仲間に裏切られて殺された元勇者のTSゾンビ姫、四天王の吸血鬼に溺愛されて魔族の世界で愛され姫君になる 作:たんがん
「はぁっ、はぁっ……」
全力疾走の末、エルドラドは一階の朗読会会場、その舞台袖まで到着していた。
曲がりなりにも部下の兵士達の目がある自らの城の階下で、息が切れるような走り方をしたのは始めてのことだった。
それでも、仮に部下にそんな姿を見られたところで、後悔はない。
エルドラドにとってルウの一大事に彼女の元へ駆けつけるのは、それだけ当然のことだった。
スタッフ達はリズの元へと向かったらしく、舞台袖は無人だった。元々彼女が呼んだ人員なのだから、彼女がいなくなればつられて彼女の元へ向かうのは当然のことだ。
「ルウ……っ」
エルドラドは、今すぐ朗読会を止めさせるつもりでここまで来ていた。
たとえ部下達が続けることを望んでいようと、ルウがやりたくもないことを無理矢理やらされているならば、自分ひとりが悪評を被ることは覚悟の上だ。
命さえ取られずに済むなら、その程度は安いものだとさえも思っている。
————ルウはエルドラドの事を、覚えていなかった。
彼女に自分のことを覚えておいて欲しかった気持ちは、否定できない。そうでなければ、彼女が蘇った日に、自分の事を覚えていたかを思わず聞いたりはしない。
それでも、自分のことをなにひとつ覚えていなかったとしても、彼女に笑って欲しいエルドラドの気持ちには何も変わりなかった。
もう、勇者時代のような彼女の表情を、二度と見たくはない。
勇者として、戦場で獅子奮迅の活躍をしていた彼女を、戦場で望遠鏡越しに見たことがある。
誰もが自らの命を守るので精一杯の戦場の中、『聖剣』を手に魔族を斬り伏せる彼女の顔を、レンズ越しに目撃した。
――――とても、暗い顔だった。高揚も、達成感も何もない。自分が斬り伏せた相手のことを、心配すらしていたようだった。自分で斬り捨てておきながら敵を心配する、戦場において誰よりも矛盾した感情。それを敵対する立場から眺めて、何もできない自分に拳を握りしめた。
だから、魔族領の森の中で倒れていた彼女を発見した時は、嬉しさ以上に血の気が引いた。
あれだけの力を持つ彼女が、魔族相手に遅れを取ったとは思えない。人間の仕業だと、直感で理解した。あれだけ人類のために身を粉にした彼女を人間があっさり裏切ったことに、怒りも覚えた。
急いでシュタインの元へ運んでゾンビとして蘇生をすることに成功した時は、ようやく彼女を勇者の呪縛から解放できたと、心の底から安堵した。
しかし。彼女は一度殺されてもなお、誰かに尽くそうとする。自分にはそれしかないのだと、勇者時代をなぞるかのように。
(メーチェの言うことが、間違っているとは思わん。それでも、俺は……)
もしこれ以上この城にいることがルウを苦しめるなら、四天王としての立場が危うくなったとしても————
そう心に決めて、舞台袖から壇上への一歩を踏み出した。
朗読会を止める以外のことを、エルドラドは考えていなかった。
しかし。
「――――『行かないよ。僕は、君の傍にいるって決めたから————』」
壇上に立つ彼女の姿を、目にした途端。
エルドラドは舞台を阻止しようとする乱入者ではなく、舞台袖でただ彼女に見惚れる観客の一人になった。
「『だって、君は人で、オレは魔族。どんなに世界が変わっても、これだけは変わらない事実じゃないか』」
物語はクライマックスに差し掛かり、観客の興奮も最高潮に近づいてくるところだった。
場面は最後の箇所、『帰らずの森』を協力して抜けた二人の少年が、迫る別れを前に最後のやり取りを行うシーンだった。
エルドラドは、このシーンを良く知っている。
「『それが何だよ……!! 僕達は友達だろ!!ここまで来たのに、そんなの関係あるかよ……!!』」
壇上に背筋を伸ばして立つルウは朗々と、本を片手に言葉を紡ぐ。
ここまで旅をしてきた少年の心を映し取ったかのように。
少年がここにいたら浮かべていたであろう、悔しさが滲んだ表情を浮かべるルウの姿を、観客は固唾を飲んで見守っている。
森の中で困難を乗り越えてきた少年達には種族の違いゆえに必ず別れが訪れるとわかっていたにも関わらず、観客の誰もが結末から目を離せないでいた。
「『それでも俺は、人間からしたら“怪物”なんだよ。もう分かってるだろ……? 人間と俺達は、違う生き物だって』」
「『――――っ』」
