少なくとも僕が国籍変更するのは決定事項な件   作:筵針

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6話 女神の庭園 過去編①

 

 

 

 フォークインと別れニュージーランドを発った僕は、一路フランスへと渡っていた。

 

 フランス北部にある、ドーヴィルという海際の街だ。

 目の前にドーバー海峡を望み、海の向こうはイギリスの大地がある。

 

 フランスといえばウマ娘レースの本場だ。

 ここドーヴィルは基本的にはリゾート地であり、それが故に大きなレース場も存在する。

 

 このレース場だが、なんと直線のみで1600mもある珍しい構成となっているレース場なのだ。

 日本では新潟レース場の千直と呼ばれるものが有名だが、それを遥かに上回る規模だ。

 これを使った直線のみのG1レースも存在し、それが開かれる際にはこのレース場に世界各国から人が集まるという。

 

 

 

 フォークインと別れてからしばらくの間、僕の胸には穴が空いたような喪失感が広がっていた。

 

 寂しさを抑えきれない僕だったが、別れ際のフォークインとの約束を思い出す。

 

 いつか立派なトレーナーになる。そして日本でウマ娘を育て、ジャパンカップで日本にやってくるだろう彼女を迎えるのだ。

 

 約束と夢のためにも、この本場フランスの地でこそ奮起しなければと思った。

 

 

 

 フランスにおいてのウマ娘トレーナーは、ほぼ必ず自分のチームを持っている。専属担当といった契約形態をしている者はほとんどいないらしい。

 

 というのも、フランスでは一人のトレーナーが様々なサポートスタッフを雇い、チームという名の一組織を作る。

 そして、そこに所属するウマ娘のメンバーの衣食住をチームがサポートする。という風になっているのが一般的だからだ。

 

 日本だとトレセン学園が中央所属のウマ娘の衣食住やサポートを一手に担っている為、かなり差異がある運営形態と言えるだろう。

 要するに、個人営業のトレセン事務所が国中そこかしこにあると言えばわかりやすいだろうか。

 

 

 僕はドーヴィルで最も強いと言われるチームを視察する為、件のドーヴィルレース場にやって来ていた。

 

 今日はレースは開催されていなかったが、いくつものチームがレース場を使用して本格的な練習をしていた。

 フランスではちゃんと許可さえ取れば、レース場での実戦練習が可能なのだ。

 もちろん、芝のメンテナンス的な観点からいつでも出来るというわけではないが、日本ではあまり見られない光景だ。

 

 スタンドから練習風景を見ていてわかったが、やはり本場だけあってウマ娘全員が力強い雰囲気がある。

 特にトモの張りが日本のウマ娘と比べても段違いだ。

 

 これは日本と芝の質が違う事からくるものなのだろう。と、僕は当たりを付けた。

 欧州のレース場の芝は柔らかく、深く沈むような感じだ。

 

 許可を取ってレース場の片隅で実際に自分で踏んで確かめて見たが、やはりというか全然違った感触だった。

 日本が整備された芝なら、欧州はまるで自然の草原というイメージだ。

 これは走るのに並々ならぬパワーを要求されるだろう。

 

 

 僕はこの芝の違いに大いに興味を抱いた。

 これを生で知っているのと知らないのとでは、トレーナーとしての練度に差が出るのではないか? と思ったからだ。

 これこそ海外経験というヤツだろう。

 

 しばらくしゃがみ込みながら夢中で芝の質を調べていると、ふと僕の目の前に影が差した。

 

 僕が、ん? と顔を上げると、一人の栗毛のウマ娘が両膝に手を置いて、僕の手元を覗き込んでいるところだった。

 

 

《ねえ貴方。こんな所でしゃがんでると危ないよ? さっきから一人で何やってるの?》

 

 

 それがヴェニュスパークだった。

 

 

 明るく天真爛漫な彼女は、側から見たら挙動不審な動きをしてただろう僕の姿にも物怖じせず、グイグイと距離を詰めてきた。

 

 逆に困惑してた僕だったが、話しているうちに彼女がここドーヴィル最強のチームに所属するウマ娘なことがわかり、驚愕する。

 

 しかも彼女は強者揃いのそのチームの中でも、本格化もまだ先だというのに将来のエース候補と呼ばれる程に才能溢れる天才ウマ娘だったのだ。

 

 それを聞いた僕は、これはチャンスかもしれない。と思った。

 

 早速僕は、彼女に僕がトレーナー志望である事を告げてから、チームの練習を近くで見させてほしい。何なら雑用でもなんでもするから。とダメ元でお願いをしてみた。

 

《へぇー、そうなんだ。わかった!こっちに来て!》

 

 こんなわずかの間で仲良くなってくれたヴェニュスパークはあっさり快諾してくれ、逆に驚いていた僕の手を引っ張って、チームのトレーナーに相談しにいってくれた。

 

 対面した彼女のトレーナーは年老いた女性で、見た目からして老獪で厳しそうな雰囲気が漂っている、いかにも歴戦のトレーナーといった感じの人だった。

 

 老トレーナーは、自分のチームの大事なエース候補に近づく怪しいアジア人な僕をジロジロと()め付けてから、出身はどこか? と聞いてきた。

 

 に、日本です。と少し動揺しながら答えると、老トレーナーの厳しそうな雰囲気が霧散して、一転して朗らかな顔になった。

 

 後で聞いた話だと、どうやらこの老トレーナーには親族に日本人がいたらしい。

 自らも何回か日本に行ったことがあるとの事で、かなりの日本通だったのだ。

 

 

 

 そこからはトントン拍子に話は進んでいった。

 

 僕はチームの仮メンバーとしてサポートスタッフの一人に組み込まれ、チームの活動に帯同する事を許された。

 

