長くなったので前後編で投稿します。
見てくださってる方、マジで感謝してます。
中央怪異対策機関本部は慌ただしかった。
蛍光灯がわずかに唸るような音を立て、電話の着信音が重なり合って耳を刺す。
コピー機の吐き出す紙の擦れる音と、誰かが走る靴音が廊下に反響していた。
消毒液と古い紙の匂いに、どこか焦げたような微かな臭気が混じり、鼻の奥に引っかかる。
白い壁に映る人影はせわしなく揺れ、モニターの青白い光が職員たちの顔を不気味に照らしていた。
電話は鳴り止まず、職員達は資料や端末を抱えて足早に行き交う。
怪異案件が重なるのは珍しくない。
だが今日は違った。
誰も口にはしないのに、会議室周りの空気だけが妙に張り詰めている。
忙しさの奥で、何かが一歩間違えれば崩れるような、不穏な軋みがあった。
由香はその空気を嫌いではなかった。
嫌いではないが、呼び出された理由も告げられず待たされるのは別だった。
会議室の椅子に腰掛け、足を組みながらライターを指で弄ぶ。
館内禁煙なので火は点けられない。
分かってはいるが、こういう時は指先が落ち着かない。
向かいでは洸太が腕を組んで座っていて、隣のミーコは不安そうに下を見つめながら、式神のアキを撫でている。
3人が揃って呼ばれるという状況は、基本的にはない。
「でさ、なんで私等が呼ばれてんの?」
由香が背もたれに体を預けながら言うと、洸太がチラリと視線だけ寄越した。
「いや、俺に振られても困るんだけど。知らねぇってそんなの」
「環さんからなんか聞いてないわけ?」
「聞いてたらこんな顔してねぇって」
確かに洸太はかなり不機嫌そうだった。
これから面倒な事が起きると察している顔だ。
ミーコは二人のやり取りを聞きながら、更に小さくなっていた。
「……あの、私……帰ってもいいですか……?」
『なー、帰りたいよなー』
おずおずとした声に、由香は即座に切り返す。
「ダメに決まってんでしょ。私等が揃って祓いとかヤバい案件じゃん」
ミーコは分かりやすく肩を落とした。
肩の辺りには半透明のアキが乗っかっていて、本人とは対照的に退屈そうに尻尾を揺らしている。
「上級案件とかだったら……本当に嫌なんですけど……」
「なら普通、師匠連中が出るだろ」
洸太が軽く言ったが、その声にも確信はなかった。
由香も同じ事を考えていた。
木庵、宗近、環。その3人が出られるなら、自分達が呼ばれる理由はない。それぞれが別の案件で出払っており、代わりに招集がかけられた。
嫌な予感がするには十分だった。
木庵はともかく、上級の2人にも声がかかっていたという段階で、間違いなくヤバい案件だとなんとなく分かる。
数分後、会議室の扉が開いた。
入ってきたのは白石 真広だ。
スーツ姿に眼鏡、整えられた髪。外見は普通だがその目だけは鋭く、彼もまたこちら側の人間だと分かる。
その後ろには営業部員が二人続き、分厚い資料とタブレットを机へ置いていく。
「お待たせいたしました」
白石は丁寧に頭を下げた。
由香はその顔を見ただけで、ライターを弄る手を止めた。
「……白石さん、絶対面倒な案件なんでしょ?」
「率直に申し上げますと、その通りです」
その答えで、会議室の空気が少し重くなった。
白石は椅子に座らず、机の前に立ったまま資料を開く。
映し出されたのは、地方都市の外れにある旧物流施設だった。
広い敷地に幾つもの倉庫。周囲には住宅地も近い。
写真の中の建物は外壁が黒く汚れ、窓の幾つかが内側から割れていた。
「対象は旧八雲物流センター。十年前に閉鎖された施設です。現在は民間業者が一部を倉庫として使用していましたが、二週間前から従業員の失踪が相次いでいます」
