魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの半廻天〉 作:カメン病
そこに現れる二体目の偽インキュベーター。九兵衛の力にはこれまでも手を焼かされていて一目置いているようだ。
「何しに戻ったんだい? 偽契約が失敗したならとっとと次の相手を探すべきだろう。どうせ破壊されるボディが一つ増えるし、勿体無いじゃないか。」
「少し君達と話したくてね。それが目的で見滝原に来たんだ。志筑仁美に契約を迫ったのは事のついでさ。」
「…迂闊だったわ。さやかが治した筈の上条君の容態が悪化したのは、貴方達の仕業だったのね。…志筑さんの偽契約の背中を押す為の!」
ほむらはまどかの忘れ形見とも言える仁美に手を出された怒りを、惜しげも無く晒す様に偽インキュベーターに銃口を向ける。
「結局彼女が選んだのは、さやかの情報だったけれどね。酷いじゃないか、彼女の覚悟を不意にするなんて。」
九兵衛が契約破棄させた魔法少女の願いは叶わなかった事になる。仁美はさやかの情報を忘れてしまっただろう。
「…テメーが話してー事ってのは何だ?」
こちらも怒りを湛えながら、しかし冷静に単刀直入に聞く杏子。あまり長話をする気は無いようだ。
「まさか今更文句がある訳じゃねーだろーな、まどかの叶えた願いに。だったら受け付ける義理はねーぞ。あんたが人間になれなかったのは、あくまであんた自身の問題…。そうだろ?」
「勿論、僕は偽インキュベーターになった現状に満足している。そもそも僕は偽インキュベーターを人外とは思っていないしね。インキュベーターの権限と切り離され、宇宙の存続の為では無く、ただ自分の存続の為だけに他者からエネルギーを集めなければならない状況…。正に君達『人間』だ。………これが絶望…。これが心か。」
「…………………………。」
不満が無いなら無いで何となく腑に落ちない杏子とほむら。というか不満があるから満足していると言っているような偽インキュベーターに、確かに九兵衛と同じ矛盾の性質を感じとる。
「…だったら何故貴方達は分裂したのかしら?鹿目九兵衛と偽インキュベーターに。」
分裂とは、一つの個の中に二つの相反する心があるから起こる筈。だからインキュベーターキュゥべえが鹿目九兵衛と偽インキュベーターに分裂しているという事は、どちらかがインキュベーターに未練があるという事の筈だが…。
「それは鹿目九兵衛が分からないように…僕にも分からない。円環の理に導かれた筈の元悪魔ほむらが、何故地上に居られるかと同じように。この世界には神でさえ理由が解明できていない事が星の数以上ある。そうだろう?」
「………………………。」
「まあ、そもそも鹿目九兵衛が本当に願いを悔いていないかは分からないけれど。僕はそれの確認もしに来たんだ。…鹿目九兵衛、君は本当に人間となった事に満足しているかい?」
「──…………正直…分からない。僕が本当に人間の人生を謳歌できているのか。僕が前世で…本当に人間になる事を望んだのか…。」
「………………………。」
実は鹿目九兵衛には前世の記憶が無い。ほむら達の話に合わせられるのはほむら達から得た情報を頼りにしているだけだ。
ほむら達も話すかは迷った。魂が同じだけで記憶が無い別人に、真実を知る権利があるかは微妙だし、何より…
「でも確かなのは…、インキュベーターキュゥべえの所業と、その犠牲となった魔法少女達の事を思うと涙が止まらなくなる。……その負の歴史に終止符を打ち、僕に償いの機会を与えてくれた鹿目まどかには……本当に感謝している。」
宣言通り涙を流す鹿目九兵衛は、前世の血も涙もないキュゥべえでは文字通りなかったからだ。それこそ本当に自分の憧れたまどかを彷彿とさせる、最早魂さえ違うと言える当事者に己が罪を自覚させるのは酷ではないか。ほむら達はそうも考えた。だが…
