仲間に裏切られて殺された元勇者のTSゾンビ姫、四天王の吸血鬼に溺愛されて魔族の世界で愛され姫君になる 作:たんがん
「おい、エルドラド!! 一体どういうことだよ、さっきのアレは!!」
ルウのいる部屋から城の四階廊下に出た後、エルドラドはなぜかいつもよりも足早に歩いている。窓からの陽が差し込む廊下をズンズンと進むその背中に、慣れない早足でなんとか追いついたシュタインは、言葉をろくにまとめないままに疑問をぶつけた。
「……アレ、とはなんだ」
案の定、エルドラドには意図が伝わらなかったが、それがかえって功を奏したらしい。
エルドラドは歩く速度を少しばかり緩めて、後を追いかけるシュタインを向き言葉を返した……すぐに歩き出し始めてしまったが。
「とぼけんなっての!! なんだよ、お前は何もしなくていい、なんて甘ったるい事この上ない命令は!! この城に住んでる連中は、『働かざるもの食うべからず』が基本だろ!? お前がいつも口を酸っぱくして言ってることじゃんか!!」
足を動かしながら、半ば怒声になってしまっている叫び声をシュタインは去り行く背中に投げかける。
シュタインは、エルドラドの軍において「軍事参謀」という立ち位置に置かれている。
とある事情から戦闘に参加できないシュタインが、魔王軍という組織の中で就ける唯一の役どころはそこしかなかったからだ。
そのためシュタインの日常の大半の時間は、やりたくもない軍略の提案や魔法陣の作成、兵糧や武器の確認など書類との睨めっこで占められている。やりたくて仕方がない屍霊魔術や屍体の研究開発ではなく、だ。
シュタインは軍属である現在の立場を手離したくはないので、仕事を振られることへの文句はない。
エルドラドが『働かざるもの食うべからず』と常に兵を戒めているのも、彼が四天王という兵を率いる立場である以上、理解はできる。
しかし、戒めを強いている当の本人であるエルドラドが、一人だけ甘い対応を取っているというのは、正直――――シュタインとしては、癪に触った。
「…………ルウは、動くことすらままならんのだ。そんな状態の彼女に仕事を振るなど、そちらの方がよほど理に適っていないだろう」
「いつものお前だったら、動けるようになった後の指示も一緒に出すとこだろそこは。よりにもよって、このボク様を誤魔化そうとするんじゃねぇ」
「…………」
苛立ちが混じりつつあるシュタインの言葉に、エルドラドはようやく足を止めた。
シュタインはエルドラドと今の関係になってからまだ数年の付き合いだが、彼の人となりが分からない程に薄い付き合いをしていたつもりはない。そもそも、シュタインが現在も軍属を続けられているのはエルドラドのおかげであるので、彼には内心感謝と尊敬を抱いてはいるのだが……それが余計に苛立ちを生んでいるのは、シュタイン自身もあまり自覚していなかった。
「…………………」
シュタインの方を振り向いたエルドラドだったが、最初は中々口を開かなかった。口元に手をあてて俯くその姿は言葉を選んでいるような、何かを言い淀んでいるような、常に冷静沈着を絵に描いたような彼からすれば珍しい姿。
しばし、シュタインはエルドラドが何かを言おうとしているのを待つ。
しかし、エルドラドは考えこむような仕草から動かない。焦れたシュタインはジロリと彼の顔を覗き込んで睨む。
睨み合いのように、お互いの顔を見たまま押し黙る二人。
「――――ぶはぁっ。そろそろ何か言えよ……」
結局、シュタインが先に根負けして、溜め息をついた。
どうやらエルドラドは、自分からは喋る気がないか、何から喋ればいいのか分からないでいるか、はたまたその両方かと、シュタインは考える。
そういう時は大概、こちらから質問しなければこの寡黙な男との話は進まない。
「……そんなに大事なのか? 勇者様……ルウのことが。その割に、ボク様から聞くまで名前も知らなかったみてーだけど」
「……っ!!」
「……え? マジで?」
まさかとは思いながらも、シュタインは思いついた仮説の一つをカマかけがてら振ってみると……エルドラドの目が、これ以上なく分かりやすく見開かられた。
これまでの付き合いの中でそのような表情を見たことがなかったシュタインは、逆に狼狽した。
「……そう、だな。彼女はいまや、俺の中でとても大事な存在だ。その点についてはシュタイン、お前に礼を言ってもいい」
