―4月中旬―
トレセン学園のレーストラックを、二人のウマ娘が駆け抜ける。
芦毛のウマ娘 フォークイン
栗毛のウマ娘 ヴェニュスパーク
二人の幾度目かの併走トレーニング。
フォークインとパークに併走を課した僕は、何故かヒシアマゾンという生徒を模したゴール看板の脇から二人の走りを見つめていた。
ストップウォッチを片手に、競り合う二人を真剣に観察する。
トラックの芝を強く蹴り上げ、舞い散らせながら疾く駆ける彼女達。
それはトレーニングとは名ばかりの、激しいマッチレースの様相を呈していた。
「くっ……! このっ!」
先行するフォークインが、後方から差そうとしているパークの前方に立ち塞がり、蓋をしようとする。
「そうはさせないよ! フォークイン!」
次の瞬間、パークは持ち前のレース勘でフォークインの狙いを察知し、巧みな脚捌きで手前を切り替える。
さらに、スピードを殺さずにまるで横にスライドするかのようなテクニカルなステップを刻んで進路を変更し、フォークインの意図を躱しにかかる。
とてもデビュー前のウマ娘の技量とは思えない、驚異的な技を魅せるパーク。
しかし、目論見を潰されそうになったフォークインも負けてはいなかった。
「アンタに「それ」が出来るのはもう知ってんのよ!」
「っ!?」
強引にパークの挙動に着いて行き、ともすれば進路妨害にもなりそうな動きで蓋を被せきろうとするフォークイン。
そんな彼女の強引さに、動揺したパークは足並みが乱れる。
それはほんの少しのものだったが、二人の伯仲した実力の間では大きな隙となった。
最高速に乗ろうとした勢いを崩されたパークが、表情を歪ませる。
しかし瞬時に体勢を整え直して、再度フォークインを差しに掛かっていく。
だが、ゴールラインを越えるまでにフォークインとの半バ身の差を埋める事は叶わなかった―――
――――――――――――――――――――
「はぁっ、はぁ……」
「ふぅ〜……」
激しい併走が終わった後、レーストラックの脇に座り込み呼吸を整える二人。
上気した体は、湯気が見えそうな程の熱気を纏っている。
僕はドリンクボトルを両手に持ち、二人に差し出した。
「お疲れ様、二人とも。はい、水分補給して」
「ああ、ありがとうタクヤ……」
「ありがと〜……」
二人はボトルを受け取って、ゴクゴクと
あまり一気に飲み過ぎないように。と軽く注意すると、二人はぷはーとボトルから口を離した。
「ふぅー……生き返るわね」
「そうだね〜」
互いに顔を見合わせて笑みを浮かべる。
レース中こそ鎬を削るライバルだが、そこから離れれば仲の良い二人だ。
境遇も似ている彼女達の間には、まるで姉妹のような気易さとシンパシーがあるのを感じる。
尊い関係だな、と僕は思った。
フォークインがボトルを片手に、ニヤリと笑いながらパークに話しかける。
「それはそうと、今のでアタシの7勝6敗1分けよ」
フォークインのその言葉に、笑顔だったパークの口がへの字になった。
「むぅ……次は負けないよ」
「ふふん、いいわよ。アンタのクセも
「そんな事にはならないよ。次からは私が連戦連勝するからね」
パークが腕を組んで鼻息荒く宣言する。
それを聞いて、今度はフォークインの口がへの字になった。
「言ったわね。その言葉、忘れるんじゃないわよ。後で恥を掻くのはアンタなんだから」
「いいよ別に。恥なんて掻かないから。フォークインの方こそ、次負けた時の言い訳を考えておいた方がいいんじゃない?」
睨み合い始める二人。
互いの中間にバチバチと火花が散り始めた。
しばらくそのままだったが、おもむろに座っていた二人が睨み合ったままスッと立ち上がる。
「……負け越してる癖に大口を叩くじゃない」
「……フォークインこそ、ちょっと勝ち越してるだけで調子に乗りすぎじゃないかな?」