「だから…ありがとう皆、僕に前世の事を教えてくれて…。己の罪を自覚しないままだったら、何の感慨も無く人生を過ごしていたかもしれない。」
「………………九兵衛…………。」
真実を知りたかったのは鹿目九兵衛自身の願いだった。自身が何故魔法少女の力を持つのか、何故他の魔法少女と違うのか、たとえどんな絶望が待っていようと構わないと聞くのを止めなかったのは、鹿目九兵衛自身の方なのだ。
「やれやれ、まるでその言い方だと、他世界線の過ちを知った上で現世界線でも周囲に呪いを振り撒いてる僕が罪深いみたいじゃないか。なら僕達が分裂したのは、純粋にそこの違いだろうね。」
インキュベーターキュゥべえは人間になりたい心となりたくない心と…では無く、罪と向き合いたい心と向き合いたくない心とで分裂したのだと、偽インキュベーターは大凡察していた結論を付けようとした。が、
「………君も悪くない、偽インキュベーター…いや、キュゥべえ。」
「!?」
そこに鹿目九兵衛から予想外の新説を聞いて動揺する。
「魔女を生み出していたのも、円環の理に干渉しようとしたのも、宇宙の存続の為に仕方無かったんだろう? 誰かがやらなくちゃいけない… でも誰もやりたくないし、やれなかった…。代々インキュベーターはそんな仕事。……偽インキュベーターもそうだ…、偽魔法少女の生むインクルーデッドは、魔獣の生むグリーフキューブより遥かに効率良く穢れを浄化するから、神サイドが営む宇宙の存続に大きく貢献している…。だから僕達は君には感謝せざるを得ない。争う必要なんて無いんだ。………本来なら。」
鹿目九兵衛は労った後、偽インキュベーターに唯一の不満を漏らす。
「どうして君は神サイドと手を組まないんだ…。時間をかければ魔女や偽魔法少女なんて哀れな存在に頼らなくても、安定して宇宙と君の存続を両立する方法を模索できる筈。」
未だに神サイドと偽インキュベーターが敵対関係である事が、鹿目九兵衛には訳が分からない事だった。それに対する反論は用意していた偽インキュベーター。
「いいや、不可能だよ。要は魔獣のような人外の退治…、またはナイトメアのように不殺からでも回収できる上に、希望と絶望の相転移を凌ぐ夢のエネルギーを生み出そうって話だろうけど…、円環の理に干渉するとっくの昔に試みた事だ。だから断腸の思いだったと言うつもりは無いけれど、その展望が少しでもあったなら君達の方からインキュベーターキュゥべえに干渉実験した筈だろう?」
「………………………。」
ぐうの音も出ないほむら達。確かにまどか達なら展望が少しでもあれば、自分達から偽インキュベーターに和平交渉を持ち掛けるだろう。
「ま、宇宙と偽インキュベーターの両立に限った方法なら、君達から僕達にインキュベーターの座を返す方法しか無いよ。インキュベーターという形を失い、魔獣を依り代に辛うじて存在を繋ぎ止めている亡霊の身としては、偽魔法少女のエネルギーを以てしてさえ余裕が無い状況…。“他人”を気に掛ける余裕なんてないんだ。……つまり必ずホモサピエンスか偽インキュベーター、どちらかは犠牲になる。だからホモサピエンスに味方する君達が僕達を殲滅しようとするのは、至極当然の事だね。」
あちらを立てればこちらが立たず。高度知的生命体の犠牲は永久に解決できないと、何だったら敵である神サイドも正当化するように断言するインキュベーター。
「…………………。いや、ある。神サイドもホモサピエンスも偽インキュベーターも犠牲にせず、宇宙を存続させる方法が…。」
「「「!?」」」
「僕と再融合するんだ、偽インキュベーターキュゥべえ。インキュベーターの力はまどかが持っているから、完全復活する訳じゃ無いけれど…寧ろ好都合の筈だ。完全な人間キュゥべえとして、生きる為に人間を食い物にしなくても済む筈…。」
