戦え! 超強化生命体傭兵レイヴンちゃん!【本編完結】 作:ゼフィガルド
「バレンタインデーってなに?」
夕飯時。ルビコンに居た頃には味わえなかったような有機的で瑞々しい料理を味わいながら、レイヴンは皆に疑問を投げていた。
彼女と同じ位、外の世界における常識に疎いツィイーも首を傾げ、六文銭へと視線を向けた。傭兵として練り歩いて来た彼ならば詳しいのではないかと。
「バレンタインデーか。元は恋人や家族と愛を祝う日とされている。ただ、国によって催しの内容は違う。学友からは何と聞いている?」
「チョコを上げる日って聞いた。チョコちょうだい」
ルビコンでも稀に支給されることもあった為、存在は知っているらしい。これについて、スウィンバーンは首を横に振っていた。
「レイヴン、それは企業の販売戦略だ。貴様まで乗っかる必要はない。ラスティ、教員達の方で規制は無いのか?」
「スウィンバーン。ウチの学園は企業の忖度で成り立っている場所だぞ? 禁止する訳無いだろう」
兵器を作っている会社の関連企業の中には製菓会社も存在している。
故に学園側から規制するつもりは一切ないという意図は新任教師として赴任したラスティにも通達されていた。
「良い見方をすれば小さい内に企業の思惑と経済の観念を知る日。として、考えられているのかもしれんな。本来の意味を置いて、だが」
むしろ、いずれは企業の経営などに関わって来る者達としての感覚が一般人とズレ過ぎない為にも必要な日であるとすら考えられているのかもしれない。
長年、企業を相手に渡り歩いて来たウォルターからの言葉だからこそ詭弁ではなく素直に受け取れる部分も大きかった。
「どうやったら、チョコレート貰えるの?」
だが、そんな難しいことがレイヴンに分かる訳も無かった。彼女の関心は、蠱惑的な甘味にしか寄せられていなかった。そんな彼女を諭す様に六文銭が語り掛けた。
「レイヴン。バレンタインデーと言うのは、一般的には女性から好意を持つ男性へとチョコレートを渡す日だ。友人や家族に渡すというのもあり得るが」
「貰えないの?」
納得云々ではなく、既に貰えると言う前提で話している体だった。
彼女がルビコンで蓄えた報酬を考えれば、一生掛かっても食いきれない程の量を買うことも可能だったが、ウォルターから金銭管理を引き渡されたスウィンバーンが許す訳も無かった。
このままでは延々と強請られると踏んだのか、次なる話題に移ろうとした時、男性陣がピタリと口を噤んだ。全員の視線がツィイーに向けられたことにより、言うべき内容を察したのか、彼女は口を開いた。
「レイヴンはさ。誰かにチョコレートを上げたいとかあるの? ほら、好きな人とか……」
もしも、男性が口を開けば自分の名前を挙げられない恐怖に支配され、あるいは、チョコを強請る頭ノーザークと思われかねない可能性があった。故に、これは同性であるツィイーにしか出来ない質問だった。
「えぇっと。ウォルターでしょ、ラスティでしょ、スネイルでしょ、スウィンバーンでしょ。それにエアも! 後は、えーっと」
そこから直ぐに名前が出て来ない辺り、彼女が思う所の好きな人。というのは、この5人になるのだろう。
ウォルターは静かに微笑み、ラスティは満面の笑みを浮かべ、スウィンバーンは浮かれまいと自らを律しながらも、溢れる喜びを隠せないのか表情が凄いことになっていた。
『私もカーラから義体を頂くべきでしょうか? フフッ。フフッ』
レイヴンの脳内では、戦場から解き放たれ随伴型保護者となった彼女の喜色に満ちた声が響いていた。……緊張感に満ちた日々からの反動で、やや浮かれポンチ気味でもあったが。
「レイヴン。私は?」
「え?」
名前を挙げられなかった六文銭に対する回答はこの上なく残酷な物だった。
普段から送迎やら家事やらをしてかき集めたハズの尊厳は『SG-027 ZIMMERMAN』の散弾を食らったが如く粉砕されていた。
サラリと省かれたツィイーも思うことはあったし、思った時点で心を読まれていたのか。レイヴンは少し困った様な表情をしていた。故に、必要なのは良い訳でも何でもなく、これからのことだった。
「学校にはいないの? ホラ、色々といるんでしょ? スネイルに似ている事か。デイヴィッドだっけ?」
「マリーとハロンは好きだよ」
この2人の名前は度々話題に上がっていた。素性に関しても既にウォルターが調べ上げていた。
マリーはメリニット社の役員の令嬢であり、ハロンはファーロン・ダイナミクスの技術主任の子息であるらしい。こちらに関しては、ミシガンからも色々と聞いていた。
