魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの半廻天〉   作:カメン病

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淫獣編,上

 ※この話は本編8〜9の間の話です。必ず1〜8まで読了後お読みください。

 

 ここは、果てしなく青空が続くと思われていた天界の、その果ても果て。

 透き通るようだった青色は土の混ざった様な灰色に濁り、雲から雲へ欠伸が感染る様に稲妻が奔っている。

 そんな生憎の天気に関わらず決行されていたのは、大量の魔女同士による殺し合いだった。というよりそれが原因の生憎の天気だろう。そんな傍迷惑な戦争を注意深く観察すると、徒党を組んでいる魔女もいる。どうやら魔女にも陣営があるようだった。

 魔女の陣営は二つあった。天使軍と堕天使軍。そう、彼女らは正確には魔女ではなく天使。この戦争はまどかに与する者と仇なす者の戦争だった。

 

 「はああああああーーーーーーーっっ!!!!」

 

 その中で、魔法少女姿で一際目立つ存在が居た。さやかである。彼女は状況に応じて魔法少女の姿と魔女の姿を切り替えながら戦っていた。

 天使軍である彼女は堕天使達を、小回りの利く魔法少女姿で翻弄し破壊力抜群の魔女姿で的確に止めを差す。そうやって次々と堕天使軍を堕天使らしく空の底に墜としていった。

 その所業は正に海中を縦横無尽に泳ぎ回り船を襲う人魚だった。

 

 「はぁ……はぁ……。本当にキリがないわね…。」

 

 明らかに他の天使軍より撃墜記録を更新しているさやかでも、終わりの見えない堕天使軍との戦いに途方に暮れていた。

 

 “キリがない? それは神の因果応報でしょう?”

 

 「……………………。」

 

 堕天使軍はさやかの独り言にそう返答した。

 彼女らの言う神とは、勿論まどかのことである。

 

 “私達は神の傲慢の犠牲者。それに天使軍が辟易した程こそが、そのまま私達が受けた屈辱の程だ”──と。

 

 要するに堕天使軍は、まどかの円環の理による自分達の救済は余計なお世話だったと言いたいようだ。

 

 「……………何が犠牲者よ堕天使共…。私達が憎むべきは……!!」

 

 さやかは堕天使軍に、真の敵の名を示そうと言いかけるが留まる。

 

 「………………………。」

 

 検索に失敗したからではない、もうさやかも分かっているからだ。その存在もまた悪ではないことが。

 

 「………まどかの傲慢………ね。」

 

 確かに堕天使軍の言う事も一理ある。と、さやかは思い直す。

 まどかは魔法少女達に相談した訳でもなく、独断で全ての魔法少女を救った。それは相手に真実を伝えず魔法少女の契約をさせるキュゥべえと、本質的な違いはないとさやかは考えたから──ではない。

 さやかは、まどかとキュゥべえには明確に違いがあると考えている。それは善意の有無だ。まどかには間違い無く慈愛の心があった。

 かと言ってキュゥべえも、信じられない事に悪意があった訳ではないのだろう。しかし少なくとも、お互いの種族の違いを考慮したって誠意ある対応をしていたとは思えない。

 だからさやかは、まどかとキュゥべえが完全に同じとは考えられない──が、しかし同時にまどかの善意が全面的に正しかったとも思わない。

 何故ならまどかは魔法少女救済の為に、地上に残った大切な人達を早くに不幸にしてしまった。それがどれ程愚かな事か、さやかは痛い程分かっているつもりだ。

 だからどの道さやかには、まどかの行為を正当化するつもりがない。どころかまどかがまた懲りずに誰かの犠牲になろうとしたら、自分が心中してでも止める覚悟があった。

 しかしその上で、

 

 「だからってあんた達をこの世界にのさばらせる訳にはいかない。」

 

 さやかは堕天使軍との戦争を選ぶ。それはさやかが戦闘狂だからではなく、堕天使軍がまどかとどころか、世界と無理心中する気だからだ。

 

 “舞台があるから悲劇が始まる。命が生まれるから苦しみが呼吸する。希望さえ孵化しなければ絶望は羽化しない。”──それが堕天使軍の主張だった。

 

 「………………………。」

 

