仲間に裏切られて殺された元勇者のTSゾンビ姫、四天王の吸血鬼に溺愛されて魔族の世界で愛され姫君になる 作:たんがん
「よしっと、これで……」
「出来上がり、ですね〜。お疲れ様でした〜」
額の汗を拭い、ルウは目の前のお盆の上に出来上がった料理を見やる。
五切れほどのパンに、ベビーリーフのサラダ。主菜には先ほど教えてもらったホロホロ鳥の蒸し煮。付け合わせには卵のスープとリンゴのムース。
いつもは自分用でもここまでは作らない量であったが、ここまで数日間の感謝の気持ちを込めるつもりで色々と張り切っていたら、気がつけばこの量になってしまった。
その分の時間も経っていたようで、厨房の窓から見える景色はいつの間にか茜色と藍色のグラデーション模様に染まっている。下拵えなど普段だったら省略していたようなちょっとした手間も今回はかけていたので、これだけの時間がかかっているのは当然と言えば当然であった。
夕食としてはやや早い時間だろうが、間に合わないよりは全然いい。
「あ、ありがとうございます……メーチェさんの、おかげです……」
「いえいえ〜、わたしが手伝ったのは盛り付けとか皿出しぐらいですよ〜。ほとんどルウ様がやっておられたじゃないですか〜」
メーチェは謙遜しているが、実際ルウとしては彼女がいてくれた事はとてもありがたかった。
手伝ってくれたのもそうだが、何よりリハビリが明けたばかりで、動作がまた止まったり固まったりしてしまわないか、という不安はまだあったのだ。
結果としてシュタインの言った通り、料理中に問題が発生することは一切なかったものの……ずっと介助してくれたメーチェが傍にいるといないとでは、安心感が違った。
彼女がいつも湛えている笑みには、ルウはここ数日の間ずっと安心をもらっているような気がする。
「それに、まだお礼を言うのは早いですよ〜。エルドラド様に、喜んでもらいませんと〜」
「あ、そ、そうですね……っ」
一瞬、いつも通りの無感情な表情で料理を突き返される想像をしてしまい、ルウは表情が強張る。
そんな彼女の不安を見抜いたのか、メーチェはすかさずフォローを入れてくれた。
「大丈夫、きっと喜んでくれますよ〜」
ただ、メーチェは優しく言ってくれたが、懸念事項はある。
ルウはこのアイディアを思いついてから今までの間に、結局のところエルドラドには食事を用意することを伝えられていないのだ。
それは、メーチェにこの提案をした際に「せっかくですから〜、このことは秘密にしてビックリさせちゃうのはどうです〜?」と言われ、流されたというのもある。しかし何より、ルウの部屋に来て一、二言喋ったらすぐに自分から目を逸らしてしまうエルドラドに、そのことを伝えるタイミングをルウには見つけられなかったのが大きかった。
でも、仮に怒られたとしても……此処からは去らなきゃいけないことには変わりないから、そういう意味では問題ないのかもしれないけど……
「…………っ」
チクリと胸を刺す痛みを、ルウは表情に出さないように内心で堪えた。
勇者でなくなった自分に価値がない、というのは良く分かっている。だから、目をまともに合わせてくれなかったり口数が少なかったり、エルドラドは自分をあまり快くは思っていないのだろう。
けども……エルドラドの顔を思い浮かべると、そう思われることに胸のざわめきを覚えるのは、何故なのだろう。
一抹の不安を抱いたルウがメーチェに先導されてエルドラドの部屋の前に到着したのはそれからすぐの事だった。
というのも、エルドラドのいる部屋は、厨房のほとんど隣にあったからだ。
メーチェ曰くここは仕事部屋、執務室とのことだったので、ルウは扉の前で気を引き締めて、背筋をスッと伸ばした。
ルウは料理の乗ったお盆を持っていたので、メーチェが部屋の扉をノックしてくれる。
「……入れ」
扉の中から聞こえてきた厳かな声に、メーチェが部屋の扉を開く。外側に開くタイプの扉だったので、扉の影に隠れたメーチェを尻目にルウが先に入った。
「メーチェ、食事の時間には少し早いがどうし――――っ!?」
机に向かって何やら書類仕事をしていたらしいエルドラドがこちらに視線をやるなり、目を見開いて驚いた。
格好はいつもの黒いコートではなく、その下に着ている白地のシャツ一枚。普段の無表情が崩れた、わなわなとこちらを見つめる表情も相まって、ルウは一瞬彼が本当にエルドラドなのか分からなくなった。
「あ、あの……?」
「何をしている!? ルウ、どうしてお前が食事を運んでいるんだ!!」
ガタッ!!
