コーラルの井戸の底で   作:WhatSoon

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#10 海越え

ベリウス北部。

そこには『ウォッチポイント・デルタ』と呼ばれる施設が存在している。

 

半世紀前、ルビコン調査技研によって建設され、現在は惑星封鎖機構によって占拠されている施設だ。

ウォッチポイント……という名前の通り、コーラルの集積状況を『観測』する為の施設であり、地中に眠る集積コーラルを調査する役目を担っている。

 

……いや、それだけではない。

地上に漏れ出すコーラルを抑えて止める役割を持っている。

所謂、無限に湧き出るコーラルに対する(バルブ)としての役割を持っている。

 

この施設は惑星封鎖機構も重要視しており、企業の手には渡せないと強固な防衛を敷いている。

 

 

だが、ある夜。

 

 

そんな施設が、たった一人の独立傭兵によって襲撃され──

 

 

コーラルが、爆ぜた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「……おはよう、ございます。ラスティ」

 

 

声を掛けられ、ブリーフィングルームのドアを見れば……寝ぼけた目を擦るセラの姿があった。

 

 

「どうかしたのか?寝不足のようだが……」

 

「……いえ、昨晩、その……沢山、声が聞こえて……」

 

「声?」

 

「はい……私にも、よく分からないのですが……」

 

 

要領を得ない言葉に疑問が湧き……直後、これから共有する予定だった情報を思い出した。

 

 

「なるほど、これから話す内容に関連する話かもしれないな。兎に角、座ってくれ。立っていても辛いだろう」

 

「はい……すみません」

 

 

ふらふらとセラが椅子に座った。

タブレットを操作し、プロジェクターに資料を写す。

 

 

「昨晩、戦ゆ……独立傭兵『レイヴン』によって『ウォッチポイント』が襲撃された」

 

「……ウォッチポイント、ですか?」

 

「技研の作った古臭いコーラル調査施設だな」

 

 

セラが頷いた。

私は新たな資料を提示する。

昨晩、アーキバスの観測施設によって撮られた映像だ。

 

赤い光が地表から伸びて、空に広がっている様子が映っている。

 

 

「これは……」

 

「彼は『ウォッチポイント』の観測機械(センシングデバイス)を破壊し、コーラルを地表に解き放った。故意か事故かは分からないが……コーラルが逆流し、小規模な局所爆発も観測された」

 

「……コーラルが」

 

 

セラが食い付くように映像を見ていた。

彼女の身体にはコーラルが組み込まれている。

旧世代の強化人間の数倍のコーラル濃度だ。

 

……コーラルに対する特質性の研究は、まだ完全とは言い難い。

大規模なコーラルの放出によって、幻聴が聞こえても……影響がないとは言い切れない。

 

 

「局所爆発によって発生した不活性コーラル……そこには、一定の指向性があった」

 

 

惑星ルビコンの地図を表示する。

そこには大きな矢印が描かれていた。

 

 

「コーラルには、より大きな群体に集まろうとする性質があるらしい……そして、これは逆流したコーラルが『移動』している形跡だ」

 

 

私は矢印の始点と終点にポインターを置く。

 

 

「始点となっているのが『ウォッチポイント』で、終点は……アーレア海を越えた先、『中央氷原』だ」

 

「……つまり、海を越えた先のコーラルすら引き寄せる程に、膨大な集積コーラルが『中央氷原』に存在している……という事ですか?」

 

「そういう事だ」

 

 

展開された資料を見ながら、セラは少し難しい顔をしている。

 

……彼女には分かっているのだろう。

これは大きな争いの火種になると。

 

企業同士のコーラル争奪戦、そこに『宝の地図』が用意されたのだ。

そして、その宝は莫大な財だ。

 

 

「アーキバスは以前から『中央氷原』を調査していた。今回の件で調査規模を大きくするつもりだが──

 

「ベイラムが介入してくる恐れがあると……そういう事ですか?」

 

「そうだ。ベイラムは『中央氷原』への調査を進めていなかった。調査施設への襲撃、そして観測データの奪取が懸念されている」

 

 

戦友(レイヴン)が行った『ウォッチポイント』の襲撃。

それにより、ベイラムとアーキバスの争いは激化していくだろう。

 

コーラル争奪戦……それは先に大規模な集積コーラルに接触した側の勝利と言っていい。

 

コーラルは無限に近しいエネルギーを得られる貴重な資源だ。

企業に莫大な財を為す……例え、どんな手を使っても勝者を目指すだろう。

 

……醜い争いだ。

企業はルビコンを虐げ、貪る事しか考えていない。

そこに住む人々を、蔑ろにし──

 

 

「ラスティ?」

 

「……すまない。少し考え事をしていただけだ」

 

 

……握っていた拳を緩めて、セラに目を向ける。

 

 

「V.IX セラ、君に『中央氷原』のコーラル調査施設の防衛を任命された。アーキバス本社も、溜め込んだ観測データをベイラムに奪われるのは我慢ならないらしい」

 

「……分かりました」

 