『ウォルター! ミサイルと言うのは直進的な人間を表す例えとして使われることがあるがな。実際は多数のセンサーや推進機構によって複雑に目標物を捕らえる技術の結晶なんだ! ハロン坊やは直情的にも見えるが、実際はミサイルの様に複雑な思考も出来る賢い子だ! 仲良くしてやってくれ!』
粗野に見えた言動の節々に気遣いが垣間見える彼が言っていたのだから、事実なのだろう。気が回る人間で無いと人の本質を捉えることは難しい。
「では、義理チョコなる物はどうだろうか。何も本当に好きじゃなくとも、今後の付き合いを円滑にする上で贈答する場合もある」
社会を練り歩いて来た六文銭から、処世術の一つとして提案された。
ただ、先程の会話もあり、提案ではなく『自分も欲しいだけじゃないか?』と思われている可能性に気付いたのか、間の悪さを誤魔化す様に視線を逸らしていた。
「六文銭も欲しいの?」
そんな部分を察するのは難しい年頃だった。はいと答えれば少女相手に強請るおっさん。いいえと答えれば、話題に一人置いて行かれる男。逃げても1つも手に入らない状況だった。
「レイヴン、何でも経験さ。やってみたら、どうだ? 少なくとも、私は君が作ってくれたチョコレートが欲しい」
そんな六文銭を見かねたのか、ラスティが助け舟を出してくれた。
婉曲的ではなくストレートに言ってのけたら話題も霞むと狙ってのことだったが、スウィンバーンは内心でコッソリと思っていた。
「(貴様がそう言ったら、催促した様に聞こえてしまう言動をした六文銭が余計に惨めになるのでは?)」
「レイヴン。私もやってみたいからさ、今から一緒に材料を買いに行かない?」
「うん。行く!」
この場を支配しようとする空気を打ち払うべく、ツィイーも話題に便乗した。
空になった食器を自動洗浄機へと浸けて、彼女達が出かける準備をする中、六文銭は車を出すべく立ち上った。
~~
『チョコレートの製作と言うのは、何も原材料から作る訳では無いのですね』
既にインターネット上から多数の情報を入手したエアは、企業から出されている大量の広告を避けながらレシピを入手していた。
購入したクーベルチュールと呼ばれる成形済みのチョコレートを湯煎で、溶かした後。様々なアレンジを加える。というのが一般的であるらしい。
「ACを組み立てるみたいだね」
『確かに。アレも企業から出されているフレームや武器を組み合わせる物ですからね。チョコレート作りではなく、AC製作と考えるのもいいかもしれません』
レイヴンが出した例えは見当違い。という程でも無かった。
機体を構成するパーツは出来合いの物だし、フレームの塗装や貼り付けるエンブレムなどで十分に個性が出る。
一般的な化石燃料を使うガスコンロは殆ど無く、いずれも電熱によって調理が行われる。ツィイーも付き添いながら作業は進んでいた。
「ねぇ、レイヴン。折角、誰かの為に作るんだからさ。その人の好みとかに合わせようよ」
「おぉ。良いアイデア」
クーベルチュール以外にもトッピングや材料などは多数購入していたので、アレンジの利かせようは幾らでもあった。
「ラスティのはミールワームを入れて……」
「待って。もっと普通の」
何でも食べるミールワームはルビコン以外でも健やかに育つ。彼女は自室に戻ってゲージでスヤスヤ寝ている虫を捕りに行こうとして、止められた。
流石にコーラルを与えていない為、少し大きい虫位までしか成長していなかったが文明社会にまで来て、虫はあまりに挑戦的すぎたのでツィイーが止めた。
「普通って?」
ルビコンでの食事情において普通で文化的な物と言うのは存在し無かった。
企業のレーションはマシと言えど、決して美味という程ではない。現在の食生活に移って、まだ日も浅い。
一般的な話題に浮かれるにはまだ日常への回帰が進んでいないことに、ツィイーが口籠っていると、代わりにエアが応えた。
『レイヴン、そういう時は素直に聞きましょう。普通は相手の考えていることが分からないから話す物なのですよ』
「分かった!」
パタパタと彼女は贈答するべき相手の好みを聞きに行った。
そう。彼女はまだ少女。外面を取り繕うのはもう少し大きくなってからでいい。彼女が聞いて回っている間、ツィイーは具材を細かく刻み、湯煎した物を入れる容器を準備していた。
~~
当日、学園はソワソワしていた。初等部も高等部も関係なくソワソワしていた。
これは何もチョコレートを受け取れるかどうかに限った話ではない。渡す側は権力者達へのコネ作りに。貰えない者達は、貰った強者達を褒め称え取り入る為に。子供達を介した腹の探り合いにも近いイベントであるが、単純な好意だけでの贈答もあるにはあった。
