仲間に裏切られて殺された元勇者のTSゾンビ姫、四天王の吸血鬼に溺愛されて魔族の世界で愛され姫君になる 作:たんがん
「な、なんで、ボク……女の人の、カラダに……!?」
自分の身体を見たルウが真っ先に行ったのは、身体を触って感触を確かめることだった。
自分の身体が女の人になるなんて、もしかしてこれは夢なんじゃないのか。もし夢なら、何の感触もないはず……そう思っての、判断だったが。
腕に触れる。ぷにっと、滑らかな肌の感触が返ってきた。
その腕をつねってみる。ちょっとだけ痛い感覚が伝わってきた。
よくある物語では、つねった痛みがある時点でこれが夢ではないと認めるのが常だが……ルウは、まだ現実を認められなかった。
「次は……こ、ここを……」
目線を下に落としたら、真っ先に目につく場所。
ある意味肌の色やツギハギなんかよりも、よっぽど気になる場所――――豊かな膨らみを携えた胸元を見ながら、ゴクリ、と唾を飲む。
さすがに無遠慮に触るには、人生の中でほとんど異性との経験がないルウには躊躇いがあった。
しかし、いつまでも睨みをきかせても何も分からない。意を決して手に力を込めて、ぐっと掴んで……
「ひゃ、うぅ……!?」
触れた瞬間にピリピリ走る感覚に、変な声を出す羽目になった。
それは決して不愉快な感覚ではなく、むしろ心地の良さすら覚える感覚ではあったが……なんだかクセになるのが怖かったので、その場所を『確認』するのは一旦やめにした。
(いや、でも……流石に、『そこ』は……ある、よね……?)
代わりに、自分が男性であったことを主張する部位を確認することにしたが……結論から言えば、そこも『ない』ことが確認できた。確認できて、しまった。
手がこれ以上変なところに触れる前に急いで戻して、それからルウはサッと青ざめる。
(あれ、ボク……女の人、だったっけ……? いや、そんな、はずは……)
あまりの事態に、自分のことすら信じられなくなりそうで。
ルウは自分の記憶を振り返ってみることにする。
――――貴族の次男として生まれ、本だけが友達だった幼少時代。
――――言われるがままに魔族を切り伏せ、虚しいだけの歓声を浴びてきた勇者時代。
(うん……男だったはず、だよ。ボクは……)
それらの記憶の中で、自分は確かに男だった。
だからこそ尚更、現状がわからない。
続けて、自分の記憶を辿る。勇者となってから、自分は何をしてきたか。
自分は、勇者として選ばれて以降はずっと、魔族との戦いに参加してきた。
本当は魔族を斬るのなんて嫌だったけれど、勇者に選ばれた自分がやらないと他の人が殺されてしまうだけだから、嫌だけれども戦ってきたんだ。
そんな、ある日のことだ。
国王様から魔王討伐の命を出されて、魔族領を旅することになったのは————
(そうだ、それで、最後には魔王を倒して……ボク達の国に、帰るつもりだった)
旅の果てに魔王を倒して、もう戦いは終わりだと、そう思って帰路についていた。
王様が、魔王さえ倒せばもう戦いも勇者の使命も終わりだって、そう言ってくれたから。
だけど、ボクは、帰る前に、レオナルドの手で……
改めて、自分の首を剣が冷徹に貫通した時の感触を思い出して、そっと首筋に触れる。
剣が貫く痛みも、呼吸ができなくなる苦しみも、身体から熱が失われていく感覚も。
ぜんぶ、鮮明に覚えている。あの時、確かにボクは、死んだはずなんだ。
なのに、ボクはここにいる。
死んだのは、間違いないはず、なのに……
(死んで……蘇った……?)
女性になったというよりは、女性のゾンビになった、という方が的確なのだろうか。
だとしても、女性の姿で蘇った理由に関しては、さっぱり見当がつかない。
いろいろ考えてみたところで、結局なにが自分の身に起きたのかは良くわからない。
分からないことが分かったという月並みな結論にならざるをえなかった、そんな時だった。
ドタドタドタドタ……!!
初めは遠くから。時間が経つにつれて、部屋の前に近づいてくる音。
誰かがこちらに向かって、走ってきているようだった。
足音はやがて部屋の前に到着して、止まる。ルウが何かを反応する暇もなかった。
「――――ルウ!!」
ばたぁん!!と勢いよく扉が開いて壁にぶつかる音。扉の向こうから、白いスーツの上に黒いマントを羽織った男が姿を見せた。絹糸のようにしなやかな銀の髪を額にかからないように後方に流し、肌の色は人間に比べると明らかに薄い。赤色の瞳が目立つ端正な顔立ちも相まって、精巧な人形であるかのような人間離れした美しさを持つ男だった。
「はぁっ、はぁっ……」
しかし彼はその端正な顔立ちを強い焦りで崩し、額からは汗が流れ落ちている。相当焦っている様子だ。口元から溢れる荒い息を隠そうともしないため、彼の口の中も良く見える。
そこでルウは、彼の歯が鋭く尖っていることに気がついた。
(あの、鋭い犬歯は……吸血鬼の、特徴……?)
