貞操逆転×→性欲逆転世界で配信者してなりきりチャットして女装する 作:坂水木
時は戻って現在である。
ここ一時間ほどの超次元バトルやリスナー同士の醜い争い、黒髪美少女の大胆な告白劇がすべて探し人の銀色お姫様に見られていたとは露知らず、優理は空を見上げていた。
特別な音はない。変わらず続く大雨と、銃声と、くぐもった悲鳴と、数々の打撃音だけが聞こえる。
隣のメイドが銃弾処理(弾丸相殺)に勤しむ中、フリー暗殺者の日本人形系美少女――月影小鈴はゴスロリ衣装からナイフを取り出し敵手の処理をしていた。位置取り的にソニャの援護だ。
「ん……動きにくくないの?」
「別に」
「そう、なんだ」
「背中、任せてください」
「うん……まかせる」
言葉少ない二人は初対面と思えない謎のコンビネーションを発揮する。
優理と相対した時とは大違いに思える小鈴だが、実はこちらが素だった。普段は物静かで必要以外一切喋らない、本物の人形のようですらあった。
優理とのお喋りは……一目惚れの弱み、いくらでも話したいから話そうとしているだけのこと。恋する女子の乙女心である。
他の味方はというと。
「――此処は既に私の領域よ? 邪魔だから出ていって」「みゃは☆ ごめーん、けどソラちゃんお散歩しすぎなんじゃないかなぁ? 他の人の邪魔になってたりしない? するよね☆」「するわけないでしょう? 馬鹿ね、馬鹿よ、馬鹿だったわね。ごめんなさい、頭の足りないリリカに理解できなかったわね。本当にごめんなさい」「ぜんぜん顔が謝ってないよ!?」「――後ろ邪魔よ」「――そっち、も!」
口喧嘩をしながら手早くみねうちを決めるリスナー二人がいたり。
「――メイド殺法にございます」
ホワイトプリムで弾丸はじくとかイミフだよ!
他も大概だけどこのメイドだけ異常だよぉ……
バトル漫画に混じったギャグ漫画の住人
RPGに混じった無双ゲーの住人
これはメイドのための配信だった……?
代理ご主人様を守るという最高にメイドが輝く状況に生き生きとし、二百万人以上の視聴者からチヤホヤされる現状にとんでもなく調子に乗っている実咲がいたりした。
調子に乗りつつも表情はアルカイックスマイルのまま、さらには冷静に状況を俯瞰して見ていられるのはメイドのメイド故だ。
敵手がほぼ片付き、敵性AIメィラも沈黙し、増援もどこぞの傭兵眼鏡に処理され、残るは大舞台。ここまで蚊帳の外にいたような雰囲気の男の出番だ。このために皆が動き、皆が戦い、自分の顔も名前も配信で流した。
「アヤメ……」
空より降りてくるパワードスーツと銀の少女。
似たような光景は今日何度も見た。
一度目はヘリからのボディスーツ集団の降下だった。二度目は謎の一般眼鏡がスーパーヒーロー着地での降下だった。
「……」
思い返すと二度目のスーパーヒーロー着地は意味不明過ぎて思考が阻害される。生身だったのに、どうやってあんな着地を……? いや今考えるべきことじゃない。
首を振り、無駄な思考を散らす。
空からゆっくりと降りてくる少女を、少女だけを見つめる。
「ユーリ……」
少女は呟く。
本当は明るい気持ちでもう一度お話したかった。でも今日、優理がよくわからない人たちと喧嘩して守られて、大変そうにしているのを見て気分は落ち込んでしまった。
再びのしょんぼりお姫様である。
あと、知らない女の人がたくさんでちょこっとだけジェラシーも覚えていた。アヤメに自覚はないが。
探し人の胸中はわからずとも、我が家のお姫様がしょんぼりしているのはわかる童貞だ。
ふむ、と頷き、相談役である大衆に聞く。
「皆、僕らのお姫様がしょんぼりしている。どうやって元気づけよう」
それあたしらに聞く??