営業部員が画面を切り替える。
防犯カメラの映像だった。
深夜の倉庫内。荷台の横を歩いていた作業員が、何かに気付いたように振り返る。次の瞬間、映像が乱れた。ノイズが走り、画面が一瞬真っ黒になる。
戻った時には、作業員の姿だけが消えていた。
ミーコの顔色が悪くなる。
「……これ…」
「恐らく怪異に取り込まれた可能性が高いと判断しています」
白石の声は落ち着いていた。落ち着いているからこそ、内容の悪さが際立つ。
洸太が眉を寄せた。
「で、等級は?」
「現時点では中級認定です」
「中級って無理あるでしょ」
その言葉に、由香はすぐに口を挟む。
中級。資料には確かにそう書かれている。だが被害状況と噛み合わない。失踪者数と施設全体へ広がる異常。
どれも中級として処理するには妙に嫌な幅があった。
そして何より、写真の中にある「余白」が気に入らない。
怪異が暴れた痕跡はあるのに、そこに至る過程が見えない。
まるで途中だけ切り取られたような、不自然な断絶。
過去に見た案件でも、こういう「抜け」がある時は、大抵裏にもう一段階深いものが潜んでいた。
「“現時点では”、ね」
由香が皮肉っぽく言うと、白石は一瞬だけ視線を伏せた。
「はい。営業部としても、危険度は変動する可能性があると見ています」
「その“変動”って言い方、ほんと嫌いなんですけど」
「私も好んで使う表現ではありません」
白石は別の写真を表示した。
破損したコンクリート壁。歪んだ鉄骨。引き裂かれたような搬入口。
怪異の通った跡だと説明されなくても分かる。
だが由香の目は、破壊の大きさよりも、その周囲に残った焦げ跡へ向いていた。単なる瘴気ではない。熱とも腐食とも違う謎の痕跡だった。
その質感に、胸の奥がざわつく。
以前、木庵から聞いた封鎖案件の外縁で見た痕跡に似ている。
資料を見ただけでも「触れてはいけないもの」だと分かった。
遠くからでも皮膚が粟立ち、呼吸が浅くなるような、あの嫌な圧迫感。
今回のそれは規模こそ小さいが、方向性が似ている気がした。
あの時も、理由は説明できなかった。ただ「ヤバい」と身体が言っていた。
そして今回も、同じように身体が警告している。
「中級にしては、やけに荒っぽいっすね」
洸太も同じものを見ていたらしい。
白石は頷く。
「既に下級祓い屋二名が調査に入り、撤退しています。一名は重傷、もう一名は軽傷。幸い死亡者は出ていません」
「ソイツ等、よく逃げ切れましたね」
「恐らく、怪異が眠っている状態に近かったからではと考えています」
「で、上が動けないから私達に回ってきたって訳ですか?」
由香がダルそうに言う。
白石は淡々と続けた。
「木庵さんは別件で出動中。宗近さんも封鎖案件へ向かわれています。環さんも現在、上級案件に対応中です。現時点で本部で動かせる祓い屋がアナタ達3人なので1番適任だと判断しました」
適任。
便利な言葉だ。
由香はライターを机へ置き、資料へ視線を落とした。
自分が中級であることは分かっている。洸太も中級だ。
ミーコは下級だが、式神双峰のポテンシャルは中級に届く。
3人を組ませる判断そのものは間違っていない。
ただし、相手が中級ならという条件付きだ。
上級の怪異を単独で祓った経験はこの3人にはまだない。
「わ、私……下級なんですけど……大丈夫なんでしょうか……」
ミーコが遠慮がちに言う。
白石の表情が僅かに柔らかくなった。
「承知しています。ですので、無理に前へ出る必要はありません。猿渡さんの補助と式神による中距離支援をお願いします」
ミーコは不安そうに俯いたが、肩の上のアキが尻尾で軽く頬を叩いた。
『ビビんなよ、ミーコ。オイラ達がいるだろ』
