今回は少し長めなので楽しんでいただけると幸いです。
「……ベアトリーチェの奴め、よほど力に飢えている様だな」
アリウススクワッドの面々を鍛えながら、ミサキとヒヨリに協力して貰いコーラル探知機を可能な限り広く設置して貰った。それから数ヶ月経ったものの、これといった反応はない。俺が恐れている様な事態にはなっていないのではないかと思い始めた頃、突如訓練場にやってきたベアトリーチェから手渡されたものが新たな頭痛の源になっている。
「アリウス全域を利用した大規模演習計画……ルールはなんでもありで当然、殺しも可能か」
奴には奴の目的がある事は察してはいるが、悪戯に兵を殺す様な演習になんの意味がある?
確かにキヴォトスの者達の耐久力は俺の常識から考えれば異次元ではあるが、決して死なないという訳ではない。いや、だからこそか。ベアトリーチェの目的には、他者を容赦なく殺せる人材以外必要ないと。
「ウォルター」
「錠前か。公示は見たな。作戦を考えるぞ」
「……あぁ」
顔色が悪いな。一先ず気が休む様にホットミルクでも淹れてやるべきか。俺の対面に座ろうとした錠前と入れ違う様に立ち上がり、キッチンへ。ホットミルクと一口サイズ毎に包まれているチョコレートを用意して運んで行く。
「凝り固まっていては有意義な作戦立案など出来ない。これでも飲め錠前」
「だが……」
「
錠前が何を望み俺のところに一人で足を運んだのかなど、考えるまでもなく明確だ。彼女は置かれている環境を考えれば信じられないほどに他者に優しく、そして自分を使い潰す自己犠牲の精神に満ちている稀有な人物だ。 ベアトリーチェによって作戦そのものを拒否する姿勢は見せない為、この状況でどうすれば良いか考え、俺の元に来たといったところだろう。
「ウォルター……だがそれは貴方の立場を悪くしてしまう」
「確かに今の俺の雇い主はベアトリーチェであり、雇われの身でもある。彼女の意向を汲むのが俺の役割だろう」
もしも俺の為すべき事がベアトリーチェの目指す先にあるのなら、不必要に立場を悪くする訳にはいかない。しかし奴が見ている先に俺の望む未来はないと改めて分かった以上、奴に黙って従うつもりはない。
「だが俺は悪戯に兵を使い潰す様な手段は気に入らん。それに兵のメンタルケアも俺の仕事だ」
ベアトリーチェの奴からすれば飼い犬に手を噛まれる様なものだが、ハンドラーとして言い訳は幾つも思い当たる。彼女達に理不尽が降り注がない様に俺だけの犠牲で収めるのが最善だな……それに錠前が一人で守ろうとしている子も気になる。
「ウォルター……貴方はなぜそこまで私達を気にかけてくれるんだ?」
「……仕事だからだ。錠前、俺が考えた作戦だが」
辞めてくれ。まるで父親でも見る様な無垢な子供の視線を俺に向けるのは……そんな資格は俺にはない。向けられるあまりにも無垢な視線が俺という男の罪を突き付けてくる様に感じ、逃げる様に話を本題へと進める。こんな事をしても何も変わらないというのに。
「観覧席か。まるでコロッセオの如き場所だな、ベアトリーチェ」
これから殺し合いをさせられる子供達とは打って変わり、優雅に支配者の顔をしながら寛ぐベアトリーチェを一瞥しながら、用意されている俺の席へと座る。ふむ、予想通り特殊な防弾ガラスで覆われたこの場所を撃ち貫くのは、いくらキヴォトスの者達と言えど難しそうだな。
「ハンドラー。貴方が育て上げた猟犬の腕前を、楽しませていただきますわ」
「……あぁ。存分に楽しむと良い」
集められたアリウスの生徒達は総勢二百名前後。部隊数で言えば凡そ、五十の部隊が命を賭けた殺し合いという名の演習に参加している事になる。そして俺とのアイコンタクトなどを封じる為か、アリウススクワッドは此処からは見えない場所に配置されていると、ヒヨリに装備させている発信機が告げていた。