良く見れば、彼の耳も人間のものと比べて明らかに長く横に伸びている。宝石のように綺麗な赤色の瞳も、魔族だけが有する特徴だ。
それに加えて黒のマントを着る姿とくれば、ルウの頭の中に『吸血鬼』の言葉が浮かび上がるのにさほど時間はかからなかった。
「………………」
「 …………っ?」
何を言われるのかと、しばし身を強張らせて目をつむっていたルウだったが……男はしばらく、何も言ってこなかった。
おそるおそる、目を開ける。
「―――――――っ」
息を呑むような音が、聞こえてきたような気がした。
吸血鬼と思しき男は、ルウの顔を立ち尽くしたままじぃっと見つめ……それっきり、動かない。ポカンと口元を開いて固まるその姿はまるで、美しいものに対して見惚れてしまったかのようで……
「おーいエルドラド、走んなって……ボク様、運動は専門外なんだからさー」
吸血鬼の後ろから、ひょっこりとトカゲの子供が顔を出してきたのは、その時だった。
固まったまま動かなかった吸血鬼は我にかえったように頭を振ると、表情が引き締まったものに変わった。
「あ、あぁ……スマン。起きんことも覚悟していたから、ついな……」
「どんだけコイツがお気に入りなんだってーの……ほら、いつまでも突っ立ってねーで入れ入れ」
トカゲの子供に促されて、部屋の中に二人が入ってきた。
エルドラド、と呼ばれた吸血鬼はドレッサー前の椅子を持ってくると、ルウの傍へと腰掛ける。トカゲの子供は、吸血鬼の後ろでベッドに直接腰掛けていた。
目の前にやってきた、吸血鬼と、ルウの視線がかち合う。
間近で見ても改めて綺麗な顔だな、なんて場違いな感想が出てくるぐらい、ルウは状況を読めずにいる。
何を言われるのかと身構えていると、吸血鬼がゆっくりと口を開いた。
「――――俺が分かるか?」
「え…………?」
簡潔な、それでいてルウには意図が汲み取れない質問だった。
俺が、分かるか。吸血鬼が、分かるか……? 会ったことが、ある……? この
先ほど辿ったばかりの記憶を、もう一度辿り直してみる。
ザッ……
『――――k束だ。俺は、必z――――』
ザッ……ザザッ……
………………やはりだ。必死に頭を捻ってみても、
それとも何か、自分が忘れてしまっただけで、どこかで面識があったのだろうか。魔王を倒す旅の道中で倒した
「え、っと。ご、ごめんな、さい……分からない、です」
段々とルウの中で、怒られるかもしれないという思いが強くなっていって。
ビクビクと萎縮しながら、それだけ言うのがルウには精一杯だった。
「………………そうか」
しかし、ルウの(少々過大な)想像に対して、吸血鬼は大きく息を吐くだけだった。
乱れた気持ちを整えるためであるかのような、大袈裟な深呼吸。
その後、吸血鬼は真剣な表情で、ルウの表情を見つめる。
「いや……気にするな。『お初にお目にかかる』、勇者殿」
その言葉に続けて、大仰な仕草で吸血鬼はルウに対して一礼をした。挨拶をやたら強調するその言葉には、何故か寂しさのような感情が滲んでいるような気がしたが……それが何故なのか、ルウには良く分からなかった。
「俺は魔王軍『四天王』が一人、吸血鬼エルドラド。森の中で死していたお前を拾い、この場所――――俺が収めている城へと、招かせていただいた」
「……っ!! 四天王の、城……!?」
ルウの背筋がピンと、緊張で自然と張り詰める。
四天王と言えば、魔王軍の中でも特に魔王に次ぐ戦力とされるほど、圧倒的な戦闘能力とカリスマによる魔王軍部隊を率いる統率能力を併せ持った傑物を指す呼称のはずだ。
そんな彼が収める城だとしたら、魔族にとっては重要な軍事拠点のはずだ。
その城の中に、勇者である自分を招くなんて、この吸血鬼……エルドラドは一体、どんなつもりなのだろうか。
「んで、ボク様はシュタイン!! お前を蘇らせたネクロマンシーにして、稀代の天才魔術師様だ!!」
内心で冷や汗をかくルウを他所に、意気揚々と立ち上がって高らかに自己紹介をするのはトカゲの子供、シュタイン。
そういえば、名前の訂正をしていなかったな。とルウは、反射的に自分も名乗ろうとするも。
「ぼ、ボクは……」
「つーかよぉ……お前を蘇らせるの、マジで大変だったんだかんな!!」
「あ、え、その……」
割って入ったシュタインの剣幕に押され、二の句が告げなくなっていた。
「何日か前に、エルドラドがほとんど死にかけのお前を拾ってきて!! 慌ててボク様とっておきの肉体を取り出して、『魂転移』なんて成功率の低い
「……シュタイン。ルウが困惑しているだろう、一度に喋るな」
ペラペラと立て板に水と言った調子で喋り出したシュタインを、エルドラドが肘で小突いて止めた。