 その主張を、誰がしようが別に良いとさやかは思う。色々思うところはあれど、個人が何を考えるかは自由だからだ。少なくともさやかはその主張をする全ての堕天使を取り締まろうとは思っていない。

 あくまでさやかが許せないのは、中でも過激で、無実の人間を巻き込む者達。その存在が今回は偶々、目の前の堕天使軍だったという事だ。

 

 「!!」

 

 天使軍と堕天使軍の交渉が改めて決裂したのを合図に、堕天使達がある一点に向かって集まり始めた。その様はまるでブラックボールで、一人の堕天使が自分以外の堕天使達を吸収している様だ。

 そして全ての堕天使が吸収され終えると、同時にそこに現れたのはワルプルギスの夜だった。堕天使軍は融合による戦力増強を計ったのだ。

 どっと周囲の雲海が雨に帰り始め、代わりに地表さえ見えなかった天下に嵩増した海が現れた。天界では珍しいそれを観光しに稲妻と暴風もごった返す。ここが地球だったら人類は破滅していただろう未曾有の異常気象だ。それがそのまま『堕天使ワルプルギス』の脅威の程を表していた。

 

 「……ったく………勘弁してよね、天使軍の運営も楽じゃないってのに。」

 

 それを見てさやかは長期の時間外労働を覚悟した。

 

 「これでチャラだからね…………………………キュゥべえ。」

 

 そう独り言を締めるとさやかは、戦いが終わった後まどかに給与交渉する事を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鹿目詢子、鹿目知久、鹿目タツヤ、早乙女和子、中沢、上条恭介、志筑仁美、他数十名は、自分達の目の前の光景を疑うしかなかった。

 

 「……………何………ですの……………これ……………??」

 

 彼女らが居るのは、見滝原市のとある高層ビルの上層階。普段ならこのビルと無関係な者も多いが、緊急事態のため一時的に避難している。

 緊急事態と言うのは現在見滝原市に災害が発生していると言う事だが、あまりに突発的で大規模な災害だったため見滝原市はほぼ壊滅状態となっていた。詢子達がビルの上層階に避難しているのも、街のほぼ全てが洪水に飲まれてしまっているからである。

 

 「駄目だ皆! 真下の階にも水が浸水し始めてる!! もっと上の階へ!!」

 

 エレベーターではなく階段でビルを登り、疲れていた皆に知久が危険を知らせる。

 

 「っそだろオイ、ここ何十階だと思ってんだ…!? こんなの……有り得ねーって!!」

 

 口に出しているのは詢子だか、気持ちはここに居る全員同じである。ハザードマップが一切通用しない、未曾有の災害に皆混迷を極めていた。

 そして知久の提案通り一行はもっと上層階へと急ぎ、最終的に屋上まで到着した。しかし改めて外を見渡して絶望する。もう荒れ狂う水面から覗くビルは、ここを含めまばらにしか残っていなかった。

 

 「くそ……本当に急な災害で……食料も碌に持てなかった………。これからどうやって凌げば……」

 「それ以前の問題だ……、こんな災害……絶対見滝原だけで済んでる筈ない……。少なくとも日本中の人が死んでるよ……。……………これじゃ万一生き残ったって僕達も…!」

 

 中沢の心配に対する恭介の返答は及第点だった。実際は世界中が同規模の災害に見舞われている。

 

 「落ち着いて皆! 災害もいつか勢いは収まるし、家族もきっと無事です! 諦めちゃ駄目!」

 「……………………………。」

 

  和子が皆を励ます。が、それに返答は誰も返さない。それは和子の空元気が見え透いていたから…という事もあったがそれ以上に、皆が遠くの空から飛んでくるものに目を奪われていたからである。

 

 「あれなにー?」

 

 タツヤが問うたそれこそ、この災害の原因であるワルプルギスの夜だったが、詢子達がその正体に気付く事はなかった。詢子達は他の多くの世界線に漏れず、この世界線でも魔法少女と一切の関わりが無いからだ。

 

 「救助用のヘリ……な訳ないよな……。」

 「……船? ……いっぱい来てる……。」

 「デカ過ぎるだろ……。どうやって浮いてんだ? 幻覚?」

 