「なんですってぇ?」
「なにかなぁ?」
……ここまで静観して彼女達の会話を聞いていたが、雲行きが怪しくなってきた。
二人の額に怒りマークがビシッと浮かび上がり、ゴンと額を突き合わせてぐぬぬぬと唸り始める。
まるで、格闘技の試合前に互いの額をぶつけながら睨み合うパフォーマンスをしてるかのようなその光景。
そんな光景を前にして、僕は額に手を当てて溜息を
たまにあるコレさえなければな……。
尊い関係……。
「ぐぬぬ……」
「ふぬぬ……」
「はいはいブレイクブレイク。そこまでだよ二人とも」
二人がグリグリと
闘争心を昂らせるのは結構な事だが、二人はチームメイトだ。昂り過ぎて喧嘩になられても困る。
「まったく……喧嘩はダメってこの間言ったばかりだよね」
「……だってパークが」
「……だってフォークインが」
ブーたれた顔をしながら互いを指差す二人。
いや、息ピッタリだね君達。
本当にもう……喧嘩するほど仲が良いとはこういう事なのかな。
僕は苦笑しながらやれやれと被りを振った。
「わかったよ。それなら今回も両成敗という事で。さ、今日のトレーニングはこれで終了だよ。この後今後に向けてのミーティングをするから、シャワーと着替えを済ませたらチームルームに集合してね」
「むう……わかったわ」
「はーい……」
僕の大岡裁きに微妙に不満そうな反応。
とは言いつつも、結局二人は一緒に並んで共用のシャワールームへと歩いていく。
そんな彼女達の並んだ背中を見ていると、さっきまで喧嘩一歩手前だったとは到底思えない。
やっぱり尊い関係だな。と僕は思った。
――――――――――――――――――――
二人を待っている間。
僕は先にチームルームで、今日の分も含めた今までの二人のデータをまとめていた。
二人との担当契約。育成が始まってから2週間あまりが経過した。
当初の予定通り、まずはフォークインとパークの現在の競走能力の把握から始めた僕は、トレセン内の施設を片っ端から利用して二人のデータを収集した。
芝、ダート、坂路、プール、トレセン内のジムでのマシン計測。
あらゆる角度から慎重に二人を分析し、かつさらに鍛えつつ、昔の僕の記憶とも擦り合わせをしながら過ごした2週間。
それは、僕の想定以上に高かった二人の能力に驚き続ける日々でもあった。
二人の実力は相当高く見積もっていたつもりだったが、それでもまだまだ甘かったようだった。
フォークインの、小柄な体躯から出ているとは思えない出力の驚異的な豪脚。
パークの欧州ウマ娘ならではの坂をモノともしない力強さと、パーク自身の柔軟な発想・閃きから生まれる高度な技術。
昔から彼女達の才覚に本格化という要素が加われば、遥かな高みに至れるのではないかと思ってはいたが、これほどだったとは。と唸らされた。
もちろん僕もただ驚いていただけではない。
脚質、距離適正、バ場適正の得手不得手。
加速力や瞬発力。最高速度の計測。
二人のスタミナ量やパワーはもちろん。
コーナリングの際の膨らみ方から末脚の伸び方まで。
彼女達を綿密に調べて、精査を重ねていった。
また、時には走らせるだけでなくパワートレーニングとストレス発散も兼ねて、サンドバッグを殴ったり蹴ってもらったり。
果ては瓦割りや、重機に使用される巨大なタイヤを引いてもらったりもした。
育成の滑り出しとしては順調な日々。
が、最後の二つに関しては少々の問題が発生した。
持ち前のパワーでイキイキと瓦を割り、えっほえっほと巨大タイヤを引きずるパーク。
対してフォークインの方は瓦割りとタイヤ引きに対して、
「いやいや、アタシもタイヤ引きくらいはやった事あるけど、このサイズは
と、若干顔を引き攣らせて渋り始めたのだ。
……そういえば、瓦割りはともかく巨大タイヤ引きは日本にしかなかったものだっただろうか?
