「お前達も知っているとは思うが今日からアリウススクワッドに新人が入る。白洲、挨拶をしろ」
「分かった」
綺麗に整列した錠前達の前に一歩、白洲が前に出る。今日はベアトリーチェの狂ってるとしか思えない演習から二日が経ち通常の訓練を行う日だ。
錠前との接点がある以上、挨拶の必要性は低いが形式上は必要だろう。
「白洲アズサだ。サオリからは何度か手解きを受けている。ハンドラーが私の身を欲しがったという事で本日より参加する事になった。よろしく頼む」
「……は?欲しがったってどういう……ボス?まさか」
「違う。元々、俺はベアトリーチェの奴から反抗的な生徒を預かれという事でお前達を預かっている。これは業務の一端だ」
「そう。なら良いけど」
険しい表情を向けてきていたミサキとオロオロしつつも意味ありげな視線を向けていたヒヨリだったがすぐに元の調子に戻る。何かあれば今夜にでも来るだろう。今は思考を切り替え話を進めるとしよう。
「折角の機会だ。白洲には錠前を除いた三人の内、誰かと戦って貰う」
「力試しか?」
隣に立った俺を白洲が見上げる……程よく訓練された軍人の瞳をこんな子供がしているとはいや、今なお戦う術を教えている俺に何かを思う権利はない。
「そこからもう少し踏み込む。錠前、お前は白洲の指揮を執れ。俺も同じ様に対戦相手の指揮を執る。そして選ばれなかった二人は観戦し、各々何かしらの改善点を見つけて貰う」
接している感じ反抗的な態度は見受けられないが、心の奥底では分からない。俺に対する不平不満を白洲が抱えていた場合、作戦実行時に致命的な誤ちを起こしかねないだろう。
それを阻止し俺の価値を示す為にも錠前以外の相手と戦ってもらい、俺の教導を信じて貰う必要があるが今回はそれだけではなく、単純な訓練では得られない経験を積ませる。
アリウススクワッドのリーダーである錠前には指揮の経験を積ませ、選ばれた一人には個人での戦い方というものを想定する機会となり、選ばれなかった二人には戦いを外で眺める事によって得られる観察眼を鍛える……あの演習で一定の成果を示す事は出来た。ならば、あとは俺が居なくても戦える様にするのがハンドラーとしての役割だろう。
「誰か希望者はいるか?」
「……」
尋ねた瞬間、誰よりも早くピンッと手が上へと伸びていた。誰もが視線を彼女に向ける中、俺はその名を呼ぶ。
「お前はそうか。白洲は強いぞ、やれるな?秤」
「……うん。私だけあの時、戦えなかったから」
本来であれば強さを身に付ける必要はないが、秤はあの時戦えない事を悔しがっていた。ならばその機会をと思ってはいたが、ここまでやる気が高いとはな。
「サッちゃん。手を抜いたら私怒るからね」
「姫……分かった。私も全力で掛かるとしよう」
「うん。お願い」
懸念点だった錠前が手を抜く可能性もたった今、仮面を外した秤の表情を見た錠前が覚悟を決める事で解決した様だ。そのまま俺のすぐ側へと歩いてくる秤を身長差から見下ろすと彼女と目が合った。
「勝てたら一つ、お願いがある」
「分かった。俺に出来る範囲で聞き入れよう」
「ふふっ、即答してくれるんだねウォルターさん」
621にしている様に即答してしまったが、アイツらと違って感情がある彼女の願いを安易に聞き入れると答えるのは失敗だっただろうか。秤達は年頃の娘としてそれなりの欲もあるだろう……金が足りれば良いのだが。
『聞こえているな秤』
「うん。問題ないよウォルターさん」
右耳に付けたインカムから聞こえる心地の良い低音に少しだけ身を捩る。瞬間、その身震いすら心配されてしまったけれど彼の優しさに感謝しつつ何もないと告げ、愛銃を握り締める。
今日はペイント弾という事もあってマスクを着けていないから、視界が広いし珍しく晴れている青空を曇りなく見る事が出来てとても嬉しいけどあんまり気を抜き過ぎて、怪我をしてしまったらサッちゃんやウォルターさんがマダムに怒られちゃうから気を引き締めないとね。
『今回は白洲の力を見定めるのも重要な目的の一つだ。まず、お前には堂々と白洲の前に現れて貰い真正面から戦って貰う』
逃げも隠れもしない戦い方はどちらかと言えば、サッちゃんが得意だけど今回は敵だから私がやるしかないみたい。多分、誰が選ばれてもウォルターさんはこの戦い方をすると思うけどうん、私なら一番向いてると思う。ミサキちゃんの武器は大きいし、ヒヨリちゃんは狙撃だし……それでも一人で戦うのは少しだけ怖いな。