そりゃもう駆け寄って抱きしめてべろちゅーでイチコロよ
頭なでなででKO
一人っ子の多い女たちに聞いてもだめよ
妄想弟はいるけど妹はいないからね……
全然役に立たない大衆(リスナー)だった。
仕方ないと腹をくくる。当初の予定通り自分でどうにかしよう。携帯はしまって触れないことにする。あとはドローンカメラに全部任せよう。
「ふぅ」
息を吐く。
雨が冷たい。空が暗い。見通しは言うまでもなく悪い。景色自体は良いはずなのに、薄暗い空を見て雨を浴びていると屋内に避難したくなる。
深呼吸し、気持ちを整える。
「――機は満ちたぞ、対象を確保しろ!!!」
「あぁもう!!!」
弛緩した空気を引き裂く声。バルコニーの外から、段差から飛び込んでくる影の群れ。今度の人影は仮面をせずボディスーツも着ず、三つほどのグループに固まってやってきた。
一つ、一人を除き灰色の髪をした五人組。
「ロディ……!」
「ソニャ、貴様も連れて帰るぞ。尻叩き程度は覚悟しておけ!」
「むぅ……やだから倒す、ね」
「不埒者の成敗はわたしも手伝います」
「ん、ありがと」
一つ、全身黒ずくめの忍者のような集団。それぞれ異なる近接武器を持った十人組。
「みゃは☆ わたし相手に隠密なんて自信あるね!」
「そうは言うけれど、冷や汗だらだらよ?」
「全部雨だけど!?」
「そう。知っていたわ。――リリカ、油断しないように」
「ふふー、それはわたしのセリフだよっ」
一つ、多種多様な見目をした異国の集団。遠近武器揃って十人。
「私奴がお相手致しましょう。優理様、アヤメ様とのらぶらぶスカイダイブ♡ お楽しみくださいませ」
それぞれが敵手を通さないよう全力で戦いに挑む――訂正、メイドだけ余裕たっぷりに変な台詞を残して最速近接殲滅戦に移行していた。
AIメィラが消え、残りは機を窺っていた敵対勢力の精鋭のみ。
アヤメが現れたのを見て取り全員が前に出てきた。未だ隠れ潜もうとしていた輩は手の空いた傭兵眼鏡とエイラが運用するドローンにより撃滅されたので、これが真にラストバトルである。
とはいえそれは、今の優理に関係のないこと。
男はただただ真っ直ぐと、バルコニーに降り立った少女の下へ走っていく。
「アヤメ!!!」
メイドの弾いた銃弾が頬を掠める。少々の危機感はラブロマンスのエッセンスと、軽やかな笑みを浮かべるメイドは絶好調だった。
頬に触れた熱と耳の傍を通る風切り音に肝を冷やしながら、優理は背を低くし走った。
アヤメはおろおろと、優理に向かえばいいのかどうすればいいのかと幼子のように迷って立ち尽くしていた。その玉体を守るのはエイラのパワードスーツ。完璧な防御は守護者、騎士の鏡だ。
「アヤメ! 逃げるよ!!」
「で、でもどこにっ」
辿り着いた銀の少女の下。抱きしめるでも頭を撫でるでもなく、優理はアヤメの手を取ってぎゅっと繋ぎ、緊張と高揚感のままにエイラを見つめた。
「エイラ、超高いところまで行ける!?」
『肯定。どこまでも』
「なら僕とアヤメが行ける限界まで!!」
『理解。お任せを』
段取りはなくとも、両者はたったひとりの少女の幸福を願う同士だ。
ならわかる。簡単なことだ。アヤメと行こう。空に行こう。空を往こう。
また一つ、約束を果たしに。そして、二人で話をしに。
「わ、わわっ」
「おぉぉっとぉ!?」
滑らかな動きで二人を掴んだパワードスーツは、どこぞの映画に出てくるスーパーヒーローのように足元からジェット噴射し空を飛んだ。
「パパ、アヤメ、がんばれ」
呻くロディの元同僚を人質に取り、ソニャは呟く。
「優理、さま……」