言われてみれば、海外では見なかったような気がする。
巨大タイヤ引きは見た目のインパクトが凄い。
なにせタイヤ自体が引いてる本人の数倍、下手すれば十数倍はデカい。
重量も相応にあり、まず間違いなく人間に引く事は不可能な代物だ。並のウマ娘でも無理だろう。
日本においては競争ウマ娘のトレーニングとして有用性が認められており、多くのトレーナーに取り入れられている、由緒正しい実績がある鍛錬法だ。
特に勝負強さ、いわゆる根性を鍛えるのに最適だという。
瓦割りも同様に、パワーを鍛えるために有用なトレーニング法だ。
下手な筋トレよりも断然鍛えられる。
……見た目は瓦を割ってるだけだが。
僕の見立てでは彼女なら巨大タイヤを引く事に問題はないはずだし、瓦だって割れるはずだが、それらのトレーニング効果に懐疑的なフォークイン。
今まで僕の指示なら従ってくれていた彼女には珍しいその態度に困った僕は、パークと協力して一計を案じる事にした。
僕がフォークインの気を逸らしている間に、パークにこっそりタイヤと繋がっているロープを彼女に取り付けてもらい、なし崩し的にタイヤ引きと瓦割りをやってもらおう。という作戦だ。
……本当は自分の意思でやってもらいたかったが、仕方ない。
フォークインも、一度やってもらえば効果に納得してくれるだろう。多分。
「いくらタクヤの指示だからって、こんな胡散臭いのアタシはやらないわよ。別のまともなのにしてちょうだい」
と、けんもほろろなフォークインに対し、早速僕はまあまあそんな事言わずに……と
しばらく宥めた後、すかさず今度は僕が思うフォークインの良い所を並べ連ねて
最初は突拍子もなく彼女を褒め始めた僕に、彼女も眉根を寄せて怪訝な顔で訝しんでいた。
だがとにかくひたすら褒めまくる僕に、次第に満更でもなくなってきたのか口角が上がっていき、耳もピコピコしだしてきた。
フォークインは凄い!君を担当できるなんて、僕は世界一の幸せ者だよ! と言ったら、
「ふふん。そうよ、わかってるじゃない♪」
と、鼻を鳴らしながら腕を組んで、彼女が目を
その瞬間、今だ!!とアイコンタクトでパークに合図を出す。
合図に頷いて、後ろからサササっと手際よくロープをフォークインに取り付けた後、タイヤの上に退避するパーク。
そのままメガホン片手に、何食わぬ顔でフォークイン頑張れーと応援し始める。
ん? と、パークの声援を聞いたフォークインが目を開く。
腰の辺りに違和感を感じたのか、怪訝な顔で自分の身体を見下ろすと、いつの間にかロープが身体にしっかり取り付けられていた事に気が付いてハッとする。
「何よこれ!? アンタら騙したわね!?」
と僕達に憤慨した後、こっちを恨めしそうに睨みつけながらガルルルと唸り始めるフォークイン。
また僕がまあまあまあまあ……と怒れる彼女をしばらく宥めていると、深い溜息を吐いて観念したフォークインは、やるわよ、やればいいんでしょ! と言い捨ててパークが乗ったままのタイヤを引き始めてくれた。
夕日に照らされながら、半ばヤケクソ気味に顔を真っ赤にしてズルズルと巨大タイヤを引くフォークインと、タイヤの上から頑張れ頑張れと応援するパーク。
その輝く青春の友情トレーニングの光景は、まるで一枚の絵画のように芸術的で美しかった。
そのあまりの美しさを前に、僕の目には自然と涙が滲んでいた。
「アンタ達っ……後でっ、覚えてなさいよ……っ!!」
ちなみにその後。
「日本にはイキダメシとかいうのがあるそうじゃない。やってみたいからそこにパークと一緒に寝転んでくれない?」
瓦割りを終えた後。
額に怒りマークが浮かんだまま、笑顔で拳を構えるフォークイン。
僕とパークは、死を覚悟した。
――――――――――――――――――――
そんなこんなで、騒がしくもあっという間に過ぎ去っていった2週間。
その2週間の成果を、僕のパソコンの画面に表示させ唸る。
「……やっぱり……これは」
顎に手を当てながら考え込む。
しばらく黙考した後。僕は二人のこれからに対してそれぞれの結論を出した。
「……よし、これでいこう。後は二人の意見も聞いてから本決定かな」
僕が頭の中で考えをまとめ終わったと同時に、チームルームの扉がガラガラと開いた。
「お待たせ〜タクヤ」
「戻ったわよ」
「おかえりパーク。フォークインも」
今日のトレーニングの汗を流した二人が戻ってきた。
そのまま会議コーナーに座った二人に続いて、僕もデスクの資料を持って対面に座る。
まずは今日の併走の寸評からする事にした。
「今日もお疲れ様。最後の併走だけど、フォークインは大分無茶したね」
「ああ、アレ? あんなの無茶の内には入らないわよ。ぶつかったわけでもないし」
フォークインが腕を組んでふん。と鼻を鳴らす。
パークに強引に蓋をしに行った時の事とは理解しているようだが、僕は少し違うところを見ていた。
「そうだね、そこは僕もあまり問題とは思ってない。僕が言ってるのは、パークのステップに無理について行った事だよ。足に違和感とかはないかい?」
僕の指摘にフォークインはキョトンとしてから、柔らかい微笑みを浮かべた。
