ベリウス北部。
そこには『ウォッチポイント・デルタ』と呼ばれる施設が存在している。
半世紀前、ルビコン調査技研によって建設され、現在は惑星封鎖機構によって占拠されている施設だ。
ウォッチポイント……という名前の通り、コーラルの集積状況を『観測』する為の施設であり、地中に眠る集積コーラルを調査する役目を担っている。
……いや、それだけではない。
地上に漏れ出すコーラルを抑えて止める役割を持っている。
所謂、無限に湧き出るコーラルに対する
この施設は惑星封鎖機構も重要視しており、企業の手には渡せないと強固な防衛を敷いている。
だが、ある夜。
そんな施設が、たった一人の独立傭兵によって襲撃され──
コーラルが、爆ぜた。
◇◆◇
「……おはよう、ございます。ラスティ」
声を掛けられ、ブリーフィングルームのドアを見れば……寝ぼけた目を擦るセラの姿があった。
「どうかしたのか?寝不足のようだが……」
「……いえ、昨晩、その……沢山、声が聞こえて……」
「声?」
「はい……私にも、よく分からないのですが……」
要領を得ない言葉に疑問が湧き……直後、これから共有する予定だった情報を思い出した。
「なるほど、これから話す内容に関連する話かもしれないな。兎に角、座ってくれ。立っていても辛いだろう」
「はい……すみません」
ふらふらとセラが椅子に座った。
タブレットを操作し、プロジェクターに資料を写す。
「昨晩、戦ゆ……独立傭兵『レイヴン』によって『ウォッチポイント』が襲撃された」
「……ウォッチポイント、ですか?」
「技研の作った古臭いコーラル調査施設だな」
セラが頷いた。
私は新たな資料を提示する。
昨晩、アーキバスの観測施設によって撮られた映像だ。
赤い光が地表から伸びて、空に広がっている様子が映っている。
「これは……」
「彼は『ウォッチポイント』の
「……コーラルが」
セラが食い付くように映像を見ていた。
彼女の身体にはコーラルが組み込まれている。
旧世代の強化人間の数倍のコーラル濃度だ。
……コーラルに対する特質性の研究は、まだ完全とは言い難い。
大規模なコーラルの放出によって、幻聴が聞こえても……影響がないとは言い切れない。
「局所爆発によって発生した不活性コーラル……そこには、一定の指向性があった」
惑星ルビコンの地図を表示する。
そこには大きな矢印が描かれていた。
「コーラルには、より大きな群体に集まろうとする性質があるらしい……そして、これは逆流したコーラルが『移動』している形跡だ」
私は矢印の始点と終点にポインターを置く。
「始点となっているのが『ウォッチポイント』で、終点は……アーレア海を越えた先、『中央氷原』だ」
「……つまり、海を越えた先のコーラルすら引き寄せる程に、膨大な集積コーラルが『中央氷原』に存在している……という事ですか?」
「そういう事だ」
展開された資料を見ながら、セラは少し難しい顔をしている。
……彼女には分かっているのだろう。
これは大きな争いの火種になると。
企業同士のコーラル争奪戦、そこに『宝の地図』が用意されたのだ。
そして、その宝は莫大な財だ。
「アーキバスは以前から『中央氷原』を調査していた。今回の件で調査規模を大きくするつもりだが──
「ベイラムが介入してくる恐れがあると……そういう事ですか?」
「そうだ。ベイラムは『中央氷原』への調査を進めていなかった。調査施設への襲撃、そして観測データの奪取が懸念されている」
それにより、ベイラムとアーキバスの争いは激化していくだろう。
コーラル争奪戦……それは先に大規模な集積コーラルに接触した側の勝利と言っていい。
コーラルは無限に近しいエネルギーを得られる貴重な資源だ。
企業に莫大な財を為す……例え、どんな手を使っても勝者を目指すだろう。
……醜い争いだ。
企業はルビコンを虐げ、貪る事しか考えていない。
そこに住む人々を、蔑ろにし──
「ラスティ?」
「……すまない。少し考え事をしていただけだ」
……握っていた拳を緩めて、セラに目を向ける。
「V.IX セラ、君に『中央氷原』のコーラル調査施設の防衛を任命された。アーキバス本社も、溜め込んだ観測データをベイラムに奪われるのは我慢ならないらしい」
「……分かりました」
「詳細を共有しよう。まず、ベイラムの襲撃を懸念して、出撃を急ぐ事になった。急にはなって悪いが、出撃日は二日後になる」
「……はい」
「だが、輸送ジェットの都合上、今からベリウス湾岸付近まで移動してくれ。それと──
そこから、今回の任務についての詳細を共有していく。
アーレア海を渡り、中央氷原での任務に『単独で』就く事……それを伝えた時、セラは少し表情を変えた。
「ラスティは来ないのですか?」
「あぁ、私には野暮用がある。それが片付き次第、君を追う形で向かおう」
「いつ頃、来られるのですか?」
当初の寝ぼけた様子は彼女に無く、少し焦るような素振りを見せていた。
理由が分からず、片眉を上げた。