敵手と刃を交わしながら、事前に多くの情報を得ていた小鈴は、ただ静かに銀の髪を靡かせる少女に羨望の眼差しを向け呟く。
「あーもう、わかってたけどやっぱり脇役かぁー」
片腕から血を流し友人の背を支え、はぁと溜め息を吐きながらリリカは苦笑して呟く。
「……まあ、悪くない鍛錬だったわね」
片足から血を流しつつも友人の背を借りて、さらりと髪をかき流すソラナは流麗に呟く。
「にんむ、かんりょーです」
数多の敵を屠り、傷一つないままダテ眼鏡を外した甘ロリ声の美女、澄香は舌っ足らずに呟く。
「お二人とも、フィナーレは完璧に御飾りくださいませ」
誰よりも早く敵手を片付け、一人無駄な動きだらけの無駄にカッコいい円舞を配信に垂れ流していたメイドは、淡く微笑んで呟いた。
ここではない遠い場所で、ユツィラの配信画面を見ていた灯華は、リアラは、優理の母は、友人たちは。
それぞれがそれぞれの想いを胸に、アクション映画か漫画アニメかのように空へ飛び立った優理とアヤメを見て呟いていた。
「頑張れ」と。もしくは「いや、え、これ現実?」と。
二人を抱えたパワードスーツは瞬く間に東京スカイタワーを離れ、雨雲を貫き、青空を覆う深い層雲を突き抜け天蓋のさらに上へ。雨粒を纏ったレインコートが宙を舞って消えていく。
「――――」
気づけば、世界は青に満ちていた。
眩しく光輝く太陽と、眼下を覆う白い雲。見上げれば空、青の空。雲一つない蒼の海が全天に広がっている。
白と青のコントラストはどこかで見たことがあるようで、すぐに「あぁ飛行機の中か」と思い出した。
雲海。ふかふかな雲の絨毯のようで、飛び込んだらどれだけ気持ちいいのかと想像してしまう。結局はただの細かい水なので、触れるどころか濡れてひんやりして終わるだけなのが現実だ。でも夢はある。それでいい。
エイラのことだから、この光景も配信に流してくれているのだろう。アヤメと二人占めできなくてもったいないやら、皆に見せてこその明日への展望やら、また新しい空を見られて嬉しいやら、いろんな考えが浮かんでは沈む。
「わぁぁぁ……!!!」
そんな思考は手を繋いだ先より届く歓喜の声に吹き飛ばされた。
息を吸う。苦しくない。寒くもない。痛くもない。いつも通りに声が出る。もう間違えない!
「アヤメーーーー!!!!!」
二人だけの空間に声が響く。自分でも驚くほどの声量だった。
エイラが離れ一人先に落ちていく。ある程度の距離を取り、優理たちの直下へ。優理とアヤメはうつ伏せの体勢で、スカイダイビングでもするかのように宙へ放り出された。ゆっくりと、空の海を泳ぎ落ちる。
「ユーリ!!」
「僕は、君と一緒に居たいんだ!!!!」
「――……ユーリ」
「アヤメが何を言っても、他の誰が何を言っても、僕が君の傍に居たいんだよ! 君が隣に居ないともうだめなんだ!!」
「ユーリっ……でも、でもそれじゃあユーリがまた……!」
ぽろぽろとこぼれた雫が宙を舞う。
流れて空に溶けるそれを見送り、優理は優しく笑った。
「大丈夫。僕はただの一般男性だけど、僕の周りはすごい人ばかりなんだ」
不安に瞳を揺らす少女の頬を撫でる。柔らかくもちもちしていて、相変わらず触り心地がよいほっぺただった。
「リアラさんは僕らのために周りの全部頼って助けてくれた。アヤメはまだ会ってないけど、僕の母さんもリアラさんが避難させてくれたんだ。母さん、アヤメに会いたがってたよ」
「リアラ……優理のお母さん……」
「灯華さんはアヤメを守れるように、アヤメが傷つかないように日本に働きかけてくれてる。早々上の人を動かせるのは灯華さんだけだよ」
