仲間に裏切られて殺された元勇者のTSゾンビ姫、四天王の吸血鬼に溺愛されて魔族の世界で愛され姫君になる 作:たんがん
「あなたがルウ様ですか〜? 始めまして〜、エルドラド様にお仕えしております、ゾンビのメーチェと申します〜」
白黒の給仕服に身を包んだ女性がぺこり、と綺麗なお辞儀をする。後ろで結ったクリーム色の髪をキャップの中に仕舞い込んだ髪型と合わせて、メイド、従者といった職業なのだろうと連想させられた。魔族にも、人間の貴族のように身の回りの世話を引き受ける仕事はあるらしい。ゆったりとした喋り方が特徴的な女性だが、肌の色がルウと同じぐらいに生気を感じられない色をしているのもルウには印象的だった。
「え、えっと……始めまして。ルウ、です」
いつの間にかルウ、という名前が広まっているが、否定するのが苦手なルウはそのまま受け入れることにした。
『違うならなんで、さっさと否定しなかったんだ!!』
さっきまで優しかったシュタインやエルドラドにそんな風に怒鳴られる姿を一度想像してしまうと、その光景への恐怖だけでルウは何も言えなくなってしまったのだ。
彼が、エルドラドが本当にそんなことを言うかどうか、という観点はルウにとっては問題ではないのだ。一度光景を想像してしまうと、その時の心の痛みまでも一緒に連想してしまう。そうなってしまえばその光景は、まるで真実であるかのようにルウの心を蝕んで離れなくなってしまう。
せめて想像の中だけで終わるように、言われたこと以外をしないこと。それだけが、ルウにできる自分の心を守る術だった。
「まぁ、まぁ……エルドラド様からは〜、蘇生したてのゾンビを拾ったから、動けるようになるまで世話をして欲しい、と頼まれておりましたけど〜。こんなに可愛い子だったなんて〜。従者妙理につきますね〜」
「は、はぁ……」
可愛い、と言われても、正直どう返事をしたらいいのか分からなかった。
さきほど鏡に映った顔を褒めてくれているのは、ルウ自身も初めて鏡を見たときに綺麗な女性だと思ったからよく分かる。ただ、それが自分の顔という実感が、イマイチ湧かないのだ。結局、曖昧に返事をすることでお茶を濁すのがルウにできる精一杯だった。
正直、そんなことよりも違う情報が気になったというのもあるのだが。
(ボクが元勇者だって、伝えてない……?)
理由を少し考えて、それも当然かと思い至るルウ。正体が魔王を倒した勇者であることなど、いい顔をしない魔族の方が多いだろう。それなら、余計なことは言わない方がいいだろうというところまで、なんとなく検討がついた。
「あら〜、自分が可愛いって言われてもピンとこない〜? 蘇生した影響で、記憶も失われてるのかしら〜?」
ルウが考え込んでいる姿を見て、なにやら魔族ならではの解釈をしたらしく、優しく労わるような声音でメーチェが話しかけてきた。
「え、えっと……そんな感じ、です。気がついたら、ここにいて……」
「あらあら、そうなの〜。それは、大変だったわねぇ〜……」
しかし、どういう設定でこの場を誤魔化そうか分からずにいたルウにとって、その解釈はとても都合が良かった。なので、話を合わせることにする。
嘘をつくことに少々心が痛んだが、本当のことを言ってこの穏やかそうな
「安心してね〜。ここに、同じ魔族のあなたを傷つけるような方は、誰もいらっしゃらないから〜。記憶をなくす前のあなたがどんな生き物だったとしても、それは一緒よ〜」
「…………………は、はい」
苦い表情を浮かべそうになるのをぐっとこらえて、どうにかそれだけ返事をする。
元勇者で魔王の仇そのものだとしても、果たして同じことを言ってくれるのだろうか。聞きたい気持ちはあったけど、無理やり押し込めた。
「ん〜、それはさておき……ルウ様は、自分の可愛さを、もっと自覚するべきだと思いますかね〜」
「は、はぁ……?」
「さぁ〜、それではリハビリがてら、立ってみましょう〜。私が、支えてあげますからね〜」
そう言うとメーチェは頭を下げて、ルウの片腕を取るとその内側に頭を潜らす。香水の匂いだろうか、彼女の身体に触れるとともにフワリと漂ってきたお花のような心地よい匂いに『女性』を感じて、ルウは胸が跳ねそうな心地になる。
「立ちますよ〜。よっこいしょ、っと」
「は、はい……っ!!」
ぐっ、と膝に力を入れて、ベッドから床に足を下ろすと、ルウは曲げていた膝を伸ばした。
一瞬、またしても足の力が抜けるような感覚を味わったが、メーチェに支えてもらったおかげで事なきを得た。
「まずは、立てましたね〜。おめでとうございます〜」
「は、はい……!!」
ゾンビになってから初めて、ルウは自分の――――という表現は適切かどうか、分からないが――――足で、立ち上がることに成功した。
(よ……良か、った……)
立ち上がるなんて一度死ぬまでは当たり前にできていたことだったから、もう一度できたというだけで安堵感が胸の中に広がっていた。まだ支えられてようやくといったところだが、シュタインの言う通りなら練習を続ければいずれ一人で出来るようにもなるのだろう。
(……それに、しても……髪、長いなぁ……)
立ち上がったルウが次に気がついたのは、自分の髪に対する変化だった。
ベッドに寝ている時はあまり実感が湧かなかったが、立ち上がってみると髪の毛が随分と伸びていることが触って確認するまでもなく、その重みと触感から伝わってくるのだ。