『お前ならやれる。そう思っていなければこんな作戦を立案していない』
「……ふっふふ!まるで見透かしてるみたいに欲しい言葉をくれるんだね」
『……揶揄うな。お前は自分を信じて戦え、それ以外は俺が指示する』
何ことのない様に言ってるけど、それだけ常日頃から私達の事に気を配ってるって言ってるのと同じだって気づいてないのかな?気づいてないんだろうなぁ……だから言ってあげない。言ったら、ウォルターさんの事だから二度と言わなくなっちゃうだろうし。
──でも守られる事が多い私だけでも『勝てる』って信じてくれてるんだね──
「それなら頑張らなきゃ」
アリウスで流れる風を心地よいと思ったのは初めての事かもしれない。サッちゃん達は良くしてくれるけど、それ以外の全ては私を閉じ込めるだけの大きな檻にしか思えなくて、晴れた日でも何処か息苦しさを感じていたけど今、この瞬間はずっと浴びていたい程に心地よい風だった。
だからこそ、その風に混ざってこちらに向かってくる敵意にも気が付けたんだと思う。
『来るぞ。準備しろ秤』
「──うん。もう出来てる」
サッちゃんが育てたという事もあって何処となく似ている体制で走ってくるアズサちゃんは、私と視線が合うと同時に勢いそのままに発砲する。
「なっ!?」
うん、よく見えるよウォルターさん。
『お前は戦う術を持ち合わせていないと思っているようだが、目と勘の鋭さは誰よりも優れている。鍛えれば相手の動きを先読みするぐらいは出来るだろう』
訓練でウォルターさんが見出した私の才能はちゃんと花開いたよ。
高速に映し出される数字を読み取ったり、投げられたボールに書かれたマークを見たり凄く大変だったけどお陰でアズサちゃんが引き金を引こうとする動きや、次に何処へ動き出そうとしているのかよく見える。
「真正面からってのが命令なら……こうしようか」
私の武器としても近距離の方が適しているしね。
腰につけたスモークグレネードを二個、アズサちゃんの予想される進路方向へと投げて一気に彼女へと詰め寄る。サッちゃんから指示が入ったのか右耳に手を当てながら、少し慌てた様子で煙の中から飛び出そうとするアズサちゃんをそのまま追いかけて突き出す様に銃を向ける。
「っと……足癖が悪いよ?」
「蹴らなきゃ負けていたからな!」
振り上げられた綺麗な足を避けてから改めて銃を向け直すと、ジグザグに動きながら下がっていくアズサちゃん。
「了解。作戦通りに後退する」
『錠前が得意なゲリラ戦だろう。付き合ってやれ秤』
微塵も私が敗北するとは思っていないウォルターさんの声に背中を押された私は、思わず笑みを浮かべながらインカムに触れているアズサちゃんを挑発するように態と当たらない位置へと射撃しながら追いかける。
「……姫、テンション高いね」
「で、ですね……ウォルターさんに何をヒェェ!」
「なに?私の顔見て悲鳴あげないでよヒヨリ」
なんだか観客席がうるさい気はするけど、今はとても気分が良いから気にしない!
『周囲を探査した。罠に気をつけろ』
「了解」
探査をして位置も分かっている筈なのに教えないって事は、これが私への課題なんだね。
サッちゃんと一緒に罠を仕掛ける訓練をしていた時の事を思い出しながら、地面の砂が不自然に盛り上がっている場所や色が違う場所、何かを括り付けられる場所や隠れ潜むのに向いている場所、そして何より違和感がないほどに完璧すぎる場所に目を通しそれらがないルートを駆け抜ける。
「これなら!」
完璧に見切った──その油断と共に首筋の辺りに焼け付くような気配を感じ反射的に伏せると先程まで頭があった場所に弾丸が通過していき、木の幹を色鮮やかに彩る。
「罠を回避すれば自然とルートが限られる……サオリの言っていた通りだ」
「ッッ、なるほど……流石はサッちゃんだ」
罠にかかればそれで良し。避けるのなら予測されるルートで待ち伏せすればどちらにしろ倒す事が出来ると……そして避けたと思ったところへの攻撃で動揺を誘い次の一手を遅らせ、確実に仕留める形へと持っていく。
冷静に分析してるフリなんてしているけど、今こうして考えている間にも飛んでくるアズサちゃんの攻撃をどうにか避けるのに必死で現状を打開する策が思いつかない。どうしよう……どうしよう……どうしよう……
『落ち着け秤。お前の勘の鋭さなら分かるはずだ。不測の事態を予測しろ』