「トーカ……」
「実咲はずっと僕のこと守ってくれた。ソニャもね。二人でアヤメを探すの手伝ってくれたんだよ。後でありがとうって言わなくちゃ」
「ミサキも、ソニャも……」
「香理菜ちゃんもね。すごい心配してたよ」
「カリナ……」
「それに、リスナーもね。アヤメを助けに来てくれた人もいるし、応援してくれている人もいる」
携帯を取り出し、ぱっと画面を付ける。
画面二つに分かれてどっちも非現実みたいで草
天国と地獄じゃん
名前?かわかんないけどピー音多くて草
今さらピー音つけても意味ないんだよね……
アヤメたん、泣かないで><
下ネタ連呼みたいで泣きそうだったのに笑わされた訴訟
「……」
応援のおの字もなくて真顔になってしまった。携帯はしまっておく。
「まあ、うん。とにかく皆ね、たくさんの人が協力してくれているんだ。だから大丈夫。今まで通りとはいかなくても、平和にだらだら日常を過ごしていけるよ」
安心できる言葉の数々はアヤメの心を解していく。
「……ユーリは」
少女はぽそりと言う。青の空に浮いた銀糸の波が幻想的だった。まるでアヤメと言う雪妖精に翼が生えたかのよう。
「ユーリは、どうしてそんなに私を……私を、助けようとするんですか……」
既にアヤメは嬉しい気持ちでいっぱいだった。やはり優理はすごい人だった。期待と夢は歓喜と現実に変わり、幸せの感情が溢れてくる。でも、それに蓋をするようにずっと抱えていた疑問が口からこぼれ落ちた。
困惑に沈んだ少女の声を聞き、優理は頬を緩める。
「あははっ、ふふ」
「ど、どうして笑うんですかー!!」
「ごめんごめん。頬膨らませないでよ」
「むぅ……つ、つつかないでくださいっ」
「ちょうど撫でてたから、しょうがないよ」
「それならしょうがないですっ」
ころころと表情を変える少女に、優理は笑みを浮かべ深く息を吸う。彼女の頬から手を離し、横を向いて。
「アヤメーー!!」
「わっ、あ、あの」
「好きだーー!!」
「ぴゃっ」
「大好きだ!! アヤメが僕のこと大好きなのと同じくらい、僕もアヤメのこと大好きだよーーーーーー!!!!!!」
遠く、空の果てまで届くように、アヤメの心の奥底まで届くようにと叫ぶ。
「超超超!! 言葉じゃ足りないくらい、アヤメのことがめちゃくちゃに大好きだぁぁああーーーーーーー!!!!!!!!」
言い切って、ふぅ、と息を吐く。良い叫びだった。
スッキリして満足して、さてお姫様の反応はと顔を見てみたら。
「――――――んぅ……っ」
そこには顔を真っ赤にして、まん丸な目をもっと丸くし、淡い桃の唇を微かに開け、物凄いびっくりしたような、今にも逃げ出してしまいそうな表情の銀色お姫様がいた。
目が合うと、さっと逸らされる。いつぞやの、初めて恋人繋ぎをしたときのことが思い起こされる。子猫のような可愛いお姫様だ。
「アヤメ」
「……は、はいっ」
目を伏せ、ちらちらと恥ずかしげに見つめてくる少女へ朗らかに笑いかける。今のは告白のようで恋愛的告白ではないのだ。大切な家族への心からのメッセージ。言いたいことを真っ直ぐに言う。これがどれほど難しいことか……。
伝えたいことは伝えられる時に、しっかり全部伝えていこう。今がその"伝えられる時"だ。
「大好きな人を助けようとすることに、理由なんてないんだよ」
「それ、は……でも、だって……私はユーリを愛しているから、全部懸けられましたけど、ユーリは……」
先の"大好き"という台詞はアヤメの思う"愛"と大きく違うのだろう。優理もそこには同意する。同じ気持ちだ。けど。
「アヤメ、愛にはね。いろんな種類があるんだ」