ふと隣に誰かがやってくる気配を感じて視線を向ければ、そこには秤が仮面をつけた状態で俺を見上げている。
「心配か?」
「……」
「そうか。だが、信じてやれ。アイツらはきっと──笑える結果を残してくれる」
「……」
「参加出来なくて残念か? さすがに俺程度の権限では、大切に管理されているお前を参加させるのは無理だ」
「……」
「あぁ。戻ってきたらパーティをしよう」
「……ハンドラー。貴方はテレパシーでも使えるのですか?」
「俺はただの人間だ。そんな力はない」
確かに、秤はただ俺を見ているだけで声も手話もしていない。だが621達に比べれば、雰囲気が豊かな秤の考えている事を読み取るぐらい造作もない。
「そうですか……時間ですね。それでは初めの挨拶をワタクシから……この演習は来るべき聖戦の為の前準備です。貴女達が胸に秘める憎悪をより強く深く激らせ、銃を握りなさい。覚悟の一つも持てない様な弱者では、トリニティやゲヘナへの復讐は成し遂げられません。キヴォトスに捨て去られた貴女達だからこそ出来る強い憎悪こそが、持てる者達を引き摺り落とすために必要なのです! それ以外の余分は全て捨て去る様に」
イカれた教育だ。何処までも自由を奪う事にのみ徹底したベアトリーチェの恐怖政治はもはや洗脳の一種だ……恐れられるという一点ではミシガン、お前と同じだがこうも違うとはな。
「ハンドラー。貴方からは何か?」
「……そうだな。俺からは多くは言わん。勝て、それがお前達の意思を貫く手段だ」
この声がアリウススクワッドに届いていると信じてハンドラーとして命じる、勝てと。
打てる手は打った。あとはもう信じて待つだけだ。
「それでは始めましょう。アリウス大演習始め!」
ベアトリーチェの号令と共に一斉にアリウスの生徒達が動き始める。チラリと発信機の位置を確認すれば彼女達も作戦通り動いていた……急げよアリウススクワッド。この作戦は兎に角初動が大切だ。
演習場内の最も高い場所に彼女の姿はあった。いつも持ち運んでいる大きな鞄は所持しておらず、代わりに彼女の武器である対物ライフルがその背に物々しく存在感を発揮している。その重量を感じさせない足取りで素早く建物を登り切ると、肌で感じる風速から最適位置を算出し伏せるという一切無駄がない動きをみせる。
『まず作戦はこうだ。狙撃に優れるヒヨリが高台に陣取り、交戦を開始している者達を優先的に狙う』
「ふぅ……皆さん死ぬのは辛いですよね怖いですよね。だから私が眠らせてあげます」
彼女の持つ対物ライフルの有効射程は14.5mm弾を使用した際に2300mとされているが、実際のところ長距離狙撃で用いるには精度が甘いと言わざるを得ない。武器の仕様上対人向きではないため当たり前なのだが。
『ヒヨリ。お前は気弱ですぐに思考が悪い方へ向かい続ける。それなら絶対に外さないという自信がつくまで反復練習を徹底しろ。そして成果を必ず俺に見せろ。客観に基づく正当な評価をしてやる』
だからこそウォルターから、狙撃という一連の動作をこれでもかと叩き込まれた。少しずつ少しずつ距離を伸ばしていき、何度も何度も同じ動作だけを繰り返す日々。ヒヨリは逃げ出したくなる衝動に駆られたが、その度に帽子につけたワッペンを見つめ直し、その手に銃を握り続けた。
臆病なのは良い事だとウォルターは語る。過剰に自信満々になり伸び切ったプライドが邪魔をして、引き際を見失う事がないからと。事実、ヒヨリは何度練習を重ねても自身の腕に納得する事はなかった。
『良いぞヒヨリ。確実に精度が上がっている。この調子でいけ』
だが、そんな自身の成果をウォルターは褒め続けてくれた。だからこそヒヨリに迷いはない。
「──そこですね」