そもそも鹿目九兵衛の、願いに反しての魔法少女化は偽インキュベーターという人間の要素が半分欠けたせいで起きていて、再融合すれば今度こそ魔力の無いただの人間になれる。しかもその際偽インキュベーターという種族は消失し、神サイドがインクルーデッドを回収できなくなるのも問題無い。同時にキュゥべえの呪縛から解き放たれた魔獣が活動再開するので、彼らからグリーフキューブを得れば良いから。そう考えた鹿目九兵衛。
「………………。」
人間も結局、他の生物を食い物にしているという点は考慮されていない鹿目九兵衛の話を聞いて、その点に少しだけキュゥべえの面影を感じなくはないほむら。しかし偽善者が話の腰を折るだけなので言及しない。
「やれやれ…、僕の分身と思えない浅慮だね鹿目九兵衛。さっき自分で言っただろう?インクルーデッドとグリーフキューブじゃ宇宙存続への貢献度が違うって。それに加えて…堕天使の相手もしなければならない神サイドからしたら、君のその行為は致命的な自殺点以外の何物でも無いよ。」
「「「………………。」」」
九兵衛の発言の真意は置いといて、ほむらも杏子はこればかりは偽インキュベーターに同意せざるを得ない。加えて鹿目九兵衛という貴重な戦力も失うし、完全な人間キュゥべえの誕生は堕天使達の目的である『宇宙滅亡』の始まりでしかない。
「何よりその場合、僕達の不死性は失われる。それは長い目で見れば滅びるも同然だ。どうして僕達がそんな自己犠牲をしなければならないんだい?」
「………………………。」
偽インキュベーターはインキュベーターキュゥべえと同じく、過去全個体の記憶と感覚を共有しているので、結果不滅の魂を持っている。しかし完全な人間になればその機構は失われるので何のメリットも無いと、再融合を突っ撥ねる。
「…己の死を受け入れられないなら、それは果たして人間と言えるのかしらね? 偽インキュベーター。生と死があるから、人間は希望と絶望を行き来するのに…。……何にせよ貴方が九兵衛と分裂した部分は、自分の身が可愛いかどうか…だったって事かしら。」
所詮不死のチャンスがある偽インキュベーターは、絶望ごっこをしているだけだとほむらは痛烈に批判する。しかし…
「鹿目九兵衛に不死性が無いと決め付けるのは早計だと思うよ、ほむら。確かに彼の寿命や生命力は普通の魔法少女と変わらないけれど…、僕の見立ててではかなりの高確率で鹿目九兵衛はまた蘇る。」
「「!!?」」
「………………!」
偽インキュベーターの見立てに驚くほむら達。だがほむらだけは少し心当たりがあった。
「インキュベーターキュゥべえにも感情は、精神疾患という形で存在したという話は聞いただろう?だけれどその言い方は君達のスケールで、実際の影響力は精神疾患なんて比じゃない。それこそ種を存続の危機に晒す程…。」
「「「………………。」」」
唐突に偽インキュベーターが喋り出す初耳の情報に、耳を傾けるほむら達。
「君達の歴史でいう黒死病に近いかな? …いや、それ以上だ。流行る度に死者は過半数を越えるしインキュベーターの技術力を結集しても、体内に生じた結石が原因だった事実の究明と、それを摘出する治療法の確立により危機は脱して来たけれど、ついぞ根絶はできなかったからね。極稀に流行るというのも、ホモサピエンスの比じゃない歴史の中では季節病と言えたし、インキュベーターキュゥべえの歴史は感情との戦いの歴史と言っても過言じゃないだろう。」
「…………それが何だってんだ。実は今もお前らは患ってるから…同情しろって?」
無敵だと思っていたキュゥべえの苦労話を聞かされて、現在患っているかは置いといて実際少し同情しているが、しかし全く話が見えてこない。それと九兵衛の不死性と何の関係があるのか分からない杏子。
「いいや、今の所僕達偽インキュベーターに結石の発生は確認されてない。…僕達の体内にはね。」