「愛に、種類……」
「うん」
両手を広げて仰向けになる。重力に身を任せ、背中に風圧を感じ、アヤメの手を引き自身の上へ。ぎゅっと抱きしめると温かくて、良い匂いがして、愛おしさで胸がいっぱいになる。
「アヤメが僕を愛してるように、僕もアヤメを愛してる。でもね、僕らの"愛"は……"大好き"は形が違うんだ」
「……わかりません」
優理の首筋に顔を埋め、少女は優しい温もりに身を預ける。さっきまで雨を浴びていたせいだろうか。少しだけ濡れて湿っていて、雨の香りに混じって優理の匂いがする。大好きな、優しい匂い。
急な大声と愛の告白のような台詞で生まれたドキドキは徐々に薄れ、甘い幸せと心地良さだけが少女の心を包んでいく。
「わからなくていいよ。だって僕もよくわかってないから。ただ、大好きって気持ちも、愛してるって気持ちも、同じくらい大きくてすごいんだ。アヤメが僕を"愛してる"から他の全部投げ出せるように、僕はアヤメが"大好き"だから、君のために全部投げ捨てられるんだ」
「……んぅ」
「ごめんね。僕が勝手に複雑にしちゃってた。大好きも愛してるも、本当はどちらが上とか下とかないものなんだよ」
「そう、なのでしょうか……」
困った声だ。それも仕方ない。だってこれまで優理は繰り返し"愛は特別"とかなんとか色々言い続けてきた。
確かに恋の上位互換としての愛も存在するが、それは愛の一側面でしかない。アヤメには"愛"の種類についてもちゃんと話して教えてあげるべきだった。
「……うん。小難しいことは抜きにしよう。愛とか好きとか、もうよくわかんないね。たぶん本当は簡単なことなんだ。僕はアヤメが大好きだから一緒に居たいし、守ってあげたいし、笑っていてほしい。ずっと幸せでいてほしい」
言葉を尽くせば尽くすほど本質からずれていくような気がして苦笑してしまう。でもまあ、それも自分らしいかと軽く笑った。
最後はまとめてシンプルに伝えよう。結局のところ。
「色々言ったけど、アヤメ。好きの気持ちに、理由付けなんてできないでしょ?」
優理にとってのすべては、これに帰結した。悩み惑い困り果てていた銀の少女は。
「――――」
じっと、優理の言葉を咀嚼する。
まだ、あまりよくわかってはいない。情緒の発達が足りない少女に、感情の経験が足りない少女には理解できなかった。けど、わかったこともある。
「大好き……」
じんわりと染み渡るように、声一つ、言葉一つがアヤメの胸に浸透していく。
"好きの気持ちに理由付けはできない"。
それはその通りだった。
アヤメが優理を好きなことに理由は付けられない。匂いとか、直感とか、体温とか、声とか、思い出とか、笑顔とか。たくさんたくさん好きの理由はある。優理の好きなところならいくらだって言える。でもそれが明確な"好きの理由"ではない。理由なんてない。好きだから、好き。それだけの話なのだ。
「大、好き……っ!!」
どうしてこんな簡単でわかりやすいことに悩んでいたんだろうと、アヤメは自分自身に笑ってしまう。好きなものは好きで、大好きなものは大好き。アヤメがそうであるように、優理だってそうだった。好きだから守りたい、傍に居たい、大好きだから幸せでいてほしい、幸せにしたい。
"愛してる"は特別だけど、同じくらいに"大好き"も特別だった。
どちらが上か下かなんてない。どちらも特別で、どちらも相手のために自分も世界も懸けられちゃうくらいすごくすごく、途方もなく大きな感情だった。
銀の少女は柔らかな笑みを、けれどいつもより少しだけ大人びた笑みを浮かべて言う。
