燃え残った男は澄み渡る青空の下で何を成す   作:マスターBT

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許して……許して……


自由意志の選択

「……確かトリニティだったか」

 

「あぁ。かつて、私達を追放した者達が作り上げた一つの楽園だ」

 

 楽園と呼ぶのは些か、誇大が過ぎる表現な気はするが視界に入る一つ一つの建物はアリウスのソレとは比べるまでもなく少々、俺にはキツイ甘い菓子の香りもアリウスで嗅ぐものではない為にあそこしか知らない錠前からすれば楽園というのも間違ってはいないのだろう。

 

「誰もが笑顔を浮かべている……やはり既に我々のことなど忘れられているのだな」

 

「……錠前」

 

「あぁ。分かっているハンドラー・ウォルター。今日はただの視察だ」

 

 もしも視線だけで他者を殺す手段があるのだとすれば、今の錠前の様な目を言うのだろうな。

 無闇に殺気をばら撒くのは余計な問題を呼ぶと注意するつもりだったが、彼女は感情を引き離す事が出来る為に名を呼ぶだけで収めてくれたが……やはりベアトリーチェの教育は根強いな。

 

「……俺が思えた事ではないか」

 

「ん?どうかしたか?」

 

「ただの独り言だ。錠前、お前ならどうする?」

 

 何処で耳があるか分からない以上、歩きながら具体的な名称を使う事なく問い掛ける。

 視線を路地裏や、学園のある方向に次々と向けているあたり俺の質問の意図はしっかりと伝わっている様で安心する……しかし、随分と見られているな。

 キヴォトスには俺の様な大人が居ない事は知っていたが、ただ歩くだけで四方八方から視線を集めてしまうとはな、いくら錠前の頼みと言えどトリニティへ直接足を運ぶのは間違いだったか。

 だが、アリウスで育った世間知らずを一人にするのはあまりにも危険があり過ぎる……俺が同行した際のデメリットは足のせいで逃げられない事だが錠前だけでも逃げられればあとは、俺自身の選択でどうとでもなる筈だ。

 

「……路地裏一つ見ても手入れが行き届いている。地下を使ったとしても長期的に潜むには向いていないだろうな。それに使える道も区画整理の影響でかなり学園から離れた場所しかない。となると、短期決戦……二時間以内に目標を達成するのが妥当だと考える」

 

「そうか。具体的なプランについては?」

 

「正義の目を惹きつける役割が必要だな。私かアズサが部隊長として陽動を担当し、敵の目を十分に集めたら隊長をしなかった方がミサキ達を率いて的を仕留める……単純だがこれが最適解だと私は思う」

 

「ふむ……そうだな、俺から言うべき事があるのなら目標が学園に留まってくれるとは限らん。セーフティーハウスの類があると見て良いだろう」

 

 三頭政治と言えば権力の分散が狙えて聞こえが良いと思うが、その実は恐らく権力争いの場となっているだろう。

 かのローマの帝国でも取られた政治手段ではあるが、一時バランスは保たれたものの些細なキッカケで崩れ去り暗殺と汚職の温床となったのだから。

 そんな状態になっていれば、間違いなくトップに位置する者達は信頼のおける者達しか知らない逃げ場所即ち、セーフティーハウスを用意していて当然と言えるだろう……子供の世界とは到底、思えない在り方だがキヴォトスではあり得ない話ではないだろうな。

 

「なるほど……」

 

「確実性を上げるのなら潜入調査だが……難しいな」

 

「……あぁ。ウチで育った者には此処は眩し過ぎる」

 

 羨ましい物を見る様な目を一瞬、浮かべる錠前を横目で見据えながらどうしたものかと考える。

 実行されるまではまだ何年かの猶予があるのは、戦力差から見て予想出来るが間違いなくベアトリーチェの奴はアリウスを利用しトリニティに何かしらの悪事を働こうとしている……そうでもなければ、俺の同行が許されるとも思えん。

 ……もしもベアトリーチェの策が成ればアリウスの者達は犯罪者として、キヴォトス共通の敵となりその結末は──考えるまでもない。

 

『うぉるたー……ごめん……』

 

「ッッ……」

 

 戦争に負けた者が辿る結末は等しく死だ。

 自分で選び取った納得のいく死であれば、俺が出来る事は何もない……だが、今のアリウススクワッドの者達は周りに流されるがまま自分の選択を持たずに死を迎える。

 

「……ん?」

 

「どうかしたか?錠前」

 

 思考の海に沈んでいて気が付かなかったが、いつの間にか錠前が立ち止まっており俺は数歩だけ進んだ先で振り返るが、俺の位置からでは光が反射しており彼女が何を見て立ち止まっているのかは全く見えず、声をかけたがすぐに動きはなかった。

 珍しいなと思いつつ、彼女の方へ歩き出そうとするとコンッと杖を突いた音で気がついたのか慌てて俺の横に並ぶ錠前。

 

「……何かあったか?」

 

「いや、なんでもない。それよりも疲れてないか?」

 

 話を逸らしにきたな……まぁ、俺に言えない事柄の一つや二つぐらいはあるだろう。

 

「そうだな。折角だ、休むとしよう」

 

「了解した」

 

 まるで先ほどまで自分が見ていた側へと行って欲しくないと言わんばかりに、俺の手を取り引っ張る錠前に少し落ち着けと注意をしながらされるがままになっていると、どうやら事前に調べていたのかそれなりに混んでいる喫茶店へと辿り着く。

 

「……拾った本に此処がお勧めだと書かれていた」

 

「そうか」

 

「ウォルターは……嫌ではなかったか?」

 

「量は食えないが、わざわざ調べてくれたのなら味わうぐらいは出来る」

 

「そうか!それは良かった……」

 