机の上のものを激しく揺らしながらエルドラドは立ち上がると、一瞬でルウの元へと距離を詰めてきた。ルウはお盆を手に持ったまま、彼に見下ろされる形になる。
エルドラドの表情は元通りの無表情に戻っていたが、何故だろう……彼がこちらを見下ろす視線には、強い怒りが込められているのが肌から伝わってきた。
理由の分からない怒りにルウは、お盆の上の料理を落とさないようにするのがやっとだったが、何とか言葉を紡ぐ。
「あ、あの……ボク、そのエル様に……お料理を……」
「お前は何もしなくていいと、言っただろう!! お前はもう、『勇者』じゃない!! やりたくもないことなど、もう引き受けなくていいんだ!!」
エルドラドはルウの言葉に聞く耳を持たず、とても強い剣幕で捲し立ててくる。その様はルウの、とても苦い記憶を強制的に呼び起こした。
『お前はどうして、魔族なんかに興味を……!! お前まで汚らわしくなりたいの!?』
貴族だった幼い頃、魔族に興味があると告げた時の、怒りで顔を真っ赤にした母。
自分が何か反論をすると問答無用で頬を叩かれ、何を言っても怒りを増す相手。
最終的にはその怒りは自分が持っていた本に向けられ、お気に入りの一冊は母の手で真っ二つに裂かれて……
その時の気持ちまでも思い出してしまい、ぐにゃり、と視界が歪むような錯覚をルウは覚える。
また、まちがえた。怒らせて、しまった。ボクは、結局、一度死んだって、何も変わってない……
「だ、旦那様……っ!!」
「メーチェもいたのか!? お前がいながら、何故ルウがこんな真似をする!? 彼女の扱いについてはあれだけ言い含めておいただろう!!」
遅れて事態に気づいたメーチェが何かを言おうと部屋に入ってくるが、エルドラドはそれすらも止めてまくし立てる。
ルウはメーチェまでもが責められる光景に、身を引き裂かれるような痛みを感じた。
ボクのせいで、自分だけでなく、あんなに優しかったメーチェさんまで……ボクが、お返しをしようとしたせいで。
「――あ、あのっ……!!」
ルウは夢中で、声を張り上げた。
死ぬまでの人生を振り返っても中々あげたことのない、大声だった。
エルドラドもメーチェも驚いて、ルウに視線が集中する。
「も、申し訳ありません……さ、差し出がましい真似を、いたしました。ボクは、これで、失礼致します……」
声が震えるのをなるべく堪えて、料理を落とす前にメーチェにお盆を渡すのが、取り繕える精一杯だった。
後はもう、感情を抑えられない。
一秒だって、この場にいることに耐えられそうになかった。
「っ!! 待っ……!!」
後ろでエルドラドが呼びかける声にも構わず、廊下を駆ける。
この姿になってから走るのは初めてで、足が何度も縺れそうになったが、それでも今すぐに消えてしまいたい一心で廊下を走り続けた。
走って、走って。ここまで歩いてきた廊下を逆に進んでいった先に、階下へと向かう階段が見える。
「…………っ」
躊躇ったのは、一瞬だけ。
転げ落ちかねない勢いで、ルウはその先に何があるかもわからない階段を下っていくのだった。