元の自分は戦闘の邪魔にならないように短く切り揃えていたから、ギャップもあって随分と重く感じる。後で切ってもらった方がいいだろうか。
「後で髪の毛の手入れの仕方も、教えてあげますからね〜。手入れしがいがありそうですし〜……うふふ〜」
「は、はいぃ……っ」
などと考えていたら髪の毛のことについて触れられて、まるで思考を見透かされているかのようなタイミングでの指摘にルウは内心でたじろく。
心から楽しそうな声音のメーチェに、髪を切ることを提案できるような神経は、ルウにはなかった。
「次は〜、軽く歩いてみましょうか〜。いち、に〜、で動きますよ〜」
「は、はい……いち、にい……」
靴を履かせてもらったルウは、メーチェが指示するリズムに合わせてひょこ、ひょこ、と、歩く。最初はただ歩くだけだと思っていたが、数歩で存外にメーチェの支えは必要性のあることだったと思い知る。生前の自分とは手足の長さが違うため、動かそうとするとイメージとのズレがあるのだ。伸ばしたつもりの足が変な位置にあったり、逆にそこまで動かしていないつもりだったのに身体が大きく動いていたり……『接続』とやらの問題を抜きにしても、慣れの必要性を強く感じたのだ。
広くはない部屋の中を、メーチェに支えられながら右へ左へぐるぐると同じところを回り続けて、数分。
「ふぅ……さて〜、ここで一旦休憩としましょうか〜」
「は、はい。えと、これは……」
「えぇ〜。何の変哲もない、全身鏡ですよ〜」
どうやらメーチェによって誘導されていたらしい。ルウ自身は何も考えていなかったのに、いつの間にか壁際にあった全身鏡の目の前に辿り着いていた。
当然、自分の姿が、否応なしに目に入る。先ほどの、ベッドの上からどこか窓から遠くの景色を見るような距離ではなく、触れられそうなほどの至近距離で。
「あなたに”昔“、何があったのかは私はしりませんけれど〜……”今”は、これがあなたの姿です。自信持ってくださいな〜、あなたはとってもお綺麗ですよ〜」
目の前の鏡に触れようと手を伸ばすと、鏡の中の女性も同じ動作をして————その手が鏡ごしに重なると、まるで触れ合ったかと錯覚するよう。
……やっぱり、お姫様みたいだ。
改めて至近距離で見てみると、その思いはより強まった。
自分の面影があるとしたら、すっかり伸びてしまった金髪ぐらいのものだろう。間近だとより大きく見えるパッチリとした丸っこい瞳と長い睫毛は、笑顔になれば大勢から可愛いと称賛を受ける類のもの。
その整った美貌の前では、見るからに生気を感じられない色の肌であることや額から顔に走るツギハギの線などは些事でしかない。
同じく生気のない色をした全身に目線を落とすと、そちらはレースをあしらったドレスで飾り立てられている。首元のネックレスと繋がっているのが特徴的な、人間の国では見かけたことがないデザインだった。
「先代さ……コホン。備えの洋服、捨てないでよかったです〜。ルウ様にも、良くお似合いですよ〜」
メーチェが隣で何かを言っていたが、ルウの耳にはあまり届かなかった。
鏡に映るその姿に見惚れるかのように、穴が空きそうな程に全身をじっくりと眺める作業にルウは耽り、そして……
「これが……ボク、なんだ……」
この姿が“今の自分”の姿なのだと、ようやく自分の中で腑におちたような気がした。どこかフワフワとまだ夢の中なのではないかとどこかで思っていた意識が、至近距離の自分を見つめることでようやく現実を認められたようだった。
そして改めて、突きつけられたような気がした。
(ボクは、もう……人間じゃ、ない……)
内心でそう感じた時のルウの感情は、一言では説明できそうになかった。
今まで自分が斬ってきた者たちと同じ種族ということ。
これまでの自分の人生にはもう戻れないということ。
喜び、とは言えない。
悲しみ、と言ってはいけない。
怒り、はあるかもしれないと思ったはずなのに。
何を感じているのか、感じていないのか。頭の中で何本もの糸が絡んでいるかのようにその感情は混沌としていて、ルウにはその気持ちをなんと表現していいのかわからない。
それでも、一つだけわかることがあったとすれば。
(仮に、人間だったとしても……戻るのは、イヤだなぁ……)
自分を全く必要としていなくて半ば追い出しすように勇者として放り出した実家。”勇者”としての役割以外を求めず、魔族の殲滅要員や騎士団の旗印としてしか見ていなかった王宮の人間。彼らのもとへ帰りたいかと言われると……死ぬ前にも感じたが、帰りたいとは思わない。
ただし、自分が戻りたくないことが分かっても、それはより自分の気分を陰鬱にさせるだけだった。
(でも……当分は、身体を元通り動かせるように訓練するしかないとして。それが終わったら……)
そのあとで、どうしたらいいのか。
ルウには何も思いつかない。
エルドラドは、自分に何も命令してくれなかった。きっと自分は彼に、何も期待されていないのだろう。ならば、動けるようになったなら、きっと自分はここを去らなければならないに違いない。
頼れる者など誰もいない、いる訳がない魔族領の中で、一人ぼっちで。
(そうなったら、ボクは……どこに行けばいいのだろう……)
やっと自分だと認められたはずの鏡の中の女性に向かって、ルウは内心で問いかける。
鏡の中の女性は陰気に俯くだけで、ルウの疑問に答えてはくれなかった。