僕は完成した仮設チームルームで、トレセンに就職してから支給されたノートパソコンを使いながらトレーナー業務を進めていた。
トレーナー業務、と一口に言ってもその内容は多岐に渡る。
通常の学園の事務作業、担当ウマ娘のスケジュール管理、トレーニング施設の予約、学園のウマ娘の情報や各地で開催される膨大な量のレースの閲覧と分析、etcetc……
まるで人間の限界を試すかのような仕事量だ。むしろ限界を越えねばやり切れない程だろう。
まだまだ慣れないトレーナー業務をこなす為には、人より何倍も働かなくてはならない。
僕は時間も忘れて、仕事に没頭した。
――――――――――――――――――――
コンコン、と部屋をノックする音が聞こえる。
それに気付いた僕は、齧り付いていたパソコンから顔を上げ時計を確認する。
時刻はとうに学園の授業時間が終わっている時間だった。
という事は、あらかじめ場所を伝えておいた二人がここへ来たんだろう。
「どうぞ、開いています」
僕が部屋の前にいる気配に対して返事をすると、扉がガラガラと開いて二人の姿が表れた。
万一違う人だったらと思って敬語で応対をしたが、やっぱり二人で間違いなかったようだった。
「お邪魔するわよ」
「お邪魔しま〜す。
「二人ともお疲れ様。さ、そこの椅子に座って」
落ち着いているフォークインと、対照的にはしゃいでいるパーク。
パークの喜び様に、苦心してチームルームを完成させた僕の心が慰撫される。また今度先輩にも改めてお礼を言わないとな。
作っておいた会議コーナーに二人に並んで座ってもらい、長机を挟んだ対面に僕が座る。
本題に入る前に、僕はアイスブレイクに二人の今日の学園生活を聞く事にした。
「二人とも、今日はどうだった?」
「……朝から遅刻しかけちゃったわ。変な夢を見たせいでね」
「私は凄く良い夢だったんだけどねー。でも夢なんだよね……」
「…………夢ね」
……二人の夢話で、僕も今日の悪夢を思い出してしまった。
せっかく忘れていたのに。
三人揃って少し遠い目になる。
……場をほぐすつもりが、微妙に沈んでしまった。
失敗したな……。
「……まあ、夢はいつ誰でも見るからね。あまり気にしない様にしよう」
「……そうね」
「うん、わかった」
「他には何かあったかい?」
僕は別の話題を振って雰囲気を改めようとした。
すると、パークの表情がパッと笑顔になる。
「私はねー、新しい師匠が出来たよ。ラーメンのだけど」
「……ラーメンの?」
「そう、ラーメン」
「……そう。それは良かったね」
「うん!」
嬉しそうにニコニコしているパーク。
それを見て僕も笑顔になるが、心中は「?」で埋め尽くされていた。
何故にラーメン……?
今から引退後の生活の為に、手に職を着けておきたいんだろうか?
将来は暖簾分けしてもらうとか?
……駄目だ、さっぱりわからない。
あまり気にしない方がいいのかな……。
悶々と考えていると、フォークインの方がなにやら耳を倒して複雑な表情をしているのに気付いた。
「フォークイン? どうかした?」
「……え? ああ、別に何でもないわ。ただちょっとね」
「……何か嫌な事でもあったの?」
「嫌な事ってわけじゃないわ。ウチのクラスに今日編入生が来てね……」
僕はフォークインの言葉を聞いて、顎に手を当てる。
編入生? こんな中途半端なタイミングで?
……いや、待てよ。確か一人心当たりがある。
さっきまでやってた業務で、そんな情報を見た覚えがある。
「……ひょっとして、オグリキャップっていう地方から来た子の事かな?」
僕がそう言うと、フォークインは耳をピンと立てて驚いた顔をした。
「タクヤ、知ってたの?」
「まあね……」
「……そうよ、そのオグリキャップっていう子の事よ」
そう言って、フォークインはオグリキャップの事について話し始めた。
なんでも、その子は凄まじいレベルのド天然だそうで、やる事なす事にハラハラさせられる子だったそうだ。
最初は変な子だな。と呆れて見てるだけだったフォークインだが、彼女の行動に段々背中がムズムズしてきて見てられなくなり、彼女の世話を焼き始めたらしい。
すると彼女は目をキラキラさせて、フォークインに懐いてしまったそうだ。
今日の授業時間が終わるまで、彼女の世話を焼き続ける羽目になったフォークインは、少し気疲れしてしまった。という話だった。
「なんだかじゃれてくる大きな犬を相手にしてるみたいだったわ……」
「……そ、そう。お疲れ様、フォークイン」
はぁーと溜息を吐くフォークインを労わる。
フォークインも結構姉御肌的な一面があるからな……。
そういうちょっと手間のかかる子に好かれるタイプなんだろう。
……何はともかく、二人とも充実した学園生活を過ごせているようで良かった。
色々気になる事もあるが、僕はそう思うようにした。
再度気を取り直して、僕は本題を二人に切り出す事にする。
ホワイトボードに向かって、用意した資料をマグネットで一枚一枚留めてから二人に振り返った。
「さて、二人ともいいかな? 今日の本題だ。僕達の状況の再確認と、これからどうするかを話していこうと思う」
「ええ」
「はい!」
二人の返事を聞いて、僕は資料を指差しながら話し始めた。
僕達には日本のトゥインクルシリーズを走るにあたって三つの条件がある。
1、期限はシニア級の1年まで。
