仲間に裏切られて殺された元勇者のTSゾンビ姫、四天王の吸血鬼に溺愛されて魔族の世界で愛され姫君になる 作:たんがん
「俺はもう、人間と戦いたいとは思わん。人間と手を取り合う道を……探したいのだ」
淡々と告げられる言葉は、しかしルウにとっては途方もない程の衝撃だった。それこそ、魔王に強力な炎魔法の一撃をもらった時に比肩するかのような。
これは、夢……? それとも、ボクを騙そうとして言っているの……?
魔族の口から聞けると思っていなかった言葉に、疑心が一瞬湧いてしまうルウ。
しかし、こちらを真っ直ぐに見つめるエルドラドの黒い瞳は、嘘をついているようには感じられなかった。
「俺が四天王になったのも、いずれ人間達と交渉できるような立場になるためだ。実際こうして、立場を手に入れるところまではうまくいった。しかし……魔王は、人間の領土を侵攻することを、強硬に主張していてな」
そこまで言い切ったエルドラドは深い、とても深い溜め息をついた。
(疲れてる……ホントに意見をぶつけて、うまくいかなかったみたいに……)
彼はほとんど表情を変えていないのに、ルウには不思議とそう感じられた。
「人間領の征服は永年にわたる魔族の悲願であり、これを覆すなど論外……これが、魔王の主張でな。たとえ四天王という魔族の腹心とも呼べる立場になろうとも、俺の意見が届くことはなかった。四天王の中でも、魔王に表立って反論するのは俺ぐらいのものでな。かといって、強大な力を持つ魔王を俺一人で倒すなど論外……正直なところ、立場を得ることで魔王と交渉する手立てが失敗した時点で、俺にできる事はなくなりかけていた」
「ボク様は天才つっても戦闘は専門外だし、魔王に反旗を翻すなんて付き合わなかっただろうしなー。ま、そもそもボク様はエルドラドの考えを全肯定する気はねーから、どの道やんなかったけど」
横からシュタインが補足するが、ルウはただ口をパクパクさせるばかりだった。
四天王が、魔王に反論? ましてや、魔王を倒すって……?
衝撃的な話ばかりで、口を挟む余裕すらない。
それでも、なんとか頭の中で情報を整理し、繋げていく内に……この話が「勇者への感謝」に繋がるのだと、気づく。
「だから……お前には、感謝している。これで、魔族と人の融和をなす道が、ようやく開けそうだ」
「い、いや、そんな、ボクは……」
エルドラドはルウに頭を下げるが、ルウは落ち着かなくてパタパタと手を振って返す。
大勢の人間に頭を下げてもらったことは人間の頃、騎士団の面々に挨拶をした時に何度もあった。しかし、それはあくまで儀礼的な社交辞令で、挨拶みたいなものだという認識だったからちょっと慣れないぐらいで済ますことができた。
ただこれは、個人が個人に対して行うお礼で。しかも、魔族が、不倶戴天の敵とまで言わしめる勇者に対してのもので。
どんな反応をすればいいのか……正直分からなくて、落ち着かない。
「うっわ、四天王が魔王の死を勇者に感謝してるよ……エルドラドおめー、草葉の陰から魔王に呪われんじゃねーの?」
「知らん。お前やルウのようにアンデッドとして蘇生した訳でもない死者に、現世への干渉などできる訳なかろう」
どうやら魔族としてもエルドラドの考えは異端の側に属するものらしく、シュタインが隣から引き気味の態度で言葉を投げてきた。
とはいえ、言葉こそ咎めるようではあるが、シュタインの声音や顔色はどちらかというと明るく、からかうようなものだ。
それに答えるエルドラドも、表情こそ無表情から大きく変えることはないが冗談を否定する様子もない、やや砕けた態度。
(魔族でも……冗談を言い合ったり、するんだよな……)
彼らにとっては当たり前なのかもしれないが、ルウにとってはとても新鮮な光景だった。
四天王という肩書きがあろうと、彼らは話ができるし冗談も言い合える、人間と同じ生き物なのだ。その事実が、ルウには嬉しかった。
もしかしたら、彼らだけが優しくて、他の
「え、えっと……エルドラド様こそ、死にかけたボクを助けてくださって。ありがとう、ございます……」
