少なくとも僕が国籍変更するのは決定事項な件   作:筵針

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3話 大衆の女王 過去編①

 

  

 

「はあ、ヒドい目に遭ったわね……もうイシダキは二度とゴメンだわ……」

C'est vrai.(そうだね)……まだ脚が痛いよ……」

「あのね二人とも。そもそも君達があんな事しなければそうはならなかったんだからね?」

 

 

 衝撃的な二人との再会から一時間後。

 

 ところ変わって僕達は今、トレセン学園のカフェテリアに移動していた。

 中庭広場よりも落ち着いた場所で話をする方が良いと思ったからだ。

 

 石抱きの刑から解放された暴れウマ娘二人は、痛む脚を(さす)りながら僕の目の前でそれぞれコーヒーと紅茶を嗜んでいた。

 僕はというとただの水だ。

 

 ちなみに駿川さんは多忙な人だから、この場は僕に任せて既に離脱している。

 彼女達は知り合いなんですと言ったら、事情を察して「後でちゃんと報告してくださいね」と、言伝を残していった。

 お気遣いありがとうございます。今度ちゃんと謝罪とお礼を言わないとな。

 

 それぞれ目の前の飲み物を一口飲んで、ふぅと息をつく。

 一先ず落ち着いた二人を見やり、僕は話を切り出した。

 

「何はともかく、二人にまた会えて嬉しいよ。いきなり腕を千切られかけたってのはちょっとアレだけど……」

 

「ふん。自業自得よ。自分の胸に聞いてみなさい」

「そうそう」

 

 ……なんでいきなり喧嘩腰なんだろうか……僕が何かしたってのか?

 ヴェニュスパークはともかく、プリプリしているフォークインはあんまり刺激しない方がよさそうだ。

 また腕を引っ張られたくないしね……。

 

「に、日本語も上手くなったね。でも二人がまさか日本に来てるだなんて、夢にも思わなかったよ」

 

「まあ、アンタには黙って来たから当然よね」

「そうそう」

 

 シレッと言う二人に僕のコメカミがピクッとなる。

 

 落ち着け……Be coolだ島村拓也……。

 僕は努めて冷静に、絞り出すような声で二人に改めて尋ねた。

 

「……僕に黙って来たというのはまあいいとして……そもそもの話、どうしてここにいるの?」

 

「ふん。言う必要はないわね」

「そうそう」

 

 

 プチって音が聞こえた気がする。

 

 僕はテーブルにバンッと両手を叩きつけた勢いで、二人の前で立ち上がりながら憤慨した。

 

「あのね! 僕はいきなり腕を千切られかけたんだよ!? これ以上濁すなら二人ともまた駿川さんに突き出すけど!?」

 

「ひっ!?」

「そぅっ!?」

 

 怒れるトレーナーと化した僕にビクッと怯える二人。

 ……というか、さっきから何でヴェニュスパークはそうそうbotになってるの?

 

「最近読んだ日本の漫画のキャラの口癖で気に入ったからだよ?」

「……そうですか」

 

 ……そういえばフランスでは日本の漫画が人気なんだっけか。

 君は昔から漫画好きだったしね……。

 でも今はちょっと真面目にしてくれないかなぁ?

 

「はぁ、わかったわよ……ちゃんと話すから落ち着いてちょうだい。あとたづなさんに突き出すのは勘弁して」

 

 フォークインが観念して溜息混じりに話し出す。

 僕も血が上りかけた頭を冷やして席に着いた。

 

「でもその前に」

「ん?」

 

 コーヒーを一口含んでから腕を組んで、フォークインは隣にいるヴェニュスパークに目を向けた。

 

 

「この子と仲良さそうだけど、一体誰?アンタの何なの?」

 

 そしてものすごく不満げな顔で、ヴェニュスパークを睨みつけていた。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 今から10年ほど前。

 僕がまだ子供の時。

 

 

 僕は親の仕事の都合で、ニュージーランドの北島にあるネイピアという街に住んでいた。

 

 そこで、ある日僕は一人の小さなウマ娘の子供と出会った。

 

