大変ご迷惑をお掛けしました。
ご指摘していただいた方には感謝いたします。
「……と、いうわけだったんです」
「なるほど……そういう関係だったんですね」
翌日のトレセン学園の事務室。
僕は駿川さんに、担当ウマ娘となってくれた二人とのこれまでの経緯を説明していた。
カフェテリアで別れた駿川さんが、後で報告してくださいと言っていたからだ。
僕の話を聞き終えて、駿川さんはふむふむと頷いている。
「それで、あの二人と契約を?」
「はい。彼女達が僕の担当ウマ娘となってくれましたので、担当契約書を提出に」
「まあ、おめでとうございます。わかりました。お預かりしますね」
駿川さんは笑顔で書類を受け取ってくれた。
二人のおかげで、僕も晴れて他のトレーナー達の仲間入りだ。
すでに僕の脳内では、彼女達二人のトレーニングメニューを考え始めていた。
別れた時から随分時間も経っているし、今の彼女達の能力を調べるところから始めないとな。
といって、二人の才能は折り紙付きだ。
普通のウマ娘とは比較にならないデータを弾き出したりするかもしれない。
そこのところを考慮したり、二人で併せてみたり、やる事ややりたい事はいくらでも頭に湧いてきそうだ。
こんな事を考えられるのも二人のおかげ。
彼女達の未来の為にも頑張らないとね。
……僕はこの時、才能ある担当を持てた嬉しさで、それはもうウキウキと浮かれていた。
そう、またしても浮かれポンチ野郎の登場だ。
調子に乗った僕には、いつも天から冷や水がブッかけられる。
「そういえば、あの二人から聞いていますか? 島村トレーナー」
「はい? 何をでしょう?」
「彼女達はここへ来る為に、元々所属していた母国のチームと、何か条件を交わしているらしいんですが……」
「…………はい?」
――――――――――――――――――――
「……条件って何の事なのか、説明してもらえるかな……?」
「……………」
「……………」
お昼休みのカフェテリア。
僕は駿川さんから聞いた、彼女達の条件とやらを聞き出す為に、フォークインとパークを呼び出していた。
神妙な顔をして二人と向き合っている僕に、隣合って座っている二人は少しだけ気まずそうだった。
「別に、黙ってたわけじゃないよ?」
「そうね。今日言うつもりだったし」
フォークインはふぅと溜息を漏らし、脚を組み直した。
「実は今日の朝のうちに、パークとその条件の事で話をしてたのよ」
「そうそう。私達の間で情報交換してたんだよね」
……え? そうだったのか。
二人は僕と違って、互いの来日に何か裏があると気づいてたって事なんだろうか?
「アンタの昔話を聞く限り、パークは国を背負って立つとか言われてたんでしょ? だから、無理矢理国を飛び出したんじゃないかって思ってね」
「私も、国の希望とか言われてたフォークインがここにいるのは、無理を言ったのかなって」
二人の言い分を聞いて、僕もハッとする。
……確かに、少し考えれば自明の理な話だった。
僕が一緒にいた頃から、二人は国中で有名なウマ娘だった。
無名な者ならともかく、この二人が国から離れる事に、異議を唱える者がいてもおかしくはない。
とすると、今二人がここにいる以上、向こうで何か一悶着があった上で来日しているという事になる。
……なんでその可能性に思い至らなかったんだろう。
「そしたら、案の定だったんだよね」
「まさか、ほとんど同じ条件を出されてたとは思わなかったけどね」
二人が顔を見合わせて苦笑する。
ほとんど同じ条件って……凄い偶然だな。
全く違う国同士の話で、そんな事があるとは。
「まあ、まずは経緯を説明するわ」
フォークインがそう言うと、隣のパークが手元の紅茶を一口含んでから話し始めた。
「私達がタクヤとの約束を守る為に日本に行くって言ったらね、チームの上層部からそれはもう反対されたんだ」
「アタシなんて凄かったわよ。チームのトレーナーどころか、アンタが話をしたっていうスカウトの人にまで総出で止められちゃってね」
「私はドーヴィルの皆や師匠は応援してくれたんだけど、パリのチームの方がね……」
二人は同時に額に手を当てながら、はぁ〜……と溜息を吐いた。
二人の話の内容はこうだった。
まずフォークインの方だが、フォークインのチームには大きな恩義がある。
当時やむを得ない事情があったとはいえ、こっちから頼み込んで入れてもらったチームという事と、あの時のアフターケアを全部丸投げして解決してもらったという恩義だ。
さらに、その後も長年面倒を見てもらっていた。
なのに満を持していざデビューだという時に、いきなり他所に行くと言われ、それはそれは混乱したらしい。面倒をみていたチームからすれば、恩知らずもいいところな話だ。