あまりに知らない単語や情報をぶつけられてルウも話を追えなくなっていたので、エルドラドの気遣いがありがたかった。
「……お前に必要なところを話そう。森の中で倒れていたお前を拾ったのはこの俺、エルドラドだ。加えて、俺は今のお前のその肉体――――シュタインが持っていた人間の死体の一つに、魂を移すように指示を出した。結果として魔術は成功し、お前はゾンビとなって蘇った。ここまではいいか?」
「え、えっと……はい……」
頭の中で聞いた情報をぐるぐるさせながら、どうにかそれだけルウは答える。
まとめるとどうやら、このエルドラドという
次いで、死んだと思われた自分が何故魔族の姿になっているか、という自分の疑問は解消できた。そして恐らく、『聖剣』を感じられなくなった理由も。
――――自分はゾンビ、つまり魔族となった。そんな自分は、もう……勇者としては、みなされないのだろう。
あまりの情報量に感情が追いついてこないのか。ルウの胸中には寂しさも、悲しさも、なにも感情が湧いてこなかった。
代わりに彼女の心中にあったのは、頭の中の疑問が氷解した代わりに浮かんできた……新しい疑問。
「……さて。お前が最も気になるのは、『何故勇者である自分を魔族が助けたのか?』だろう。長らくの敵対関係にある
「そ、それは……」
内心を見透かされたようで、ルウはドキリと心臓を跳ねさせた。
それは浮かんだ疑問の中で一番気になっていた部分で、一番口にするのが躊躇われた部分でもあった。
この魔族、エルドラドがなんのために自分をこんな姿にしてまで、人間を生かそうとしたのか。
特に自分はかつて勇者だった存在で、しかも魔王を倒した存在で……後者はまだ、知られていない可能性もあるけれども。
「特に、魔王が倒され、魔族の中にも動揺が広がっているこの時にだ。……やったのは、お前だな?」
「…………っ!!」
ルウの楽観を読んでいたかのような、心臓を一撃で射抜くかのごとくの衝撃を与える問いかけ。
それは問いかけという名の確認であり、ルウがいかに返事しようとエルドラドの中で答えは決まっていることが容易に窺えた。
「お前の反応を見るまでもない。魔王城の方から漂っていた、圧倒的な気配が消えている。ちょうどお前を拾った時期より少し前からだ。
「勇者の単身特攻ってことかよ……ニンゲン様も、えげつねぇこと考えるこって。それで命落としてちゃ世話ねぇなオイ」
シュタインが横から入れた軽口は、ほとんどルウの耳に届いていなかった。
四天王の一人に、自らの所業が伝わっている。
その事実を確認して、ルウの緊張はピークに達していた。
魔王の元へ向かう旅の道中、ルウは四天王の一人と会敵し、戦闘になった。
鎧で全身を覆った氷魔法の使い手で、仲間の剣士であるレオナルドが早々に戦闘を離脱することになる程の強敵だ。
一騎打ちの果て、最終的に深手を負わせて崖から転落していったから、まず生きてはいないだろうけれど……楽に勝ったとは、全く思ってない。
四天王とは、そんな圧倒的な強さを持つ存在。
その一人である彼に自らの正体も、魔王を倒してしまったことも知られているのだ。
手に汗がじんわりと滲む。心臓がバクバクと言い出す。ゾンビになっても体温や鼓動ってなくならないんだな、と場違いな感想が出てくるほどのプレッシャーを感じる。
「魔族からすれば、今のお前はまさに不倶戴天の敵と言ってもいい存在だろう」
エルドラドの言葉は、まるで自分を責め苛んでいるかのように感じられた。
お前の所業は分かっている。俺達がお前を許すことはない……言外にそんな意図があるようにしか感じられなくなって、ルウはギュッと唇を噛み締めることしかできない。
――――まさか。
ルウの頭に、最悪の想像がよぎったのはその時だった。
自分をこうまでして生かしたのは……死んで逃げるなど許さない、ということか。
手間をかけてでも生かして、これからもっと酷い目に遭わせるため……!?
ゾンビになったせいでただでさえ生気を感じられないルウの色の肌から、余計に血の気が引いていく。
「そんなお前を、生かした理由だが……………………そうだな」
ルウの心に広がる動揺が落ち着くのを待たず、エルドラドは一番聞きたいこと――――あるいは、予想があたっているとすれば一番聞きたくないこと――――に、触れる。触れてしまう。
自分の罪状を告げられる囚人はこんな気持ちなんだろうか、と顔を青くしながら、ルウはそれでもエルドラドの言葉を待ち……
「――――魔王を倒してくれた、礼とでも言っておこうか」
「……………え?」
……魔族から聞けると思わなかった言葉に、思わず自分の耳を疑った。