少なくとも僕が国籍変更するのは決定事項な件   作:筵針

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5話 大衆の女王 過去編③

 

 

 

 フォークインと出会ってから、数年の月日が流れた。

 

 僕達は相変わらず二人三脚でトレーニングを積み、各所のレース大会で勝利を重ねていた。

 

 フォークインの活躍は止まるところを知らず、子供ながら次代のスター候補としてニュージーランド全土に響き渡るくらいの名声と賞賛を手に入れている。

 

 僕が出会った一人ぼっちの孤独な少女はもう何処にもおらず、今や彼女はニュージーランドの新たな希望。国民的アイドルだ。

 

 ネイピアの街では彼女のグッズが売られる気の早い店が目につくようになり、以前とはまた違う活気に溢れていた。

 

 ……フォークインはそんな店を見て、もの凄く複雑そうな顔をしていたけれども。

 

 まあさもありなん。見向きもされていなかった彼女の過去を思えば、都合よく手のひら返ししたようにしか見えないからだろう。

 

『いや嬉しいのよ。嬉しいんだけど……なんか納得いかないわ……』

 

 ブスーっとむくれる彼女をどうどうと(なだ)める。

 彼女の膨らむ頬をつんつんと突っつきながら、手を繋いで街を歩く。

 

 フォークインはすっかり有名人になった。街を歩けば色んな人に声を掛けられる。

 すると自然と手を繋いでいる僕も目に入るわけで、仲睦まじく見える僕達は当然カップルのように扱われていた。

 

 だが、ウマ娘レースとはつまるところ興行だ。ゆえに人気商売の一面もある。

 人気の高いウマ娘は、ただ人前で走るだけですら大きな経済効果を生み出す。なんて言われることもあるくらいだ。

 

 アイドル的人気のフォークインの将来の為に、いわゆる「コブ」である僕は、彼女に手を繋ぐのをやめようか? と提案してみた事がある。

 

 結果は断固拒否。

 

 あの時のフォークインの、地獄めいてドスの効いた『は?』という一言を、僕は生涯忘れられないだろう。

 

 ……命の危機ってこんなに身近にあるんだなぁ。

 フォークインの背後に特大の爆弾を幻視し始めた事は絶対に内緒だ。

 

 でもまあ、僕の心配はぶっちゃけ杞憂でしかなかった。

 僕とフォークインの関係は、世間にも普通に受け入れられていたからだ。

 

 ネイピアの街の人は、レースに対して興行としてもシビアな考え方を持つ人はいるにはいるが、それでもそういう事には寛容な人の方が多かった。

 みんな良い人で、暖かい人ばかりだ。

 

 じゃあなんで僕と会うまでフォークインが一人ぼっちだったのかというと……これは彼女の気性がちょっと気難しかったせいだろうなと思っている。

 ……これは本人に言うと、多分滅茶苦茶不機嫌になるだろうから言わないけれど。

 

 

 ともかく、そんな順風満帆で人気のある彼女は、国内のあちこちの有力なレースチームからスカウトが殺到していた。

 

 首都ウェリントンをはじめ、最大都市のオークランドにも拠点を構える、ニュージーランド国民なら誰でも名前を知っている国内最大規模を誇るチームからも声がかかるくらいだった。

 

 

 ―――が、彼女はそれら全てのスカウトを(ことごと)く断っていた。

 

  

 理由は簡単。僕の存在だ。

 

『タクヤがいるから入らないわ』の一言ですげなく断られるスカウトの人達の背中は煤けていた。

 もう少しこう……なんというか……手心というか……。

 

 正直、スカウトの人の恨みがましい視線に晒される僕の心は、滝のような汗が流れっぱなしだった。

 

 

 

 

 

 他にも色んな事があったけど。

 

 フォークインと共に過ごす日々は本当に充実していて。

 

 僕も彼女も笑い合いながら、いつまでもこんな日々が続けばいいなと子供ながらに思っていた。

 

 

 

 ―――あの日が来るまでは。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

『フザけないで!! アタシはそんなの絶対認めないわよ!!』

 

  

 憤怒の表情を見せるフォークイン。

 

 僕は彼女にそんな表情をさせてしまった事に、心が痛んだ。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 ある日の夜。

 

 僕が自室で勉強をしていると、ドアが控えめにノックされた。

 

 ドアを開けると父さんが立っており、大事な話があると言って部屋に入ってきた。

 

 ……僕は嫌な予感がした。

 

 話の内容は、父さんの仕事の話。

 

 ……僕は父さんの仕事の都合で、また別の国へ引っ越しする事が決まった。

 

 

 

 

 僕は少なからずショックを受けた。

 

 でも、日本を出る時だって父さんの仕事の都合だったし、それになにより僕はまだ子供だ。

 海外に一人で置いていく事なんて親としては出来るわけがない。

 

