仲間に裏切られて殺された元勇者のTSゾンビ姫、四天王の吸血鬼に溺愛されて魔族の世界で愛され姫君になる 作:たんがん
「ぼ、ボクに何か……役立てること、ないかな……?」
「あん? 役立てることぉ?」
質問の内容が想定の外だったらしく、シュタインは首を傾げた。そんな彼に、たどたどしくもルウは精一杯に言葉を紡ぐ。
「そ、その……ボク、こんなにいっぱい、優しくして、もらったから。蘇らせてもらったことも、そうだけど……リハビリとか、ご飯とか。何か……お返しが、したくて……」
それは、蘇らせてもらった時からずっとルウの中にあった考えだった。
エルドラドは何もしなくていい、とは言ったものの、本当にそれでいいなどとルウには到底思えなかったのだ。
(エル様は、きっと……ボクに何かを期待して、蘇らせたんだと思う……)
『勇者』の自分に優しくする人間は、みんな何かをして欲しい人たちだったから。
エルドラドもきっと、その例に漏れず……言わないだけで本当は、何かをしてもらいたいのだと思う。
だから、エルドラドが直接教えてくれないならば、シュタインに聞いてみよう。
そう思っての、質問だった。
「その、ボクなんかに何ができるかは分かんないけど、それでも、」
「――お前の気持ちは良くわからんが、役立つってんなら簡単なのがあんだろ」
「……え? ほ、ほんと!?」
シュタインの返答は、とても明快だった。
ルウは身を乗り出す勢いで食いつく。シュタインは悪戯を思いついた子供のような、得意げな笑みで答えた。
「お前、勇者なんだろ? だったら、お得意の『聖剣』でも掲げて、今なお続く人間と魔族の戦いのど真ん中に魔族として行きゃあいい。ニンゲンを何十人かぶった斬ったら、エルだって喜んでくれると思うぜ?」
「…………………ぇ」
どうだ簡単だろ、と当たり前のように言うシュタインに、ルウは言葉を返せなかった。
頭が、真っ白になったから。
当たり前のように告げられたシュタインの台詞の中に、聞き逃せない言葉があったのだ。
「ま、待って……『今なお続く、戦い』……? 戦い……終わって、ないの……?」
ルウの体が震えて、歯の奥がカチカチと嫌な擦れ方をする。
だって、王様は、言ってたのに。
魔王さえ倒せば戦いは終わって、勇者の役目もなくなるって……
「あん? そりゃそうだろ。いくら強大な力を持つ魔王つったってあくまでトップ、そいつがいなくなったからって魔王軍の兵士が丸っといなくなる訳じゃねー。四天王も、まだ誰一人欠けてねぇし、戦線に大きな影響は今後も士気以外じゃ及ぼさねぇだろ。むしろ、魔王の敵討ちだって盛り上がってるヤツだっているんじゃねぇか?」
「そ、んな……」
動揺を隠せないルウに対して、平然とした様子で現実を説明するシュタイン。
その説明はとても理路整然としたもので、ルウは理解を示さざるを得ない。
戦いは、未だ続いている。魔王がいなくなった、この世界においても。
(じゃあ、ボクは……ボク達は、何のために……魔王を、倒して……)
たとえ、事実に納得ができなかったとしても。
「……お前まさか、魔王を倒せば戦いは終わる、とか言われて
ルウが震えている様子を見て、シュタインは大体のことを察したらしい。
コクン、とどうにかルウが首を縦に振って肯定の意を示すと、シュタインは苦虫を噛み潰したような表情に変わる。
「勇者を嘘で丸め込むなんてな……こいつを単騎で魔族領に特攻させたこともそうだが、随分と酷いことを考えやがるもんだな、ニンゲンってやつは」
「……………」
その言葉と表情には、嫌悪感がありありと滲み出ていた。
シュタインのその言葉のおかげで、ルウは自分が王様に騙されていたことを、ようやく理解して、俯く。
ただ、理解はできても、やはりそのことに対する怒りの感情は、湧いてこなかった。
