仲間に裏切られて殺された元勇者のTSゾンビ姫、四天王の吸血鬼に溺愛されて魔族の世界で愛され姫君になる 作:たんがん
それからルウは、三日間ほど吸血鬼城の一室でリハビリに励んで過ごした。
「さ〜ルウ様、今日も張り切っていきましょうね〜」
メーチェはその間、献身的にルウを支えてくれた。体を慣らすための運動には一日の大半の時間をかけて手伝ってくれたり、朝昼晩と決まった時間にご飯を部屋に持ってきてくれたり。それらを嫌がるどころか、ニコニコしながら食事の時には雑談まで振ってくれる気の利かせっぷりだった。お花の話だとか、料理の話だとか、そんな何気ない話を振って和んだ空気を作り続けてくれた彼女にルウは頭が上がらない気持ちでいっぱいだった。
「さて、こっからは楽しい楽しいメンテナンスの時間だ……ほら、腕から出しな」
シュタインも、毎晩やってきてはメンテナンスだと行ってルウの身体を丁寧に検査してくれた。ボク様は忙しいんだからなー、とか他でもないエルドラドの頼みだからなー、とか口ではぶつくさ言っている割に、ルウの身体を触る手つきはとても優しい力加減で、ザラザラしているトカゲの鱗の生えた手で行われているのが嘘のようだった。メーチェのような気遣いに満ちた優しさとは違って、わかりづらく捻くれているけれど行動が雄弁に示してくれる彼の優しさも、ルウにとってはとても心地が良いものだった。
そして、ルウの部屋を訪れる者が、もう一人。
「……邪魔するぞ」
「あ、え、エル様……!?」
「あら〜旦那様〜、いらっしゃい〜」
リハビリの最中、エルドラドが姿を見せてくることが何度かあった。
だいたい予告も無しに来るものだから、ルウは来るたびに驚いて胸をドキドキさせてしまう。
「……スマン。これでも俺は立場ある身だからな、いつ頃に時間が空くかを予測しづらくてな」
「い、いえ!! き、来てくれて……ありがとう、ございます……」
「……っ」
エルドラドに会うのはどうにも緊張して、声が上擦るルウである。拾ってもらったことや蘇らせてもらったこと、リハビリが完了するまでの間の面倒を見てくれていることなど、あまりにも恩が多過ぎて、積み重なったそれらが恐れ多くてしょうがないのだ。
ただ、それほど緊張するのに、彼が来てくれることは、不思議と嫌じゃない。それが具体的にどういった感情なのかは、ルウにはよくわからなかったけれど。
「……そうか。引き続き、療養に励め」
しかし、ルウの言葉を聞くと、エルドラドは目をルウから背けてしまう。
どうやらルウの感情とは相反するように、エルドラドは内心ではルウをあまり歓迎していない様子だった。彼は毎回ルウが何かを伝えるとすぐにそっぽを向いて、ろくに目も合わせようとしないのだ。
「エルドラド様〜顔が赤くなっておりますよ〜。ルウ様は魅力的ですものね〜」
「……言うな」
メーチェがなにかをこそこそと言っていたが、部外者の自分がいつまでもいることに対する文句だろうか。
それも仕方ないだろう、とルウは思う。これまで優しくしてもらったのが、できすぎなぐらいなのだ。仲間にすら死を願われた元勇者には、今いる環境はあまりに分不相応がすぎるのだ。今すぐに叩き出されないだけ、感謝しなければいけないぐらいであろう。
(だから……ボクはいずれここを出ていかなくちゃいけない、だからこそ……)
ルウは、漆黒のコートを纏うエルドラドの背中を見ながら強く思った。
早くリハビリを終わらせて……ボクにできることで、恩を少しでも返せたらと。
「腕関節……問題なし。脚関節……問題なし。腰……背……首……」
リハビリを始めて、四日目の昼間。鱗に覆われたシュタインの手の冷たさが自分の身体を順になぞっていく感覚にも、だいぶ慣れてきた。