 そのワルプルギスの夜は船団の姿をしていた。ワルプルギスの夜を知らない詢子達が最も驚いた……いや、例えベテランの魔法少女でも驚いたであろう部分はその大きさである。小船の一隻だけで、幾多の世界線で見滝原市を襲った『舞台装置の魔女』並のサイズ。更に本船の大きさはその何十倍のサイズである。加えて船の総数は三十以上。その全体像の迫力は圧巻の一言だった。

 船団はビルとはまだ距離を離しながら動きを止めたかと思うと、小船が一隻だけこちらに近付いてきた。

 

 「………………………乗せてくれる……のかな?」

 

 それもある程度距離を残して動きを止める。それ以上近付く気配は無い。

 

 「……………………???」

 

 そのまま暫く何事も無く時が流れると、船団の意図を計りかねている詢子達の中から悲鳴が上がった。

 

 「ぎゃあああ!!!」

 「何だ!? 」

 「急にどうし……ぐあ!!!」

 「おい!しっかりしろ!! 何だよこの出血は!?」

 「ぐぇあっっ!!」

 「気を付けろ!! 誰か凶器を持ってる奴が居るぞ!!!」

 

 屋上には小船から使い魔が飛び移って来ていた。次々と見えない敵に襲われパニックになる詢子達。

 そこに

 

 「ティロ・…………フィナーレ!!!!!」

 

 大蛇姿のなぎさに乗って、空からビルの屋上に駆け付けたマミの一撃に、使い魔は貫かれその勢いのまま洪水に落ちた。

 

 「!!?」

 「何だ今度は…………。お前か!?通り魔は!!」

 

 使い魔が見えない詢子達は、マミ達が自分達を助けてくれた事が分からない。突如現れたマミ達を疑うのは仕方の無い事だった。

 

 「はぁ…はぁ… …………………!!」

 

 直前まで悪魔ほむらの足止めで魔力を使い果たし、詢子達へ弁明する力も残っていないマミ達。しかしその目には、自分達を敵視する詢子達よりももっと恐ろしい光景を映していた。

 先程の使い魔はまだ仕留め損なっており、辛うじて掴んでいた屋上の端からまた這い上がってきた。そして小船からは続々と別の使い魔達も屋上へやって来ている。一体一体が通常魔女級のプレッシャーを放っているし、その数は十以上。先程の一発が最後っ屁のマミ達に取って、勝率は勿論生存率も0だ。

 …否、本当の最後っ屁はまだある。こんな事もあろうかと取っておいた…

 

 「……ごめんなさい、今の私にはこうするしか……」

 

 誰かに謝罪しながらマミは小型の銃を精製し、その銃口を己のこめかみのソウルジェムに当てた。

 まだまどか達から円環の理が復活した報告は無い。故にマミはこのまま万一にも魔女になってしまう訳にはいかないと思った。

 

 「マ………ミ………、駄目……なの…で……!」

 

 魔法少女姿に戻り、もう魔女化もできなくなってしまったなぎさが、マミの制止の為に最後の力を振り絞り懇願する。が、マミの意志は固いようだ。

 

 「鹿目さん……、そして百江さん……、いえ……べべ………、私がこの世界で魔女の真実を知って耐えられたのは、前の世界での貴方達の記憶があったから。」

 

 マミは小型の銃だけでなく、なぎさと詢子周辺にリボンの結界を張っていた。マミが死んで結界が解けるまでは遺言の猶予がある。

 

 「……貴方達と出会えて本当に良かったわ。……そしてどうか手遅れでなければ……佐倉さん、美樹さん、…………暁美さんを宜しくね。」

 

 そう言い遺すと、引鉄に指を掛けるマミ。

 

 「また会いましょう、どこかの世界で。」

 「駄目ええーーーーーーーっ!!!!!」

 「待っ──」

 

 なぎさと、状況が掴めないながらどこか見覚えのある気がする少女の哀しい末路を、和子が止めようとすると──

 

 「ちょっと待ったあああーーーーーー!!!!」

 「「!!!!」」

 

 何者かの叫び声と共に、這い上がってきた使い魔は赤い閃光に薙ぎ払われ再び洪水に落ちた。今度こそ藻屑となったのかその使い魔が二度と上がってくる事はなかった。

 

 「佐倉さん!!」

 「バッキャロー!!!! 早まるんじゃねー…。愛弟子達を信じられねーのか!!!??」

 

