1話 Youはどうして日本へ?
この世界にはウマ娘という、人によく似た種族が存在する。
人間とほぼ同じ姿形をしているが、耳は側頭部になく、代わりに頭頂部の左右にウマ耳という器官が生え、さらに腰の後ろには尻尾がある。
不思議なもので、ウマ娘という種族名なだけに女性性しか存在せず男性性は生まれてこない。
現に長い歴史の中でも確認はされていない。
そして特徴的なのは、ウマ娘という種族は全員軒並み女性として大変見目麗しいのである。
彼女達は基本的に温厚な者が多く、人間の良き隣人・友人として人と共にこの世界の歴史を紡いできた。
ウマ娘は各個人毎に別世界からの魂「ウマソウル」を受け継いでおり、その魂に由来する本能として「走る」事に強く執着する。
ここからが人間と比べて大きく違うところで、ウマ娘は大体が身体的能力に秀で、本気で走った時の時速は70km以上に達する事もある。
人間男性の陸上短距離世界一の選手でも最高時速44kmくらいという事から、いかに彼女達が凄まじい身体能力を持っているかがわかるだろう。
まるで人間の体に強力なエンジンが搭載されているかのようだ。
――そう。彼女達は人間と比べてすごくすごい身体能力を持っている。
時速70kmを人間と同じ体躯で出せるというのは、脚力のみならず全身のパワーが圧倒的なのだ。
――前置きが長くなったが。
なぜ「僕」が今こんな事を考えているのかというと。
現在、僕の両腕を二人のウマ娘が左右から引っ張り合っているからだ。
現代ではとうに廃れた、ウマ裂きの刑とかなんとかと呼ばれた処刑法。
まさにその状態なのだ。
僕程度のヒトオスが、その力こそパワー!に抗う事など不可能で。
僕の腕が根元からスポッと引っこ抜けるまでは、あと数秒といったところだろう。
以上、現実逃避終わり。
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日本ウマ娘トレーニングセンター学園
通称トレセン学園
ここは東京の府中にある、ウマ娘の少女達が通う学び舎。
日本全国はもちろん、果ては海外からも留学にやってくる生徒が大勢いるマンモス校である。
総生徒数は2000人近く、それに比例して敷地は広大。校舎も巨大。
まさに日本一の学校と言える。
しかし、ここはただの学校ではない。
ウマ娘には走る本能があり、それをウマ娘同士が走りを競うレースという形に競技化し、一大興行に発展させた「トゥインクルシリーズ」(通称中央レース)と、そこで優秀な成績を収めたウマ娘だけが出走できる「ドリームトロフィー」の運営母体でもあるURAの出資する管轄校なのだ。
そしてそれらのレースに参加する競走ウマ娘。
つまり優秀なアスリート達が通う学校なのだ。
とは言っても別に走るウマ娘だけではなく、それを支えるウマ娘。いわゆるサポーター養成のコースも存在する。
他にも色々あるが、要するにそういった総合教育を受けられる学校でもある。
広大な敷地には様々な施設が所狭しと並んでおり、そこでウマ娘達はそれぞれ己を鍛え高め、毎日切磋琢磨しているのだ。
敷地内のちょうど中央部には中庭広場がある。
その広場にはウマ娘の始祖と言われる三女神の大きな像が鎮座しており、他の場所と比べてもどこか荘厳な雰囲気を醸し出している。
三女神が見守るこの広場は、普段から数多くの生徒達の憩いの場となっている。
――――が……
『
《
「あああああ゛あ゛あ゛゛痛い痛い離してえええ!!!」
その憩いの場は、一人の男を二人のウマ娘が取り合う修羅場へと変貌していた。
――――――――――――――――――――
「はあ……はあ……た、助かった……駿川さん、ありがとうございます……」
「い、いえ……どういたしまして」
ほ、本当に危なかった……もう少しで両腕を失うところだった……。
駿川さんが異変を察知して助けに来てくれなかったら、マジでヤバいところだった。
もう腕の付け根からミシミシ通り越してプチプチって音が聞こえてたからな……。
僕はゆっくり肩を回して、両腕が失くなってない事を確認して安堵の息を漏らした。
「それで……一体どうしてこの二人とこんな事に?」
助けてくれはしたが、僕が腕を引っ張られていた事情が分からない駿川さんが困惑しながら僕に尋ねる。
駿川たづなさん。
このトレセン学園の理事長秘書を務めている女性だ。
日本一の学校のトップの秘書というだけあってとてつもなく優秀な女傑で、事務処理能力はもちろん交渉運営計画暴徒鎮圧なんでもござれだという凄い人だ。
最後のは初めて聞いた時、まさかそこまでは……と思っていたが、実際に今暴れウマ娘二人に襲われていた僕を颯爽と助けてもらって、あれ本当だったのか……と思った。
一体何故こんな事にと聞かれても……。
「いや……正直僕もよくわからなくて。びっくりしてちょっと混乱してるんですよね……」
「はぁ……」
駿川さんがふと視線を横に向ける。
そこには今回の事態を引き起こした、トレセン学園の制服を着た二人の暴れウマ娘が、並んで地面に正座させられていた。
しかも駿川さんの謎の早技によって、両手が縄で後ろに拘束されて、さらに膝の上に板状の重しが乗せられている。
いわゆる石抱きの刑ってやつだ。
さらにご丁寧に重しに貼り紙がしてあって、デカデカと筆文字で「反省中」と書かれている。
あ、でもこれ普通の石みたいに見えるけど軽石だ。
いやいや、そもそもなんでこんなものがトレセン学園に?
反省用だとしても、こんな一昔前のギャグアニメみたいなもの使う必要あるんだろうか……。
……まあ、それはともかく。今は二人の事だ。
硬い地面の上で慣れない正座に重し(軽いけど)が乗っているから脚が痛いのだろう。二人ともちょっと涙目で俯きながら唸っている。
『
《
「……」
「……」
それぞれ小声の英語とフランス語で苦悶していた。
……正直かなり倒錯的な光景だ。
暴力事件一歩手前の下手人とはいえ、流石にちょっと哀れに思えてくる。
「はあ……」
僕は溜息を吐いて頭を掻きながら、メソメソしている二人に向き直った。
「あのさ……まずなんで二人がここにいるのか教えてもらえるかな?」
『
《
二人は目を泳がせながら僕から顔を背けた。
気まずいのか二人とも額から汗がタラ〜っと垂れている。
……そう、実は僕とこの二人は知り合いだ。
それも昔から知ってる、いわば幼馴染のような関係。
僕は子供の頃から親の仕事の都合で海外を転々としていた。
この二人は当時それぞれ別の国で知り合ったウマ娘なのだ。
しかし二人とも才能溢れるウマ娘で、現地での将来を渇望される程の身だったはず。
本当ならそれぞれの国の地元のトレーナーと契約するなり、レースチームに所属してるはずだったのに。
それが今なぜ、遠い日本の地のトレセン学園にいるのか。
僕にはその理由がわからなかった。
『
名前を呼ぶと、芦毛の小柄なウマ娘がそ〜っと伺うようにこっちを見る。
《
もう1人の栗毛の可愛らしいウマ娘も肩をビクッとしてこっちを見る。
「二人とも、ちゃんと説明してくれるよね?」
僕は二人の目を見つめながらそう言った。