「そういう事ね。大丈夫よ。ひねったりもしてないし、問題ないわ」
「それなら良かった。パークのようにステップを刻んだわけでもなかったからね。まあ、あれは真似しろと言って出来るものでもないけれど……」
「えへへー。褒められちゃったかな?」
「まあ、そうだね……」
パークが頭を掻きながら照れる。
言い方は悪いが、あんな芸当を思い付きで実戦で出来るパークがおかしいのだ。
難度の高い技を咄嗟に繰り出し、かつ成功させるパークの天才性。
改めて、彼女の底知れない強さを感じた。
「だけど、それ以外はフォークインがパークの性格と展開を読み切った見事な勝ちだったね」
「ふふん、そうでしょ」
「むー……」
腕を組んだまま得意気なフォークインと、頬がプクーと膨れていくパーク。
対照的で二人に似合う仕草だが、ここはパークのフォローも入れておかないとな。
「パークの方は相変わらず機転が効くし、対応力という意味ではずば抜けているね」
「でしょー?」
「想定外の一撃にはちょっと弱いかな? と思わなくもないけど、これは君の弱点とは言い難いね。一瞬で体勢を整え直せていたから。パークがフォークインに負けたのは、二人の末脚の違いの方が大きい」
「末脚の違い……」
フォークインの末脚とパークの末脚。
その違いとは何か。
フォークインの方はパークよりも最高速度が速く、持続時間が長い。
その分、最高速への到達時間。すなわち加速力はパークの方が高い。
フォークインの末脚は徐々に伸びるタイプで、パークの末脚は爆発的に加速するタイプなのだ。
今回、パークはフォークインに半バ身差で敗北した。
だがパークはあの攻防の後、実はほぼ横一線に並ぶところまでは差を縮めていたのだ。
しかしそこでフォークインが最高速に到達してしまい、差し切りきれず逆に差を広げられてしまった。
これがパークの敗北のカラクリだ。
あの僅かの隙さえなければ、前に出てリードを取ったパークをフォークインは差し返せず、結果は逆となっていただろう。
「うーん……なるほどー」
「パークはテクニック面ではほとんど言うことはない。だからこれからはスピード面を鍛えるのを重視しよう」
「うん!」
「フォークインに必要なのは、優れた最高速に素早く到達出来るパワー。加速力だね」
「分かったわ」
二人が力強く頷く。
「あと、フォークインはパークから技術を教えてもらう……のは難しそうだから、盗めそうなテクニックを盗んでいこうか」
「あー……そうね……」
フォークインが胡乱げに遠い目をした。
……彼女がこんな風になるのには、理由がある。
パークの状況に即した閃きと、それに伴って繰り出される
本人の感覚に頼り切っている……と言われれば僕の立つ瀬がないが、彼女はアマチュア時代も己のセンスで様々な状況を覆してきた。
老トレーナーも、そこに関してはパークの自由にやらせていたほどだ。
まさしく天賦の領域。
ただ問題は、それらを行使している彼女が自分のやっている事を他人に説明出来ない事だった。
少し前の事だ。
三人でミーティングをしている際にパークについての話題となり、彼女が今までのレース中に使用した難易度の高い技の説明をしてもらおうとした。
するとパークは、スッとして〜シュルッと動いて〜ここでタタタ〜とわちゃわちゃした身振り足振りを交えながら説明し始めた。
そのあまりにも感覚的で抽象的な
昔、日本の野球のレジェンドにもこういう人がいた気がするが、パークもそのタイプだったとは……。
トレーナーとして担当が才能に溢れているのは喜ばしい事だが、ここまでだと理解する方も大変だと思ったものだった。
「うーん。師匠は理解ってくれたんだけどなぁ」
「師匠って……モンジューの事かい?」
「うん、そうだよ」
「……そっか。モンジューがね……」
やはり天才は天才を知る。という事なのだろうか。
それともまさか、モンジューも野球の某レジェンドみたいな感性を持っているのか?
実際に彼女と話をしたのは、あのブローニュの森の一件でだけだが、僕は彼女には理知的で聡明な女性という印象を持っていた。
そんな彼女がパークみたいに、スッとかシュルッとかわちゃわちゃやっているシーンを想像する。
……滅茶苦茶シュールな映像が頭に浮かんだ。
パークがやるとまだ可愛げがあるが、彼女がやると精神の成熟した女性というイメージが崩れそうだった。
いや、こういうのもギャップがあって魅力になるのかもしれないが。
何にせよ、僕の勝手な想像の域は出ない話だった。
もしも今後彼女と会う機会があったのならば、本人に聞いてみようか……?
まあ、まずそんな機会はないと思うけども。
閑話休題。話が逸れてしまった。
「まあモンジューほどではないけど、僕もパークの持つ技術をなるべく理解して言語化出来るように頑張るよ」
「そんなに理解りにくかったかなぁ……私の説明……」
「アンタと一緒にしないでちょうだい。って、アンタその顔……ふふっ」
パークが釈然とせず顔と口がモニョモニョしているのを見て、フォークインは口元を抑えて笑いを堪えた。