 タイミングが良かった様でちょうど席が空き、俺達は店員の犬に案内され席に着く。

 ……どれもこれもかなり甘そうだな。

 

「……♪」

 

 錠前が楽しそうにしているのならそれで良いと思うことにし、俺はメニューの中で一番甘くなさそうなあんみつを注文した。

 後でそれとなく店員に持ち帰りがないか聞くとしよう、恐らく他のスクワッドの面々も食べたがる筈だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美味いな……」

 

「俺には甘過ぎるが……やはり年頃の娘にはちょうど良いのだろうな」

 

 そう話すウォルターはあんみつを口に運ぶと、少しばかり顔を顰めつつ同じく注文していたお茶を飲むと眉間の皺が少しだけ減っていた。

 ……来るべき戦いに備えてマダムからトリニティを調査しろとの指令だったが、ウォルターを連れて来て正解だったな。

 こんな事でも少しくらいは彼の気分転換になると良いのだが。

 

 あぁ……やはり私は既にマダムへの忠誠心よりもこの人を優先してしまっている。

 

「ウォルターはもうお爺ちゃんだからな」

 

「……」

 

「ふ、ふふっ。すまない。怒らせてしまったか?」

 

「いや、まさかお前が揶揄ってくるとは思わなかった。良い傾向だ」

 

 思わず、ショートケーキを口に運ぶ手が止まってしまう……あぁ、全くこの人のこういう優しさに心が救われているのだな私もみんなも。

 よく見れば分かる程度に微笑むウォルターは、すぐに元の仏頂面へと戻ってしまうが先程の言葉も相まって彼がどれだけ私に心を砕いてくれているのか分かり、改めて口に運んだショートケーキの味が数倍美味しく感じられた。

 

「……ウォルターのお陰だ。こんな私達を単なる道具ではなく、一人の人間として扱ってくれる貴方の」

 

「……俺はそんな立派な人間ではない。お前達が成長しているだけだ」

 

「そうかもしれない。だが、この背景には貴方の姿がある。それを私は無意味にはしたくないんだ」

 

「……そうか」

 

 ウォルター、貴方が何か暗い過去を抱えていて親愛を示す私達を見る度に辛そうな表情を浮かべているのは知っている。

 けど、それでもこの気持ちを抑えられるほど私はまだ大人ではないんだ。

 

「アズサの件も含めて貴方には感謝しかない。改めて、ありがとうと言わせてくれ」

 

「……錠前、俺は──」

 

 ウォルターが何かを言おうとした瞬間、彼の持つ携帯が振動し着信を伝える。

 彼の向けて来た視線に頷くと彼は携帯を手に取り、店の外へと出て行った……ヒヨリ、多分お土産の催促だろうな。

 

「全くアイツは……甘えられる大人を見つけたと言えるのは良いことか」

 

 放っておけば自分で命を断つ行為を辞められないミサキも、この前よく月が見える晩に高所でウォルターと一緒に話をしていたしヒヨリは相変わらず、ウォルターの自室に入り浸ってお菓子を強請っている。

 姫も難しい顔をしているウォルターの眉間を物理的に揉んで和ませていたし、アズサも他の三人に比べればまだまだだが戦術を自発的に聴きに行くぐらいは気を許していた。

 

「彼が来る前のアリウスでは考えられない光景だな」

 

 店の外を見ればトリニティの生徒達は誰もが笑顔で歩いてそれを許せないと思う気持ちは確かにある。

 だが、同時に彼女達の笑顔を思い出しそんなつまらない感情は消えていく。

 

「……そうだな。私も覚悟を決めよう」

 

 トリニティをこの目で見て以前から感じていた想いに間違いはないのだと確信を得た。

 私は他ならぬ私自身の選択で──

 

「錠前。眉間に皺が寄っているぞ。どうかしたか?」

 

「っあ、いやなんでもない。それより通話は終わったのか?」

 

「あぁ。ヒヨリから土産の要求だった」

 

「アイツらしいな。ん?まさかもう買って来たのか?」

 

 ヒヨリが好む様なお土産であれば、随分と小さい様な気がするのだが──って、小さな袋を私に差し出して来た?

 

「これは……ッッ!?」

 

 ウォルター……貴方という人はどこまで優しいんだ?

 

「ヒヨリからの連絡で外に出たからな。ついでに買って来たものだ。次からは欲しければすぐに言え、それぐらいの余裕はある」

 

「……ッッ……あぁ……そうさせて、もらおう……ウォルター……」

 

 ──綺麗だと思ったが私には似合わないと判断し、諦めた色鮮やかなコスメ一式をギュッと抱える。

 嬉しくて溢れる涙をウォルターは何も言わずに、無視してくれたが老齢の男性の前で私が泣いている絵面は怪しかった様で店員に声をかけられてしまったのだが。

 

「誕生日プレゼントに感極まってしまった様だ。放っておいてくれると助かる」

 

 ウォルターのその一言で私を見る店員の目が生易しい視線へと変わったのだけは少しだけウォルターを責めたくなった。

 

 

 

 

 そしてトリニティ調査の全てが終わり、アリウスへと戻る道中に私はそっと前を歩くウォルターの裾を握り引き止める。

 

「どうかしたか?錠前」

 

「……ふぅぅ……ハンドラー・ウォルター。私から頼みが一つある」

 

「……なんだ」

 

 心臓が高鳴る。

 初めて抱いたいや、かつては抱き失いつつあった己の自由意志で選び取った選択を私はウォルターに告げる。

 

「私と共にアリウスを、今のアリウス分校を壊して欲しい」

 

 ──もう私はベアトリーチェの駒では居られない。




不定期の極みだけど、コーラルが脳内で自己増殖したらまた更新するね。
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