2、グランプリG1を制覇する。
3、クラシック三冠もしくはトリプルティアラを達成する。
以上の三つだ。
1はともかく、2と3は至難の業だ。やろうと思って出来るものではない。
3は言うに及ばず、2だって1と絡むと想像を絶する難易度となる。
何せ世代を越えた選りすぐりのウマ娘が揃うG1を、3回中2回勝たなければいけないからだ。
これらが全て揃って凶悪な難易度となっている。正直無理難題なレベルだろう。
だが、僕は二人を信じている。彼女達ならやり遂げるだろうと。
そしてそれを導くのは僕の手腕に掛かっている。
僕も覚悟を改めた。
それら条件の達成を目指すにあたって、最初の一歩である二人のデビューの時期を僕は仮で定めた。
三冠路線に行くにせよ、ティアラ路線に行くにせよ、デビューは出来るだけ早い方が良い。なので僕は、二人のデビューを今から約3ヶ月後の7月前後にした。
仮だと言うのは、まだ僕は二人の競走能力を全て把握し切れていないからだ。
昔の二人はよく知っているが、そこからどれだけ能力が上がっているかを調べるのはこれからだ。
余程の事がない限り変更はしないが、その結果によって、メイクデビューを走る時期の変更が必要かの判断と、デビュー戦のレース場や距離を決定する。
「……以上。二人ともそれでいいかな?」
「
「
二人からそれぞれ力強い返事が返ってくる。
僕もそれに頷き返した。
この先に待つのは厳しい戦いの連続だ。僕達の誰かが心が折れる事もあるかもしれない。
だが、今の僕達は未来に向けて走る意志に満ちていた。
必ずやこの条件を乗り越え、二人との三年間を走り切ってみせる――――
――――――――――――――――――――
三人での初めてのミーティングも終わったので、資料を一束に纏めながら二人に改めて声を掛ける。
「今日から本格的に僕達は始動となる。改めてよろしく二人とも。そっちに更衣室があるから、そこで着替えてトラックに集合してもらえるかな」
隣の元家庭科用具室と繋がった扉を指差す。
女子の着替える場所だから、特に気を使って設営したスペースだ。
ちゃんと鍵も掛けられる部屋を準備しておいた。
「…………」
「…………」
しておいたんだけど……。
二人の反応が
どうかしたんだろうか?
用意した部屋に不満があるんだろうか。
などと考えていたら、フォークインがおもむろに自分の鞄をゴソゴソしだした。
……なんだ?
「……ねえタクヤ。コレなんだけど」
「ん?」
フォークインが鞄の中から僕に差し出してきた物。
それはトレセン学園指定の体操服だった。
確か、二人は僕を追いかけるような形で急に留学が決まった生徒だったから、体操服の発注が遅れていて、それが今日届いたんだったか。
これまでは持参した運動着を着ていたと言っていた覚えがある。
しかし、フォークインの差し出しているのを見る限りには、特に何の変哲もない体操服だけど……。
「……体操服がどうかした? サイズが合わないとか?」
「いえ、サイズは合ってるわ。合ってるんだけど……」
……ではなんだろうか?
僕が首を傾げていると、パークの方が恥ずかしそうにモジモジしながら切り出してきた。
「コレ……やっぱり日本じゃ普通なの?」
そう言いながら、パークも鞄から出した物を広げて僕に見せてくる。
……ブルマだった。
「こんなの下着と変わらなくないかな?」
「…………」
「
「…………」
………………。
……ふう、どうやら二人には詳しく説明する必要があるようだ。
ちゃんとブルマを着てもらうためにも。
僕は顔を赤くして恥ずかしがっている二人の前に、堂々と立った。
「わかった二人とも、二人がブルマを着ることに納得できるよう、ちゃんとしっかり説明するからよく聞いて」
「え、ええ……」
「タクヤ、なんか変だよ? 目が怖いんだけど」
そんな事はない。気のせいだ。
「二人がブルマしか渡されなかった理由。それはね」
「「それは?」」
「二人の耳飾りが左耳にあるからだよ」
「…………」
「…………」
部屋に満ちる静寂。
二人は何言ってんだコイツ。みたいな目で僕を見ていた。
「何言ってんのアンタ」
……口に出して言われた。悲しい。
「いや本当なんだよ。短パンを渡される子とブルマを渡される子の分け方はそう決まってるんだ」
「なにそれ。じゃあ私たちが耳飾りを右耳に変えたら短パンにしてもらえるの?」
パークが首を傾げながら聞いてくる。
「それを 変えるだなんて とんでもない!」
「いやなんでよ?」
フォークインが呆れながらジトっとした目でこっちを見てくる。
「それにそもそも、一度そうと決まったらそれ以外に変える事はできないよ。そういう決まりなんだ」
「……制度に不備がありすぎないかしら?」
「
まあでも、二人の気持ちはわからないでもない。
正直、僕もなんで変えられないんだろうとは思ったが……。
なんだろう。根源的な何かに強制されてたりするのかもしれない。
「まあともかく。二人の体操服はそれしかないよ。大丈夫。着ていれば慣れてくるから」
「本当でしょうね……?」
「短パン……ジャージ……」
フォークインは疑いのジト目でこっちを見てくる。
パークは未練が断ち切れないようだ。
海外ではジャージか普通のトレーニングウェアが主流だったからな。
あれに比べれば確かに肌色面積は激増するから、苦手だというのもおかしくはないのか?
