仲間に裏切られて殺された元勇者のTSゾンビ姫、四天王の吸血鬼に溺愛されて魔族の世界で愛され姫君になる 作:たんがん
生暖かい鮮血が、自分の首元から噴き出した。
「え……?」
――――ドサッ。
魔族領の深い森の中。
ルーザ=キャントルは、己の身に何が起きたのか理解できないまま、その身体を仰向けに崩れ落ちさせていった。
「はは……ハハハハハハ!!やった!!遂にやってやったぞ、『勇者』を!!」
その叫びはどこまでも遠くへと響き、周囲の木々を揺らすようだった。
暗い目的を成就した達成感と、喜びに満ちた声。
そんな声を、命を奪ったことを平気で喜ぶ言葉を、目の前の男――――人類最強の剣士、レオナルドが出したことがルーザには信じられない。
彼は勇者ルーザの人間領から魔族領への魔王討伐の旅路に同行してくれた数少ない仲間で、旅路の中で何度も自分を助けてくれたのに。
自分の喉から引き抜かれた、レオナルドが持つ血塗れの剣。
レオナルドの声に驚いたのか、木々の隙間から飛び立つ鴉の群れ。
それらがスローモーションで見える程に、現実味のない光景。
しかし、ルーザが首の刺し傷からおびただしい血を流し、地面に倒れているのは紛れもない現実であった。
その現実を今もなお理解できていないのは、この場ではルーザだけ。
「なんだ、伝説の勇者も所詮は私にかかればこんなものか!! みじめなものだな、ハハハハハ!!」
ガツン、と鎧を蹴るような音が響いた。
レオナルドが倒れているルーザを、彼の着ている豪奢な鎧を踏みつけながら、高笑いを浮かべているらしい。
血が流れ落ち続けるルーザの身体はどんどん冷たくなっていて、踏まれている感覚はもう曖昧になっていた。
そのくせ『彼等』の声だけは、いやにハッキリと聞こえてくる。
「ねぇレオナルド様ぁ、もう行きましょうよぉ。ワタシぃ、もう下賤な魔族共の住まう土地の空気なんてこれ以上吸いたくないですわぁ」
媚びた猫撫で声をあげる、修道士の服に身を包んだ少女。彼女は、死にゆくルーザを冷たく見下ろした後、うっとりした顔でレオナルドの腕にしなだれかかった。
彼女は『聖女』イゼッタ。ルーザとレオナルドの旅に唯一同行を許可された凄腕の神聖魔法の使い手で、レオナルドと共に魔王討伐の旅路を支えてくれた仲間……のはず、だった。
「あぁそうだね、愛しのイゼッタ。私達の恋路を邪魔する不届き者は、こうして無事に退治できたのだから」
「えぇ、せいせいしてますわ。いくら魔王を討伐した伝説の勇者だからって、こんな子供と婚約させられてたなんて寒気が止まりませんでしたもの。私を呪われた運命から開放してくださって、レオナルド殿下には感謝しかございませんわ」
「当然じゃないか、私達は共に魔王を討伐した仲間なのだから。そこにいる、私の手柄を簒奪しようとした無礼者は例外、だがね」
そんな彼等が自分に向けて呪詛のような言葉を吐き捨てていくのが、ルーザには信じられない。
「さて、そろそろ凱旋と参ろうじゃないか。私達は人類の平和を脅かす魔王を討伐した英雄だ、宴もさぞかし盛大になるだろう」
「キャー‼︎ 素敵な殿方がつまみ放題……ゴホン、レオナルド様が祭り上げられるのが今から楽しみですわ、私‼︎」
彼等がくるりと背を向けて、この場から立ち去っていこうとするのも信じられない。
イゼッタが回復魔法をかけてくれれば、もしかしたら自分はまだ生きていられたかもしれないのに。
彼等はそれ以上ルーザに興味を向けず、歩き去っていく。この近くに仕掛けてある人間領と魔族領間の移動用の魔法陣で、彼等は自分の国へと帰っていくのだろう。
その中には本来……ルーザも含まれていたはずだったのに。
(…………。でも…………)
死にゆくルーザ=キャントルの脳裏には、これまでの自分の人生が走馬灯のようによぎっていた。
『お前はどうしてそんな簡単なこともできないの!?』
『全く、お前は使用人の中にいるのがお似合いだな!!』
勇者になる前の、貴族の次男坊として過ごした頃の記憶。
母親に怒鳴られ、父親に叱られ、いてもいなくても構わないと言われた日々の記憶。
書斎の本だけが友達だった時の記憶。
『勇者様、バンザイ……!!』
『さぁ勇者様、魔王を倒しに行ってくだされ……!! あなたこそ、世界の希望!!』
勇者となった後の、王宮で万雷の喝采と共に過ごした頃の記憶。
貴族時代が嘘のように持て囃され、祭り上げられた記憶。
楽しかったのは最初だけで、誰も自分のことを名前で呼ばない、魔王を討伐するための切り札としてしか自分を見てくれないことに、虚しさを覚えた記憶。
振るいたくない剣を、それでも魔族に向けてただ振るっていた記憶――――
(ボクが死んでも……悲しむ人なんか、誰もいないか……)
そこでルーザは、今にも死にゆくというのに一切の感情が自分の中に湧かないことに気がつく。
こういう時、物語だったらレオナルドへの怒りや死への恐怖が湧いてもいいはずなのにな。暗くなっていく視界の中で、どこか他人事のような考えしか彼には浮かばない。
やがてルーザの視界は完全に暗闇に閉ざされて、何も見えなくなっていく————
(あれ……くら、やみ……?)
その時、ルーザの中にふと、頭をよぎるものがあった。
何だっけ。
小さな頃、貴族として暮らしていた頃……暗闇の中で。
誰かに会ったような、大事な約束をしたような。
忘れちゃいけない『誰か』に出会ったような、そんな気がする…………
(名前は……なんだっけ。たしか……)
もう少し。もう少しで、出てきそうなのに。
全てを思い出すには、ルーザに残された命の時間はあまりにも少なすぎた。
もう何も聞こえないし、何も見えない。五感のほとんどが失われている、死の間際。
『――――約束だ。俺は、必ず――――』
それでも、最期の力を振り絞って、記憶を辿っていった結果……ルーザはその名前を、口に出すことができた。
「…………ェ……ル。に……………い…………………………………………」
やっと絞り出した言葉は、ルーザ本人にすら聞き取られることはなく。
――――魔王を倒した勇者ルーザ=キャントルは、18歳という若さでその命を落としたのだった。