少なくとも僕が国籍変更するのは決定事項な件   作:筵針

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「」内は日本語
『』内は英語
《》内はフランス語




プロローグ
0話 遥けき彼の地


 

 

 

「御苦労っ!よく来てくれたな島村トレーナー!トレセン学園は君を歓迎する!」 

 

 可愛らしい秋川理事長が機嫌良く「歓迎!」と書かれた扇子をバッと広げる。

 理事長の頭の上に乗っている猫もにゃーと鳴いた。

 緊張していた僕の心がほっこり癒される。

 

 

 今日という日は、今まで生きてきた人生の中でも最高の日。

 

 僕は今日からトレセン学園のトレーナーとなる。

 子供の頃から憧れた、ずっと夢だったトレーナー。

 念願のステージにようやく僕は辿り着いたのだ。

 

 

「それでは、こちらの封筒にトレーナー案内書等が同封されております。お受け取りください」

「うむっ。それを受け取った瞬間から、君は正式にトレセン学園に所属するトレーナーとなる。この学園のウマ娘達の為、日々精進してくれたまえ!」

 

 秘書の駿川(はやかわ)さんから、僕が見てきた書類の中でもこれ以上ないほどの大事な書類を受け取る。

 様々な書類が入ってパンパンに膨れた封筒だ。

 その重厚感に見た目以上にズッシリと重く感じる。

 

 この書類こそが今までの僕の人生の集大成。

 そして、これからの僕の人生の始まりの証だ。

 僕は感慨深く、重たい封筒を見つめ続けた。

 

 

「質問っ!話は変わるが、島村トレーナー。君は海外生活が長かったと聞いているが?」

 

 秋川理事長は「疑問!」と書かれた扇子を広げて僕に話を向けてきた。

 その文字扇子何種類あるんですかね?

 気にはなったが、僕は触れてはいけないような気がしたので、理事長の質問に答える事にした。

 

「はい、その通りです。ニュージーランドとフランスに数年間ずつ滞在しておりました」

 

 僕の返答を聞くと理事長は扇子をパチンと閉じ、そのまま口元に先端を持っていった。

 

「ほうほう。見せてもらった履歴書を読む限り、語学も堪能なようだな?」

「はい。英語とフランス語を修得しております」

「ふむふむ。海外ではレース関係の活動に精力的に取り組んでいたと」

「はい。現地のチームやウマ娘と交流し、経験を積んでおりました」

 

 次々と投げかけられる質問にも答えると、理事長は「重畳(ちょうじょう)!」という扇子を広げて僕に笑顔を向けた。

 

「うむっ。素晴らしい!昨今の日本レース界は海外活動にも力を入れている。海外経験の豊富な君の力を借りる時も必ずや来るだろう。その時はよろしく頼むぞ、島村トレーナー!」

 

 秋川理事長がわーっはっはっはっと笑い声を挙げる。

 僕はそんなご機嫌な理事長を見て、深く頭を下げて礼をした。

 

「はい!これからよろしくお願いします!」

 

 

 ――季節は春。

 

 桜が咲き誇るトレセン学園。

 

 僕はこれから始まるトレーナー生活に、期待を胸に膨らませた。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

『本当に行くんだねフォークイン。考え直す気は?』

『ないわ。約束したんだもの』

 

 

 ニュージーランド オークランド国際空港

 

 その国際線の出発ロビーで、アタシは所属チームのトレーナーと話していた。

 

『つくづく後悔しているよ。君に彼が日本のトレーナー試験に合格した事を伝えたのを』

『ふふ、「後悔先に立たず」ってやつかしら?』

『それは誰の言葉かな?』

『さあ?誰のかは知らないわ。日本のコトワザっていう格言ね』

『……そうかね。だが、その通りだな』

 

 トレーナーと話していると、フライトの時刻が迫ってきた。

 アタシは自分の大きなキャリーバックを引いて出発ゲートに向かう。

 

『じゃあトレーナー。行ってきます』

 

 彼は苦い顔をしてアタシを見送ろうとする。

 別に今生の別れでもなし、そんな顔しなくてもいいのに。

 アタシは彼に背を向けて歩き出した。

 

『フォークイン』

『……?』

 

 ゲートに入る直前に、彼に呼び止められた。

 アタシは怪訝な顔をして振り向く。

 

『君が日本に行く為に交わした条件。忘れないように』

『……わかってるわ。忘れたりなんかしないわよ』

 

