仲間に裏切られて殺された元勇者のTSゾンビ姫、四天王の吸血鬼に溺愛されて魔族の世界で愛され姫君になる 作:たんがん
初めて開けた部屋の扉の先には、左右に伸びる廊下が続いていた。
「……森……?」
正面に見える窓からは暖かな陽の光が差し込む。窓から見える景色はどこまでも続きそうな森と、遥か遠くに山脈。
一方、窓から視線を下ろして床を見てみれば、優雅な雰囲気の意匠が刻まれた絨毯が陽に照らされて金色の光を反射している。お城というだけあって、内装は豪奢な作りになっているようだった。
左右に伸びている廊下は、右手に進んでいった先に下に向かう階段が見えた。しかしメーチェは、逆に向かって歩いていった。厨房は同じ階にあるのだろう。
「こっちですよ〜ルウ様、ついてきてくださいな〜」
「は、はい……!!」
城の中や外の景色を見ているだけでも興味深かったが、いつまでもそうしている訳にはいかない。
メーチェに先導されて、ルウは恐る恐るといった調子で廊下を歩く。
「そ、そういえば……エル様は吸血鬼なのに、遮光とかは……しないんですね……」
「え〜? 日差しを遮っちゃったりしたら、お城の雰囲気が暗くなっちゃいますよ〜?」
歩きながら、ふと気になったことをルウが尋ねてみると、メーチェはきょとんとした様子で返した。
とぼけているのではなく、本気でルウの質問の意図を汲み取れていないようだった。
「あ、え、えと……きゅ、吸血鬼は、日光が弱点って。聞いたことがあったような、気がして……」
「そうなんですか〜? うーん、私は旦那様――エルドラド様が陽を避けるところは見たことないですね〜。そもそも、陽が出てる内に動けないと〜、人間さん達との戦いにあんまり参加できなくなるんじゃないですかね〜?」
「あ、た、確かに……」
エルドラドは“四天王”と呼ばれている魔王軍幹部なのだから、人間との戦いの経験は当然豊富にあるはずだ。
魔族との戦いは人間同士のそれと変わらず、日中の戦闘が主として行われる。それを避けて四天王という地位にまで辿り着くのは、あまり現実的ではないだろう……それこそ、戦闘経験がない者でも無理やり一線級の猛者へと強化する『聖剣』でもない限りは。
ゾンビの体温の事といい、人間の国で伝わっている話と実際の生態には随分と違いがあるな、とルウは感じる……それだけ、人間と魔族の間に交流などないのだろう。
「それにしてもルウ様は、結構人間の頃の知識が残ってらっしゃるのですね〜。私はあまり昔の記憶はないので〜、すごいと思いますよ〜」
「え……メーチェさんも、人間だったんですか……?」
彼女にはここ数日間よくしてもらっていたルウだが、今の話を聞くのは初めてだった。
興味を持って聞いてみると、メーチェはこくりと頷きを返す。
「えぇ、そうですよ〜。もっとも、私の場合は、人間だったって自認がなんとなくあるぐらいで〜。本当の名前も覚えてませんけどね〜」
「…………っ」
普段と変わらない笑顔と穏やかな口調で不意に投げかけられた言葉に、ルウは返す言葉を見つけられなかった。
そういえば自分がゾンビとして目覚めた日に、シュタインはルウの記憶がかなり残っていることを随分と褒めてくれていたような気がする。あの時は意味がわからなかったが、ゾンビの全てが生前の記憶を保持できている訳ではないのだろうと彼女の言葉でようやく理解できた。
目覚めた時に自分の記憶がないというのは、どういう心地なのだろう。自分の立ち位置が分からず、不安になったりするのだろうか。
それとも……勇者として魔族に敵対した記憶を持ち続けるぐらいなら、いっそメーチェのように忘れた方が幸せなのだろうか……
「……変な話をしちゃって、すいません〜。さ、厨房につきましたよ〜」
ルウの複雑な心境を感じ取ったのか、メーチェは話を早々に切り上げた。