ペコリ、とルウはお返しとばかりに頭を下げる。
何よりも、自分なんかを蘇生させてくれた優しさは、感謝をしなくてはならないことだと思った。
もっとも、頭を下げる程度で足りることだとも、思っていない。これは絶対、何かの形で報いなければならないことだ、とルウは強く感じていた。
ルウのそんな考えとは裏腹に、エルドラドはルウの返事に対してどこか不満そうな顔をする。
「……エルでいい」
「…………え?」
「そこまで堅苦しくする必要はない。エル、とだけ呼ぶがいい」
「は、はぁ……え、エル、様……?」
唐突に話の流れを打ち切るような、エルドラドの提案に従うルウ。あまり人を略称で呼ぶような経験がないため今いち慣れなかったが、呼んでみるとエルドラドは満足そうに頷いたのでこれで良かったのだろうとは思う。
しかしエルドラドの意図がよく察せなかったルウは、咄嗟にシュタインの顔に目を向ける。すると……珍しいものを見たかのように、爬虫類のような鋭い瞳を見開いて固まっていた。
その後はルウの視線に気がつかないまま、呆れたように溜め息を一つつく。
……エルドラドの意図の手がかりになればと思ったのだが、ルウには余計に分からなくなった。
なので略称についてこれ以上考えるのはやめて、言おうとしていた言葉を代わりに吐き出すことにする。
「そ、それで、エル様……ボクは、これから……何をすれば、いいのですか? 今のボクには、その……何もない、ので……」
自分で口にしておきながら申し訳ない気持ちでいっぱいになって、ルウは声がどんどん尻すぼみに小さくなってしまった。
いかに感謝されようと、魔族の肉体で蘇り、『聖剣』の反応がない今の自分は、もう勇者ではない。常に勇者としての自分だけを求められてきた彼女は、それ以外の価値を、自分に見出すことができなかった。
それでも、そんな自分を生き返らせてくれたのだから、せめて何かしないと。そうじゃなきゃ、申し訳が立たない……
そんな強迫観念のような焦りから出たのが、ルウの言葉だった。
思いを吐き出したあとは沙汰を待つかのように俯いてしまったルウに対して、エルドラドはなるべく優しくしようと努めたであろう、落ち着いた調子で声をかけた。
「……何も、しなくていい。今は……ここにいろ」
「え…………」
淡々と告げられたその言葉に、ルウはぐにゃりと目の前が歪むかのような苦しい心地になった。
――――貴族時代は、『恥ずかしくないように息を殺せ』『隅でじっとしていろ』。
――――勇者時代は、『勇者としての務めを果たせ』『魔族を殺せ』。
人から下される様々な命令をこなすことだけが、自分の存在意義だった。誰かの期待に応えることだけが、唯一自分の人生の中で期待されていることだった。
だから、ルウには分からない。何もしなくていいという言葉が、自分に何を期待しているのか分からなくて、本気で戸惑う。
エルドラドの答えに言葉を失くしたルウに、何を思ったのか横からシュタインが口を挟んできた。
「そもそも今のお前、何かしようとしても難しいかんな。んー、そうだな……試しにお前、ベッドから立ち上がってみ?」
「え? え、と……ぁ、わっ……!?」
意図は分からなかったがとりあえずシュタインに従い、ルウは腰を上げようとした。
すると、起こし始めた身体が途中でカクン、と唐突にバランスを失ってしまう。力が抜けた、というより、『身体との接続が唐突に切れた』ような、味わったことのない感覚だった。
ルウの身体は前のめりに倒れ、ベッドからも転落してしまう――――光景を彼女は一瞬脳裏に想像したが、その想像は現実のものとはならなかった。
「……大丈夫か?」
視界一面に広がる清潔な白色と、上等そうな香水の匂い。
頭の上から降ってくる、こちらを気遣う声。
どうやら、エルドラドによって、崩れ落ちた自分の身体を抱き止められたということをルウは察する。
黒いマントの上からではわかりづらかったが、こうして触れてみるとその身体はしっかりと筋肉がついているらしい。硬くたくましい身体の感触が、ルウの顔の触れている部分から伝わってくる。