 僕は心苦しくも仕方ないと思った。

 

 

 ―――その時、僕の心にフォークインの笑顔が浮かんだ。

 

 ……せめてフォークインには、自分の口から別れを告げたい。

 

 僕は父さんにそう言った。

 

 

 

 僕はその日の夜。いつものフォークインとの添い寝の前に、大事な話があるんだと切り出した。

 

 するとフォークインの顔がカアッと凄く赤らんでいって、 

『え、ウソ? まさか今? ちょ、ちょっと待って心の準備が! 今日の下着あんまり可愛くないのよ!』

と、アタフタしだした。

 

 ……凄い勘違いをしている気がしたので、そういうのではないと言った。

 

 なんだ……じゃあ何よ? と安心したのか残念だったのか微妙な表情のフォークイン。

 

 それを見ながら僕はゆっくり深呼吸をして、話を切り出した。

 

 

 

 

 僕ら一家が別の国へ引っ越しをするという話を聞いたフォークインの反応は、それは凄いものだった。

 

 最初は僕がこの国からいなくなるという事を、『冗談でも面白くないからやめて』と言って信じてくれなかった。

 

 しかし僕の沈痛な顔を見て、それが本当の事だとわかると彼女の爆弾が爆発したのだ。

 

 怒り心頭で周りの物を蹴るわ投げるわそこら中を暴れ回るわと、とにかく荒れに荒れまくった。

 

 よく家が壊れなかったなと思ったものだ。

 

 一通り暴れ終わった後、僕に縋り付いて泣きじゃくり始め、泣き疲れて僕に引っ付いたまま眠ってしまった時は困り果てたのをよく覚えている。

 

 

 

 そしてその日以降、僕とフォークインが一緒にいる事はなくなった。

 

 

 フォークインは自分の部屋に閉じこもるようになった。

 トレーニングもしなくなって一日中自分の部屋におり、僕が部屋の扉の前から呼びかけても啜り泣く声が聞こえてくるだけで、何も反応は返ってこなかった。

 

 

 食事もあまり摂らなくなってしまった。

 たまに食卓に降りて来る時はあるが、絶対に僕とは目を合わせてくれなかった。

 そっと顔を覗き見ると、目元が赤く腫れているのが見えた。

 

 

 一人で街に出ると、いつも一緒にいる彼女がいない事を訝しんだ人に、彼女とケンカでもしたのか? と聞かれた。

 僕がこの国を離れる事になったからです。と言うと、皆察して悲しんでくれた。

 やっぱりこの街の人達は優しい人ばかりだ。

 

 

 

 ……別れの時は、段々と近づいてきていた。

 

 あんなにずっと一緒にいたのに、別れがこんな寂しい形になるなんてと凄く悲しい気持ちになった。

 

 

 

 僕は以前フォークインのスカウトをしに来ていた、国内最大チームの人と再び会う事にした。

 

 以前、僕がいたからフォークインはチームには入らないと言った。

 だから、僕がいなくなった後のフォークインを頼む為にお願いをしに来たのだ。

 

 一度断っておいてムシのいい話だとは思う。

 だが、これは一人になってしまう彼女のためにも必要な事だった。

 

 ……本来、こういうのは彼女の保護者がやるべきなんだろうとは思う。

 だが、彼女は複雑な事情を持つ身だ。だから少しでもそれに明るい者がやらなくてはならないのだ。

 そしてそれは僕だ。とは言っても、表向きは同席してもらった同居人の父さんが交渉するという形になっているが。

 

 

 僕は彼女の未来の為に、頭を下げてお願いした。

 どうか僕がいなくなった後の彼女を守ってください、と。

 

 ……スカウトの人は、快く彼女を引き受けてくれた。

 身元も保証するし、彼女の事情も折り合いがつけられるようにする。

 衣食住も手配して用意するし、今いる家だって彼女が住む住まないに関わらず引き払わなくてもいいようにする。との事だった。

 

 ……さすが巨大資本がスポンサーに付いているニュージーランド最大のチームというべきか、手厚いサービスだった。

 父さんも横でビックリしていたくらいだ。

 

 そして、これだけの厚遇が受けられるフォークインには大きな期待が掛かっている、という事の証左でもあった。

 

 僕の胸の中には、誇らしさと安心感と少しの寂しさが生まれていた。

 

 

 そうして、フォークイン本人の問題は解決に向かっていった。

 

 ……彼女が本当に望んでいるのは、そんなものじゃないとはわかってはいるけれど……。

 

 

 本音を言えば、無理を言ってでも彼女を連れて行きたい。

 だがそんな事は、子供の僕には不可能だ。

 それに、それはお世話になったこの国に対する裏切りに等しい。

 

 フォークインはもはや、ニュージーランドの希望の一つなのだ。

 

 一人の人間が縛っていい存在ではない。

 僕は自分にそう言い聞かせた。

 

