仲間に裏切られて殺された元勇者のTSゾンビ姫、四天王の吸血鬼に溺愛されて魔族の世界で愛され姫君になる   作:たんがん

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第14話 夜の朗読会、その前に

 ルウがケイヴの勘違いを強く否定しなかったのは、理由が二つある。

 

 一つは、否定したところで何を言えばいいのか分からなかったから。

 感情のままにエルドラドの元を飛び出してきたルウは今も完全には気持ちの混乱が収まっておらず、頭の中は冷静に思考ができる状態ではあまりない。仮にケイヴの言うことを違うと言ったところで、この場をうまいこと切り抜けられる都合の良い嘘は、まだ頭の中にろくに浮かび上がっていないのが実状だった。

 

そして、もう一つの理由だが————これは、とてもシンプルで。

 

朗読会という催しに、純粋に興味が湧いてしまったのだ。

 

 

「『帰らずの森の怪物』……?」

「そうそう、本の題名は確かそんな風にエルドラド様から聞いただよ。おらぁ聞いたこともねぇから、どんな話か楽しみだべ〜」

 

 朗読会のステージは、一階まで下っていったところにあった。

 

 さっき吹き抜けから一階を見下ろした時にも確認できた、魔族(ひと)だかりがあった場所。どうやらその場所が朗読会の会場だったらしく、ルウとケイヴは喧騒の中で席に着いて、朗読会の始まりを待っていた。

 

ちょうど二人分が空いていたため、一番前の列の席を取れたのは幸運だったとルウは思う。劇場などでどの場所に座るのが一番望ましいかは好みは分かれるところだが、ルウは演者や演出を肌で感じられる最前列の席が一番好きだった……『うるさくてかなわん』などと言われ、家族には理解されなかったが。

 

「おい、ケイヴ!! なんだぁおめぇ、その別嬪さんは!!」

「羨ましいぞコノヤロー!! ちょっとその席代われ!!」

「んー、おめぇさんら、興奮しすぎだぁよ……可憐なお姫さんの隣は、ケモノに譲ってやる訳にはいかないべー」

「…………?」

 

 ……座るや否や後ろの席の兵士達とケイヴとでそんなやり取りが発生したりもしたが、これから始まる会への興味が強かったルウはあまり聞いていなかった。

 

 「別嬪さん」や「可憐なお姫さん」が指すのが自分のことだと、あまりピンと来ていなかったのもあるが。

 

「ボク、『帰らずの森の怪物』は、よく知ってます……と、言いますか。大好きな話、です……」

 

 まだ人間だった頃、幼い頃に何度も読み返していた、ルウお気に入りの物語だ。序文あたりは本を開かなくてもそらんじることができるし、貴族の家にいた頃には弟に何度も読み聞かせをしたこともある……読み耽っている内に母に怒られ、破り捨てられてしまった作品でもあるので、抱く感情としては少し複雑だが。

 

 人間領では一般に普及している作品であったが、魔族になってもまた味わうことができると思わず、ルウは童心に帰ったような気持ちで舞台を心待ちにしていた。

 

「へぇ、姫さ……ルウさん、博識なんだべなぁ。おらぁ、本読んでる魔族(ひと)なんてこの城でエルドラド様とシュタインさん以外で初めて見ただよ」

「え……そ、そうなん、ですか?」

「んだんだ。ちっちぇ頃から兵士志望の奴らは、戦闘以外の勉強は全然しねぇでここまできた奴ばっかりだぁよ。エルドラド様も、それを結構気にされてたみてぇでなぁ……」

「勉強を……しない、ですか……」

 

 思ってもみなかった言葉を、思わずルウは自分でも繰り返した。

 

 一応生まれは貴族の自分は家庭教師をつけてもらっていて、貴族として最低限の教養に関しては身につけている。魔族に対する知識も、勉強の中で身につけたものだ。

 だから、勉強をしないことが許される、という価値観に触れるのはルウは初めてで、驚きだった。そういう環境があることは知識として知ってはいたけれど、実際に目にするのは違う。

 

 自分との価値観の違いが、厳然としてそこにある。

 

「でも、だからこそ今回の催しにこんなにいっぱい来てくれたのは、エルドラド様も嬉しいんじゃねぇかなって思うべ〜。興味を持ってもらわねぇと、何事も始まんねぇかんなぁ」

「……そう、ですね」

 

 ケイヴはルウの心境を知ってか知らずか、そう言ってルウに笑いかけてきた。

 ……正確には骨の顔なので表情は分からないが、そんな風に感じ取ることができる声音だった。

 それと、今の言葉からルウが感じ取ったことは、もう一つ。

 

「ケイヴさんは慕ってらっしゃる、んですね。エル様……エルドラド様の、こと……」

「お、分かってくれるだか? おらぁ、あのお方んことはとっても尊敬してるだよ!!」

 

エルドラドについて触れると、ケイヴはパァッと嬉しそうに声を弾ませた。きっと表情が見えたなら満面の笑みだろうことが何となく伝わってくる、そんな声音だった。

 

「僅か齢70にして”四天王”まで上り詰めた魔族の中の魔族!! 四天王は歴代数多くいれど、齢100を超えない内からその座を認められたのはエルドラド様とあと一人ぐらいのもんだべ!! ……ってのはまぁ、建前なんだけんどな〜」