 叫び声と赤い閃光の主は、天界から帰還した杏子だった。ブチギレる杏子とは対照的に一安心するマミ達。

 

 「あら、随分待たせておいた癖に口の利き方が…… って…佐倉さん、天使達は…?」

 

 マミ達は、駆け付けたのが杏子一人だけで再び不安になる。杏子が帰ってきたという事は、杏子のソウルジェムの穢れを管理していた天使達が戦線へ復帰すると思っていたからだ。

 

 「だからさー、信じろって愛弟子を。……う」

 

 ふらつく杏子。天界でほむらから受けたダメージで彼女も限界だった。実際この直後に後続の使い魔がマミの結界を破るのを許してしまう。

 詢子達は独りでに結界が破けたと思うだけで、逃げる素振りもない。

 

 「ぐ…、待ちなさ──!!!」

 

 マミの制止も間に合わず、後一歩で使い魔の魔の手が詢子達に伸びるというところで、今度は青い閃光が詢子達を取り囲む全ての使い魔だけを狙い降り注いだ。そのまま穴だらけからの木っ端微塵になる使い魔達。

 それにマミ達が驚く暇も無く更に近くの小船も、使い魔を貫いたものより破格に巨大な青い閃光で貫かれそのまま、元々浮いていた座標から更に上空に引き抜かれる。どうやら青い閃光の正体は光る銛?だったようだ。

 

 「な……何だあああ!!!???」

 

 マミ達も詢子達も何が起きたのか分からなかった。取り敢えずそれぞれ作業を中断してその銛の出所を見ると、生憎の天気で分かり辛いが恐らく銛と、それを掴む腕があった。舞台装置の魔女級サイズのものを貫く程の巨大な銛と、それを扱える程の巨大な腕だ。

 

 「どういう事だ……? ワルプルギス同士で争ってやがる!?」

 

 マミ達は巨腕の正体をワルプルギスの夜だと考えた。でなければこのサイズは有り得ないからだ。

 巨腕はそのまま、自分が刺した小船ごと銛を船団に向かって投擲する。そうすると当然の様に小船達で玉突き事故が起き、何隻も洪水に落下した。

 

 「うわああああああぁぁぁーーーー!!!!」

 

 その余波で生まれた津波が、マミ達や詢子達の居るビルの屋上を結局襲った。

 

 「…………………………………あれ?」

 「これは………結界!!?」

 

 マミ達と詢子達は津波に飲まれた。しかし皆無事だ。何故なら次の瞬間居たのは海中ではなくアクアリウムだったからだ。間一髪マミ達にも身に覚えがない透明な結界が屋上に張られ、救急車を避ける車の波の様にマミ達と詢子達を津波が避けたのだ。その現象は詢子達が居る以外の避難場所でも同じ様だった。

 

 「………この結界…こっちのワルプルギスのよね……? 私達を守ってくれてるの?」

 

 マミと杏子は当然の疑問を抱く。それに答えたのはなぎさだった。

 

 「マミ、これはワルプルギスでも…天使がワルプルギス化したものなのです!!! …しかもこの魔力の感じ…恐らく核は……!!」

 「「!!!!」」

 

 なぎさの一言で謎が解けたマミと杏子。今の結界に対して身に覚えはないが見覚えはあったからだ。

 答え合わせするように、巨腕の最も得意とする得物である『剣』が、距離を無視した斬撃を残りの船団に浴びせる。船団はまるで写真の絵が破けるかの様に横一文字から砕け散って、また津波を起こす。

 

 「………………すげー……………。」

 「眩し…!」

 

 見滝原市の生存者達は目が眩んだ。災害の正体であった船団のワルプルギスの夜が退治され、見滝原市の曇天が割れてそこから久し振りの光が差し込んだからだ。そしてそのお陰で巨腕の、本体含めた全体像が明るみに出る。

 マミ達は正解に近い予想をしていたから平気だったが、詢子達は完全に度肝を抜かれる。そもそもデカ過ぎて結局全体像の把握は難しいのだが、その姿が魔女さやかの姿をしていたからだ。正確にはバージョンアップした魔女さやかの姿。多彩な武器を持つ多腕になっていたり胴が長くなっていたり、尚更凶悪な姿だ。