彼女自身も一度決めたらこう、みたいな頑固なところがある。上層部の方達と揉めに揉めている彼女の姿が目に浮かぶようだった。
……これ、よく考えなくても、僕のせいであのチームには凄い迷惑をかけているな……。
本当に申し訳ない……今度正式に謝罪しなければ……。
一方パークは、元々所属していたドーヴィルのチームの方には、特に反対されなかったとの事だった。
それどころか皆応援してくれて、頑張ってこいと背中を押して送り出してくれたそうだ。
……僕は、ドーヴィルの皆と老トレーナーの顔を思い浮かべ、胸が暖かくなる思いだった。
しかし、問題はパリの方だった。
パークはパリのチームの方にも身を置いている立場だったからだ。
仮ではあったが所属は所属。何年もお世話になってたし、パリのトレーナーがパークの為に色々と骨を折った経緯もあり、大分難色を示されたらしい。
師匠であるモンジューだけは容認側だったとの事だが、フランスのレジェンドである彼女の立場であっても、チーム上層部の意思を変えるまでには至らなかったそうだ。
―――かくしてすったもんだの果てに、彼女達はどうにか国から出る許可を貰う為、それぞれのチームから色々と条件を提示された。という話だった。
「…………」
「ま、そう言うわけよ」
「ねー」
……僕は二人の話を聞き終えて、凄く複雑な気持ちになっていた。
僕もその条件とやらに、多分に関与してしまっている立場だ。
無関係なんかじゃもちろんなくて、当事者というか原因そのものだった。
というかひょっとして僕って、二人のチームの上層部の方達とやらに、もの凄く恨まれたりしてないか?
見方によっては、目を掛けていた期待の新星を横から掻っ攫われたようなものだろう、これは。
いや、もちろん僕にはそんなつもりはないんだけど、そう見られてもおかしくない状態だ。
本当に本当に色々な方面に申し訳ない……。
僕の心には、どよーんとした暗雲が垂れ込みはじめていた。
「大丈夫タクヤ? 話続けてもいい?」
「あ、はい。どうぞ……」
パークが、僕の顔を覗き込みながら心配してくれた。
僕も気を取り直して、俯いた顔を上げて話を聞く体勢に戻る。
「で、本題の条件についてなんだけどね」
「アタシとパークがチームと交わした条件ってのはいくつかあるんだけど、まず一つ目がね」
―――1、出国期限は3年、シニア級の一年まで。それを経過したら帰国する事。
「要するに、本格化が終わってしまう前には帰ってきてほしいって話ね」
「……なるほど」
本格化が終わってしまう前、か。
……おそらくこの条件は、チーム上層部の国全体を見据えた経済的な観点による提案なんだろう。
母国で華々しくデビューを飾り、スターダムを駆け上がっていく彼女達。
それを見て魅了された者が、金を落とす。
そこに経済的な循環が生まれる。
それは国を潤す大事な行為だ。そしてウマ娘レースには、その力がある。
彼らには、そういったマクロな視点での目論見もあったに違いない。
その観点から言うと、目の届かない、話題にもされにくい外国で彼女達に活躍されてもあまり意味がないという事になる。
全く経済効果がないわけじゃないが、自国で活躍してもらう事に比べれば、雲泥の差があるだろう。
だから、本格化が終わってしまう前には帰ってきて、こっちでも走ってほしい。といったところだろうか。
僕が頭を捻りながらそう考えていると、今度はパークが話し始めた。
「そして、二つ目がね」
―――2、日本のグランプリG1タイトルを獲得する事。
「…………グランプリ、か……」
……一つ目の条件と併せると、3年以内のグランプリG1制覇となる。
つまり、シニア級の1年目が終わるまでに、春の宝塚記念か秋の有馬記念のどちらかを獲らなくてはいけないということだ。
クラシックの春を除けば、最大でもチャンスは3回。それもそれまでにレースで活躍し、人気を得てグランプリ投票で上位にならなければいけない。
かなり……いや相当に厳しい条件だが、彼女達にはそれだけの期待が掛けられていたという証左でもある。
外に行くのならば、それぐらいの事を成してもらわなければ。という事なのだろう。
しかしこれは偶然の産物だが、ここには同じ条件を課された二人がいる。
つまり、担当トレーナーの僕にとっては、グランプリは3回のチャンスのうち2個獲らなくてはならない。という事になる。
……難易度がグンと跳ね上がったな。
新人トレーナーの僕には、すでに無理難題レベルになってきてしまった……。
僕が腕を組んで唸りながらうんうんと考え込んでいると、次にフォークインが話し始めた。
……彼女の表情は、今までになく神妙なものだった。
「そして三つ目。正直これが一番難しいと思うわ」
―――3、日本のクラシック三冠、もしくはトリプルティアラを達成する事。
「…………何だって?」
三冠と、トリプルティアラ?