「ユーリは……私が大好きなんですね」
「うん。超好き」
「それだけで、他の全部放り出せちゃうんですね」
「そうだね。好きだからしょうがないよ」
「えへへ、好きならしょうがないです。でも、ユーリ、おばかです」
「あはは、そうだね。馬鹿かも」
「私もです。ユーリのこと大好きでしょうがない、おばかな私です」
「お揃いだね」
「はいっ」
笑い合って、ふわりと身を浮かせた少女は少しだけ距離を取る。
顔が見られる位置で、仰向けとうつ伏せのまま見つめ合う。
「ユーリ、私といっぱいお約束したこと、覚えていますか?」
「覚えてるよ。全部……じゃないけど、数え切れないほど約束したね」
「はい。私も全部は覚えてないです。でもやりたいことは、お約束したことはいっぱいあったんです」
アヤメは優理を引っ張るように片手を繋ぎ、ぎゅっと手のひらを結んだまま空を飛ぶ。青の空を落ちていく。二人、並んで。
全身に力強い風を浴び、冷たくも優しさを感じる風圧にエイラの配慮を見た。頬を緩め、距離を取ったことで増した風の音に負けないようぐっとお腹に力を入れる。
優理がアヤメを見て、アヤメが優理を見る。
隣に並ぶ
「ユーリ! 私、桜が見たいです!!」
「じゃあお花見行こう!! みんなでいろんな地域の大きな桜並木、お花見ツアーだ!」
「お祭りもいっぱい行きたいです!」
「桜祭りもあるよ! 春はたくさん花が咲くからね。ネモフィラの公園だってお祭りやってるよ!」
「春一番も浴びてみたいです!」
「一緒に浴びよう! 吹き飛ばされないように手繋いでおかなきゃ!」
顔を見て、笑顔を交わして。
繋いだ手から伝わる温もりに涙をこぼす。これは悲しいから流れる涙じゃない。嬉しいから、嬉しくて嬉しくてたまらないから流れる涙だ。
二人だけの空の上に、キラキラと藍の雫が落ちていく。
「夏はプールです! 海も行きたいです!!」
「その前に水着買いに行かなきゃだね! 女の子の水着なら任せてよ! これでも色々詳しいんだよ?」
「知ってますっ! えへへ、お買い物です!」
「買い物もいっぱいしようか!! 二人だけでも、二人だけじゃなくても、いろんなところでいろんな買い物しよう!」
「はい!! お買い物して、それで冷たいものも食べてみるんです! 花火見ながらかき氷です!」
「あはは! 楽しそうだっ! 頭キーンってするから、それも経験だね!」
エイラと話していた時も楽しかった。でもやっぱり、こうして大好きな優理と一緒にお話していると、一緒に笑って喋って、未来を想ってくれると信じられないくらいに嬉しくなってしまう。幸せが溢れて、この気持ちが、この幸福こそが愛情なのだと実感する。
「秋はまたお祭りです! モミジとイチョウを見に行くんです!」
「約束したもんね! また行こう! 今度も食べ歩きツアーだ!! 次は実咲も一緒に連れ歩こう! あの人、実はこっそり僕らの後ろに付いてきてたんだって!」
「なら三人でお祭りです! ミサキはとっても目立ちそうですけど、きっとすごく楽しいです!」
「うん! 実咲にもたくさん食べてもらおう!」
「はい! お祭り以外にも、いろんなお花を見て、いっぱいお散歩します! 秋のお散歩は楽しいって学びましたっ!」
「だねっ! 今度はいろんな知らないところお散歩しよう! 僕もアヤメも知らない土地で、知らない食べ物を食べよう!」
夢である事実は変わらない。未来なんてわからない。できるかわからない話を続けたって意味はないのかもしれない。
それでも、これはただの"夢"ではなかった。アヤメと優理にとって大切な"約束"でもあったから。だから。