 天使のワルプルギスはワルプルギス化を解いた。融合していた何千もの天使達は拡散し自由になる。そしてその中には案の定さやかが居て、マミ達がいる屋上に駆け付ける。

 

 「マミさん、なぎさ、杏子………、 お待たせ。よく頑張った! 会いたかったぞこんにゃろー共!」

 「美樹さん!!」

 「さやか!!」

 「……ったく、こっちの台詞だよ…バカ野郎…。」

 

 さやかも杏子もマミもなぎさも、この世界の惨状を差し置いて素直に再会を喜ぶ。確信しているからだ、この惨状はこれから何とかなると。

 

 「………美樹……さやか……?」

 「さやか………さん?」

 「…………………。」

 

 マミとなぎさに続き、知らない筈の名前を口にしながら知らない筈の少女を見詰める上条と仁美。鹿目一家も同じく見詰める。

 見詰められた少女は一瞬、もしかして自分の事を思い出しそうになってくれている?と考えたが、まぁ正体不明の自分だから警戒されているのだろう。彼らには色々思うところあれど取り敢えず、手振りと微笑みのみを返すさやか。

 

 「な……何だあの空!??」

 

 次の瞬間、中沢が空に視線を移し驚く。

 

 「!!!!」

 

 マミ達も空に振り返ると、そこにはまた新たな異変が起きていた。正確には空に異変があるというより、空そのものが異変となっていた。が正しいか。

 ベースが原色も真っ青の真っ黄色になり、柄には色彩豊かなで人工的な五芒星が等間隔に敷き詰められている。その様はまるで、夜空を題材にしたパッケージが地球の外を包んでいる様だ。

 

 「これも……ワルプルギスの仕業かよ??」

 「災害というより結界……─ いやでも、ワルプルギスは結界を持たない筈なのです! 何より大き過ぎるのでは…」

 「もしかして…あれ、ワルプルギスそのもの……???」

 

 最後に言ったマミの台詞が正しく、それは本物の空がそうなった訳ではない。背景を1ビットも漏らさない程巨大なワルプルギスの夜の姿だった。先程の船団も比較にならない──というより、先程の船団さえただのこいつの使い魔だった可能性がある。それくらい有り得ない規模だが、『ワルプルギスの夜』という名称には最も忠実な個体だった。

 

 「……アンゴルモアとでも名付けましょうか……。」

 「う………ん、そうなんだろうけど、…………だとしたら何で恭介達にも見えてんの?」

 

 あれがワルプルギスの夜だとしたら一般人には見えない筈。しかし詢子達は全員空の異変に釘付けになっていて、その事実に混乱するさやか。

 

 「それなんですがさやか、どうやらワルプルギスも大き過ぎると一般人に見えるみたいなのです。」

 「!? え……!」

 

 なぎさは詢子達の様子からその結論に至った。ここに来ての新事実に驚くさやか。

 

 「なのですよね? 鹿目一家さん。さっきの艦隊は見えていたのですよね?」

 「えっ??…… あ、うん……? 艦隊…っていうか船団…だったような?」

 

 態と間違えたなぎさの質問に、咄嗟ながら詢子は訂正しながら答える。先程のワルプルギスの夜に軍艦は無く全て帆船だった。

 

 「本当みたいね…。…多分、姿を見えなくする必要も無いくらい強い魔女だからかしら…?」

 「マジ…? って事は…さっきの私達も見えてた??」

 「多分そうなのです!」

 「………………………。」

 

 さやかは数多ある世界線の記憶を遡ったが、この人数の一般人に正体がバレる事は滅多に無い。思わぬレアケースにさやかが取った行動は……

 

 「あー……、てな訳で! あたし達魔法少女は日夜、人々を世界の脅威から守っているのでした!! 良きに計らえ!!!」

 「……………………………。」

 

 正体不明の存在による突然のカミングアウトに、沈黙するしかない詢子達。何で私達の名字知ってるの?と突っ込むタイミングも逸する鹿目一家。

 しかし今のさやかに限っては、正体不明なのは魔法少女達からもだった。

 

 「……美樹さん?」

 「………………何してんだ?」

 「疲れているのですか?」

 

 この緊急事態に。本当にさやかが何をしてるのか分からないなぎさと杏子。

 