 

 

―――――――――――――――――――― 

 

 

 

 ニュージーランドを出立する当日。

 

 お世話になった人達への最後の挨拶回りを終えて、ネイピアの空港に向かう車に乗り込む直前。

 

『待ってタクヤ!! 待ってよ!!』

 

 背後から僕を呼び止める声が聞こえた。

 

 その声に振り向くと、あの日から僕を避けていたフォークインが、家のエントランスから飛び出して僕に向かって走ってきた。

 

 彼女はそのまま、僕にぶつかるように抱き付いてきた。

 まともに食事が喉を通っていなかったからか、ずいぶんやつれてしまった身体を抱き返す。

 

 泣いているのだろう。彼女が顔を押し付けている僕の胸がじんわりと濡れていくのがわかった。

 

 

『お願い……アタシも連れて行って……』

 

 

 悲痛な声でそう懇願される。

 ……僕は胸が引き裂かれるような想いだった。

 

 いっそここでフォークインの手を取って、無理矢理にでも連れて行ってしまおうか。

 

 僕は脳裏でそう考える。

 

 ……でもダメだ。そんなことはできない。

 

 彼女はニュージーランドの希望だ。多くの国民が彼女に期待している。

 彼女こそ、長年のニュージーランドの悲願を叶えてくれるかもしれない存在なのだ。

 

 僕は異国の人間で、この国にお世話になった客人。

 この国の民ではない。

 

 僕の我儘で彼女をこの国から引き離すなんて不義理は許されない。彼女をこの国に返さなくてはならない。

 

 

 僕は断腸の思いで、フォークインの願いを断った。

 

 それを聞いた彼女は、僕の胸に顔を埋めてずっと泣いているままだった。

 

 

 彼女を抱きしめたまま、しばらく無言の時間が流れる。

 

 しかし別れを惜しむ間も時は待ってはくれず、フライトの時刻が迫ってきてしまっていた。

 

 もう行かないと、と僕は彼女に声を掛ける。

 すると彼女は涙に塗れた顔をゆっくり上げて、僕に言った。

 

  

『いつか絶対、貴方の元へ行くから……その時は……』

 

  

 か細く震えた声だった。

 最後の方は声にもなっておらず、聞き取れないくらいだった。

 それでも、彼女の切な想いは僕にしっかり届いた。 

 

  

 僕はトレーナーになる事を目指してる。

 いつか母国日本でウマ娘を育てたいという、夢があった。

 

 彼女がいつか日本に来るとしたら、国際G1であるジャパンカップにニュージーランド代表として出走する時だろう。

 

 逸材である彼女の才能ならば、難しい話じゃない。

 

 ならば僕はその時、トレーナーの一人として日本に挑みにやって来る彼女を胸を張って迎えよう。

 

 だから。

 

 ―――僕も立派なトレーナーになって、君が日本に来るのを待ってるよ。

 

 そう、彼女に伝えた。

 

 フォークインは涙を浮かべながら、僕にうんと頷いてくれた。

 

 

 僕はそっと抱きつく彼女の手を解き、鞄の中から一枚の手鏡を取り出した。

 

 昔、彼女は一人だと寂しくて眠れない癖があったから、鏡に映る自分を見て寂しさを紛らわせていると言っていた事がある。

 

 僕と一緒に寝るようになってからは、そんな癖には悩まされなくなっていたけれど。

 

 僕は取り出した手鏡を、フォークインの前に差し出した。

 

  

 これは僕の代わりであり、君の代わり。

 そして約束の証明だ。

 これがある限り、僕達は必ずまた会える。

 

  

 そう言って、フォークインの震える手に自分の手を添えて、手鏡を渡した。

 

 

 ―――彼女は目に涙を溢れさせたまま、綺麗な笑顔で「アリガトウ」と言ってくれた。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 ―――で、現在。

 

 そんな感動的な別れ方をしたはずの彼女は今、再会した僕に向けて絶対零度の軽蔑の視線(ジト目)を投げかけていた。

 

「アンタという奴は、アタシというものがありながら、あの後他所の国で違う女を引っ掛けてましたってワケ?」

「いやいや待って待って。それは誤解だよ」

「何が誤解なのよ? この子だってあんなに必死にアンタを離すまいって引っ張ってたじゃない」

Consentement.(そうだよ)タクヤ。私にも彼女との関係について説明してよ」

 

 こちらを詰問するフォークインと、それに便乗してズズイっと身を乗り出してくるヴェニュスパーク。

 

 どうして被害者のはずだった僕が、逆に責められてる感じになってるんだろうか。

 

 理不尽だ……。

 

「わかった、わかったから抑えて。順を追って説明するよ……」

 

 僕は目の前に身を乗り出してきているヴェニュスパークを両手で抑えながら、フォークインと別れたその後の事を脳裏で思い返し始めた。

 

 

 

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