レーシングブルマという物もあるにはあったが、二人はそういうのはあまり着ていなかったしな。
とはいえ、ここで逡巡してもらっても困るのは確かだ。これは日本のトレセン学園の決まりなのだから。
郷に入っては郷に従え、というやつだ。
諦めてもらうしかないだろう。決まりだからね。
「二人の気持ちもわかるけど、今は早く着替えてきてね。トラックの予約時間に間に合わなくなるよ」
「……はぁ、仕方ないわね」
「は〜い……」
二人は渋々といった感じで、更衣室へと入っていった。
僕はそんな二人を見送った後、彼女達が着替えている間に計測機器やデータ入力用のタブレットを準備していく。
しばらくして、二人が体操服に着替え終わって更衣室から戻ってきた。
「……うぅ……」
「や、やっぱり恥ずかしいよ……」
……顔を真っ赤にして、上着の裾を下に引っ張りながらだけど。
僕はそんな二人を見て、何とも言えない気持ちになった。
まさかここまで恥ずかしがられるとは、正直予想外だった。
モジモジしている二人の姿を見ていると、何でもないはずのただの体操服姿なのに、何か如何わしい事をしてる気分になってくる。
新しい何かに目覚めそうな光景だ。
「…………」
「な、なによ……何か言いなさいよ……」
「なんで無言なのタクヤ……」
二人は真っ赤な顔でこっちを睨んでくる。
昔から知っている、幼馴染二人のブルマ姿。
怒りながらも可愛らしい、そんな二人に僕の心が無性に揺さぶられる。
「いや、可愛いなって思って……」
思わず考えていた事が、ポロっと口から溢れてしまった。
「かわっ!? ……そ、そう?」
「……可愛いって、ホント?」
僕の言葉を聞いて、二人がパッと上着の裾から手を離した。
よく鍛えられた綺麗な脚とブルマが
それを見て、僕の心がますます揺さぶられていく。
「ほ、本当だよ。よく似合ってるね、二人とも」
「ふ、ふ〜ん?そう? まあ、アンタがそういうなら……」
「可愛い……可愛いって言ってくれた……」
フォークインは腕を組んで赤い顔でニヤけていた。
パークの方は両手を頬に当ててポッとしている。
少し浮ついた雰囲気になった後、良い事を思い付いたと言わんばかりにパークの頭の上にピコーンと電球が点いた。
「ねえねえじゃあさタクヤ。今度私達がタクヤの家でこの格好してあげようか?」
「ブッ!?」
「ア、アンタ何言ってんのよ!?」
パークのとんでもない爆弾発言に、フォークインが真っ赤な顔でワタワタと両手を振っている。
僕は吹き出しながらも、フォークインとパークが僕の部屋でブルマ姿になっている場面を想像してしまった。
…………。
………………。
……………………ハッ!?
いやいやいや! いくらなんでもそんな事をしたら、間違いなく僕のトレーナー人生が終わってしまう!
それどころか、本当に人生が終わりを告げてしまう!
僕達は幼馴染だが、それ以上に今は教育者と教え子だ!
そんな関係のまま僕の家で二人をブルマ姿なんかにしたら、100%僕は国際問題で刑務所行きだ!
―――その瞬間、僕の脳裏に「有罪!」と書かれた扇子を広げる秋川理事長の影が過ぎった。
はっ。
……危ない。理事長の影のおかげで冷静になれた。
理事長、申し訳ありません。ありがとうございます。
改めて落ち着いて考えてみる。
……今思うに、さっきの僕の可愛い発言も大分アウト寄りの判定な気がする。
ちょっとこだわりがあるブルマに関しての事で、僕もおかしくなりかけていた。
これではいけない。トレーナーを目指すと決めた時に、
いくら好意を向ける幼馴染二人の綺麗なブルマ姿だからといって、生徒をそんな目で見る事などあってはならない。言語道断だ。
気をしっかり引き締めねば。
「ゴホン。とにかく、その話はなし。二人とも着替え終わったならトラックに行こうか」
「……そ、そうね」
「ちぇ〜……」
パークは残念そうだった。
本当に勘弁して下さい。