「「?」」
「結石の正体は、インキュベーターキュゥべえが理解を拒み消化しきれなかった感情そのものを、ソウルジェムの一種に変質させ排出したもの…。つまり分裂した魂だ。だったら僕達と分裂したという鹿目九兵衛…、君は僕達の体外に発生した僕達の結石と言えるよね? もっと言えば…結石を発生させる原因となる、もっと根本的な『何か』の権化。」
「………!!」
「何…だと?」
「だから、インキュベーター時代のような魔力も技術力も持たない僕達が今生き永らえているのは、鹿目九兵衛が僕達の中に居ないからなんだよ。逆に、これからインキュベーターの力を取り戻さないまま両者が再融合すれば、今度こそキュゥべえという存在は感情に打ち克つ事ができず、その歴史に終止符を打つだろう。」
先程も言った通り両者が融合する時は、キュゥべえが完全な人間になる時。つまりキュゥべえは自分の願いを完全に叶えると死ぬ。それもまた矛盾…、否、寧ろ道理と言うべきか、魔法少女となった者の。
だから偽インキュベーターは断固として鹿目九兵衛の要求を断る。
「………………………。」
順序が逆かもしれない、とほむらは考える。
正確には現在まどかに移したインキュベーターの力は、キュゥべえからではなくキュゥべえから奪ったほむらから移したものだ。神と悪魔の戦争の最中、ほむらに天界に封じ込められていた時点でキュゥべえは、インキュベーターの力を失った『完全な人間』へと既になっており、感情に為す術無くなった結果緊急手段としてまどかに、偽インキュベーターと鹿目九兵衛へと分裂させてもらっただけなのかもしれない…と。
しかしそうなると、キュゥべえは最初から完全な人間化をまどかに願った訳では無い? “人間になる事を願ったら失敗して魔法少女と偽インキュベーターになった”は誤りで、“人間から魔法少女と偽インキュベーターになる事を願い成功した”が正しい? ……これではまるで、偽インキュベーターが地上に蔓延る事を分かってキュゥべえの願いを叶えたみたいだが…、まどかはどこまで把握しているのだろう。
にしても、当時語られた人間への憧れがキュゥべえの営業トークの一種…、或いは自分が病床に追い詰めたせいで溢した気の迷いだったのかもと思うと、正体不明の複雑な気持ちがしたほむら。まぁさっきから鹿目九兵衛も偽インキュベーターも後悔していないと言ってはいるが…。しかし見方によれば今こそ二人は病床の真っ只中とも言えるし、証拠能力があるかは微妙である。
「テメー…、つまり万一の為に…こいつを殺りに来たって事かよ!?」
鹿目九兵衛を亡き者にすれば再融合する機会は永久に失われる。それが目的かと杏子が問うと、まだ早計だとする偽インキュベーター。
「そんなつもりは毛頭無いよ。…というより不可能だ。まどかの分裂体同士がそうだった筈だけれど、キュゥべえの分裂体も一方が死なない限りもう一方も死なない。分裂体同士は同時に殺すしか殺す方法は無いさ。…それこそインキュベーターキュゥべえが定期的に感情を患ったように、僕が生きている限り鹿目九兵衛も定期的に蘇るだろう。」
「「「………!!!」」」
偽インキュベーターの話と話が繋がり、納得すると同時に驚くほむら達。確かに今の理屈なら鹿目九兵衛には本当に不死性があるかもしれない。
「つまり君は魔法少女という事実を考慮しても人間には程遠い…。不死である事を人外だと言うならね。」
「……テメーはそんな細けー事を態々言いに来たのかよ?」
「僕は親切で教えてあげてるんだけれどな。同じ分裂体のよしみでね。」
「「…………………。」」
確かに蘇る事を知らないまま蘇るよりは良いかもしれないが…、残酷な現実を態々自分から打ち明けるのは嫌がらせの様でもあって、元キュゥべえのやる事としては少し違和感を覚えなくもないほむらと杏子。やはり実際に少しだけ人間臭くなっているのだろうか?