「冬は雪です! 雪を見て、雪合戦です!!」
「絶対僕めっちゃ弱いから、僕のこと守ってね!」
「ふふー! 私がユーリを倒すんですよー!」
「じゃ、じゃあ実咲に――いやここは真面目に守ってくれそうなリアラさんかソニャに守ってもらおう!」
「雪合戦でユーリをゲットしたら一緒に温泉です! 雪見温泉に入ります! ユーリも一緒です!!」
「くぅ……オーケー!! わかったよ! 男に二言はないっ! 雪見温泉旅行できた時は、一緒にお風呂入ろうか!!」
「えへへー! 絶対のお約束です!」
「うん……!!」
だから少女は、天上の太陽に負けないくらい眩しい笑みを浮かべて。数え切れない約束を確かめるように、再び約束を交わすように、言葉を重ね、心を結ぶ。
「ユーリ」
そうして未来の約束を繰り返した二人は、二度と離れぬようにと両手のひらを強く繋ぎ合わせる。アヤメは静かに、優理の目と鼻の先まで顔を近づけ名前を呼ぶ。
「うん」
「ユーリ、お約束、いっぱいしました」
「うん」
「春も、夏も、秋も、冬も、いろんなお約束です」
「うん。春夏秋冬、一年じゃ足りないくらい約束しちゃったね」
「これからもまだまだ、たくさんお約束増えちゃいます」
「そうだね。毎日一緒に居るだけで、約束だらけだ」
「今日も明日も、明後日も。お約束して、叶えて、またお約束です」
「ふふ、終わらないね。いいよ。今日も明日も明後日も、めちゃくちゃ楽しそうだ」
「とっても楽しそうです。でも私、またユーリにお怪我させちゃうかもしれないです」
「そうだね。僕もアヤメを傷つけちゃうかも」
「寂しくて、ユーリに甘えちゃうかもしれません」
「いいよ、可愛い女の子に甘えられて嬉しくない男はいないんだ」
「もやもやして、ユーリと喧嘩するかもです」
「あはは、その時は仲直りまでがセットだ」
「エイラと一緒に悪い子になるかもしれないです」
「できれば良い子でいて欲しいなぁ……」
「えへへ、ユーリがびっくりする悪い子です」
「エイラに監督役やってもらわなくちゃ」
『その時はお任せを。アヤメ様の望みを完璧に叶えてみせます』
「ふふー、エイラはすごいんです」
「それは知ってる。アヤメ第一主義なのも知ってる……」
未来に想いを馳せ、現在の思いを確かめるように言葉を重ねる。
なんでもない会話を。大切な会話を。
「私、たくさんたくさん、いっぱいいっぱいユーリを困らせるかもしれません」
アヤメは困ったように笑い、「でも」と続ける。
「私……ユーリと一緒がいいです」
優理は泣きそうになるのをぐっと堪えて、堪えきれなくて一筋二筋と涙をこぼす。
「ユーリ、泣き虫です」
「あ、あはは、アヤメも泣いてるじゃん」
「えへへ、おんなじですっ」
「うん、お揃いだ」
アヤメに「一緒に居たい」と伝えるだけが、すごい遠回りをしてしまった。
ユーリに「一緒にいたい」と伝えるだけが、こんなにも大変だとは思わなかった。
溢れ出た心をそのままに、二人は笑い合う。
「アヤメ、約束はこれからも毎日するだろうし、たくさん果たして叶えてもいくと思うんだ。――ううん、一緒に叶えて行こう」
「はいっ。忘れちゃったのも、覚えてるのも、いつかは全部叶えるんです!」
「いつか、遠いいつかはね。そのためにもアヤメ。僕とずっと一緒に居よう?」
泣いて、笑って、また泣いて。幸せの今日を、まだ見ぬ明日を二人で生きていく。
「ふふ、我ながらずっとだなんて、アヤメが僕のこと好きじゃなくなったらどうするんだろうね」
「そんなことにはならないですっ」
「どうして? 好きだから?」
「大好きだからですっ!」