「詳細を共有しよう。まず、ベイラムの襲撃を懸念して、出撃を急ぐ事になった。急にはなって悪いが、出撃日は二日後になる」

 

「……はい」

 

「だが、輸送ジェットの都合上、今からベリウス湾岸付近まで移動してくれ。それと──

 

 

そこから、今回の任務についての詳細を共有していく。

アーレア海を渡り、中央氷原での任務に『単独で』就く事……それを伝えた時、セラは少し表情を変えた。

 

 

「ラスティは来ないのですか?」

 

「あぁ、私には野暮用がある。それが片付き次第、君を追う形で向かおう」

 

「いつ頃、来られるのですか?」

 

 

当初の寝ぼけた様子は彼女に無く、少し焦るような素振りを見せていた。

理由が分からず、片眉を上げた。

 

 

「……いや、それは分からないが……恐らく、一ヶ月はかかるな。それがどうか──

 

 

ふと、セラに目を向ける。

……表情は虚無を表していた。

 

怒っている訳でもなければ、嘆いている訳でもない。

無表情だった。

 

慌てて、声をかける。

 

 

「どうかしたか?セラ」

 

「いえ……いえ、何でもありません。はい」

 

「……そうか?」

 

「そうです」

 

「…………それなら、良いのだが。話を戻そう」

 

 

何でもない事はないと思うが……無理に彼女から聞き出しても拙い。

結局、任務の詳細を伝え終わるまで、彼女の挙動はぎこちなくなっていた。

 

 

「……以上が『中央氷原ヒアルマー採掘場 防衛任務』の詳細だ。質問事項はあるか?」

 

「いえ、ありませんが──

 

「任務以外で話したい事があるのか……聞こう」

 

 

私はセラの上司兼、保護者だ。

彼女を保護した責任者として、悩みの解決にみ協力する必要がある。

……これは責務としてではなく、私個人としての話だ。

 

 

「でしたら、お願いがあるのですが」

 

「ああ、私にできる事なら何でも言ってくれ」

 

「腕を広げて下さい」

 

 

セラが立ち上がり、そんな事を言った。

 

 

「……こうか?」

 

 

私は困惑しつつ、腕を開くと──

 

 

ぎゅぅっと。

 

 

彼女に抱きつかれた。

 

 

「……セラ?」

 

「……すみません、少し、このままで……」

 

 

彼女の身体は少し震えていた。

……成程、彼女にとって私は親代わりのような物だ。

 

外見年齢では、それほど差は無いが……彼女は、養育ポッドで作られた存在だ。

見た目よりも精神年齢は幼い。

 

……それなら、少しぐらい、こうして抱き締められても良いだろう。

 

 

「…………」

 

 

長いような短いような時間、そうして抱きしめられ……セラが離れた。

 

 

「満足したか?」

 

「……はい。ありがとうございました、ラスティ」

 

「いや、良いさ。それぐらいなら、いつでもしよう」

 

「……いつでも、ですか」

 

 

ボソボソとセラが小声で呟き、私に視線を戻した。

 

 

「何とか頑張れそうです。ありがとうございました」

 

 

先程の無表情とは違う、笑みを浮かべていた。

彼女と出会った当初……彼女がこんな笑みを浮かべるとは思えないほど、感情の起伏が乏しかった。

 

態度も、思考も……人間らしくなった。

そう思えた。

 

だからこそ、そんな彼女に、こんな仕事をさせている事に……少し、罪悪感を感じてしまう。

 

 

「では、出撃の準備をしてきます。ラスティ」

 

「あぁ……君の武運を……いや、無事を祈るよ」

 

 

彼女が頭を下げて、ブリーフィングルームを出て行った。

……息を深く吐き、椅子に深く座り込む。

 

抱きしめられた時の感触を、今になって思い出していた。

 

 

「…………」

 

 

細かった。

だが、柔らかかった。

そして──

 

 

「……ふぅ、何を考えているんだ。私は」

 

 

頭を掻いて、足を投げ出した。

この仕事の都合上、異性と出会う機会は少ない。

 

だが、そんな事に気を取られている余裕は私にはない。

……いつも、心の奥底にあるのは私が『為すべき事』だ。

 

 

思考を切り替える。

 

 

独立傭兵『レイヴン』。

彼の技量は異常だ。

時代遅れのACで、アーキバス製の最新ACを相手できる。

単騎で惑星封鎖機構が警備している施設を破壊できる。

 

卓越された技量は、首席部隊長であるフロイトにも迫る。

そんな人間が何処かに与する事もなく、独立傭兵という立場を守っている。

 

……彼ならば、あるいは……『ルビコンの解放者』になり得るだろうか。

それとも『ルビコンの戦火』そのものになるか。

 

今はまだ分からない。

彼が何の為に戦っているのか……そして、どんな理由を背負っているのか。

 

彼の『背景』を知らなければならない。

 

 

「…………」

 

 

手を顎に当てる。

 

独立傭兵『レイヴン』は『ウォッチポイント』を襲撃した。

それはアーキバスからの依頼ではない。

ベイラムにも利点はないだろう。

 