「はい! マリーとハロンにも!」
「真剣(ガチ)で!? 本気! 感謝(マジ! ありがとう)!!」
「スッゲー嬉しい! 開けて良い!?」
クラスメイト達からも微笑まし物として見られ、ハロンがラッピングを解くと。中からは……チョコレートから大量のアーモンドが突き出した、発射直前のミサイルランチャーの様な造詣の品が出て来た。
クラスメイト達からセンスが疑われる中、ハロンは特段気にせず齧りついていた。男子らしいワイルドさだった。
「うめぇ! ありがとな!」
マリーもラッピングを解いた。すると、チョコレートの表面には大量のキャンディが浮き出ていた。もしも、受け取った人間が集合体恐怖症であったなら放り出したくなる品物だったが、友人からの贈答品を投げ捨てまいとする理性で抑え込み、一口齧った。瞬間、食う内でキャンディ内に圧縮された炭酸ガスが弾けた。
「どう?」
「独特!!! はい! こっちもお返し!」
今度はマリーから2人へと渡された。レイヴンは直ぐに包みを解いた。
そこには、頂上が爆発して避けた様子を呈しているチョコ蒸しケーキがあった。表面にはチョコチップが埋まっている。
「美味い!」
「でしょ!! 頑張って作ったの!!」
2人から好評だったことに喜んでいる中、ガラリと教室の扉を開けてやって来たのはデイヴィッドの取り巻きの1人。黒髪大柄女子の『亭湖(ティンフー)』だった。その手には蒸篭(せいろ)が乗せられていた。
「レイヴンちゃん。私の分は?」
「ない!」
『そんなに勢いをつけて言わなくても』
教室内の温度が下がった気がした。仮にも一大グループを築いている男子の側近に対して、ここまで遠慮のない物言いをするとは。しかし、彼女は特に気にした風も無かった。
「来年は私にも頂戴ねー。はい、コレ。ウチで蒸したの」
蓋を取ると中からは白くて丸い饅頭が出て来た。3人分用意されていた所を見るに、自分達に取り入るつもりで用意したのだろうということをマリーとハロンは察していた。それは置いといて、3人とも頬張った。
「うめっ。うめっ」
予想していた通り、中身はチョコ餡だったが、先程食した者達と比べて明らかに美味かった。そして、何かを思い出したようにレイヴンはカバンから包を取り出していた。
「ティンフーのじゃないけれど、デイヴィッドにあげる」
「私の分は用意してくれてないんだー。でも、ありがとねー」
貰うだけ貰って本人にはお預けとか言う、結構サディスティックな光景だった。教室の外が少しばかり騒がしくなっていた。
【残念だったな。眼鏡! 俺の分はあるけれど、お前の分はねーってよ!】
【何を言っている。本当は用意しているけれど、渡す理由が無いだけかもしれないだろう!】
【そうだと良いな! ギャハハハ!!】
そんだけ騒いでいれば読心能力が無くても分かる。なので、レイヴンはもう一つ用意していた物を取り出した。……スティック状に固められたそれは手作りなのだろうが、市販品っぽい見ためをしていた
「ついでに、これはアークに渡す分。スナイデルが細くて軽いのが好きって言っていたから」
【スナイデルゥウウウ!!】
【だって、いっつも似た様な物を食っているじゃないですか!】
とは言え、本当に用意してくれていることを知ったのでガラリと扉を開けてアークが入って来た。すまし顔をしているが、先程までシャウトしていた年頃の男子である。
「あ。アーク。コレ上げる」
「ほぅ。貰っておきましょうか」
クールを気取っているが手は若干震えていた。ティンフーはその様子を傍目に受け取ったチョコをデイヴィッドへと渡していた。中身はハロンに渡したアーモンドランチャーチョコと似たような感じでジマーマンチョコだったらしい。
~~
レイヴンが学園に行っている間、スウィンバーンとウォルターは再生局へと赴いていた。彼女の治療だけではなく、2人共コーラルの影響や施術の副作用などが無いかも含めて、定期的に通っている。
「規則正しい生活をしている様ですね。以後も同じ生活をお願いします」
診断結果にスネイルが安堵していると、ウォルターから小箱を渡された。可愛らしいラッピングとメッセージカードが添えられている。
「企業所属だから。これ位は分かるだろう?」
スネイルの作業机の上には、高級なチョコが未開封のまま積み重ねられていた。彼が最初に手を付けたのは、ウォルターから渡された物だった。
中にはミルクが混ぜられ、マーブル状になっているチョコが入っていた。スネイルは、険の無い優しい笑みを浮かべていた。