「んっ……ぅぁっ……」
まだくすぐったさは多少あるが、こればっかりは仕方ない。
この身体が色々と『敏感』なことは初日のメーチェにお風呂場で散々教え込まれたので、ルウはこれに関してはすっかり諦めていた。
やがて、長いようにも短いようにも感じられる触診が終わり、シュタインが顔を上げる。
「……うん。魔力が滞りなく全身を走ってる。これならもう、他の奴が介助しなくても問題ねぇだろ」
「と、いうことは……」
「あぁ、リハビリ終了だな。お疲れさん」
「……っ」
シュタインは素っ気なく、何事もないことのように言う。
この日がとうとう来たのだ、とルウは思った。
この日がとうとう来てしまった、ともルウは思った。
リハビリが終わって……優しくしてくれた彼らと別れなければいけない、そんな日が。
「い、今まで、ありがとう、シュタイン君……」
「別に……エルドラドの命令でもあったし、ボク様としても興味があったってだけだ。礼なんかいらねぇよ」
「そ、それでも……ボクは、嬉しかった、から……その、お世話して、もらえて……」
「あーもう!! オマエ、治ったらなんかやりたいんじゃなかったのか? それはいいのかよ!!」
ルウがなるべく内心の感情を出さないように礼を言うと、幸か不幸かシュタインはルウの感情に気づく様子はなかった。
褒められ慣れていないのか、シュタインはそっぽを向きながら話題を逸らす。
「あ、そ、それは……大丈夫。メーチェさんと、話して……決めたことが、あるから」
「……あぁ、それでさっきからメーチェがいたのな。納得したわ」
「うふふ〜」
触診中もずっと無言でルウの傍に控えていたメーチェが、シュタインの視線を受けてわざとらしく微笑んだ。
「あらら〜、シュタイン君〜? わたしがいると、なにか不都合なことでもあるのかしら〜?」
「別にねぇよ……チッ。じゃあやることやったし、ボク様は帰っからな」
「え? あ……」
シュタインは言いながら立ち上がると、とりつく島もなく部屋を出ていってしまった。
最近のあの子は、触診の後にも「ボク様の研究がどれだけ素晴らしいか、ボク様の作品でもあるオマエは知るべきだ!!」とか言って、研究という名の自慢話でしばらくルウの部屋に居座るのが日常だったのだが。
「あらら〜、どうしたんでしょうね〜? シュタイン君、わたしが来るといつもあんな調子なんですよ〜」
「さ、さぁ……」
笑顔を崩さないメーチェに、ルウとしては曖昧に濁した言葉しか返すことができなかった。
メーチェのシュタインへの対応は何か確信犯のような気がするが、ルウは深掘りしてはいけないような気がした。
彼女は基本的には優しい人なのだが、たまに妙な圧がある気がする。
「まぁ、私達もそろそろ行きましょうか〜。ルウ様、ご案内いたします〜」
「は、はい……っ」
メーチェに話題を切り替えられたので、ルウも気を取り直してベッドから立ち上がった。
足をベッドから下ろし、靴を履き、立ち上がる。何気ない所作ではあったが、彼女の介助なしで行うのはこの身体になってから初めてだ。
一度死んでから大して時間は経っていないのに、自分の足だけで立ち上がったのは随分と久しぶりのことのように感じられた。
同時に、自分がこの足でここを去らなければいけないことも、実感として湧いてきて――それは今は考えるべきではないと、かぶりを振って頭から追いやった。
「そ、それでは、よろしくお願いします……厨房への、ご案内を」
「えぇ、えぇ〜。エルドラド様を、びっくりさせてあげましょうね〜」
あの無表情なエル様を、びっくりさせる。
そう思うとなんだか緊張してきたルウに、メーチェはいつも通りの柔らかい笑顔を返すのだった。