 アタシは日本に向かう国際線の飛行機に乗り込んだ。

 ああは言いながらも気を利かせてくれたんだろう。ビジネスクラスの快適な旅だ。

 窓の外を見ると、晴れて青々とした空が見える。

 ニュージーランドの空ともしばらくのお別れだ。

 アタシは目に焼き付けるようにその空を見つめていた。

 

 

 しばらくして、ふと隣を見るとアタシのポーチが目に入った。

 ……荷物棚に入れ忘れていたみたいだ。ボンヤリしすぎたわね。

 

 離陸まではまだ少し時間がある。

 アタシはポーチを手に取って荷物棚のハッチを開けた。

 

 と、ポーチの中からカチャ、と音が鳴った。

 

 ……ポーチのジップを開けて、音の原因を取り出す。

 

 小さな手鏡だ。彼から貰った大事なプレゼント。

 

 アタシはそれを胸に抱いた。

 目を閉じて、今はまだ遠い日本にいる彼に想いを馳せる。

 

 

『約束、守りにいくからね』

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

《それじゃあトレーナー、師匠》

《……ヴェニュスパーク、本当に行くのね》

《うん。約束だから》

 

 フランス シャルル・ド・ゴール国際空港

 

 その出発ロビーで私は二人と話していた。

 私の所属しているチームのトレーナーと、私の師匠。

 本当にお世話になった二人だ。私も別れるのは惜しい。

 でも私は前から、この時が来たら日本に行く事に決めていた。

 

 ――彼が日本のトレーナーになった。

 

 その知らせを私のトレーナーから受けた時に、私の心はもう日本に飛んでいたのだから。

 

《君にはまだまだ教えたい事があったんだがね。フランス国民もさぞ悲しむだろうな》

《ごめんなさい、師匠。でも、私もこれは譲れませんから》

 

 師匠がフッと笑って、眉尻を下げて私を見る。

 

《わかっているさ。こういう時の君は言っても聞かないからね》

《えへへ、ごめんなさい》

《そんなに謝るくらいなら残るかい?》

《それはお断りします♪》

 

 師匠との軽い会話もこれでしばらくお別れだ。

 隣を見ると、トレーナーは悲しむような仕方ないような目で私を見つめていた。

 

《ヴェニュスパーク。貴方が日本に行くのはもう止めないわ。ただし、条件は忘れてないわね?》

 

 神妙な顔で私に問いかけるトレーナー。

 

 ……私が日本に行く為の条件。

 忘れたりなんかしない。

 

 フランスの皆に期待され、お世話になっておきながら。

 この国でデビューするはずだった私が、国を飛び出して日本に行く。

 そんな無茶苦茶な行動を許してもらう為なのだ。

 その条件の難しさに私は頭を悩ませた。

 

 ――でも。

 

《わかってるよ。必ず果たしてみせるから》

 

 私はトレーナーと正面から向き合い、そう強く宣言した。

 

《……そう。安心したわ》

 

 トレーナーは優しい顔で、私の目を見つめていた。

 そのまましばらく黙って見つめ合う。

 名残を惜しむかのような時間が流れた。

 

 しばらくすると、出発ロビーにフライト時刻になったアナウンスが流れる。

 ……次に会えるのは、いつになるかわからない。

 私は心残りがないよう、トレーナーと師匠。それぞれとビズを交わした。

 

《彼によろしくね。ヴェニュスパーク》

《うん、トレーナー》

 

《身体には気をつけるんだよ。君はそそっかしいからな》

《はい、師匠》

 

 別れのビズをした後、私は二人と離れて自分の大きなキャリーバックを持った。

 振り返り、二人を背にする。少し後ろ髪を引かれる感覚があった。

 でも、私は前を向いて歩き出した。

 

 出発ゲートに入る直前、立ち止まる。

 もう一度二人に向き直り、大きな声で言った。

 

 

《行ってきます!》

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

  

 

「……迷ったわ……」

 

 日本のトレセン学園。

 アタシは広大な学園の敷地内を彷徨(さまよ)い歩いていた。

 

 まったく、なんでこう無駄に広いのかしら。

 日本の住宅事情は狭い敷地に狭い家が立ち並ぶって聞いてたのに。

 

 彼はここでトレーナーとして働いているはず。

 だからこの敷地内の何処かにはいるはずなんだけど……。

 いっそその辺の学園関係者を捕まえて連絡を取ろうかしら。

 

 ……いやいや、サプライズするって決めたじゃない。

「ショシカンテツ」ってやつよ。アタシ。

 

 とはいえ、こんなに探しても見つからないなんて。

 アタシも迷っちゃってるし……うーん、どうしよう……。

 

 

「――――――――」

 

「…………?」

 

 ……何、今の。

 誰かアタシを呼んでる?