「…う、うん…そうだね」
ミーコの肩から少しだけ力が抜けるのを見て、由香は少し笑った。
洸太は資料を閉じるように手を置いた。
「メンバー的にも俺がメインで戦うって事っすね」
「はい。ただし、可能な限り仮面の使用は段階的に。状況が読めない為、最初から深く同調するのは避けてください」
「分かってますって」
その返事は少し荒いが別に機嫌が悪い訳ではない。
洸太も仮面の危険性くらい理解している。
狒々王の仮面は便利な切り札ではない。
使えば使うほど、あちら側へ近付く。
だからこそ、環は普段から仮面無しで戦えるように、洸太自身も暇さえあれば鍛えている。
由香は資料の写真をもう一度見た。
壁の破損。消えた作業員。異常な焦げ跡。中級という分類だけでは飲み込めない何かがある。胸の奥に引っ掛かる感じが消えない。
それは理屈ではなく、もっと原始的な感覚だった。
踏み込めば戻れない場所に近付いている時の、あの嫌な静けさ。
「白石さん」
「はい」
「開発課に連絡入れといてもらっていいですか」
白石は理由を聞かず、静かにこちらを見た。
由香は椅子にもたれたまま、机の上の資料を指で叩く。
「何を準備してもらえばよろしいですか?」
「いつものライフルじゃ火力足りなさそうなんで、デカくて強いヤツ」
洸太が顔を上げた。
「そこまでヤバそうなのか?」
「さぁね」
由香は肩をすくめる。
「分かんないから持ってくの。足りないよりマシでしょ」
それは経験から来る判断だった。
過剰装備で笑われることはあっても、足りなくて死ぬよりはいい。
それを聞いた白石はすぐにタブレットへ指を滑らせた。
「開発課に確認いたします。搬出可能な装備を優先で手配します」
ミーコが不安そうにこちらを見る。
「そ、その……そんなに大きい銃なんですか……?」
「多分、見たら引くよ」
「もう嫌です……」
「まだ現場にも着いてないでしょ」
由香はそう言いながらも、少しだけ口元を緩めた。
怖がっていても来るし、文句を言っても逃げない。
ミーコのそういう所は好きだ。
ミーティングが終わる頃には、窓の外の光が傾き始めていた。
3人はそれぞれ準備へ向かった。
由香は開発課で無骨な黒いケースを受け取り、その重さに思わず眉を上げた。
開発課の人間は「注文通りの品を用意してます!」とだけ言っていた。
念の為にしては随分と物騒だ。
だが今の由香には、それが心強くもあった。
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準備を終えた3人は車に乗り込んだ。
旧八雲物流センターへ向かう車内は、妙に静かだった。
運転席には洸太。助手席には由香。
後部座席にはミーコ。そして後方には由香の装備ケースが詰め込まれている。
窓の外では街の明かりが少しずつ遠ざかり、やがて住宅地の灯りもまばらになっていった。
由香は窓へ映る自分の顔を見ていた。
紫と白に分かれた髪に派手なピアス。いつもの自分だ。
だが今日の目は少しだけ硬い。嫌な予感が消えない時の顔だった。
この顔になる時は、大抵予感が当たる。
外れる事もあるが、当たった時の代償が大きすぎる。
だから無視はしない。木庵に叩き込まれたのは技術だけじゃない。
こういう「違和感」を軽く扱うな、という感覚も含まれている。
「由香さん……」
後ろからミーコが遠慮がちに声を掛ける。
「どうして……そんなに嫌な予感がするんですか……?」
由香は少し考えてから、窓の外へ視線を戻した。
「理由なんて、後からいくらでも付けられる。でも、最初に来るのは理屈じゃないっていうか」
「理屈じゃない……?」