 「い…いや、どうせあんな化け物、あたし達から出来る事は何も無いでしょー? …だったら今の内に少しくらい感謝されても良いじゃーん!!」

 「………………………。」

 「な…何よー!? その憐れむ様な目は!!!やんのかーーっ!??」

 「…………………。」

 

 敢えて口にはしなかったが、実はマミは少しさやかの言い分が理解できていた。ヒーローの身バレは様式美として憧れがあったからだ。

 

 「すっごーーーい!! まほうしょうじょーー!!?」

 「おお、その通りだタッ……お坊ちゃん!! ずがたかいっ!! ヒカエオローーー!!!」

 

 その幼さ故に信じるタツヤを、集中的にカモにする卑しいさやか。

 

 「ははっ……。」

 「ちょっと!! 今普段とキャラ違う笑い方しなかった!?あんた!!」

 

 タツヤとは対照的に苦笑するなぎさ。まぁさやかは一応本当の事を言っているのだが。

 

 「「「「は……ははーーーーー!!!」」」」

 

 大の大人達もさやかの言う事を信じ始めた。さっきから現実離れした光景を見過ぎたから無理も無い。一人が平伏すと周りも釣られて平伏し出す。

 

 「あ、ちょっと……、本当にヒカエオらなくても……」

 

 罪悪感が勝ってしまうさやか。特に知ってる大人も居るから尚更である。

 

 「ちょっと、やり過ぎよ美樹さん。」

 「あはは〜、ごめんごめん……。」

 「おい、何か来るぞ!!!」

 

 杏子がアンゴルモアの攻撃開始を感じ取る。さやかに痺れを切らしたのはマミだけでなくアンゴルモアもだった。アンゴルモアの柄の五芒星達から隕石が降り注いだ。

 

 「!!!!!」

 

 その内の一つが見滝原市目掛けて降ってきた。一つでも直撃すれば街一つ壊滅するであろうそのサイズと威力を、さやかを含む天使達が魔力を総動員して上空に編み出した大規模結界で受け止める。

 

 「んぎぎぎ……………!!!!」

 「受け止めた!! でも……」

 

 見守るしかない天使以外の人々は、この隕石の置き場に困るのではないか?と思ったが杞憂だった。

 結界を一部の天使達が中央を支えたまま、他の天使達がテーブルの四隅からテーブルクロスを引き剥がす様に持ち上げ始めた。そして完全に裏返して、虫を食べる食虫植物の様に隕石を包ませる。するとそのまま結界は萎んでいき隕石が消えた。隕石消失マジックである。

 実は天使達は魔女の結界と同じものが使え、今の大規模結界はその応用である。それぞれのマイ結界を皆で連結させる事により破格のスペースを実現した。

 

「凄い!! でも…」

 

 だが安心したのも束の間。アンゴルモアは休み無く隕石を放ち続けるし、直ぐに大規模結界も定員オーバーになってしまうだろう。事実二撃目が間近に迫っていた。

 

 「くっそー、キリがないなーー!!」

 

 さやかがそれを煩わしく思っていると、

 

 「おいさやか! 二人はどうしたんだ!? まさか…」

 

 さやかがお勤め中とは理解しながらも、杏子は堪らずあの二人を心配して現状を聞いてしまう。

 

 「大丈夫!! そろそろ……」

 

 さやかが二人の無事を保証した次の瞬間、否、次の瞬間は来なかった。人々も魔法少女も天使も魔女もインキュベーターも、隕石も地球も月も太陽も、全てを含めた宇宙が平等に時間を止めた。神と悪魔を除いては。

 次の瞬間、地上の者達の思考を除く全ての時間が再開した。隕石が空を逆走している。流星痕を蹴散らしながら駆け上っていくからだ。その現象は全ての隕石に起きているようで、あろう事かそのまま彼らは生まれた時のスピードの保ちつつ、産みの親であるアンゴルモアを蜂の巣にした。

 人々が思考停止したのはそれ自体の不思議さもあるが、それが何の前触れも無く唐突に起きたせいでもある。まるでボールがバットに当たる瞬間のみをカットされたホームランを観たかの様な。慣れ親しんだ家の中で奈落の底へ足を踏み外す様な、処理不能の衝撃。一部の魔法少女を除いては。

 