シュタインのように王様を憎んだり不快に思うぐらいは、あってもいいはずなのに。
「でも、ある意味ちょうどいいだろ。ニンゲンはお前を騙して、死んでもおかしくないような真似をさせた挙げ句ホントに死なせちまったんだ。だったら、そいつらに対する義理立てなんか必要ねー。お前、
「………………」
俯いて黙ったままのルウに、平静を取り戻したのか少し表情を柔らかくしたシュタインが淡々とした様子で言葉を続けた。
――――要するに、”ニンゲンを裏切れ”と。
今まではどんな形であれ自分の味方だった存在に剣を向けろと、そういう提案だ。
シュタインの軽い口調からは考えられないほどに、ルウの今後の身の振り方に関わる、重大な提案だった。
(忘れそうに、なってたけど……この子は魔族、なんだよね……)
それも四天王の一人であるエルの下についている存在で……当然、
当たり前の事実が今更ながらに実感できて、ルウは痛む胸をギュッと抑える。
(でも……この子が言っていることは、分かる……それは、一番手っ取り早い手段だ……)
しかしそのシュタインのあまり感情的でない物言いのおかげで、皮肉にもルウは少しだけ落ち着きを取り戻すことができた。
シュタインの提案には、人間に裏切られ殺されてしまった自分への気遣い、という側面があるとルウは思う。この子は倫理や道徳への頓着は薄そうだが、それでも言葉の節々に面倒見の良さや優しさが感じられると、そう思うのだ。
だから、彼は感情に訴えかけているのではなく、論理的に言っているのだろう……もし人間に怒りを感じているなら遠慮をする必要はない、と。
その気持ちは、素直に嬉しい。
嬉しいけれども……そのまま受け取ることは、ルウにはできなかった。
「その、それは……でき、ないよ……」
「あぁん? 元はニンゲンだったから、斬るなんてできませんってか? はっ、昔のお前がどうあれ、今のお前は魔族の一人なんだから、躊躇することなんて……」
「ち、違うんだ。そうじゃ、なくて……」
酷い目にあった怒りがルウの中に存在しない。
そういった理由もあったが、何より。
「ボクの中に……もう、『聖剣』はない、んだ。だから、それは……今のボクには、出来なくて……」
ただの事実として、不可能な理由が厳然と存在していた。
「……なんだと?」
初めて聞く情報に眉をひそめるシュタインに、ルウは説明をした。
かつての自分は教会で女神の加護を受け取ってから、『聖剣』を念じればいつでも取り出せたということ。
しかしこのベッドで初めて目覚めた時、聖剣を取り出そうとしたらできなかったこと。
勇者になった時から体内にずっとあった聖剣の反応が、今は感じられないこと――――
説明を聞き終えたシュタインは、彼にしては珍しく青ざめた表情になっていた。
「……マジか。下手したらボク様、お前が目を覚ますと同時に死んでたのかもしれなかったのかよ……こわっ……」
「ご、ごめんっ! あの時はまだ、何も知らなかったから……」
「ま、まぁ、結果的には死んでねーから、いいけどよぉ……それより、だ」
頭を下げるルウに、シュタインは一度ブルリと盛大に全身を震わせた。冷静で理知的なシュタインであっても、死の恐怖というのは変わらないらしい。
とはいえシュタインは、切り替えがしっかりできるタイプらしい。一度ブルブルと大きく頭を横に震わせると、表情と共に話題を元に戻した。
「『聖剣』がねーから、勇者ん時ほど今のオマエが強くねーってのは理解した。けど、いま大事なのはそこじゃねー。剣なんて代わりを使えばいいし、なかったら魔法でも使えばいい。『聖剣』なんてなかろーが、魔王を倒すほど戦いの経験があるオマエが戦場に出りゃ、それだけで戦功なんていくらでも……」
「あ、え、えっと……それ、なんだけど……」
やはりシュタインは聡明なようで、ルウの言葉に穴があることなどすぐに気がついた。そして、返ってくる指摘もまたとても的確だ。