「うん。身体が先に嫌がるの。空気とか色々……全部ひっくるめて、“ここはおかしい”って言ってくる感じ」
ミーコは小さく頷いた。
「それって……当たるんですか……?」
「大体ね」
由香は短く答えた。
「外れる事もある。でも、当たった時に無視してると、取り返しがつかない事になる」
それ以上は言わなかった。
言葉にすると、余計に現実味が増す気がしたからだ。
車はやがて舗装の荒れた道へ入り、速度を落とした。
街灯も少なくなり、周囲は暗闇に沈んでいく。
遠くに、黒い塊のような建物群が見え始めた。
旧八雲物流センター。
近付くにつれて、その異様さがはっきりしてくる。
建物自体はただの廃施設のはずなのに、周囲の空気が妙に重い。
風が吹いているのに、音が吸われるように静かだった。
車が敷地手前で止まる。
「ここから先は徒歩だな」
洸太が言った。
2人は無言で頷き、それぞれ車を降りて準備をする。
由香は黒いケースを開け、留め具を外して蓋を開くと、中には普段使うL96とは比べものにならない巨大な銃が収まっていた。
「でか……」
ミーコが息を呑む。その呼吸音がやけに大きく耳に残る。
「引くって言ったでしょ」
由香はそれを担ぎ上げた。
肩にずしりと重みが乗り、筋肉がきしむ。
長い銃身と異様に太いマズルブレーキ。
重厚な対物用ライフル。狙撃銃という枠組を逸脱したソレは最早、小型の砲だ。
「映画かゲームでしかそんなサイズ見た事ねーよ」
「そんくらい用心してんだよ」
洸太は軽く肩を回し、ホルスターから取り出したリボルバーの動作を確認し、構えた。
「じゃ、行きますか。ミーコ大丈夫?」
「…大丈夫じゃないです。帰りたいです…」
「ここまで来て何言ってんの」
「やだぁ…」
『頑張るんだぞミーコ』
アキの声に、ミーコは小さく頷く。
3人は門を越え、敷地内へ足を踏み入れた。
その瞬間、空気が変わった。
外とは明らかに違う。温度が一段低く、湿り気を帯びている。
鼻の奥に、焦げたような臭いがはっきりと入り込んできた。
由香の足が、ほんの一瞬だけ止まる。
――やっぱりだ。
胸の奥のざわつきが、確信に変わる。
「油断しないでよ」
低く言うと、洸太も頷いた。
「分かってるっつーの」
倉庫のシャッターは半分開いたまま、闇を口のように広げている。
中はほとんど光が届かず、奥が見えない。
肺に入る空気が冷たく、僅かに重い。
静かすぎる。砂利を踏む音さえ途中で消え、周囲の気配が不自然に薄い。鼓動だけがやけに鮮明に耳の奥で鳴る。
「気持ちワリーな」
洸太の呟きに、ミーコが無言で頷く。
彼女の肩もわずかに強張っているのが分かる。
由香は手頃なコンテナの上に飛び乗り、ライフルを設置すると術式を発動した。
意識を研ぎ澄ますと同時に、呼吸を整える。
暗闇が剥がれ、壁の向こうまで輪郭が浮かび上がる。
積み上がったコンテナや放置機材の奥に、一つだけ異質な熱源があった。
「……見つけた」
脈打つように揺れるそれは、生物の熱とは明らかに違う。
見ているだけで背筋に冷たいものが走る。
「数は?」
「一体。倉庫3番、奥から2列目」
洸太は短く頷いた。足の踏み込みにわずかな力みがある。
倉庫へ入ると異臭が鼻を刺した。
鉄と油、その奥に正体不明の腐臭にも似た臭いが混じる。
思わず喉がひりつき、呼吸が浅くなる。
真っ暗な中、非常灯が赤く点滅する。
その明滅の中、奥のコンテナの影で何かが動いた。
視線を向けるたび形が変わる。
大型の獣にも機械の残骸にも見え、輪郭は定まらない。
移動しているはずなのに過程がなく、瞬きをしただけで別の場所に現れる。
怪異だった。
3人を見ている。
どこから見ているのかは分からない。
