仲間に裏切られて殺された元勇者のTSゾンビ姫、四天王の吸血鬼に溺愛されて魔族の世界で愛され姫君になる 作:たんがん
「いかがでしたか〜?」
「うむ……美味かった」
「えぇえぇ、それは良かったです〜」
所変わって、エルの執務室。
そこではエルドラドがにこやかな表情のメーチェに見守られながら食事を行なっているところだった。
摂った食事はもちろん、先程ルウが持ってきた、彼女が自分で料理した食事だ。
部屋を飛び出そうと逸るエルドラドをメーチェが呼び止めて、まずは料理を食べて欲しいと彼を席に着かせたのだ。
本来ならば一使用人でしかないメーチェの進言など、エルドラドは無視しても構わないはずなのだが、それでも彼は大人しく言うことに従った。
その理由は————
「――それで。それだけですか? 『坊っちゃま』?」
「……済まなかった」
――――本気で怒ったメーチェには逆らってはいけないと、昔から良く知っているから。
メーチェはいつも通りの柔らかい表情と穏やかな声音だったが、エルドラドはいつもの威厳はどこへやら、その背中はすっかりと小さくなってしまっていた。
「え〜と〜、済まなかったと言われても〜、何のことだかさっぱりで〜。もう少し、具体的に言ってもらえますか〜?」
「……っ。彼女の、ルウのことだ。もう少し、冷静になるべきだったと……思ってる」
深いため息をついてから、エルドラドは言葉を絞り出すように吐く。
その様子を見て、メーチェもまた大きなため息を吐いて。
「はぁ……いえ、でも、今回ばっかりは〜坊っちゃま一人を責められないですね〜……」
それから姿勢を正して、使用人としての礼儀作法に則った形で頭を下げた。
「……わたしも、申し訳ございません〜。サプライズにした方が喜ぶと思って、内緒にさせていただいたのはわたしの独断です〜。ルウ様を責めないであげてください……」
「……いや。元から、責めるつもりなど、ない。そんなことがしたいわけじゃ、ないんだ……」
「…………」
メーチェとエルドラドはエルドラドの父、先代の『吸血鬼城』の主に仕えていた頃からの古い付き合いだ。それこそエルドラドとはまだ幼く無邪気であった頃からの付き合いだから人前ではそうそうに見せない弱い一面だって知っているし、当時の名残で『坊っちゃま』と呼んでしまうこともある。
もっとも、エルドラドは四天王にまで上り詰めてこの城の主となってからはメーチェの前でも気を張って泰然とした姿でいることが常だったので、『坊っちゃま』と呼んだのは随分と久しぶりだったのだけれど。
それだけの付き合いの長さからくる直感が、メーチェの頭の中に囁きかける。
このままでは謝り合戦になって、話が平行線になってしまいそうだな……と。
「――――まぁ、そうですね〜。わたしもまさか〜、坊っちゃまがあそこまで過保護な対応を取られるとは、想定外でした〜。いつもの坊っちゃまらしくないですよね〜」
「ぐっ……」
だから今は、自分が悪者になってでも、言うべきことを言おう。
そう決めたメーチェは、大仰にわざとらしい仕草で皮肉たっぷりの台詞の後に、きっぱりと告げた。
「……ルウ様に、傍にいて欲しいのでしょう? リハビリなどと言い訳をせずとも、ハッキリ言えば良いではございませんか」
「――――っ」
エルドラドが無言で息を呑む。
その反応だけで、メーチェは自分の勘が当たったことを確信した。
「それを下手に誤魔化そうとするから、拗れたのではないのです〜? ハッキリしない男の傍からは、女はどんどん離れていきますよ〜。どうせ城門は閉まってるんですから城からは出られないですし〜、まずは落ち着いて考えをまとめましょ〜」
メーチェがルウを追いかけなかった理由として、大きかったのはこれだ。この城自体は決して狭くはないが、城から出られない以上は行ける場所にも限りがある。兵士もいるのだから城内をウロウロしていればその内目につくだろうし、階下に初めて行く彼女を追いかけるのはそう難しくはない。
それなら、下手に焦って感情的な状態の二人を会わせるよりも、まずは時間を取ってお互いが落ち着いてからの方が改まっての話もしやすいだろうとメーチェは踏んだのだ。
とはいえ、少し嫌味を言い過ぎたかな、と内心でメーチェの良心がチクリと痛み始めた頃。
「だが……だが、俺は……」
エルドラドが俯きながら、おずおずと口を開いた。
「俺は、これ以上彼女に、義務や仕事を与えたくない……彼女はもう、十分過ぎるほど苦しんだんだ。今のように、こちらの顔色を伺いながら返事をする状態ではなく……彼女が自分の意思で選択をできるようになってくれることが、今の俺の望みだ……」
「…………」
声を震わせながら、それでもエルドラドは告げたのは確固とした気持ちなのだろうとメーチェは察する。エルドラドの言葉の中には自分の知らない情報もあったが、その部分を追及することはせずにメーチェは主の言葉を待った。
「だが俺は四天王で、この城の兵士達に規律を示さなければいけない立場だ。『働かざる者食うべからず』を提唱している俺は、その内に彼女にもそれを要求しなければならなくなる……彼女をここに置くことはいずれ、彼女に一番やって欲しくないこと強要することに繋がるのだ。そうなってしまえば……俺は俺を、許せない……許すわけには、いかない……」
一息に自分の気持ちを吐露したエルドラドの顔を、メーチェは見ようとはしなかった。