…否、自分達は何て甘い事を言っているのだろう──。そう考え直すほむらと杏子。“偽インキュベーターが人間か否か”? 問題はそれ以前である。
「………そうか……、つまり……僕が完全な人間になる事は未来永劫不可能なんだね………。」
“鹿目九兵衛と偽インキュベーターは再融合しなければ人間になれない”と“鹿目九兵衛と偽インキュベーターは再融合すると死ぬ”…、その二つの事実はどちらも本物の筈なのに、合わさった時の靴擦れには一方が偽物であるかの様な激痛を伴った。
まぁ実際本当に片方…或いは両方とも嘘かもしれないのだが。偽インキュベーターはインキュベーターキュゥべえと違って真っ赤な嘘を吐く事が確認されているし、……そもそもインキュベーターでも無ければただの敵対関係でしか無い彼が、神サイドに真実を教えるメリットは無いのだ。…精神攻撃を除いて。
「おい! 耳を貸すな九兵衛…。不死だろーが魔法少女だろーがあんたは立派な人間──」
真偽はともかく、悪意の有無はともかく、敵からの攻撃にショックを受けているであろう九兵衛を精神的に援護する杏子。しかし、まだ少しばかりその判断は早かったようだ。彼女は何度も絶望を乗り越えてきた歴戦の魔法少女の目をしていたから。
「……だったらいっそ僕達の再融合と同時に、まどかからインキュベーターの力を返してもらうのはどうだろう。」
「「「!!!」」」
鹿目九兵衛と偽インキュベーターの靴擦れは“二人がインキュベーターの力を失っているから起きる”ならば、インキュベーターの力という中底を間に敷けば──つまりいっそインキュベーターキュゥべえを完全復活させれば良いと、そう言い放つ九兵衛。
「勿論僕達がインキュベーターの仕事を務めるのが条件だ。それならミッきいに回していた天使を天使軍に回せて、堕天使軍に打ち克つ事は容易になる筈だ。」
「…! いやいや!それって要はあんた達は…願いを叶える前の状態に完全に戻っちまうって事だよな!? 良いのかよ…、たった一度の願いを不意にするような真似…。」
「良いんだ…。僕は十分人間の人生を…心を持つ者の幸福を味わえた。君達のお陰でね…ほむら、杏子、マミ……。それこそ君達との別れが絶望になってしまう程……。」
「……!!だったら──!!」
「だからこそだよ。そんな君達の心の安寧の為なら……、偽魔法少女の居ない世界の為なら自分を犠牲にしても良いと思えたんだ。」
「「……………!」」
本当にかつてのまどかみたいな事を言い出す九兵衛。その嘘偽りの無い覚悟を宿す目もまどかそのものだった。
「………ばかやろう……。」
一応言っておくと九兵衛と他の見滝原組とは、長い間一緒に偽魔法少女解放をやってきた戦友で、関係は良好である。だからこその覚悟に杏子は九兵衛との日々を思い出して、少しばかり泣きそうになってしまった。
「…でも、そもそもできる訳無くねーか?それこそまどかみたいな超弩級の特異点でもねー限り、一度叶えた願いをキャンセルするなんて……真……似………… !!?」
「まさか!!?」
“一度叶えた願いをキャンセル”…、その言葉にほむらと杏子は聞き覚えがあった。九兵衛が直ぐに答え合わせをする。
「その通りだよほむら、杏子。…僕は多分、自分の全魔力と引き換えなら自分を永久に完全な人間にできる。そしてそれは好都合な事に、必ず偽インキュベーター諸共が条件だ…。正確には僕の全魔力を使えば、鹿目九兵衛と偽インキュベーターとインキュベーターの力に、永久の再融合を強制できる…気がする。」
「い…や…、でもあんたの力は正確には、人間に変化させる力だろ? 願いを無効化した結果インキュベーターになるんだったら、そもそも発動しねーんじゃねーか?? …いや、不発ならまだ良い方で…。ワンチャンあんたがただの人間にさえなれず円環の理に導かれるだけかも…。」
当然の杏子の指摘の連続は一見正論だが、九兵衛は不敵に論破し続ける。論破というか衝撃の告白だが。
「言ってなかったっけ?僕の能力における人間の定義は姿形じゃなくて心だと。客観的に人間じゃなくても、主観的に人間だったものなら人間に変化させられるんだよ。」