「……は? ボク様に?」
ようやく開かれたエルドラドの口だったが、そこから放たれた言葉の意味がシュタインには分からない。意図を汲めずにパチクリ瞬かせていたシュタインの目は、次のエルドラドの一言で大きく見開かれた。
「……その、だな。初めて、彼女の目が開かれたのを、見て……心を、奪われた。一目惚れとは、こういう感覚なのだと……生まれて初めて、思い知った」
「……………はぁぁぁぁぁ!?」
言葉の意味を理解するのに、数秒の時間を要してから。シュタインは、この世に産まれて一度死ぬまでの間にあげたことのない、悲鳴のような絶叫をあげた。
「お、お前が!? 四天王の中でも最も冷静な知将だの言われて、何があってもその鉄面皮を崩さないことに定評がある”吸血伯爵”エルドラド様が!? ボク様の作ったとっておきの肉体に見惚れて、言葉も出てこなかったって言うのか!?」
「……表情は、これでも表現しているつもりだが」
エルドラドはシュタインの言葉にひとつだけ訂正を加えるが、無感情にしか見えない顔で言われてもまるで説得力がない。
というか、今は表情のことなどどうでもよかった。
「いやまぁ、ボク様の作った肉体なんだから美しいのは当たり前だけどさぁ……やたら早く話を切り上げたのも、それかよ……」
「……あぁ。これ以上ルウの顔を見ていたら、自分を抑えられる気がしなかった」
彼女には絶対言うなよ、とエルドラドは付け加える。いや、言わねーよ……言われても絶対信じらんねーよ……と、シュタインの返す言葉はあまりの驚きで声が震えてしまったほどだった。さっきまで感じていた苛立ちや怒りは、いつの間にかどこかにいってしまったようだ。
「……まぁ、お前がいつにも増して言葉が足りなかったことについては、理解したけどさ。アイツへの対応が大甘なのは、本当にそれだけだったのか?」
「…………それだけとは、どういう意味だ」
ただし、怒りが引っ込んだ代わりに、シュタインの中では新たな疑問が頭をもたげていた。
「お前、あの勇者様と会ったことがあんじゃねーの? って事だよ。ボク様、お前が勇者と知り合いだったなんて話、聞いたことねーんだけど」
――――その時のエルドラドの沈黙は、先ほどとは明らかに意味が異なっていた。
今思い返してみれば先ほどの感情は気恥ずかしさや照れ————エルドラド曰く『初めて知った感覚』への、戸惑いが強かったのだろう。表情に出てこないせいで、分かりづらいことこの上なかったが。
「…………」
しかし、今のエルドラドの表情は、無表情ではない。
三日月のように鋭く細められたエルドラドの目からは、こちらに向ける敵愾心……踏み込まれたくない領域に足を踏み入れられた、そんな時に抱く相手への不快感のようなものを感じた。
言葉よりも雄弁に、表情が感情を物語っている状態だった。
「…………お前には、関係のないことだ」
やっと出てきた言葉から感じられるのは、ピシャリと心の中にある扉が閉じられたような、有無を言わせぬ拒絶。
「へーへー、そーかよ。ま、ボク様もそこまで興味ある訳じゃねーからいいけどよ」
もっとも、エルドラドが言いたくないことなのであろうことなど理解した上で尋ねたシュタインは、そんな感情を向けられようと気にする素振りは特にない。
ニンゲンと魔族が会った経験など、この戦時中においてはどう転んでもデリケートな話になるのは容易に予想がつく。
シュタインはこれ以上の話を聞き出すのは難しいと判断して、くるりと踵を返した。
「ボク様にとっちゃ、アイツは『魂転移』の貴重な成功例で、しかも元勇者とかいう垂涎の研究対象。それ以上も以下もねーから、恋だ愛だのは勝手にやってろ。んじゃ、ボク様はしばらくアイツでレポート書きてーし、アイツんとこ行ってるわ」
聞きたいことは聞けた。
ルウの対応がとても甘いことについては、滅多に見れないような表情のエルドラドを見ることができたので手打ちにしよう。
シュタインはすでに自らの興味の対象を、エルドラドからルウに移していた。
用がなくなったエルドラドへひらひらと手を振って去ろうとするシュタインの背中に、ぽつりとした一言が投げかけられる。
「……これからメーチェをルウの部屋に呼ぶつもりだと、さっきも言ったはずだが。お前は鉢合わせたいのか?」
「うげっ……しばらくルウの部屋入るのやめよっ……」