……細く柔らかい身体になってしまった自分とは違うのだと、思い知らされるようだった。
「だ、だいじょう、ぶ……で、す」
「そうか。なら、いい」
崩れた体勢でどうにかそれだけ呟く。ルウの肩がエルドラドに掴まれて、ベッドに優しく押し戻され上半身だけを起こした体勢に戻される。
「あ、ありがとう……ございます」
「いや……怪我がないなら、何よりだ」
ルウが体を支えてもらった礼を告げると、エルドラドは無表情でそっぽを向いてしまう。
表情をあまり変えない彼の考えを読み取るのは、少なくともルウには難しいが……それでも。
(この方は……優しい
それだけは、これまでのやり取りだけでも分かった。
そんな魔族がいることがルウには嬉しくて、胸に温かい気持ちが芽生えていくようで……。
「……おーい、いつまでも二人の世界に浸ってんじゃねーって。何が起きたか説明すんぞー」
「あ、え、えっと……う、うんっ……」
溜め息と共に、あわや二人だけの空間になってしまいそうな雰囲気に割って入るシュタイン。ルウはその言葉にハッとなって、慌てて身体をシュタインに向ける。
「お前は魂だけをその肉体に移された状態だから、まだ身体に魂が馴染んでないんだよ。だから、魂と身体の接続、魔力の流れがたまに切れて、動かなくなったり固まったりするんだ。それを防ぐためしばらくはリハビリ……身体を動かすことで、魂を今の身体に馴染ませて魔力の流れを正常にしてやった方がいい。じゃねーと、変な事故起こして大怪我するかもしんねーぞ」
「で、でも、ボクは……ァウッ」
ここまでよくしてもらっているのに。
ルウはそう続けようとして、またしても喉から力が抜ける感覚と共に、言葉が途切れる。
まさに今説明されたばかりの症状であることは明白だった。さっきのように腰が抜けたり声が出なくなったり、こんな症状が頻発するようならば、確かにそれを治さないと移動すらもままならないのは理屈では理解できた。
「……今はシュタインに従え、ルウ。お前のためにも、まずは回復を考えた方がいいだろう」
有無を言わせぬ言い方でルウに言葉を放つと、これで話は終わりだと言わんばかりにエルドラドは立ち上がった。
「これから、リハビリや生活に関する作業を任せられる奴を呼ぶ。しばらくはそいつと、シュタインの指示に従って過ごせ。それがお前のためだろう」
「え、生活に関する作業を任せられるヤツって……まさか、メーチェを呼ぶのか!? ってオイ!! ボク様も聞いてねぇぞ!! ちゃんと説明しろエルドラド……!!」
立ち上がったエルドラドは素っ気なく言葉を重ねながら振り向くと、そのまま部屋の出口の扉から出ていってしまった。シュタインは何かエルドラドの話の中に納得できない部分があったのか、エルドラドの後をぱたぱたした足取りで追いかけてまた部屋を出て行ってしまった。
キィ、ガチャン……と扉が閉まる。
「………………」
二人がいなくなって静寂が訪れた部屋の中で、ルウはしばし思索に耽る。
思索の内容は、先ほど言われた言葉の中で、もっともルウの理解が及ばなかった部分だ。
『何も、しなくていい。今は……ここにいろ』
(エル、様が……何を考えているのか、ボクには分からない……)
何もしなくていいというならば、彼は何故死にゆく自分を蘇らせたのか。
シュタイン曰く「大変だった」ことをわざわざ自分に施してまで救ったのなら、それだけの何かがあったはずだ。それなのに、それを口にしないのは……何が狙いなのだろう。
ルウには、予想さえすることができなかった。
(分からない、けど……)
それでも。予想はできないなりに、ルウは自分の方針を一つ決めることにする。
いや、それは決めるまでもなく、彼女の中では当たり前のことだった。
(ボクに、何か期待してるはず、だから……応えられるように、頑張らないと……)
誰かの期待に応えるためにしか、自分の存在はない。
勇者時代を通り越して貴族時代からすっかり染み付いてしまった考え方は、死を迎えてもなお変わることなく彼女の中に根付いているのだった。