どうやら話をしながら歩いている内にちょうど、厨房の前に着いていたらしい。
先導して扉を開けてくれたメーチェに次いで、ルウも厨房へ足を踏み入れた。
「……っ。ここが、魔族の厨房……」
中に入るなり、ルウはキョロキョロと辺りを見回した。
かまどと流し、壁にかかったおたまや包丁、食べ物の貯蔵庫……
「……うん。やっぱり……そんなに人間の厨房と、作りは変わらない、みたいです」
「それは良かったです〜」
メーチェから話には聞いていたが、実際に確認できると安心感が違う。
ルウはほっと一息着いて、貯蔵庫の中身を改め始めた。
「食材も、大きくは変わらない、ですね……あ、でも、これは見た事ない……」
「そちらはホロホロ鳥ですね〜。それで、そちらはマルメロ……確か、人間領だとカリンに近い果物で……」
そんな風にしばらくはメーチェから食べ物について指導をしてもらい、頭の中で作れそうな料理をピックアップしていた。
あぁでもないこうでもないとルウが思案に暮れていると、メーチェがふと言葉をこぼす。
「それにしても〜、ルウ様はお料理に慣れていらっしゃるのですね〜。何か、生前は料理のお仕事の経験でもあったのですか〜?」
「あ、えっと、勇者の頃は野営を……じゃなくて、実家で。実家にいた頃に、自分の食事は自分で用意、してたので……」
「なるほど〜それはそれは……ルウ様は昔から、随分としっかりなさってたのですね〜」
「あ、あはは……」
メーチェは素直にルウの事を褒めるが、ルウとしては苦笑いで曖昧に濁すことしかできなかった。
実際のところ、実家にいた頃はいつからか家族がルウのための食事をまともに用意してくれなくなってしまい、仕方なく厨房のシェフに許可を取って自分で作っていただけだ。
魔王討伐に向かった際の魔族領の旅の最中にも、仲間であるレオナルドとイゼッタは自炊の経験は殆どなかったので、もっぱらルウが作ったりもしていたけれど。
「そ、それにしても……吸血鬼もボク達と変わらない食事を摂るんですよね……初めて聞いた時は、驚きました……」
「えぇ〜、私もこの城に来るまでは知りませんでしたよ〜。血を好んではいるみたいですけど〜、それ以外の食べ物も普通に摂取は可能だそうで〜」
話題を逸らすついでに、リハビリ中にメーチェから聞いた話の感想を述べる。
そもそも、ルウのこのアイディアそのものが、リハビリ中のメーチェの話を基にしたものだった。
ルウの食事中、メーチェが振った雑談でエルドラドの食の好みの話になり、それについての話を詳しく追求した結果ひらめいたのだ。
「えーと、エル様は肉が好みって話、でしたよね……」
「えぇ〜、ステーキなんかはいつも美味しそうに平らげてくれますよ〜。私も嬉しくなっちゃいますね〜、あんなに綺麗に平らげてくれると〜」
「お、美味しそうに……?」
食材を選び、そろそろ料理に取り掛かろうとしたところで、ルウはメーチェの言葉が信じられずにオウム返しに聞き返す。
ルウからすれば、エルドラドといえば淡白だが冷静なタイプで、そういった表情を出すようなところは想像ができない。それとも、メーチェの前ではそのような表情を見せたりもするのだろうか。
「うふふ〜、表情が大きく変わる訳じゃないんですけどね〜。何となくこうだなぁとかんじると言いますか、こう……女の勘とでも言いますか、そんな感じです〜」
「は、はぁ……すごいですね、何となくで分かるなんて……」
「うふふ〜、ルウ様もその内できるようになりますよ〜。私もサポートしますから〜」
「…………?」
なぜかメーチェはルウがずっとこの城にいるのを前提としているかのような話をしているような気がする。しかし、包丁でまな板の上に用意した肉に切れ込みを入れ始めたルウには、それが何故なのかを考えるほど思考にリソースを割けなかった。