「あはは、じゃあ僕もアヤメのことずっと好きなままだね」
「愛してるからですか?」
「超愛してるから!」
「ふふ、ふふふっ、ユーリ、おばかです」
「そうかな?」
「そうですっ」
「そうか――んんっ!?!?」
そっと、ささやかに。姫は王子に口付けをした。
「んっ……えへへ、お約束のちゅー、です」
雪色の頬を桜に染め、銀のお姫様は幸せそうにはにかんだ。
優理は耳の横を掻こうとして手を繋いだままなことを思い出す。自身の頬が急速に熱くなるのを感じ、でもなんだかドキドキ以上の優しい気持ちが溢れてきたから。
「ありがとう。……約束、ちゃんと叶えようね」
照れながらもアヤメを真っ直ぐに見つめ、柔らかく微笑んで伝えた。
銀の少女は嬉しさを隠さず、笑顔を隠さず、幸せを顔いっぱいに広げて。
「はい!!」
思い切り優理に抱きつくのだった。
――Tips――
「空の上のエイラ」
幸せ満開のアヤメと、人生って大変だな、でも素晴らしいなと浸る優理がいる一方、最高潮の興奮と高揚感と感動と幸福と言う名の情動の波に呑まれてエイラは夢心地だった。
雑事と些事を片付け、優理とアヤメのフォローを繰り返し、主の悲哀に胸を引き裂かれ吐血しながら(AIジョーク)、辿り着いた他のありとあらゆる可能性を凌駕する最高のハッピーエンド。それは主の悲しみ、絶望感を拭い去って余りあるものだった。
演算通りに優理とアヤメの関係は再構築され、優理は自身を取り巻く状況を理解した。
アヤメは演算以上の成長を見せ、恋の萌芽をも見せた。これにより愛情はさらなら飛翔を見せる想定だ。
何より、空の上の二人のやり取りは素晴らしかった。ただ良いことばかりの日々ではない。躓くことも、間違うことも、互いに傷つけあって喧嘩することもある。それでも二人それぞれが相手を尊重し、肯定し、愛し、手を取り合って前に進もうと言う想いを抱きながら生き続ける。
これが、この心の共有こそが優理とアヤメには必要だったのだ。山も谷もない人生はいつか破局する。登って降りて、進んで戻って、一歩ずつ踏みしめて歩いていく。
演算で視るよりも、未来を知るよりも、現在で、
人間風にするなら「生きててよかった」とでも言えようか。
エイラはこの瞬間を忘れない。情報として得る物以上に、この世には素晴らしいものがあるのだと再認識できた。
空の上の二人の時間を永久保存最重要フォルダに複製安置し、映像・音声・画像とそれぞれ分けておく。今日もエイラはアヤメ大好き超超超だぁ~~~~い好き!!! な人工知能で平常運転だった。
また余談であるが、エイラ自身が「現実世界もやはり捨てたものじゃない……むしろ最高ですね」と思えたことで、近未来の発展と文明の進化が地味に確定された。
いつかどこかの遠い未来の著名な歴史家が「争いでもなく、革新でもなく、発明でもなく、ただ一人の少女が世界を変えたとは……やはり、世は愛で救われるんじゃな。愛じゃ、愛」と物凄いニッコリして、助手や周囲の人間からの印象を大きく変えたりもするが、これこそ余談である。
クライマックスのTipsは大事なので入れました。
この話のテーマ曲は「Stratosphere Love」です。
ヒロインが増えても時間経過は遅いので、季節イベント短編集を思案中です。基本ヒロインごと個別のデート形式です。
-
桜お花見
-
ネモフィラお花見
-
向日葵お花見
-
藤の花お花見
-
海辺観光(夏)
-
海辺観光(冬)
-
登山(夏)
-
大雪巣ごもり
-
梅雨の公園散歩
-
秋祭り(本編のお祭りっぽいの)
-
上記以外、案があればコメントください。