《よかったねタクヤ! これからよろしくね♪》

 

 ヴェニュスパークも日本人の友達ができたと喜び、その後も色々と僕の世話を焼いてくれた。

 僕は僕を受け入れてくれた老トレーナーとヴェニュスパーク、チームの皆に大いに感謝した。

 

 この日から僕は、少しでもこの恩を返すべく、全身全霊でチームに貢献する忙しい毎日を過ごす事となった。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 僕がチームに加入して、数ヶ月が経った。

 

 チームの活動にもすっかり慣れて、老トレーナーからもトレーナーとしての薫陶を受ける毎日を過ごしていた、そんなある日。

 

 練習中のヴェニュスパークが転倒して、怪我をする事態が発生した。

 

 僕はその時ストップウォッチを持って彼女のタイムを計っていたが、走っている彼女のフォームが突然崩れ出し、体が前のめりになったのを見た瞬間無意識に走り出していた。

 

 勢い良く投げ出された彼女の体が芝の上で弾み、止まらずに転がっていく。

 

 ウマ娘のスピードは時速70kmを超える時もあるほどだ。その状態で転ぶなど激しい自動車事故となんら変わらない。

 

 僕は急いで彼女の元に駆け寄った。

 周りのチームメンバーは少し遠い位置にいたからか、彼女が事故を起こした事にまだ気づいていない。

 僕は胸のホイッスルを吹いて、皆に緊急事態が起きた事を知らせながら走った。

 

 彼女は遠目に見ても倒れてから動いてないのがわかる。

 完全に意識を失っているようだ。

 僕は最悪の事態も考えながら、彼女の元に辿り着いた。

 

 彼女を出来るだけ動かさないように仰向けにする。

 息は……ある。

 脈拍も正常。

 骨も折れてないようだ。

 吐血もないし、内臓系は無事か?

 そこは機器がないと詳しくわからない。

 瞳孔は……特に問題なさそうだ。

 見た目には転がった時にできた擦り傷くらいしか怪我が見当たらない。

 さすがエース候補というか、上手く受け身を取っていたんだろう。

 

 しかし意識がないとなると……頭か?

 そう思い、彼女の頭部を注意深く見つめる。

 

 

 ……大きなたんこぶがあった。転倒した時に打ったんだろうか。

 

 

 そうこうしている間に皆も集まってきた。

 救急車もじき駆けつけるそうだ。

 いまだ予断は許さないが、少し安心した。

 

 駆けつけた老トレーナーに、ヴェニュスパークの容体を自分なりに見た所見を話していく。

 一通り話終わった後、随分詳しいみたいだけれども、医学の心得があるの? と聞かれた。

 

 昔、日本にいた元中央トレーナーの師匠に色々教えてもらったおかげで、トレーナーとして必要な最低限の医療知識はある。

 だが当然本職には叶わないし、専門的な知識なんかもない。

 多少は独学で補習はしたが……毛の生えたようなものだろうと思う。

 

 だから僕は、一通りの応急処置ができる程度です。と答えた。

 

 老トレーナーは、ふぅん……と呟いた後、助かるわ、ありがとう。と僕にお礼を言った。

 その後救急車が到着し、ヴェニュスパークは病院へ運ばれていった。

 

 

 結論から言うと、ヴェニュスパークに大きな怪我はなかった。

 診断の結果、転倒した際に頭を打って脳震盪を起こしていたとの事だった。

 あの大きなたんこぶはそういう事だったんだな。

 

《いや、転びかけた時受け身を取ろうと咄嗟に前転したんだけど、ちょっと失敗しちゃって》

 

 病院のベッドの上で頭を掻いて恥ずかしそうにするヴェニュスパーク。

 失敗したとはいうが、高速で動く中で咄嗟にそんな判断が下せるのは流石天才というべきかなんというか。

 実際、頭を打った以外に怪我はないようなもので、これならすぐに退院も出来るだろう。

 

 大きな事故にならなくて良かった良かった。

 

 

 

 ……と、思っていたんだけど。

 

 病院から出て、チームの事務所に戻ると老トレーナーが僕を呼び出した。

 なんだろう? と思ってトレーナー室に入ると、応接ソファーに座っていた老トレーナーがいた。

 

 お疲れ様、まあ座りなさい。と言われたので老トレーナーの向かいのソファーに腰掛ける。

 話があるのよ。と老トレーナーが切り出した。

 

 

 ―――……ヴェニュスパークの怪我は大したことはなかったけれど、強く頭を打ったというのが良くないわ。

 医者とも相談したけれど、しばらく練習は休んで自宅療養で様子を見るほうが得策でしょう。

 彼女は将来のフランスを背負って立つ逸材。ここは大事を取るに越したことはないわ。―――

 

 

 老トレーナーはそんな話を僕にした。

 

 確かに、老トレーナーの言う通りだと思う。

 診断では脳震盪だったが、強く頭を打つというのはそう単純なものじゃない。

 時間が経ってから脳出血などの症状が出た、なんて例はいくらでもある。

 

 そしてそれらは頭の症状だけに、気付いた時にはもう手遅れな事が多いのだ。

 

 僕は老トレーナーに、その通りですね。と同意した。

 

 

  

 ―――そこで、よ。

 貴方に休養中の彼女の世話を頼みたいの。

 貴方は医学の心得もあるし、いざという時の対処も出来るようだから適任でしょう。

 彼女のアパルトメントの鍵を渡すから、退院した次の日から彼女の家に行ってほしいの。

 よろしくね。―――

 

 

 

 老トレーナーのポケットからスッと鍵が取り出され、応接机の上にチャリンと差し出された。

 

 

  

 ………………はい???

 

 

 

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