「………な!!?」
「つまり未来で再度インキュベーター化する僕が、自分を人間だと思う事ができるなら…鹿目九兵衛の心のままなら必ず成功する筈なんだ。」
「そんな……馬鹿な事できんかよ…。」
絶句する杏子から更に揚げ足も取る九兵衛。
「やれやれ…、君もさっき自分で言っただろう? 不死だろうと魔法少女だろうと僕は人間だって。……というか、君がそう言ったからだよ杏子。」
「へ……?」
「君なら僕がインキュベーターになっても僕を人間と思ってくれる…。その確信が持てた今だから覚悟が決まったのもあるんだ。」
「……………………っ。」
“私達は神でも悪魔でもない、人間だ”………ほむらは前世で自分も杏子から言われた台詞を思い出していた。
「──それができるなら黙ってやれば良いのものを。分かっているんだろう?鹿目九兵衛、たとえ一度インキュベーター化してもお互いの足並みが揃っていなければ中底なんて直ぐずれる…。また分裂するだけだって。実質僕の了承が無ければ使えない欠陥技だ。」
「………つまり君に再融合する気は無いって?偽インキュベーター。」
「勿論だとも。仮に堕天使という脅威が居なくたって、グリーフキューブだけで宇宙存続を安定して行えるとは思えないからね。それができるなら最初からインキュベーターキュゥべえは、円環の理干渉実験なんて行っていないよ。」
「「「………………………。」」」
魔族が魔獣しか居ない世界の唯一の欠点は、──魔獣が犠牲になるという点を除けばだが──常にエネルギー不足となりいつ宇宙が些細な不確定要素で滅んでもおかしくなかった事だ。その欠点を解消できる見込みも無い内のインキュベーターキュゥべえの復活は、善意で舗装された地獄への道でしかないと言い切る偽インキュベーター。
「インキュベーターが魔女を生み出すのも、偽インキュベーターが偽魔法少女を生み出すのも……悪意があった訳じゃない。たとえ悪意があったとしても誰かがやらなきゃいけない仕事…。これも君が言った事だ。」
「………君は………態々そんな言い訳をする為にやってきたのかい?」
揚げ足を取られるまでも無く、偽インキュベーターの居直った態度に不満な九兵衛。確かにこの二人の今の温度差では再融合は上手く行かなそうだ。
「勿論、君達に僕達でさえ思い付かない素晴らしい解決策があったら…と思って来たんだけれどね。……その様子だと期待できないみたいだから今日は帰るとしよう。…マミにも宜しく伝えといておくれよ。」
「……………………。」
そう言うと偽インキュベーターは最後までピリピリした空気を背に踵を返し、そのまま本当にとことこ帰ろうとすると…
「ティロ・ドッピエッタ!」
「キュッッ!!?」
遅れて駆け付けたマミの、しかし早過ぎる宜しくの返事。状況を理解していないマミの攻撃で粉々になる偽インキュベーター。
「……良かったかしら? 倒しちゃって。」
何と無く異様な空気は分かっていたので、しかし悠然とほむら達に歩み寄り事後承諾を取ろうとするマミ。
「ええ、ありがとうマミ。」
「……色々話してー事はあるが、明日でいいか。仁美が風邪引かなねー内に家に送ってやんねーと…。」
「…そうだね…。」
ちなみに仁美はずっと気絶していた。
一方その頃『偽天界』。偽インキュベーターが棲家とする、見渡す限り夜空の異空間である。その中心部にどこかで見覚えのある人物が、どこかで見覚えのある巨大なダークオーブの中に囚われていた。
「はぁ…、はぁ…、」
「どうだったかしら? 久し振りに分身と再会した気分は…、カイン?」
その息も絶え絶えの、ワルプルギスの夜まどか☆ほむらや鹿目九兵衛と瓜二つの人物…『本物の偽インキュベーター』に、たった今ほむら・杏子・鹿目九兵衛との会談から帰還したほむらと瓜二つの人物…『ルシファー』が歩み寄りダークオーブの外から話しかけた。
「……見れば…分かるだろう?最悪の気分だよ…ルシファー。」
『カイン』とは、インキュベーターキュゥべえから鹿目九兵衛と二人に分裂した分身の本当の名前である。『偽インキュベーター』という名前はカインが魔獣と融合した存在の事を指す。