しかしルウは、その発言にも割って入る。とても大事な前提を、共有できていないことがわかったからだ。
「ボク、戦闘の時は、その……ずっと、『聖剣』に体を貸してた状態だったんだ。だから、聖剣がないと、ボクは戦えなくて……」
「………………はぁっ!?」
今度こそシュタインは、飛び上がりそうなぐらいの剣幕で驚いた。
「せ、『聖剣』には……勇者がどんな人間でも、戦えるようにする、力があるって。そう、教会の人から、教わったんだ……ぼ、ボクも。剣なんて、それまで握ったことも、なくて……でも。聖剣を握ったら、途端に体が勝手に動いて……ま、魔族の方たちを、この手で……」
思い出すだけで自分のしたことが恐ろしくなってきて、ルウの声は震えてくる。
『聖剣』を呼び出した時の、体中が温かい光に包まれるような、心地よい感覚。しかしその温かさは『勇者』から体の自由の一切を奪い、目の前の魔族を斬り殺す殺戮兵器に仕立て上げるためのもので。
一度『聖剣』を喚んだらあとは、ルウは窓から外の景色を眺めるように魔族の死体の山ができあがる過程を見せつけられるだけで……そんな記憶を魔族であるシュタインの前で思い出すのは、たとえ過去のことであってもいたたまれない心地だった。
「なんじゃそりゃ……そんな高精度で生きてる人間を操る魔術なんざ、ボク様も聞いたことねぇぞ……」
シュタインは、声をわなわなと震わせて目を見開いていた。
ただ、幸いと言っていいのかは分からないが。シュタインにとっての関心はもっぱら、ルウがかつて魔族を手にかけたという事実よりも、聞いたことのない魔術の存在の方に向けられているようだった。
そういえばこの子は勇者ということは知っていたし、自分が魔族を手にかけた存在ということについてはある程度折り合いがついている、ということなのだろうか。
「だ、だから、今のボクは……元勇者と言っても、戦力にはなれないんだよ……勇者にとっての全てである『聖剣』は、もうないから……」
「なるほどな……そういう事情だったら、理解はできる……」
ルウが出した結論に対してシュタインは、ブツブツと小さく何かを呟いていたが、やがて大人しくなった。
まだ疑問は残っているようだが、とりあえずルウが魔王軍の兵士として戦うという線はナシということで納得してくれたようだ。
人間を斬り殺すような事態にならなくて、ルウは安堵のため息をつく。
そして、人を殺さなくて済むことに
(……ボクは、やっぱり。一度殺されたからって……人間を殺したい訳じゃ、ない……)
自分が魔族になったからと言って、簡単に価値観がひっくり返ったりはしないのだろう。
それが良いことなのか悪いことなのかは、今のルウには分からなかったが。
「しょーじき、ボク様は半信半疑だが……ただまぁ、『勇者』ってのはこの世界を見守る女神とやらに選ばれた存在らしいしな。とりあえず、お前の発言は信用する」
「ご、ごめんね。せっかく、提案してくれたのに……」
それはそうと、せっかくの提案を蹴ってしまったことが、ルウには申し訳なくてしょうがなかった。
恐縮した姿勢で頭を下げるルウに、シュタインはきょとんとした表情で返事する。
「何言ってんだ? 今の情報だけでも
「あ……そ、そっか……そうだよね……」
言われてみて、ルウも気付く。
人間と戦争状態にある魔族にとっては、人間から話を聞くことができるというだけで価値があることなのだ。ましてや、それが勇者という、人間の中でも飛び抜けた脅威である存在からの話であるなら、尚更。
「勇者の戦闘力が当人の実力とは関係ねーってんなら、また次の勇者が出てきた時にはその『聖剣』を引き剥がすってのも戦闘手段になるかもしんねーな。もちろん前例がねーから簡単にはいかないだろうが、その体を操る力が魔力由来なら経路を辿ればもしかして……」