卑屈な狩人は確固たる自信と共に引き金を引きそして、見事に2000m先の生徒の頭にヒットさせ、一撃でその意識を奪い去る。
「次」
喜ぶ事なく次は先ほどの生徒と戦っていた者を撃ち抜く。
暫くそんな事を続けていれば、戦闘の術を仕込まれているアリウス生達も狙われていることに気づく。戦闘を中断し、弾道から位置を割り出す事で安全な物陰を見つけ出し隠れていく。
邪魔な狙撃手から排除すべきと判断した彼女達は、ヒヨリから射線の通らない場所を利用し彼女を倒そうと動き始める。
「作戦通りだねリーダー」
ヒヨリから800m程まで近付いた者達の遮蔽物が突然の爆発で吹き飛ばされ、慌てふためいたところをヒヨリの狙撃が一人一人丁寧に気絶させていく。それでも押さえきれない分は、ミサキがわざと直撃しない爆撃で吹き飛ばし、建物などにぶつける事で一纏めに気絶させていく。
ウォルターの猟犬になる事を一番に了承したミサキは最もウォルターの命令に忠実であり、言われた事を成し遂げるのが喜びとなっていた。その為、過酷な訓練を熟す事も厭わず、確実に積み上げられた実力は元より優れていた状況把握能力を更に引き上げていた。
「そこと……そこ。ヒヨリ、多分そろそろ背後から来るよ」
『は、はい。既に構えてあります』
「そ。なら良いけど」
周囲が爆発と悲鳴に満ちていても、ミサキは冷静だ。上手い事爆撃を抜けた者達を察知してヒヨリへ警告しつつ、更に隠れている者達を炙り出す作業も並行して続けていられる。
『どうしたミサキ? ……撫でて欲しい? ……分かった。来い』
これも全て自らの心の穴を埋めてくれる甘えても良い存在として、ウォルターが居てくれるからだ。精神的に不安定だった彼女に余裕が生まれれば、元々優れていた部分をより発揮できる様になるのは当然であった。
『戦線維持が限界だと判断したら、すぐに退け。そこからが錠前の仕事だ』
「……そろそろキツイかな。ヒヨリ、逃げるよ」
『はい!』
作戦通り、ヒヨリの狙撃とミサキの爆撃では限界が来るほどの生徒達が集まったところで、追跡者達を挑発する様に適度な攻撃をしながら撤退していく。
明らかに何かを誘っているのは丸わかりだが、此処で彼女達を倒さねばまた狙撃と爆撃の地獄が始まる事が明白。アリウスの生徒達はそのまま彼女達を追いかけていく──ウォルターとサオリの作戦通りに。
ピンっと何かが抜ける音。先頭を走っていたアリウスの生徒が聞き取って足を止めると、眼前に安全ピンが抜かれた手榴弾がいつの間にか転がっている。グレネード、と後方へ叫ぶ間もなく、腹部に感じた衝撃と共にその生徒は意識を手放す。
「まずは一人」
犯人はもちろん、アリウススクワッドのリーダー錠前サオリだ。ミサキとヒヨリが時間を稼いでいる間に、自分達のスタート地点周辺の者達をたった一人で打ち倒した彼女に疲れは微塵も見えず、先ほど転がしたグレネードから大量の煙が噴き出すとその姿は見えなくなる。
「二人……三人……四人……」
短い悲鳴と共に告げられる人数。煙幕の中という環境でそれは恐怖を掻き立てるものであり、たまらず煙幕の外へと逃げ出した生徒達を待っていたのはサオリが仕掛けた数々の罠であり、そこら中から悲鳴が響き渡る。
『この作戦の要は一見するとヒヨリにあるが、最も大切なのは錠前だ。お前にはたった一人で周辺の生徒達を倒して貰い、その後可能な限りの罠を仕掛けたキルゾーンを作ってもらう。出来るか?』
「成し遂げたぞウォルター」
向けられた信頼に報いる為、何よりも自身の立場を悪くさせる提案を受け入れてくれた彼への恩義の為。サオリはたった一人で、総勢50名余りの生徒を倒した上で、得意なゲリラ戦を行えるフィールドを作り上げた。
「…… Vanitas vanitatum et omnia vanitas.」