 その子の名前はフォークイン。

 

 当時のフォークインは、将来競走ウマ娘になる事を目指して努力していたが、周りのウマ娘とあまり反りが合わなかったのか、ずっと一人でトレーニングをしていた。

 

 毎日一人きりでトレーニングをしていたせいか、彼女の走りはまだ子供だった僕から見ても荒っぽく無駄が多かった。

 お世辞にも良い走りをしているとは言えない状態だったのだ。

 

 そんながむしゃらに走るだけのフォークインには、周囲の人達も競走ウマ娘としては彼女にあまり期待はしていないようだった。

 

 だけど、僕はそんな彼女を見ていて直感した。

 彼女は競走ウマ娘として、素晴らしい素質を持っている事を。

 

 未熟だけれども、自らの想いや感情を走りに載せる彼女の姿に僕は惚れ込んで、一人ぼっちの彼女をサポートしたいと思ったのだ。

 

 

『なに貴方。アタシに何か用?』

 

 最初の頃は見知らぬ東洋人の僕を怪しんで、話しかけても素っ気ない対応を取られる事がままあった。

 

 一人でトレーニングしてたし、気難しい子なのかな? と思いながらも、根気強く彼女と接していく。

 

『また来たのアンタ。トレーニングの邪魔だからあっち行って』

 

 時には冷たくあしらわれながらも、毎日彼女となんとかコミュニケーションを取る日々。

 

 やがて、純粋に仲良くなりたいという想いが伝わっていったのか、彼女も徐々に警戒を緩めていき、いつしか打ち解けていった。

 

 ……彼女もまだ子供だったし、やっぱり本当は一人ぼっちで寂しかったのだろう。

 

『ふぅ、しつこいわねアンタも。そんなにアタシと、と、と、友達になりたいって言うなら、な、なってあげてもいいわよ?』

 

 挫けず何度も会いに来る僕に折れたのか、やがて彼女の方から友達になってあげると手を差し出してきたのだ。

 

 僕は喜んで彼女が差し出した手を取った。

 

 ……彼女の顔が真っ赤だったのは見ないフリをした。

 

 

 それからは、彼女のトレーニングの合間に二人で街を歩いたり、公園で一緒に遊び回ったりなんかもするようになった。

 

 

――――――――――――――――――――

  

 

Huh?(はぁ?)アタシにトレーニングの指導?』

 

 ある日、僕はいつも通り一人でトレーニングしていたフォークインに、君は本当はもっと凄い走りができる。君のトレーニングの手伝いをさせてくれないかと申し出た。

 

 ――僕にはいつかトレーナーになるという夢があった。

 

 だからまだ日本にいた時、偶然近所に住んでいた元中央トレーナーの人にお願いして、教えを乞うていたことがあったのだ。

 

 つまり僕は、自分で言うのもなんだけどトレーナーの卵のようなものだったのだ。

 

 そこまで掻い摘んで話すと、フォークインは訝しみながらも、まあアンタの頼みならばと話を受け入れてくれた。

 

 ―――指導とはいっても、所詮子供がトレーナーの真似事をしてるに過ぎない。遊びの延長のようなものだ。

 

 そんな風に考えていたフォークインは、最初の頃は僕が考えたトレーニングをあんまり信用してくれていなかった。

 

 それでもトレーニングの指導の成果が出始めると、フォークインの走りは本人が驚くくらい一変した。

 

 

 まず脚の使い方。フォークインは力任せに前に進もうとして蹴り足が強くなりすぎ、脚が空回りしていた。いわゆる力みすぎというやつだ。

 それに彼女は集中が切れると脚が開きやすいところがあった。つまり、彼女は疲れると前に進むエネルギーが横方向に逃げてしまうという悪癖を持っているという事だ。

 だから最初に脚の正しい力の使い方と、疲れても前に進むエネルギーを余す事なく地面に伝える正しいフォームを教えた。

 

 次に腕の振り方。フォークインは腕の振り方が身体とも脚とも全く連動していない、てんで出鱈目なものだった。

 ここを矯正して全身と連動するようにしたのが一つ。

 