一方で、魔族の諦観を語る際の彼女は、まるで実際に怪物として扱われた側であるかのような、瞳の奥からどろりと濁った重みを感じさせられた。
真っ直ぐに理想を語る少年との対比が、余計に両者の間にある断絶を浮き彫りにする。
人間の少年が何かを言おうとしては言葉に詰まって言えなくなる様も、何度も経験をしてきたかのように切実なもので、見ている兵士達の中には思わず顔を歪ませたり拳をギュッと握ってしまう者がいた。
二人の口論は続く。しかし、先に根負けをしたのは、一緒にいると言ったはずの人間の少年の方だった。
「『分かったよ……僕たちは、ここでさよならだ』」
分かっているはずだった結末に、それでも観客には落胆を隠せない者が多数いた。
その台詞を吐くルウの表情と声音が、それだけ現実に対する無力感と落胆が溢れるようだったから。
「『でも、僕は————それでも、君の傍にいる』」
自分の中に渦を巻く感情ごと吹き飛ばすような、人間の少年の力強い一言。
強い決意を感じさせるようなルウの瞳が、観客の期待を取り戻す。
「『この森に……僕がいた証を、これから置いていく。毎年、毎年だ』」
木を小さなナイフで削り取るような動作をしてから、ルウは————人間の少年は、魔族へと向き直る。
「『そんなものに……何の意味が、ある……』」
「『僕と君が、ここにいた証。人と魔族が、確かに手を取り合った瞬間があったと未来まで刻む証だ。————君がやらなくても、僕は勝手にやる』」
「『…………………それを貸せ』」
魔族の少年がナイフを受け取り、木の幹に傷をつける仕草。
それをし終わった後でルウは、宙に掲げたナイフを……そのまま、胸にしまう動作をした。
「『おい、僕のナイフ……!!』」
「『ははっ、魔族を信じるなと教わらなかったのか!! これだから人間は!!』」
人間を嘲るような言葉とは裏腹に、楽しそうな笑顔を浮かべる魔族の少年――――その役を演じて、自らも楽しそうに笑うルウ。
蘇ってから初めて見せる、その笑顔が……エルドラドの心を、一目で捉えて離さなかった。
「『俺もまた、ここへ来る。今度は、胸を張ってお前に会えるようになってな。それまで……このナイフは、預かっておく』」
「『――――!! あぁ、約束だ!!』」
「…………それが、少年達が森で交わした会話の最後でした……人間と魔族、それぞれの王子だと知らぬままの別れ……彼らが再会するのは、実に二十年後……魔族からすれば刹那の時でも、人間からすればとても長い年月が経って……」
遠くを見つめる、ルウの瞳。人間と魔族の間にある、絶対的な時間の差。それでも諦めなかった少年達への尊敬と憧憬を、その語りに込めながら。
「彼らは、成し遂げました。人間と魔族の間に、国交を。不可能だと思われていた友情の果てに、彼らはまた会うことができました。沢山の傷跡がついた幹の前で、すっかりボロボロになってしまったナイフを掲げ、あの頃のように笑う彼らは————それぞれの国の親善大使として、硬い握手を交わしたのでした……」
そこまで一息に言い切ってからパタン、と手の中の本をルウは閉じた。
兵士達が固唾を飲んで見守る中、彼女はスカートの端をつまむと、優雅な仕草で頭を下げる。
————ワッと、歓声があがる。唐突にやってきて全員の視線を釘付けにした彼女に、誰もが、惜しみない喝采を浴びせていた。
「ルウ……」
舞台袖から結局一歩も出なかったエルドラドも、視線を釘付けにされてしまっていた一人だった。彼女の姿に、これまでの全てを忘れて、ただただ見入ってしまっていた。
――――勇者としての彼女の中から、
でも、あの日見た姿の彼女が。人と魔族の断絶に悲しみ、それでも繋がれることがあると知り笑顔を浮かべた彼女が、あの日のままでそこにいた。
そのことが、どんな言葉で語られるよりも雄弁に、エルドラドに伝わっていた。
(俺が、見たかったのは……彼女を死から掬い上げてでも、見たかったのは……)
籠の中の鳥のように周囲に怯え、翼の広げ方ひとつ知らぬまま育つ彼女ではなく。
現実の困難さを理解してもなお大きな翼を広げ、空へ羽ばたいていく彼女――――
そんな思いに耽りながらもルウの姿から目を離せなかったエルドラドだったから、真っ先に気がついた。
ぐらり、足先から崩れていく身体。想定外の事態に、慌てる表情。長い髪がたなびくのもどこか、彼の目にはスローモーションで見えて……
「――――ルウ!!」