“見れば分かる”というのは、カインから大量にまろび出し、ダークオーブの中を満たしている穢れの事を指していた。
「さあ…? いつもと対して変わらないから分からないわ。最悪の気分なのは良い事だけれどね。……これならやっぱり、地道に偽魔法少女を増やして行くのが一番みたいね。」
ルシファーは、カインから穢れを集められると思って見滝原組の魔法少女達に会いに行ったのに、ボディを二つ失っただけで骨折り損だったなと肩を竦める。
この状況を説明する為には、先ず偽魔法少女について説明しなければならない。偽魔法少女とは、偽インキュベーターが取り憑いた少女を魔法少女化した存在の事である。魔法少女と遜色無い強靭な肉体と力を持ちながら、その一切に自分の意志ではなく偽インキュベーターの意志のみが反映される。そして偽インキュベーターが抱くのは“本物の魔法少女や罪の無い一般人への害意”。それを実行する為そりゃあ魔法少女とは敵対関係にもなる。
そんな害意を抱くのは、偽インキュベーターの目的が“偽魔法少女からのエネルギーの回収”だからである。反映されるのが偽インキュベーターの意志のみと言っても、その間も少女自身の意識は働いている。つまり多感な第二次性徴期の人間に…、しかも“本物の魔法少女になって正義を行えると偽インキュベーターに騙された者”に、自身が悪事に手を染める疑似体験をさせる事で大幅に希望と絶望を相転移させるのだ。
他世界線の中の魔族やキュゥべえの悪事の中でも特に悪趣味だが…、神サイドは知らない、偽インキュベーターも更に魔王ほむらの片割れ…ルシファーに取り憑かれていると。偽インキュベーターが集めたエネルギーはルシファーの手によって、『世界の滅亡』に使われようとしていると。
その実行の為には途方も無い程膨大な魔力が必要となる。だからルシファーは偽インキュベーターを偽り懐かしの見滝原組に会いに行ったのだ。自分が今取り憑いて偽魔法少女化させているカインに、自分が叶える筈だった人間化を叶えている半身を見せ付ける事で、少しでも希望と絶望の相転移になればと。
「…そうだね、確かに君には骨折り損だったね。地上にはまどかも居ない訳だし。」
「……………勘違いしないでほしいけれど…、私はもうまどかを愛していないわよ。言ったでしょう? 私は世界を滅ぼそうとしていると。」
『世界』とは、人間も魔法少女も魔族も神も天使もインキュベーターも…自分もまどかも含めた全て。そして『滅亡』とは、それらの肉体も魂の欠片も残さず消し去る事だ。
「あんなに愛していたのにかい?」
「貴方も覚えている筈よ、まどかの真の願いが『自分自身の手による魔法少女の救済』というエゴだった事……。……私はあの子が誰よりも優しいと思っていたから救おうとしていたのに、彼女は私を裏切った…。あんなに愛していたからこそ私は深く傷付いたの。」
「やれやれ、たった一人への復讐の為に世界を巻き込む羽目になるなんてとんだ災難だね。」
ルシファーは打倒まどかの志の元に堕天使軍と組んでいた。なんだったら地上での偽魔法少女の勧誘を代わってもらっていたり、従えてると言っても良い。世界滅亡を企むのは、それを最終目的にしている堕天使達への義理立てもあるのだろうとカインは同情するが…
「何を言っているの? 私は堕天使に言われるまでも無く宇宙滅亡を目指していたわ。救われようとしないまどかなんて、救えない私なんて、救わせようとしない世界なんて……興味無いもの。」
0か100かどころではなく−100か100かしかない破滅的な完璧主義に、それを他者にも強要するシンプルエゴイズムが加わった“人の形をした何か”。どうやらルシファーはほむらの姿以外の人間性は全てイヴの方に置いてきたようだ。
「それは見滝原組も同じかな? …てっきり本当は彼女らに会いに行ったんだと思ったのだけれど…。実際どうだったんだい? 久し振りのあの三人…、特にイヴの様子は。」
