仲間に裏切られて殺された元勇者のTSゾンビ姫、四天王の吸血鬼に溺愛されて魔族の世界で愛され姫君になる 作:たんがん
「――――――」
カツン、カツン…………ヒールを鳴らす音が、唯一灯る照明に照らされるステージの上に響いた。
ステージの上にやってきたのは、貴族だった時に何度か見かけたような、優雅な雰囲気を纏った女性だった。
服装は祭典か何かで使うものだろうか、赤を基調として派手な金色の意匠をあちらこちらに凝らした騎士団風の上着に、動きやすさを重視したのであろう短めのスカート。
何重にも丁寧に巻かれたロングの金髪と、頭部に一輪ある真っ赤な薔薇飾りをヒールを鳴らしながら見せつけるその姿には、自分に対する自信というものが全身から溢れているようにルウには見えた。
容姿端麗と言い表すのがふさわしい顔立ちは化粧の賜物なのだろうか、どことなくエルドラドを思い出す薄い色素の肌だった。
「あ……」
その手に『帰らずの森の怪物』の本が握られているのが分かって、ルウは懐かしい気持ちが湧き上がってきた。なにせ何回読み返したかを自分でも覚えていないぐらいなのだ、舞台の下から装丁を見るだけでもそれぐらいは分かる。
「――――――っ。ふぅ……」
彼女は舞台の中央まで歩くと、洗練されている優雅な仕草でお辞儀をした。
わっ、と後ろから歓声が上がる。
彼女が、ケイヴが先ほど口にしていた『リズ』、なのだろうか。
「綺麗な
率直な感想を、思わずルウはポツリと漏らしてしまう。
容姿こそすっかり女性らしくなってしまったルウだが、彼女の感性には元男として培ってきた部分がまだ残っていたようだった。
そんな、半ば男性としての視線ですっかり彼女に見惚れてしまったルウの隣で、
「――――――なーんか、おかしくねぇかあの
ケイヴが、水を差すような一言を放つ。
「え……?」
ルウが言葉の意図を掴めず、ケイヴの方へ視線をやった途端。
――――ガタァァァァァァン!!!!
舞台の上から、場違いな程に大きな音が響き渡った。
「――――っ!?」
「リズ様っ!!」
真っ先に弾かれるように飛び出したのは、ケイヴだった。
舞台の上でひっくり返った椅子の上に折り重なるように倒れている女性――リズの元へと、駆け寄っていく。
「…………っ!! なんだべ、この体温……リズ様、無理してこっち来てたんだべか!?」
リズを抱き寄せたケイヴの声が、ホールに響き渡った。
彼女はケイヴの問いかけに何も答えなかったが、それこそが雄弁にケイヴへの答えを示していた。
静まり返っていた観客席に、少しずつ兵士達のざわめく声が漏れ出てくる。
「リズ様、無理してたって……?」
「まーちょっと前まで傷だらけだったもんな、しゃーないよな……」
「さっきまで一言も喋んなかったもんな……無理してたのか、アレ……」
徐々に、しかし確実に観客席全体に蔓延し始める、諦観と失望のため息。
おそらくこの会はこのままお開きになるのだろうと、その場の誰もが感じる。
ルウも、その一人だった。残念ではあったけれど、体調が悪い人間に無理をさせる訳にはいかない。
(そりゃあ残念では、あるけど……ボクにできることなんて、何も……)
観客席に漂う空気にルウが呑まれそうになった、その時だった。
「そうそう、しょうがねぇよ――――あの人、『勇者』にやられたって噂だし」
「…………え?」
――――ルウの耳に、その兵士の噂が届いたのは。
聞くとは思ってなかった単語に、ルウの身体がピシリと硬直した。
「魔王様を守って戦ったとかなんとかだっけ? 生きてるだけすげぇじゃん」
「でも、かなりひっでー怪我だったとかなんとか聞いたぞ……死んでもおかしくなかったとか……」
「マジかよ、こえーな『勇者』って……魔王様も倒されたって話じゃん……」
次から次に聞こえてくる噂話が、グルグルとルウの頭の上を回る。その一つ一つがルウのことを責め立てているかのように、彼女は感じた。
(ボクが……あの
壇上で倒れた彼女の姿に、ルウは見覚えなどない。
見覚えなどないことが、何よりも彼女には苦しかった。
かつてルウが手にした、『聖剣』という力。今はその手になくとも、一度顕現させてしまえば、目の前の魔族を自動で斬り伏せる、問答無用の力。ただ誰かが望むままに振るい続けたその結果が、コレ。
(それなら、この事態は……ボクの、せいじゃないか……!!)
一度そう思ってしまったら、様々な感情がルウの中に溢れ出す。
この場にいる全員への申し訳なさと、自分への強い嫌悪感。
そのまま、動けなくなってしまってもおかしくない程の、強い負の感情が湧き出てきて————だけれども、ルウにはそれ以上に溢れる感情があった。
(ボクが、なんとかしなきゃ……ボクが引き起こした事態なら、ボクが……!!)
見当違いなほどの、責任感。
かつて、魔族を斬り捨てることを躊躇い、迷いながらそれでもルウに『勇者』を続けさせた気持ちが、ここに来てルウを突き動かす。
ダンッ……!!
――――後先すべてを考えていた訳ではなかった。
ケイヴに続いて、壇上に続く階段を上がる。
暗がりからスポットライトの輝く舞台上に上がった彼女の姿が、眩しい光に照らされた。
リズを抱え込んでいたケイヴも、舞台の脇に控えていたらしいスタッフも、ステージに関心がなくなりそろそろ離れようかとしていた観客席の魔族達も。
一斉に、ルウを見た。痛々しくなる程に、その場の視線すべてを彼女はその一身に受けていた。
しかし、ルウは怯まない。色んな感情が溢れた頭でも、元勇者が魔族に囲まれる針の筵のような状況であっても。
(どうせ、ボクはここからいなくなるんだから……これ以上怖いことなんて!!)
「ぼ、ボクが、代わります……!! ボクが代わりに、この本を読ませていただきます!!」
震えながらも凛とした大きな声を、吹き抜けのホールに響き渡らせながら。ルウは舞台の上に落ちていた本を、震える手で拾いあげた。