 

「――――――――」

 

 まただ。

 何かしらこれ。頭の中に響くような……。

 ……こっちから聞こえる気がする。

 

 呼び声に従うように歩いていく。

 しばらくすると、学園の中庭広場に出た。

 なんでここに……。

 

 アタシは困惑してその場に固まってしまった。

 グルリと校舎に囲まれているが広い広場だ。

 奥の方を見ると、三女神の像が座しているのが見える。

 

「……三女神様……?」

 

 アタシは呆然と三女神像を見つめた。 

 ……まさか、三女神様がアタシをここへ呼んだの?

 

 いやいやいや、そんな訳ないじゃない。

 子供じゃあるまいし、まさかアタシがそんな事を考えるなんて。

 でもなんで……?

 

 アタシはそのまましばらく三女神像を見つめていた。

 すると、大きな三女神像の足元付近に誰かがいる事に気づいた。

 噴水の縁に座っていて、俯いているから顔は見えない。

 男性のようだが、何処か見覚えのある姿だった。

 

「………!!!」

 

 アタシは直感した。

 間違いない。彼だ!ようやく見つけた!

 

 男性が立ち上がって、俯いていて分からなかった顔が見える。

 遠い記憶にある顔と同じ顔だ。

 アタシは感極まって、長い間勉強していた日本語も忘れて大声で叫んだ。

 

 

Found it!(見つけたわ!)

 

 

  

――――――――――――――――――――

 

 

 

「……迷っちゃった……」

 

 日本のトレセン学園。

 

 その敷地内で、私は完全に迷子になっていた。

 来日したばかりで土地勘もないし、一人だと右も左も分からない。

 こんな事になるなら、見取り図でも持って歩けば良かったなぁ。

 

 彼はトレーナーなんだから、この時間なら絶対敷地内にいるはずなんだけど。

 さっきから全然見つからない。

 どうしよう。私も迷子になってるし……いっそ誰かに道を聞いたほうがいいかな?

 

 ふと、トレセン学園の制服のスカートに突っ込んでおいたスマホを見る。

 彼に連絡しようかな……。

 いやいや、ビックリさせちゃおうって決めたんだから。なしなし。

 あ、というかコレで地図を見ればいいんじゃない?なんで気付かなかったんだろう。

 

 私がスマホで地図を見ようとした、その時。

 

 

「――――――――――」

 

「…………え?」

 

 ……何だろう、今の。

 不思議な声が聞こえた気がするけど……。

 

「――――――――――」

 

 まただ。

 頭に響く。私を呼んでる?

 ……こっち?

 

 私は声に従うようにフラフラと歩いていった。

 すると、ほどなくして学園の中庭広場に辿り着いた。

 綺麗な場所……。

 

 私はしばらく、目の前に広がる広場の光景に見惚れていた。

 広場の奥には大きな三女神の像が鎮座しているのが見える。

 私は三女神像から、不思議な雰囲気が発されているのを感じた。

 

「……三女神様……?」

 

 ……三女神様が私をここに?

 

 一体何で?ここに何かあるんだろうか。

 綺麗な場所だとは思うけど、特に変わった点はないような。

 

 大きな三女神像を見つめていると、その足元に誰かがいるのに気が付いた。

 男の人だ。俯いてて顔はわからない。

 でも何処かで見た事があるような……。

 

「………!!!」

 

 私の中で何かが弾けた。

 いた!良かった!やっぱりちゃんといたんだ!

 

 噴水の縁に座っていた男の人が立ち上がる。

 俯いてわからなかった顔が見えて、それを見て確信する。

 会えなかった数年間の想いが、私の内側から飛び出してくる。

 私は頑張って勉強した日本語を完全に忘れて、彼に向かって大声で呼びかけた。

 

 

Enfin trouvé.!(やっと見つけた!)

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 かくして、三女神の導きにより再会した一人のトレーナーと、二人のウマ娘達。

 

 彼らがこの先どのような未来を紡いでいくのか。

 

 それは三女神にもわからない。

 

 

 

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