鳴らした。

 

「まぁ」

 

その声にミーコが顔を上げる。

宗近はわずかに視線を逸らしながら続けた。

 

「前よりはマシになったじゃねぇの」

 

数秒の沈黙。

ミーコは瞬きを繰り返した。

宗近から褒め言葉が出てくるとは思っていなかったらしい。

 

「……え」

「聞こえなかったか」

「聞こえましたけど」

「ならいいだろ」

 

宗近は頭を掻く。

 

「怖がるなとは言わねーが、今日くらい動けるなら十分だ。その調子で続けろ」

 

ミーコは目を丸くしたまま宗近を見つめ、それから慌てて視線を落とした。口元だけが少し緩む。

 

「もう疲れました」

 

宗近の眉がぴくりと動く。

 

「は?」

「帰りましょう。一刻も早く」

 

先ほどまでの空気が綺麗に消えている。

 

「早く帰ってハルとアキを撫でます」

『撫でろ撫でろ!』

「いっぱい撫でる」

『やったー!』

 

ハルもぶんぶんと尻尾を振った。

宗近は数秒黙り込む。そして深々と溜め息を吐いた。

 

「お前なぁ……」

 

ミーコは首を傾げる。

 

「はい?」

「褒めた側からそれかよ」

「だって疲れました」

「見りゃ分かる」

「タブレット貸してください」

「車に戻ってからだ」

「この子達と一緒に見ます」

『見る!』

「ハルも見たいって言ってます。車で実体化させていいですか?」

「いい訳ねーだろ。車に乗るサイズになってから言えよ」

 

宗近は空を見上げた。

夜空だけが静かに広がっている。

誰にも見られていないのをいいことに、大きく息を吐く。

 

「手が掛かるなぁ……はあああぁぁぁ……」

 

その様子を見てアキが笑う。

 

『宗近が疲れてる』

「お前の所為だ」

『えぇ!?なんでオイラ⁉︎』

 

ミーコの肩が小さく揺れた。

口元を押さえながら漏れた笑い声は短かったが、さっきまでの硬さはもう残っていなかった。

 

それを見た宗近は、それ以上何も言わなかった。

 

帰りの車内は静かだった。

だが行きの沈黙とはまるで違う。

 

誰も口を開かないまま、音楽だけが一定のリズムで流れている。

窓の外では街の灯りが流れていく。

 

助手席のミーコはタブレットを抱え、ヘッドホンを耳に当てていた。

膝の上にはアキが丸まり、ハルは影へ戻って足元で休んでいる。

画面に映っているのは多分、動物映画だった。

 

タイトルまでは宗近も知らない。ただ犬か猫が出ていることだけは分かる。

 

ミーコは画面から目を離さない。

怪異も、祓いも、そんなものはひとまず頭の外へ追いやったように食い入るような視線を画面へ向けている。

 

場面が変わるたびに口元が動き、ときおり肩が震える。

 

宗近はそんな横顔をチラリと見る。

現場では足を止めていた癖に、今は映画の犬を追いかけるのに忙しいらしい。

 

信号が青へ変わり、車が再び走り出す。

宗近はタバコの煙を吐いた。

 

今日一日で何かが劇的に変わったわけではない。

明日になれば、またミーコは現場へ行きたくないと言いだすだろう。

 

それでも今日は前へ出た。

 

逃げずに立っていた。

宗近はハンドルを握ったまま、前方へ視線を向ける。

 

一方で、あの場面を思い返せば眉間には自然と皺が寄った。

ほんの少し噛み合わなければ、結果は違っていたかもしれない。

 

その重大さを彼女はまだあまり知らない。

 

宗近は横目でミーコを見る。

画面に映る犬を見つめる横顔は、現場の緊張など忘れてしまったようだった。

 

だからこそこの笑顔は絶やして欲しくないが、いつかは一人で立てるようにするべきだ。

 

宗近は舌打ちする代わりに鼻から息を抜いた。

 

「焦っても仕方ねぇか」

 

誰へ聞かせるでもなく呟く。

 

呼び出されるのは相変わらず面倒だ。それでもミーコの師である以上文句は言わないようにしている。

 

ミーコが小さく鼻を啜った。

 

画面を見つめたまま目元を擦る。

どうやら悲しいシーンがあったらしい。

 

彼女の横顔はさっきまで怪異と戦っていた人間とは思えない顔で、真剣に映画へ没頭していた。

 

宗近の口元がわずかに動く。

だがすぐに前へ視線を戻した。

 

宗近は見なかったことにして、静かにアクセルを踏み込む。

車は夜の道路を滑るように走り続ける。

 

本部までは、そう遠くなかった。

 

 

 

 

 

to be continued…

 

 

 




見てくださった方の暇潰しになったでしょうか?

次は日常挟むか祓いの話にするか迷っています。

とりあえず新キャラは一旦、出さないようにするつもりです。
これからも頑張りますのでよろしくお願いしますね。

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