シュタインは下を向いて、ブツブツと何かを呟き始めている。少しでも彼の知的好奇心を満たせたのならば、それは役立つことができた何よりの証左だろう。
(……………。でも、それは…………)
しかし、ルウの顔は、どこか晴れない。
偶然とはいえ役立つことができたのに、その結果に満足はしきれなかった。
(それは、元勇者が役立っただけで……
元勇者であれば、それは自分ではなくて良いのではないか。そんな思いが、ルウに現状を素直に喜べなくさせてしまっていた。
(……やっぱり、こういう形じゃなくて。エル様に、何かしてあげたい。ボクを今、この場所に置いてくれているのは……エル様、だから……)
エルの顔を、ルウは思い出す。表情はあまり動かなかったけれど、端正な顔だちをしていた吸血鬼。
リハビリが終わったら、お礼に何かをしよう。何をするかはまだ、思いつかないけど……
そう気持ちを新たにした時、ふとルウはひとつ、タイミングをすっかり逃してしまっていたもう一つの質問したいことがあることに気がついた。
「やー、質問に答えるつもりが、逆にこっちが面白い話を聞いちまったなぁ。んで、質問は終わりか? 正直ボク様、今の話を基にした研究をしたくなってきたんだけど」
「あ、ご、ごめん……あと、もう一個だけ、いいかな……」
今にも立ち上がって本当に部屋を出ていきそうな雰囲気になってしまったシュタインを、慌ててルウは呼び止める。
なんだよー、せめて一個だけにしてくれよー? と文句を溢しながらもこちらへ姿勢を向き直したシュタインに、ルウは最後の質問を投げかけた。
「ここって、何の建物なの? 魔族領にある高い建造物なのは、窓から見た時にわかったけど……」
先ほど、メーチェとリハビリで部屋の中を歩き回っていた時のことだ。
ベッドの側にあった窓の側に寄る機会があったので、その際にルウは窓から下を覗いてみたのだ。
そこから見えたのは、下側に中庭と思しき草木と花に囲まれた十字の通路と、十字の中央に存在する東屋。そして中庭をぐるりと囲むように四方に建造された壁と、窓の数々。
ぱっと見は貴族の屋敷か何かであるように見えたのだが、それにしては窓を数えてみたら現在自分のいる部屋は四階に相当する高さだった。人間領で、四階もの高さを持つ貴族の屋敷というものを、ルウはそうそう知らない。とすると、この建物は何なのか……いまいち、想像することができなかった。
その時に隣にいた(ルウの身体を支えてくれていたので、それこそ物理的に)メーチェに聞けば良かったのだが、彼女はリハビリの歩行作業に集中していたので、関係ない話を振るのも失礼かと思い。そのまま聞きそびれて、今に至ったのである。
「んー? あぁ、そういやお前、ここに運び込まれた時はまだ死んでたんだっけか」
そりゃわかるわけねーよな、と納得して、シュタインはあっさりと答えた。
「ここは四天王であるエルドラドが率いている『魔王軍第三部隊』、そこに所属する兵士たちが駐屯している古城だ。今はエルドラドが城主として治めているから、さしずめ“吸血鬼城”ってところだな」
「吸血鬼、城……」
口にしてみて、その言葉が持つ厳かな雰囲気にルウは気圧されそうになった。
つまり、自分がいるのは、魔族の根城————人間との戦いにおける、重大な軍事拠点の一つに身を置かせてもらっているのだ。
きっと下の階では魔族の兵士が行き交い、人間との戦いの準備を今もしているのだろう。
(そんな場所で……勇者の力がなくて戦うことのできない自分に、出来ることなんて……あるのかな……?)
蘇らせてもらった恩を返すことが本当にできるか、不安になって胸を抑えるルウ。
シュタインはとっくにルウに背を向けていて、彼女の様子に気がつくことはないまま部屋から立ち去っていくのだった。