だが確実に視線を感じ、背中の筋肉が硬直する。
赤い光が走るたび、表面の裂け目が増えたり消えたりする。
その不安定な輪郭がわずかに開いた。
笑ったように見えた。心臓が一瞬、拍を外す。
「来るぞ!」
洸太が叫ぶ。喉の奥に緊張が滲む。
叫んだのと同時に怪異が動く。
同時に洸太も床を蹴った。
踏み込みの瞬間、床板が軋み、空気が震える。
次の瞬間、怪異はコンテナの上にいた。
「上にいる!」
由香が叫ぶ。声を出した瞬間、肺の奥の空気が一気に押し出される。
「見えてんだよ!」
だが洸太は既に反応していた。
振り上げたマチェーテと怪異が激突し、鉄骨が軋む。衝撃が倉庫中へ弾けた。
洸太の足が床を滑り、靴底が擦れる音が鋭く響く。
それでも踏み止まる。
太腿の筋肉が張り詰め、全身で衝撃を受け止めている。
「おいおい……聞いてたより元気じゃねぇか」
「もしかして、祓い屋の等級に反応してるんですかね?」
「さぁな」
怪異が吼えた。
倉庫中の音が逆流し、意味を持たない声となって耳へ流れ込む。
鼓膜が震え、頭の奥がじんと痺れる。
「ハル!」
その背後でミーコの影が膨らみ、ハルが姿を現した。
黒い巨体が牙を剥く。低く唸るその振動が床を伝って足裏に届く。
由香はスコープを覗き込む。
視界が狭まり、呼吸音と心拍だけが際立つ。
対物ライフルの重みが肩へ食い込む。
反動を想像し、無意識に肩の筋肉がさらに固くなる。
由香は倉庫入口付近の高所に陣取り、スコープ越しに中央を見下ろしていた。
視線の先、倉庫中央では洸太が怪異と正面から対峙している。
非常灯が赤く瞬くたび、積み上がったコンテナや歪んだ鉄骨の影が浮かび上がり、その隙間を這う輪郭だけが断片的に見える。
千里眼・界渡は熱源を一つだけ捉えている。
だが肉眼で見る怪異は、瞬きのたびに位置も形も微妙にズレる。
獣にも、壊れた機械にも、人間の手足を継ぎ足したものにも見えるその姿は、恐怖というより認識を侵されるような不快感を伴っていた。
由香は引き金に指を掛けたまま、いつでも撃てるように呼吸を整える。
倉庫中央――最前線では、洸太が怪異と押し合っていた。
怪異が振り下ろした腕をマチェーテで受け止めた瞬間、衝撃が腕から肩へ抜ける。
重い。圧もそうだが膂力も半端ない。
目の前のそれは刃に食い込むように圧を掛けてくる。
靴底がコンクリートを削り、破片が足元で跳ねた。
それでも洸太は笑っていた。
恐怖ではない、苛立ちだ。営業資料の「中級」という文字が頭をよぎる。こんな圧の中級があるか。環に叩き込まれた訓練の記憶が鮮明に蘇る。
「中々のパワーじゃねぇか」
洸太は舌打ちして吐き気を押し殺す。
そのやり取りを、洸太のやや後方――側面を取れる位置からミーコが見ていた。
洸太の背中と怪異の横、その両方を視界に収める位置だ。
怖い。帰りたい。
その中て宗近の言葉を思い出しながら、巫女服の袖口をギュッと握る。
「ハル!」
ミーコの声でハルは意図を理解し、動いた。
洸太の正面からわずかに外れた位置――怪異の横腹へ回り込むように飛び掛かる。
黒い牙が食い込み、怪異の体勢がわずかに崩れる。
その横からの揺らぎに合わせ、ミーコは次の手を打つ。
「アキ、右を見てて!」
『任せろ!』
実体化したアキがミーコの肩から飛び出し、コンテナの影を抜けて怪異の足元へ回り込み、影から黒い触手を伸ばして怪異目掛けて、槍のように貫いていく。
ハルが横から噛み付き、アキが足元を撹乱する。
二方向からの干渉が揃った瞬間、ミーコは札を放った。
紙片は空中で燃え、床に触れた瞬間に光の線となって怪異の脚へ絡み付く。
完全には止められない。だが動きは確実に鈍る。