エルドラドは四天王として城を管理する自分と、彼女を労る自分の間でずっと悩んでいたのが、痛いほど伝わってきたから。
それだけ、エルドラドにとって彼女は大切なのだろうと思う。やっとの思いで上り詰めた四天王という立場と、天秤にかけることさえもできるのだから。
だからこそ、とメーチェは思う。
――――彼女はもしかしたら、今のエルドラドにとって必要な存在になってくれるのではないかと。
「そんな事でしたら、簡単ではございませんか〜」
「…………何?」
だからこそ、主の思いをすべて聞き届けたメーチェは、とびっきりの笑顔を浮かべた。
ずっと顔を俯けていたままだったエルドラドは、話に飛びつくように顔を上げた。
「一つだけ、ございますでしょう〜? 彼女に兵士や従者としての仕事を与えずに、かつ貴方が彼女を手元に置いておくことに誰もが納得する、この城において未だに空いているたった一つの席が〜。坊っちゃまだって、本当は検討したことはあるのではございませんか〜?」
「……………」
メーチェはあえて迂遠な言い回しをしたが、それでもエルドラドには彼女が何を言いたいのか伝わったようで、エルドラドは顎に手を当てて黙り込んだ。
メーチェでも思いつくのだから、エルドラドも検討をしたことはあったのだろう。
だがそれは、ルウをこの城に、何よりも自分自身に強く縛りつけることになる選択肢。
魔族になったばかりで他に寄る辺のない彼女は、肯定こそが義務であるかのように答えてしまうかもしれない。それは、エルドラドにとっても本意ではないのだろう。
「俺は————」
未だに答えが出ない自分の中の選択肢に、それでもどうにかエルドラドが答えを出そうとした時。
チリンチリーン……♪
鈴の音のような軽やかな音が、室内に響いた。
その音を聞いた瞬間、エルドラドの纏っていた弱々しい雰囲気は消え去り、感情の読めない鉄面皮――"四天王"としてのエルドラドの表情に、一瞬で戻った。
(切り替えの早さは流石でございますね〜、ご主人様は……)
メーチェは内心でその様子に感嘆するが、口には出さない。
四天王としての彼に対して自分ができることなどないということを、良く理解しているからだ。
「――――俺だ。どうした、今頃そっちは朗読会の最中だろう」
『あぁっ、エルドラド様!! 大変、大変ですだぁよ!!』
エルドラドが机の上に置かれた光り輝く石に触れると、石がケイヴの声を発し始めた。
“共鳴石”と呼ばれるこの石は、魔族領でも最近見つかったばかりのもので、対応する石同士で音を届けることができる優れ物だ。
ケイヴがいるのは城の一階で、今エルドラド達がいるのは四階になるので、走って辿り着くこともそこまで困難ではない。であるにも関わらず、わざわざ共鳴石を鳴らしたということは。
「……リズに、何かあったのか?」
『さっすがエルドラド様、話が早ぇだ!! そうだべ、舞台の上で、突然倒れちまって……!!』
「アイツめ……だから俺は忠告をしたろうに……」
報告を聞いて、エルドラドは頭を抱えた。
そもそも、この朗読会をエルドラドに提案してきたのは、リズだった。
傷だらけの這々の体で命からがらこの城にやってきた彼女を保護したのが、ルウが拾われるよりも更に数日前のこと。
瀕死の重傷から見た目だけは回復した彼女が命を救われた恩を返すために、回復しきってない体でもできることを企画したのが、今日の朗読会の企画が立ち上がった経緯だった。
(プライドが高いからな、アイツは……余程、借りがある状態が我慢ならなかったと見える……)
何も回復しきってない体でやることもなかろうに、とは思った。しかし、借りを少しでも早く返したかったのであろう彼女の意地が透けて見えたから、エルドラドは反対しなかったし、会への手助けも拒まれるのが目に見えてたから読む書物への口出しぐらいで済ませた。
その結果がこれだ。
(アイツも、少しはこれで人を頼ることを覚えただろうか……まぁ、期待はせんが……)
エルドラドとしては予想通りだった結果に、ため息をつきながらケイヴの連絡の続きを促す。
「それで……リズが倒れて、今日は終わりか? 会どころではないだろう……」
『それなんだべが……エルドラド様、万が一の時の補欠要員さ用意してくれたんだべ? おかげで今も続いているだぁよ』
「…………何?」
しかし、続いた言葉はエルドラドの全く想定外にあったもので、ケイヴの言葉を理解するのにしばしの時間を要した。
「……俺は、補欠など呼んでいない。誰の話をしている」
『へー……? そうとしか思えねぇ程に上手い話し手だぁよ姫さ、じゃなかった
「………………」
しばしの沈黙。
ルウさん。ルウ、さん……
どう考えても聞き間違いとしか思えない名前に、エルドラドの思考が追いつかなかった。
ようやく理解が及んだエルドラドが次に行ったのは、思わず顔を上げてメーチェの顔を見やることだった。
「る、ルウ様が……どうして……?」
滅多なことでは笑顔を崩さない彼女が、両手を顔に当てて驚いている。
……どうやら、現実を認める他ないようだった。
「――――ケイヴ、報告ご苦労。お前はリズを医務室へと運べ。以降は俺が対処する」
『え? 対処って、エルドラド様――――』
ケイヴの返事を待たずにエルドラドは共鳴石を叩き、通信状態を解除する。
「きゃっ……!?」
そして、ラックにかけていた黒のコートを羽織るや否や、風にでもなったかのような勢いで部屋を飛び出していったのだった。