……本当にそんな条件を?
僕はそれを聞いて、一気に頭が真っ白になった。
グランプリがどうこうなんて思考は、何処かに行ってしまっていた。
驚愕で顔が固まっている僕に対して、二人は少し眉尻を下げて僕を気遣う雰囲気を出していた。
「他に細かいものもあるけど、大きなものはこの三つかな」
「まあ、厳しい条件よねぇ……」
……これは厳しいとか、そんなレベルじゃない。
纏めると、期間は3年。三冠かトリプルティアラを達成した上で宝塚か有馬を勝つ。
最低でもG1レースを、4つ以上勝たなくてはならない。
これが達成できたウマ娘なんて、日本でも数えるほどしかいない。
さらにそれが二人分だ。
G1の数で言えば、合わせて8勝以上しなくてはならない。
……本当に僕が、そんな大それた事を?
新人トレーナーの僕が?
「それと、アンタがアタシ達の育成を失敗した場合。つまり三冠かティアラのどれかを取り損なった場合はね」
「私達はその時点で国に帰らされるの。もう日本にはいられなくなっちゃう」
「元々無理言ってここに来てるのはアタシ達も自覚があるし、そこはしょうがないわね。
チームへの恩もある事だし、大人しく元の国で走る事になるわ」
二人の言葉が耳を通り抜けていく。
その条件の難易度の高さに僕は
つまり僕は、日本の歴史に挑戦する事になったという事だ。
まだ何の経験もない、新人トレーナーの僕がだ。
これが何十年も経った後ならば、心持ちもまた違ったのかもしれないが、今の僕にはあまりにも高い山だ。
二人の強さはもちろん信じている。
だが、問題なのは僕自身の事だった。
果たして僕に、この偉業を成し遂げることができるのか?
僕は思考の海に沈み、俯いて考え込んでいた。
すると、僕の目の前の二人から声を掛けられる。
「「大丈夫」」
優しい響きだった。包み込まれるような声。
ハッとして顔を上げる。
二人の目には、強い意志の光があった。
「私達はタクヤの事を信じてる。だから大丈夫だよ。ねっ♪」
「そうよ。アタシ達を負けさせたりなんかしたら、承知しないんだから」
二人は、透き通るような笑みを浮かべていた。
……やっぱり、彼女達は強い。
僕なんかでは及びもつかない。こんなにも輝く彼女達に慕われているなんて、奇跡としか言いようがない。
……そうだ。これは無理難題なんかじゃないんだ。
彼女達と共にならば、このとてつもなく厳しい条件をきっと乗り越えられる。
それに、考えてみればこれは何も僕だけに限った話じゃない。
どんなトレーナーやウマ娘だって、三冠やティアラ、グランプリの勝利を目指している。
そこに新人もベテランもない。
トレーナーとは、担当ウマ娘の勝利を信じるもの。
負ける前提で送り出す者などいない。
僕と一緒にいる時の彼女達は無敵だった。
それを、今ここで再現してやるのだ。
―――ここからだ。僕の価値が試されるのは。
僕は二人の笑みの前で、この先始まる戦いに向けての、勝利の誓いを固く胸に立てた。
――――――――――――――――――――
「あ、そうそう。それとこれは条件とは関係ないんだけどね」
僕が決意を固めた後。
唐突に切り出された、フォークインのその言葉に。
何故か、僕の危機感知能力の全てが、一気に最大反応を示した。
背中がザワザワと総毛立つ感覚がする。
今までの人生で、感じたことの無い程の危機感。
脳内に鳴り響く大音量のアラートの中で。
彼女はとてもいい笑顔でニコニコしながら、信じられない事を言い始めた。
「アタシがいずれ国に帰る時は、アンタも一緒に来てもらうわよ?」
「…………はい?」
ギョッとして目の前に座っているフォークインを見る。
彼女の表情は終始ニコニコしていた。
が、言いしれぬプレッシャーが彼女から放たれている。
よく見ると、フォークインの背後にはすでに導火線に着火済みの彼女の爆弾があった。
火のついた導火線の横には、ライターを手で弄んでヒュ〜♪ と口笛を吹いているミニフォークインがいる。
バカな。
なぜ君は今火を着けた? 僕はまだ何も言っていないのに?