アリウスの校訓を呟くサオリは他の生徒達からすれば恐怖の象徴であり、煙幕が晴れた後に姿を見せるサオリと周囲で気絶している同胞達という光景にすっかり腰を抜かしてしまう──たった一人を除いて。
「例え……そうだとしても!」
「!」
全ての者達の心が折れていた。あまりにも熟達しているアリウススクワッドの腕前に、サオリの強さの前に。
そんな者達の前に折れぬ心持った小さな白い影が飛び出し、サオリへと襲いかかる。
「今ここで最善を尽くさない理由にはならない!」
白洲アズサ。
実はサオリが影で気にかけていた子であり、サオリは身に付けているマスクの下で笑みを浮かべる。まだアリウスの火は完全に潰えていなかった、自分の行いは無駄ではなかったと証明されたからだ。
「来いアズサ──訓練の時間だ」
言い方がウォルターに似ていたのは、きっと偶然ではないのだろう。
「なん……なんなのですかこれは!!ハンドラー、説明しなさい!!」
「望んだ結果にならなかったからと騒ぐな。みっともないぞベアトリーチェ」
ウォルターは涼しい顔でベアトリーチェの叫びを受け流しているが、彼女から溢れ出る殺気にも似た怒気は空間を震わせるほどのものであり秤アツコは完全に怯え切ってしまっている。
それもそうだろう。自らが使える駒としてアリウスの生徒達を仕立て上げる為、同胞にすら強い憎しみを抱ける様にこの演習を仕組んだのだ。蓋を開けてみれば、ハンドラー・ウォルターが育て上げたアリウススクワッドによって全員が気絶させられて終わったのである。
「ハンドラー!! 私は命を賭ける事も厭わない猟犬を育成しろと命じた筈です。なのに……なんなのですかこの結果は!!」
「見ていた筈だ。彼女達は立派に自分の命を賭け、自らの力でこの結果を手繰り寄せた」
「くっ……なるほど、それが貴方の主張という訳ですねハンドラー」
「何の事だか分からないが、俺は俺の仕事をするまでだ」
今ここで、ベアトリーチェがハンドラー・ウォルターを殺そうと思えば簡単に殺せる。ヘイローも持たず、足も不自由な老人一人を殺すなどベアトリーチェにとっては容易い事だ。しかし、それをすればどうなるか。彼女の優秀な脳は、怒りに支配され血が上った状態でも理解していた。
『アリウススクワッド』の全員が敵に回り、手段を選ばずに自身を殺しに来るだろうと。
たった一人でアリウスを恐怖で支配し地獄へと変えたベアトリーチェは、そういう感情の機微を見抜いていた。全ての生徒達を気絶させるなどという行為を何故、彼女らがこれ程までに完璧に熟したのか。
自分達の実力を示す事でハンドラー・ウォルターの有用性を訴え、安易な手を打たせない為だと。それ以外の個人的な理由もあるにせよ、ベアトリーチェはこの場でハンドラー・ウォルターを殺す事がどれだけ悪手か理解せざるを得なかった。
「……追って指示を出します。精々、身辺整理でもしておくんですね」
「ほぅ。それは楽しみだなベアトリーチェ」
立ち上がるハンドラー・ウォルターにはそれが精一杯の虚勢である事など分かりきっており、落ち着き払った態度で秤アツコの背を叩くと連れ添って外に出ようとし出入り口で立ち止まる。
「あぁ、そうだ。一つ要望があるのだが」
「……なんですか」
「最後まで戦っていた者を一人、アリウススクワッドに編入させるというものだ……確か名を白洲アズサと言ったか」
「……勝手にしてください」
「そうか。感謝するベアトリーチェ」
そして今度こそハンドラー・ウォルターは観覧席を出て行き、ベアトリーチェしか居なくなった部屋からは何かが壊れる音が響き渡ったという。
という訳でアズサ加入回みたいなことでした。
書きながら、ベアトリーチェとスネイルが重なって見えたのは気のせいだと思いたい。