ならば、何が目的か……集積コーラルに場所を特定する為だろうか。

しかし、それならばコーラルの性質について詳しい者が、彼の側に居るという事になる。

それも、アーキバスの研究者以上に詳しい者が。

 

 

「……ハンドラー・ウォルターか?」

 

 

戦友(レイヴン)』の代理人であるハンドラー・ウォルターについて、調べる必要があった。

 

……アーキバスでは彼の情報を見かけた事はない。

ルビコン解放戦線の……『帥叔』ミドル・フラットウェルに調査を依頼するか。

 

私は席を立ち、ブリーフィングルームを後にした。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

ロケットブースターを搭載した、中型の輸送ジェットの中……私はACに搭乗していた。

 

AC『トゥームストーン』。

名前は変わっていないし、外装のパーツも変わっていない。

 

しかし、ジェネレーターやレーザーライフルは最新型に変更されている。

それに合わせて、武装も変更されている。

 

そんなACのコックピットの中で、私は水を飲んでいた。

この身体は技研が作った、コーラルを組み込んだ生の義体だ。

人間の有する機能の殆どを再現している。

 

それが、何の為なのかは分からないが……技研の研究員の中に、人を作りたかった奴が居たのだろうか。

 

AC内部に、搭載されているジェットのメインカメラの映像を投射する。

赤く妬けた空が見える。

 

燃え残った同胞達が、上空で滞留している。

まるで川のように、コーラルが空の上で流れているのだ。

 

そんな赤い空を、私は見上げていた。

 

 

「…………」

 

 

対岸の中央氷原まで、後1時間程かかる。

こうして、空を楽しむのも悪くないだろう。

 

 

「……はぁ」

 

 

しかし……そうか。

ラスティが中央氷原に来るまで、一ヶ月もかかるのか。

 

コックピットの中で膝を抱える。

思い返せば、目覚めてから殆どの時を彼の側で過ごしていた。

 

そんな彼と一ヵ月も会えない。

たかが一ヵ月だが、されど一ヵ月だ。

 

……思っていたよりも、落ち込んでいる自分がいる事に驚いた。

技研の養育ポッドの中で、私は半世紀近く孤独で居た。

にも関わらず、たった一ヵ月の別離で寂しいと感じてしまっている。

 

 

「……私はそんなに弱い人間ではないつもり、でしたが」

 

 

そもそも純粋な意味で、人間ではないのだが。

これも彼等の感性を学習してしまった結果なのだろうか。

 

だとすれば、彼等に対する理解を深める事が出来たと喜ぶべきか……分からない。

 

そうして、コックピットの中で悶々としていると……頭上を、何かが通り過ぎた。

 

 

「……え?」

 

 

既に、姿は見えなくなっていた。

だが、確かに何かが通り過ぎた。

 

録画していた視界データを遡る。

そこに映っていたのは箱だった。

 

 

「……これは?」

 

 

ミサイル……ではない。

純粋な質量の塊が、慣性に従い宙を飛んでいった。

 

……コンテナ、のような箱のような何か。

書かれていた識別コードで検索すれば、情報が弾き出された。

 

 

「……大陸間運送用カーゴランチャー、ですか」

 

 

グリッド86に設置された、物資を運搬する為の装置……そこから射出された貨物用コンテナらしい。

グリッド86は超大型の建造ユニットであり、現在はならず者(ドーザー)達が住み着いているとの話だ。

 

彼等に大陸間運送用カーゴランチャーで輸送すべき物資などない筈だ。

 

そして、大陸間を移動する輸送装置など、惑星封鎖機構が警戒しない筈がない。

 

……何故、そんな物が射出されているのだろうか。

それも……集積コーラルの存在する『中央氷原』に。

 

 

「……嫌な予感がしますね」

 

 

私はコックピットの中で、姿勢を正した。

『中央氷原』に、戦火の気配を感じていた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

大きな音が響いた。

カーゴランチャーによって射出されたコンテナ……それが、『中央氷原』に着地した音だった。

 

 

『……レイヴン、起きてください』

 

 

脳内に響く、女の声。

それは、『ウォッチポイント』で発生したコーラルの奔流……そこに飲み込まれてから聞こえるようになった声だった。

 

彼女の名前は……『エア』と言う。

 

 

『カーゴランチャーは文字通り貨物(カーゴ)を運ぶ為の物です。やはり、最悪な乗り心地だったようですね。カーラも人を乗せるのは初めてだと言っていました』

 

 

コンテナが開き、ACが地面に降り立つ。

灰と雪が混じった大地を踏み締める。

 

 

『安心して下さい、レイヴン。……ウォルターの見立ては当たっています』

 

 

視界は悪い。

まるで全てを拒絶するかのように、吹雪いていた。

 

 

『コーラルは、この捨てられた極地のどこかに……眠っています』

 

 

半世紀以上前に廃墟となった建造物が、目に映る。

 

 

『さぁ。行きましょう、レイヴン。……私が、貴方をサポートしますから』

 

 

巨大な金属製の足が……一歩、進めた。

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