彼の声がとても心地よく耳に染み渡ると共に心拍数が落ち着いていくのが分かると同時に大きく後方へと飛び退き、わざと仕掛けられていた罠を発動させる。
「ッッ!?」
「ここから先は全部、アドリブでいく」
取り囲む様に迫るペイント弾より高く、飛び上がって避けてから落ちた先に仕掛けられている罠を予測し着地すると同時に、走り抜けて威力の落とされた地雷原を駆け抜けアズサちゃんへと迫り、銃を構えると共に意識の外側へと捨てる様にスモークグレネードを放り投げる。
「しまっ──!」
射撃を警戒したアズサちゃんの視界いっぱいに真っ白な煙幕が広がり──その中でも問題なく見える私はアズサちゃんの後ろへと回り込み攻撃した。
「バンッ♪」
『──よくやった。お前の勝ちだ秤』
「……結果は上々だ」
錠前の作戦はよく練られていた。前もって考えていた可能性はあるが、例えそうであったとしても相手を確実に討ち取る算段を立てていたのは優秀と言える。何か加えるのであれば、ミサキが指摘していた様に想定していた作戦が崩れた後の立て直しを早急に計るべきであった事ぐらいだろう。白洲自身の動揺を上手く正せなかったのもあるが、勝ちを確信しているが故の隙を晒した。
ヒヨリも俺があえて指示を出さなかった罠への対処法を指摘していた。秤はあえて罠にかかり、自分諸共に相手を動揺させる作戦をとったがアレは秤自身の極めて高い勘の良さで成立する危険度の高い策だ。俺の指示を聞き、罠があると予測さた上での動きに変化したがそもそも安全圏への離脱を行うべきだ。
今回の戦いは双方、相手を倒さなければ終わらない以上白洲は自身の勝利が最も届きやすいあの領域を放棄する事はないのだから、逃げる素振りを見せて姿を現した所を狙うというのが安全であっただろう……だが、相手の策を真正面から叩き潰す様に動くというのは俺の価値を示すのには最適だったという事実はある。
「お願いがあるという事だったな秤。なんだ?」
他の者達が睡眠に入り、誰もいなくなった深夜の訓練場で秤と向かい合う。
「……ハンドラー。貴方の首輪を私にもかけて欲しい」
「……何故だ。これ以上、お前が縛られる必要はない筈だ」
「優しいね。でも勘違いをしているハンドラー、私は大切な場所を失いたくないから首輪を欲するの」
満月を背に秤の儚げに微笑む表情からは強い悲しみを感じられた。それは何か大切なものを失った者だけが浮かべられる独特なもので、
「私は本来ならアリウスの生徒会長になる筈の生まれ……でも、今はマダムがそれを担っている。実際に聞かされていた事はないけれど──」
言葉を区切った秤は足元に咲く小さな花に一度視線を落としてからもう一度、俺を見た。
その先に続けられる言葉に予想がつきながらも俺は止める事はせず、ただ黙って彼女を見つめた。それがきっとあいつの望んでいる事だろうから。
「──託される筈だった使命を受け取れなかった私に価値はないと思っていた。けど、貴方はこんな私でも信じてくれたから貴方が何かを成したいのならその手伝いがしたいと思ったの」
「それは──いや……」
反射的にその選択は茨の道だと告げようとして口を閉ざす。友人達の遺志を果たそうとし、ハウンズ達の命を託され今こうして生きている時間すらも621から託されものである俺がなにを言えるのだろうか。
秤の想いを冷静に大人として諭す?違う……そんな一般論で引き下がれるのであれば彼女はこうして俺の前に立っていないだろう『俺達』がそうであった様に。
「狡いとは思ってる。でも、お願いハンドラー」
そうか……だからお前は俺をハンドラーと呼ぶのだな。少しでも俺が苦しまぬ様にと。
「……俺には果たすべき託された遺志がある」
「うん」
「杞憂に終わればそれで良い。だが、終わらなければ最悪全てに火をつける事になるだろう」
「うん」
「それでもアツコ、お前は俺の猟犬である事を選ぶのか?」
ミサキやヒヨリにも渡しているワッペンを取り出し、アツコへと受け取ってくれるなという今更な願いを秘めながら差し出す。
「選ぶよハンドラー。それが秤アツコの果たすべき意志だから」
ワッペンを受け取るアツコの手はまるで燃えているかの様に熱く感じられた。
個人的に今の所のアリウス・ハウンズはミサキとヒヨリは葛藤しつつも、解放者ルートの様な選択を取りそうなのですが、このアツコは火ルート間違いなしになりましたね……こう当初は二人がハウンズだから私も!みたいなのを想像していたのですが、出来上がったものがコチラです。
全てはコーラルの導きのままに……