 「これは………時間操作!? という事はですよ………!!」

 「あら…惜しかったわね?アンゴルモアさん。」

 「改めて見ても妙な技を使いやがる。」

 「もー、遅かったじゃない、二人共!!」

 『遅れてごめん……穴を塞ぐのに手間取ってて。』

 

 この世界の誰も聞いた事が無い声がした方を皆が振り向くと、この世界の誰も見た事が無い人物の姿があった。白と黒が混在するドレス。ピンク髪と黒髪が混在する長髪。ピンクと紫のオッドアイ。得物には弓矢を携えている。

 世界の誰もには魔法少女と天使も含めるが、しかし彼女らにのみ見覚えのある特徴ばかりで、実際彼女らはその正体を一目で察した。

 

 「………鹿目さんと………暁美さんの合体!?」

 「まさか……ワルプルギス化したのですか!? 神と悪魔が……!!?」

 

 そう、察しの通りそれは、まどかとほむらの合体した姿だった。宇宙滅亡の危機に神と悪魔が手を組んだのだ。

 正確にはほむらの中にある『神』を、まどかに完全移行するまでの待ち時間の間も二人が動く為の折衷案がワルプルギス化。

 

 『ごめんなさい、馬鹿な私のせいで…。でも…これで本当にもう終わりだから……。』

 

 神と悪魔のワルプルギスは渾身の魔力を込めた矢を、まどかとほむらが合わさった様なその声と共に、弓で真上のアンゴルモアに向けて放つ。一矢だった矢は発射直後無数に分裂し、自動追尾機能によりそれらがアンゴルモア含む全てのワルプルギスの夜を貫いた。貫かれたワルプルギスの夜は全て霧散していく。

 これは攻撃では無く円環の理による浄化である。つまり全時間軸の魔女を例外無く貫いており、全世界は救済されたが同時に終焉を迎える事も意味していた。世界が再び書き換わる。魔女の居ない世界に。まどかの居ない日常に。

 

 「空が晴れた………文字通り……。」

 「波も凪いでる……。やっぱ災害はあの化け物達のせいだったのか??」

 「ね…ねえ魔法少女さん達! これで私達は助かったの!? 日常は……これから戻って来るの!!?」

 『……………………。』

 

 書き換わる直前の猶予、『ワルプルギスの夜まどか☆ほむら』が民衆の声にどう答えようか迷っていたところをさやかが代行する。

 

 「おーうモチのロンよ! 死んだ人も壊れた建物もゼーンブ元通り! この最悪の出来事は最初からなかった事になるのさ☆」

 「ほ……本当ですか?魔法少女様!!」

 「当たり前じゃ~ん、私達魔法少女だよ? マ・ホ・ウ・ショ・ウ・ジョ!! 奇跡も…!魔法も…!あるんだよ!!☆」

 「「「「「ウオオオオオオオオ!!!!」」」」」

 「…………よくやるよあんた。」

 

 杏子が若干引いているが、さやかは嘘を吐いていない。聞かれていない事は教えていないだけだ。それでも民衆から歓声が上がる。

 

 「…ま、いっか。余計な不安を与えるよりかは。」

 「でしょー? キュゥべえと一緒にしないでよね!」

 「………………あんたとも……また暫くお別れだな。」

 「…………何?あたしと離れ離れで寂しい?」

 「…………………何だよ、あんたは寂しくねーのか?」

 「愛しのマイワイフがいるからね! ………あんたは……ほむらの事頼んだよ。」

 「………ああ……、任せな。」

 

 まどか☆ほむらは最後に詢子達の方を見やった。鹿目一家もまどか☆ほむらの事を見詰めている。

 そして

 

 「…………ありがとう!魔法少女──」

 「…………まどか。」

 「? ありがとー」

 

 一先ず、自称魔法少女達にお礼を叫ぶ知久とタツヤ。だが詢子だけは誰かのらしき名前を口にした。マミ達の会話にあった『まどか』が、タツヤの見えないお友達の名前と同じなのが気になったのだろうか。分からない。だけど何故か詢子の頬を伝う涙は止まらない。

 ただその時、白黒ドレスの魔法少女がしていた照れ笑いと赤いリボンとは、いつか自分が見た夢の中で会ったような気がした。

 

 

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