そんな僕の心の声が聞こえたのかどうかはわからないが、ミニフォークインはこっちをチラッと見てフッと小さく
ジリジリと爆弾に近づいていく導火線の火。
僕の顔は、あの時爆発したフォークインを思い出して恐怖で固まっていた。
……いや、落ち着け。まだ間に合うかもしれない。
まだ爆発まで猶予はある。とにかく穏便に対処すれば大丈夫……の、はず……。
恐る恐る、フォークイン本体に言葉の真偽を確かめる。
「……えーと……僕が? ニュージーランドに?」
「当然でしょ? アタシはもう嫌よ、これ以上タクヤと離れ離れで過ごすなんて。まさかアンタは嫌とは言わないわよね?」
「………………」
……何をどう返答すればいいんだ。
彼女の心の中では、もう僕がニュージーランドに行く事で確定しているようだ。
いや、ただ行くだけならやぶさかではないが、彼女が言っているのはそういう事じゃないだろう。
僕は日本在住の日本人なんだけど……。
そう思っていると、今度は違う方向から凄まじい圧迫感が僕を襲ってきた。
「違 う よ ね ?」
僕の口から、思わずヒッという声が漏れる。
圧迫感の発生源はパークだった。
とてつもないプレッシャーに、ガタガタと僕の身体が勝手に震え始める。
「タクヤは私とフランスに帰るの」
……パークをよく見ると、あの懐かしき日の昏い瞳をしていた。
君のそれは治っていたはずでは……?
「チームの皆もトレーナーも師匠も向こうでタクヤの事を待ってるんだから。タクヤだってフランスに帰りたいでしょ?」
僕が帰るのは日本です……とは、とても言い出せそうにない。
ど、どうすればいいんだ……。
かつてないほどの危機に見舞われ、狼狽するしかない僕。
すると、爆発寸前のフォークインがパークをギロっと睨む。
「何言ってるのよアンタ。タクヤはアタシとニュージーランドに帰るんだから」
「だから違うよ。タクヤは私とフランスに帰るの」
「……アタシと、ニュージーランドに、帰るの」
「……私と、フランスに、帰るの」
「…………」
「…………」
僕の意思は完全に無視した、譲らない主張の応酬。
二人のウマ耳が、段々弓の如くキリキリと引き絞られていく。
互いの尻尾もブワッと逆立ち始めている。
そんな
「ニュージーランドだって言ってるでしょ!」
「フランスだってば!」
「ニュージーランド!」
「フランス!」
……二人は忘れているようだが、ここはお昼休みのカフェテリアだ。
周りから何だ何だと段々注目が集まってきた。
「フー!!」
「シャー!!」
猫かな……?
怒りのニュージーウマキャットとフレンチウマキャットのファイトに、蚊帳の外の僕は途方に暮れ始めた。
もうこれ、絶対ロクでもない噂になるよなぁ……。
そう現実逃避気味に考えていると、二人の
だが、圧迫感は消えていない。むしろ背景にゴゴゴゴとか文字が見えそうなくらいだった。
「……アンタとは境遇も似てるし、仲良くなれるかなと思ったけど、そうもいかないようね」
「そうだね……私もそう思ってたよ。さっきまではね」
二人はガバッと勢いよく席を立った。
「芝2000m。左回り」
「
そしてそのまま肩を怒らせながら、大股でドスドスと二人は並んでカフェテリアから出ていった。
……僕を置き去りにして。
「…………」
……。
…………。
………………とりあえず。今わかっている事は、だ。
―――少なくとも、二人の中では僕が国籍を変更する事は決定事項になっている。という事だった―――
これにて過去編含む第1部は完結です。
次話からはメイクデビュー+ジュニア級編となります。