「別に。何の感慨も感じなかったわ。…私が誕生している事実に気付かず地上でのうのうと生きているのが腹が立つけれど、どうせ私に半身のイヴは殺せないし、マミ達を殺すのも得策じゃない。まどかの逆鱗に触れるにはまだ早いもの。放っとくしかないわ。」
「それは杏子も同じかい?」
「勿論よ。だから妬かなくても大丈夫。今私にとって大切なのは…貴方と堕天使の皆♡」
「…………っ、ぐ……。」
ルシファーにとって宇宙滅亡が、目的か手段かは関係無い。鹿目九兵衛もカインも『宇宙の存続』を望む心は共通している。自分の力を利用されその望みと逆の準備を着々と進められては魂に穢れが貯まる一方…。しかもそれさえも準備に使われるという悪循環で、カインは魔女化する手前にまでなっていた。
「ふふ…、まだまだ孵化はさせないわよ。魔女化させた際のエネルギーも美味しいけど、長い目で見たら損だから…。寸止めして搾れるだけ搾り取ってやるんだから。」
「………………………。」
同時に流れた二筋の涙。カインとほむら、二人から一筋ずつ。
「…………少し虐め過ぎたかしら。………それじゃあ良い悪夢を、キュゥべえ。」
そう言って、まるで自分の涙には気付いていないかのようにどこかへ去っていくルシファー。そこにぎこちなさは無くて、もしかしたらカインが幻視しただけかもしれない。
カインは知っていた。ルシファーに世界を滅ぼすつもりも無ければ、イヴ達への情を無くした訳でも無い事を。そしてまどかの真の願いは、ほむらを気負わせない為のハッタリだという事と、それをルシファーが理解している事も。
偽魔法少女と偽インキュベーターはお互いのソウルジェムが融合している為、何と無く思考を共有できる。つまり強制的に共感する事ができるのだ。だから嫌でも分かってしまう、ルシファーの本心…、ルシファーの真の目的が。
偽インキュベーターとの邂逅の翌日。見滝原中学校。
「昨日のあれは本気だったの?九兵衛。」
「きゅ?」
「インキュベーターに戻っても良いって…。…あのまま偽インキュベーターも了承したなら、本当に──」
「はは、まさか。 マミや家族にお別れも言ってないのにする訳無いよ。全く…、自分も人間になってみて尚更驚嘆するよ。大切な人達に碌なお別れも言えなかっただろうに円環の理になったまどかの覚悟には。」
九兵衛の言葉には、“お別れを告げる時間さえ挟めれば実行した”という含みがあった。
「……お別れが言えたって…覚悟したって駄目よ。家族から貴方の記憶は消えるとは言え…、貴方を失った悲しみは必ず心のどこかに蓄積されるのだから。……もうこれ以上鹿目家の人達を不幸にする訳にはいかない。」
希望的観測も混じった忠告だが、取り越し苦労でも良いとほむらは考えた。まどかの忘れ形見である鹿目家の人達の為なら。
「我が分身ながらやられっ放しは癪だったからね。断られるのを承知でからかっただけさ。」
「………………………。」
ほむらはとある言葉を言いかけて止める。“本当に貴方はあのキュゥべえなの?”と。
それを言わなかったのは怖かったからだ、ある言い返しをされるのが。“君こそあの暁美ほむらなのかい?”と。
九兵衛がキュゥべえらしくないのは分裂しているから当然である。しかし暁美ほむらが暁美ほむららしくないのは? …もしかしてその理由が自分も分裂しているからではないか? そうではないとどうして言い切れよう。
根拠の一つに、自分の中に生まれた筈の杏子への愛が小さくなっているのがある。正確には、神と悪魔の戦争以前と変わらない大きさに戻っている。嫌いではないがまどかには遠く及ばないあの感覚。世界滅亡寸前故の吊り橋効果だったと言えばそれまでだが、もしかしたら分裂した際にもう一方と生き別れになったと考えれば自然だ。
この仮説は誰にも話していない。杏子自身には、自分を愛してくれているのに後ろめたいから。しかしまどかやマミにも相談していないのは別の理由かつ、更に後ろめたい理由があった。
予感があったのだ、自分の分身が今度こそまどかを救済する為に、現在暗躍している予感が。…近い内に第二次神と悪魔の戦争の幕が上がる予感が。
END