 最後は体幹だ。フォークインは体幹が安定せず、身体の軸がよくフラフラしていた。

 正しい姿勢こそ全ての根幹であり、強い体幹こそ力の源。子供のうちから体幹を鍛えれば、成長に伴ってどんどん大きくなるウマ娘のパワーにも身体が振り回されなくなる。

 僕は走る事より、基礎や体幹トレーニングを中心のメニューをフォークインに課した。

 

 

 僕自身がトレーナー見習いだから、手探りなところはあった。

 でも、そんな僕の(つたな)い指導でも彼女の走りはみるみる改善されていった。

 

 

 そして数ヶ月もする頃には、フォークインは見違えるように綺麗な走りを手に入れていた。

 

 ほんの少し前までは誰も見向きもしなかったウマ娘が、誰もが見惚れるほどの美しい走りを晴天の草原の下に披露する。

 

 

 僕の彼女への直感は間違っていなかったのだ。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 ネイピアの街では、数ヶ月に一度ウマ娘のキッズレース大会が開催される。

 

 僕とフォークインは、トレーニングの成果の確認も兼ねてその大会に参加する事にした。

 

『……大丈夫かな? アタシ……勝てるかな……?』

 

 フォークインが出走するレースの数分前。

 彼女は極度の緊張で震えていた。

 

 無理もない。ちゃんと相談した上で参加する事にしたとはいえ、まだまだ僕も彼女も経験の足りない子供で、周りには強そうなウマ娘の子がいっぱいだ。

 

 それに今まで彼女は、周囲から何の期待もされていない孤独なウマ娘だった。

 

 もしも大勢の観衆の前で不様な走りをしてしまったら、やっぱりこの程度だったかと思われるかもしれない。という事に恐怖を覚えているのだろう。

 

 僕は不安で俯いている彼女の正面に立ち、両肩に手を置いた。

 彼女は少しビクッとして、顔を上げて目の前の僕の目を見つめた。

 

 不安気に揺れているフォークインの綺麗なオッドアイ。

 僕はそれとしっかり目を合わせながら、ニッと彼女に笑いかける。

 

 

 大丈夫。君は強い。僕とのトレーニングの日々を信じて。

 

 

 彼女の震えが止まった。

 

『……カッコつけすぎよ。バカ』

 

 見惚れるほどの笑顔を彼女は浮かべる。

 

 勝ってくるわ。とフォークインはターフに颯爽と躍り出て行った。

 

 

 

 

『さあ最終直線に各バ突入してくる! 6番セルジーニー逃げる逃げる! その差は4バ身程度! これはいけるか!? いくか!? 後続も詰めてくる! まだセーフティーリードではないか!』

 

『おおっと! ここで! 7番フォークインがバ群の隙間から抜け出した! 抜けた!抜けた! そのまま6番を追う! 速い!凄い末脚だ!7番フォークイン!』

 

『届くか!?届くか!? 届いた!届いた! 7番フォークイン! 6番セルジーニーを捉えた! そのまま抜き去る! ゴールだ!やったぞフォークイン! 1バ身差で1着でゴールイン! 見事な勝利だっ!』

 

 

 この日、彼女はその場の誰よりも速くゴールラインを越えた。

 

 歓喜の涙を流す彼女が、観客達に手を振りながらターフを戻ってくる。

 

 ウイニングランから戻ってきた彼女と僕は抱き合いながら、二人の初めての勝利を喜んだのだった。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 レース大会の勝利から数週間後。

 

 フォークインが僕が住む家に大きな荷物を抱えてやってきた。

 

 え、どうしたの? と僕が聞くと、今日から一緒に住むから。との返事が返ってきた。

 

 ……What?

 

 フリーズしていると、僕の横をすり抜けて彼女は家にズカズカと上がり込んでいって、父さんと挨拶し始めた。

 

 フォークインとシェアハウスをする事になった。

 

 ……Why?

 

 まあ、これには色々と複雑な訳があったんだけど、そこは今は割愛する。

 いつか話そうとは思っている。

 

 

 

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