仲間に裏切られて殺された元勇者のTSゾンビ姫、四天王の吸血鬼に溺愛されて魔族の世界で愛され姫君になる 作:たんがん
「はぁっ、はぁっ……」
それなりの距離があった階段を下ったところで、ルウの体力に限界がきた。
生前は若かったのもあって魔族領を何日間も野宿で過ごす程度にはあった体力だが、この身体になってだいぶ落ちたのを感じる。
一度死んだのだから、無理もない、と思う。
魔族領の森の中でひっそりと死んでいたところを蘇らせてもらった身なのだから、感謝こそすれ身体能力の変化に文句など言えようはずもない。
そう、感謝だ。
感謝を少しでも伝えたい、それだけだった。
なのに、結果はどうだ。
余計なことをして、怒らせただけ。手伝ってくれたメーチェにも、酷い迷惑をかけて……
「うっ、うぅっ……うぁっ、うあぁぁ……」
ボロボロ。ボロボロ。一度足を止めてしまったら、もうダメだった。
堰を切ったように涙が溢れて、止まらなくなる。
腕でいくら拭っても、後から後から出てきては頬を伝い、床にこぼれ落ちる。
「ごめ、なさ……ごめん、なさい……」
誰に言っているのか、何を謝っているのか、ルウ本人でさえわからない。
ただ、今すぐにでも心臓をもう一度止めたいぐらいに膨れ上がった自分への嫌悪感は、こうでもしないと吐き出てはくれそうになかった。
「ごめ、なさ……うぁぁ……」
喉が枯れそうになるぐらい、謝罪の言葉を出し尽くした頃。
相変わらず自分への嫌悪感は胸の中に渦を巻いたままだったが、涙が出るのだけは止まった。
「……。そういえば、ここは……」
そこで、ようやく自分が今いる場所が、城の中でまだ自分が来たことのない場所だと気がつく。もっとも、部屋から出るのすら今日が初めてだったので、階下に来たことがある場所などある訳もないのだけれど……
「……ダンス、ホール?」
階段の下にあったのは廊下と、吹き抜けになっていて何階からでも下が一望できる大きな空間だった。
勇者時代、王宮で見かけたことだけはあるダンスホールが、大きさはともかくイメージとしては一番近いだろうか。
自分が今いる三階と一つ下の二階には似たような廊下が続いていて、廊下にぐるりと一周囲まれる形で一階と思しき一番下の階がホールになっているのが見える。二階、三階から、一階が一望できる形だ。
窓の外がいよいよ黒色に染まっていき、明かりがポツポツと灯り始めた一階には、随分な数の人影がいるのが上から伺えた。
ここはエルが指揮をとる部隊が生活している城、とは確かシュタインの言葉だったか。
だからおそらく、下にいるのは魔族の兵士、なのだろう。
明かりが壁にかかった最低限の蝋燭しかないこちらの階と比べて随分と明るいものだから、ルウの目には一階の光景はずいぶんと眩しく映る。
戦場以外では見たことがない大勢の魔族は、一階の端にあるステージの様なものを皆一様に注目していた。
(なにか、舞台のようなものでもやるのかな……)
そこまで考えて、自分には意味がない思考だと気がついた。
(……けど。ボクには、関係ないか……どうせここを出るんだし……)
一瞬心の中に芽生えた好奇心や興味を、頭を振って否定する。
けれども他にやることもないので、結局ルウはぼんやりと廊下の手すりに掴まり、吹き抜けから階下を見下ろしていた。
(これから、どうしよう……)
手すりに近づいてみると階下から賑やかに騒ぐ声が聞こえてきた。自分とは関係ないところから聞こえる楽しそうな声は、今の自分がひとりぼっちな現状をより強く自覚させられるようで、ルウの胸には冬の風が突き抜けたような冷たさが去来する。
戦うことができない自分は、兵士と思しきあの輪に混じることはできない。かといって、あんなにエル様を怒らせてしまった身の上で、上の階に戻ることもできない。
上にも、下にも、行けない。
どっちも、ボクには、できない……
ぐるぐると思考が渦を巻いて、これ以上は一歩も動けなくなりそうだったその時。
――――カシャッ……
足音にしてはやたら軽い、奇妙な音が聞こえた。
――――カシャッ……カシャッ……
「………………?」
その音は規則正しいリズムで、廊下の奥から鳴り響いてくる。
段々と近づいてくるその音が気になって、ルウは音の鳴る方に視線をやった。
――――カシャッ……カシャァッ……
この辺りは明かりが心許ないせいで、廊下の先にいる『その姿』はハッキリとは見えない。
しかし、目を凝らすと薄汚れた鎧のような物が見えるようになってきた。
兵士の人、なのだろうか。
――――カシャァッ……カシャアッ……
ただ、先ほどから鳴り響く『それ』は、人間の足音というには明らかに軽すぎた。
言うなれば、そう。
肉を失った人の骨だけが、鎧の中でぶつかって反響しているような……
――――カシャアッ……カッシャアッ……カタン。
やがて、暗がりの中をこちらへ近づいてきた影が……暗闇の中でもルウに姿が見える距離で、止まる。
「―――――――」
近づいてきた、その鎧の兵士の顔には……………骨だけしか、ない。
兜を被ったその面は肉という肉の一切が削げ落ちて、白色の髑髏だけが存在している。
ジャラッ……
「…………?」
そこでルウは、骨の鳴る音以外の音に初めて気がついた。
髑髏の兵士が首に下げている、アクセサリーのようなものが鳴ったようだ。
「ッ……」
脳が警鐘を鳴らすより先に、瞳が勝手にその音の発生源に視線をやってしまう。
アクセサリーは何個も連なった、白色の球体のようだった。ただ先端だけが暗い茶色をして、その更に先っぽは濃い黒色。茶色と黒色に集まるかのように、白色の球体の表面を細く赤い線が何本も、模様のように走る……
(人、の……目、玉……?)
それが何か気づいてしまうことと、背筋に悪寒が走ったのは、ほとんど同時で。
「ヒッ……!! や、やぁっ……!!」
――――突然やってきた存在のあまりの恐怖に、ルウは元々生気のない顔を更に青ざめさせて、その場にへたり込んでしまったのだった。