「閣下はフィーカにミルクを入れることが多かったですからな。あの娘もきっと、それを憶えていたのでしょう」
「気遣いを覚えたのは立派なことです」
味は大したことは無い。しかし、平穏に馴染んだ彼女が普通の少女らしい振る舞いを、自分へと向けてくれたことが何よりもうれしかった。
「ちなみに私はミールワームのチョコ漬けでした。意外と美味かったんでビックリしたんですけれど」
「俺は犬の形をしたチョコレートだったな。甘さは控えめだった」
平穏に戻った様に見えて、割と彼女らしい所は健在だった。そう言った話を聞いて、談笑に花を咲かせている中。部屋の前では包を持ったペイターとゲンナリした1317が居た。
「ヤバイ。折角、髪の毛に見えるチョコレートを作って来たのに!」
「お前、いい加減に毛髪ネタ擦るのを止めろよ」
小さい声で話していたとしても、スネイルも強化人間である。しっかりと聞こえていた。そんなことよりも大事な話を聞くことを優先していた。
~~
「先生! 受け取って下さい!」
「ありがとう。後で頂くよ」
ラスティはモテた。生徒、教員問わずに兎に角モテた。教師としての能力のみならず人柄や外見も含めて、とんでもない位に貰っていた。
これに対して同僚の男性教師から向けられたのは嫉妬ではなく、むしろ憐憫だった。何故なら、これだけ上流階級の人間から唾を付けられたら、身動きも出来なくなるだろうからだ。
「いや、ラスティ君も大変だね」
老年のベテラン教師から気遣いと共に温かい茶を出された。口の中にベッタリと張り付いたカカオを洗い流す上では、非常に役立った。
「ありがとうございます。ただ、こうして広く受けいれられていること事態は嬉しく思いますよ」
敵対組織の中に潜り、常に気を張り続けていた頃に比べれば大したことは無い。そんな彼の爽やかさに同僚達からも笑いが起きていた。
学園内でも賑やかで穏やかな光景が繰り広げられており、1日の仕事を全うした後、自宅へと戻ると。玄関口にはレイヴンが待機していた。
「ラスティ! コレ!」
「本当に用意してくれたのか。頂こうか」
大量のチョコレートが入った紙袋は一旦置いて、彼女から渡された箱を開ける。すると、中にはチョコレートフォンデュに溺れるミールワームが入っていた。
……もしも、何も知らない人間が渡されたら敵対さえ疑う物であったが、ラスティは知っている。コレが彼女なりに気遣いなのだと。
「美味しいよ!」
「ありがとう」
先にチョコレートを食っていたので元気になっているのか、ミールワームの活きは良かった。口に運ぶと、体内に染み込んだチョコと彼らのたんぱく質が混じって……まぁまぁな物ではあった。
「なんというか。懐かしい味がするな。でも、今度は普通のが良いな」
「分かった!」
正直、これだけ豊かな生活が出来るようになったのだからミールワームは避けたいと思うようにはなっていた。食卓へと行くと、そこには目頭を押さえている六文銭の姿と真ん中に小さな穴の空いた円形のチョコが6枚。
「ほら、解放戦線に居た頃には色々とお世話になったしさ。六文銭? って名前の由来をアーカイブで調べたりしたんだけれど」
「今、私は歓喜に打ち震えている」
旧世紀の貨幣をあしらった物なのだろう。ツィイーから貰った彼は男泣きしていた。そして、隣ではスウィンバーンが難しい顔をしていた。
「レイヴン。今日が特別な日だということは分かるし、製菓の出費は可愛い物だ。だが、この様な出費をするのは取り決め通り。1年に1回だけだぞ?」
「うん」
壁には大きな箱が立てかけられており、既に包装は解かれていた。中には成人女性の義体が収められていた。既にセリアと言う前例を見ているラスティには、誰が使うかが直ぐに分かった。
「これは大したプレゼントだな」
「カーラからはタダで良いと言われたがな。今後の経済観念を身に着ける為に、621の口座から差し引いた」
物を買うということの意味を理解させる為、ウォルターは敢えて購入するという選択を取らせた。チョコと違って相当な額の掛かる物であるだけに、セリアとは違って不自然さのない人間らしい造詣となっていた。
セッティングも終えていたのか、1人でに動き出す。そして、彼女は周囲を見回した後、レイヴンに抱き着いた。
「ありがとうございます。最高のプレゼントです」
「えへへ」
バレンタインデー。チョコレートを渡すという通念が企業によって根付いているが、それ以上に親愛する相手へ気持ちを伝える日であり、レイヴンの気持ちは最適な形でエアへと伝えられていた。そんな、甘い1日だった。