「……?」

 

 ケイヴの陽気なノリが一転して落ち着いたムードになり、ルウは首を傾げる。

 

「おらなー、ここ来る前は別の部隊にいたんだべが、そん時の司令官様と方針の違いで喧嘩しちまってなー。兵士、辞めさせられそうになったことがあったんだべ」

「ほ、方針の違い、ですか……?」

「んー、それなー、………………ふぅ。……戦場で敵対した人間さんを、痛めつけっかどうか?」

「……………っ!!」

 

少し逡巡した後に小声でケイヴが口にした言葉に、ルウは息を呑んだ。

その様子を見て、慌ててケイヴがカシャカシャと骨の手を振って鳴らす。

 

「お、おらは嫌がった側だべよ!! ……だけんど、おらの考え方はどーも、魔族の中では少数派(しょーすーは)だったみてーでなー。『敵対者に慈悲をかけるなど笑止千万』とか『兵士失格』とか色々言われて、もう少しで兵士辞めさせられそうになったんだべ〜」

「それは…………」

 

 …………ギュっと、痛みだした胸をルウは握って抑えつける。敵対者への情は、勇者の自分も散々押さえ込んできた感情だったから。

 魔族を殺すのは正義。人類の敵には、慈悲など不要。

 だから王城の教会で女神の加護を受け取ったあの日から、ルーザ(ボク)は勇者として『聖剣』に体を動かされるままに魔族を斬ってきた。それだけが唯一、求められていた振る舞いだったから。そうすればみんな、喜んでくれたから。

 

 だけど、今の自分は魔族の側の存在。もう、同じことを誰も望んでいない。

 誰にも喜ばれないなら……ボクが今までやってきたことは、一体…… 

 

「……けど、そんなオラのピンチを救ってくれたのがエルドラド様なんだべ!!」

 

 ――意識が泥沼に落ちかけたところで出てきたエルドラドの名前に、ルウの意識はハッと過去から今に戻ってきた。

 

「いらないならうちで引き取る、っておらと当時の司令官様の間に割って入ってなー。まぁ、そん時は色々言われてつい凹んじまってて、エルドラド様に当たっちまったりしちまったけんど……でも、そん時に言われたことが、今でも忘れられないんだべ!!」

「……何て、言われたんですか?」

 

 自分で聞いておきながら、ルウにはなんとなく、この先の言葉が分かるような気がした。

 その質問を待ってましたとばかりにケイヴはコホンと息を吐いて、エルドラドのように威厳のある口調を真似して言葉を紡いだ。

 

「ここではお前のやりたくないことなど、『何もしなくていい』。自分のできる範囲で、成果を示せ」

「…………っ!!」

 

 あぁ、やっぱり。

 

 予感が当たったことに、ルウの心には少しの驚きと、それ以上に大きな納得があった。

 

『お前はもう、何もしなくていいんだ!!』

 

 さっき彼に言われたばかりの言葉が、ルウの脳内にリフレインする。

 あの時は、怒られた衝撃で頭が真っ白になって、言葉の意味まで考えられなかった。

 けど、今は少しだけ、あの言葉の意味を理解できたような気がした。

 

 もう、自分は『勇者』でなくていい。お前を縛るものはもう、どこにもないのだと……

 

「優しいん、ですね……エル様は……」

「そうなんだべ〜。お陰様でこうしておらは今でも兵士続けてられっし、こうやって城の出し物も楽しめる。エルドラド様には、いくら感謝してもし足りないんだべ、おらは……」

「……いえ。ボクも……ありがとう、ございます」

「……だべ?」

 

 遠くを見るような目(実際に眼球はないけど)をするケイヴに、ルウは軽く頭を下げる。

 エルドラドが、自分に対して優しさを向けてくれていたことが分かって、胸が暖かくなったような気がした。だからと言って、彼を怒らせた事実は変わらないし、今更戻れもしないのだろうけれど……

 

「んー、良くわかんねぇけんど、まぁおめぇさんがいいなら……って、なんかおらばっか話しちまったなぁ。不思議だけんど姫さ、ルウさんはなんつーか、一緒に居ると色々しゃべりたくなっちまう感じがするっつーか……上手く言えねぇけど、なんか安心するんだべ」

「いえ……ボクも、人の話聞くのは、好きですから。話してくれて、嬉しいです」

 

 ポリポリと頭を掻くケイヴに、ルウは薄く微笑む。

 すると、ケイヴが目を見開いて驚いた——ように見える、顔の骨の動かし方をした。

 

「……やっぱ姫さんって感じだなぁ、おめぇさん。なー、名前聞いといて悪ぃんだけんど、ルウさんのこと姫さんって呼んでいいだか?」

「え? えと……いいです、よ?」

「おー!! あんがとな、姫さん!! ……っと」

 

意図が良く分からない質問にルウが癖で肯定をしたところで、バツン、と唐突に辺りの照明が消えた。

 

話をしている内に、朗読会の始まる時間がやってきたらしい。

ルウはケイヴへ向けていた体勢を舞台の方に向けて、舞台の始まりを待った。

 

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