その変化を、最前線の洸太が即座に捉えた。
圧を受け流しながら一歩踏み込み、ミーコが作ったわずかな隙間へ身体をねじ込む。
同時に狒々王の仮面を取り出し、顔へ当てた。
仮面が触れた瞬間、身体の奥で何かが目を開く。
『ギャハハハハハハ!俺の出番だな!待ってたぜェェェ!』
まずは25%だ。いきなりギア上げは出来ない。
だが視界のハルの位置、アキの動き、ミーコの札、そして遠方で狙う由香の気配までが一本の線で繋がる。
「黙ってろ」
内側から湧く衝動を押さえ込み、マチェーテを逆手に持ち替える。
怪異の動きが鈍った一瞬、真正面ではなく角度をずらして踏み込み、胸部へ刃を叩き込んだ。
肉の塊を切り裂く手答えを感じる。
黒い液体が飛び散り、怪異の身体が大きく仰け反る。
その瞬間――由香の視界が切り替わる。
スコープ越しに、洸太が切り裂いた傷口の奥が露出する。
赤黒い塊が脈打っている。
しかし熱源の中心とはわずかにズレている。
核ではない。しかし何か別のモノが埋め込まれている。
「(何アレ?核じゃない?)」
どくり、と音がした。
距離があるはずなのに、由香の耳にも届く。
考えるのは後だ。今このが撃つべき瞬間だ。
「どいて!」
由香は呼吸を止める。
それを聞いた洸太が一歩引き、ミーコとハルが側面へ散る。
その動きで射線が完全に開く。
由香は銃床を肩へ押し付け、スコープの中心に脈動する肉塊を捉えた。
引き金を引く。
直後。
ズッッドォォォォン…‼︎
轟音が倉庫を揺らす。
弾丸は一直線に怪異の胸部へ吸い込まれ、内側から爆ぜた。
黒い飛沫が壁へ叩き付けられるように飛び散り、背後の鉄板を貫通し、更に奥のコンクリートまで砕く。
響く轟音の中、洸太とミーコは息を呑む。
由香が使用したのは対物ライフル、デネル NTW-20。
個人武装用ライフルとしては最大級の弾薬20mmx82弾を使用する対物ライフル。そんな銃弾を怪異とはいえ、叩き込まれたらタダでは済まない。
そして今放たれた弾丸も通常の弾丸ではない。
本来なら貫徹力が15〜20mmの鉄板なら容易に貫き、その威力は装甲車さえ軽く貫く。
そして元々、祓い屋が使う弾丸は対怪異用に弾頭に刻んだ術式は勿論の事、更に別で今回の為に火薬量を増やした特注の弾丸は威力だけなら25mmクラスに匹敵する。
つまり、火力が桁違いに違う。
その一撃を受けた怪異の上半身は半分近く抉れ、床には肉片と黒い液体が広がる。
通常なら、ここで終わるはずだった。
だが由香は撃った瞬間から違和感を覚えていた。
対物ライフルの弾丸は確かに怪異の胸を抉り、背後の鉄板まで貫いている。火力は充分過ぎる程だ。
少なくとも、通常の中級怪異なら跡形もなく崩れている損傷だった。
それなのに、怪異は健在だ。
床へ散った黒い液体が、ゆっくりと逆流していく。
沈黙の中、吹き飛んだ肉塊の奥が再び脈打つ。
どくん。
今度は全員に聞こえた。
どくん。
倉庫の空気がみるみる冷えていく。
非常灯の赤が濁り、床に広がった黒い液体がじわじわと残骸へ戻っていく。
洸太は即座に後退し、ミーコも距離を取る。
ハルが低く唸り、アキがミーコの肩へ戻る。
高所から、由香はスコープ越しにそれを見続けていた。
絶対この怪異は中級じゃない。
誰も口にしないまま、3人の認識が一致した。
to be continued…
14話目の前編です。暇潰しになれば幸いです。
後編は明日には投稿します。
ここまで見てくださった方、ありがとうございました。
今後もよろしくお願いします。
スパナチュ見てるので投稿頻度にムラがありますが、モチベ継続の為なので目を瞑って欲しいです(ガチ)