「……いや、それは分からないが……恐らく、一ヶ月はかかるな。それがどうか──
ふと、セラに目を向ける。
……表情は虚無を表していた。
怒っている訳でもなければ、嘆いている訳でもない。
無表情だった。
慌てて、声をかける。
「どうかしたか?セラ」
「いえ……いえ、何でもありません。はい」
「……そうか?」
「そうです」
「…………それなら、良いのだが。話を戻そう」
何でもない事はないと思うが……無理に彼女から聞き出しても拙い。
結局、任務の詳細を伝え終わるまで、彼女の挙動はぎこちなくなっていた。
「……以上が『中央氷原ヒアルマー採掘場 防衛任務』の詳細だ。質問事項はあるか?」
「いえ、ありませんが──
「任務以外で話したい事があるのか……聞こう」
私はセラの上司兼、保護者だ。
彼女を保護した責任者として、悩みの解決にみ協力する必要がある。
……これは責務としてではなく、私個人としての話だ。
「でしたら、お願いがあるのですが」
「ああ、私にできる事なら何でも言ってくれ」
「腕を広げて下さい」
セラが立ち上がり、そんな事を言った。
「……こうか?」
私は困惑しつつ、腕を開くと──
ぎゅぅっと。
彼女に抱きつかれた。
「……セラ?」
「……すみません、少し、このままで……」
彼女の身体は少し震えていた。
……成程、彼女にとって私は親代わりのような物だ。
外見年齢では、それほど差は無いが……彼女は、養育ポッドで作られた存在だ。
見た目よりも精神年齢は幼い。
……それなら、少しぐらい、こうして抱き締められても良いだろう。
「…………」
長いような短いような時間、そうして抱きしめられ……セラが離れた。
「満足したか?」
「……はい。ありがとうございました、ラスティ」
「いや、良いさ。それぐらいなら、いつでもしよう」
「……いつでも、ですか」
ボソボソとセラが小声で呟き、私に視線を戻した。
「何とか頑張れそうです。ありがとうございました」
先程の無表情とは違う、笑みを浮かべていた。
彼女と出会った当初……彼女がこんな笑みを浮かべるとは思えないほど、感情の起伏が乏しかった。
態度も、思考も……人間らしくなった。
そう思えた。
だからこそ、そんな彼女に、こんな仕事をさせている事に……少し、罪悪感を感じてしまう。
「では、出撃の準備をしてきます。ラスティ」
「あぁ……君の武運を……いや、無事を祈るよ」
彼女が頭を下げて、ブリーフィングルームを出て行った。
……息を深く吐き、椅子に深く座り込む。
抱きしめられた時の感触を、今になって思い出していた。
「…………」
細かった。
だが、柔らかかった。
そして──
「……ふぅ、何を考えているんだ。私は」
頭を掻いて、足を投げ出した。
この仕事の都合上、異性と出会う機会は少ない。
だが、そんな事に気を取られている余裕は私にはない。
……いつも、心の奥底にあるのは私が『為すべき事』だ。
思考を切り替える。
独立傭兵『レイヴン』。
彼の技量は異常だ。
時代遅れのACで、アーキバス製の最新ACを相手できる。
単騎で惑星封鎖機構が警備している施設を破壊できる。
卓越された技量は、首席部隊長であるフロイトにも迫る。
そんな人間が何処かに与する事もなく、独立傭兵という立場を守っている。
……彼ならば、あるいは……『ルビコンの解放者』になり得るだろうか。
それとも『ルビコンの戦火』そのものになるか。
今はまだ分からない。
彼が何の為に戦っているのか……そして、どんな理由を背負っているのか。
彼の『背景』を知らなければならない。
「…………」
手を顎に当てる。
独立傭兵『レイヴン』は『ウォッチポイント』を襲撃した。
それはアーキバスからの依頼ではない。
ベイラムにも利点はないだろう。
ならば、何が目的か……集積コーラルに場所を特定する為だろうか。
しかし、それならばコーラルの性質について詳しい者が、彼の側に居るという事になる。
それも、アーキバスの研究者以上に詳しい者が。
「……ハンドラー・ウォルターか?」
『
……アーキバスでは彼の情報を見かけた事はない。
ルビコン解放戦線の……『帥叔』ミドル・フラットウェルに調査を依頼するか。
私は席を立ち、ブリーフィングルームを後にした。
◇◆◇
ロケットブースターを搭載した、中型の輸送ジェットの中……私はACに搭乗していた。
AC『トゥームストーン』。
名前は変わっていないし、外装のパーツも変わっていない。
しかし、ジェネレーターやレーザーライフルは最新型に変更されている。
それに合わせて、武装も変更されている。
そんなACのコックピットの中で、私は水を飲んでいた。
この身体は技研が作った、コーラルを組み込んだ生の義体だ。
人間の有する機能の殆どを再現している。
それが、何の為なのかは分からないが……技研の研究員の中に、人を作りたかった奴が居たのだろうか。
AC内部に、搭載されているジェットのメインカメラの映像を投射する。
赤く妬けた空が見える。
燃え残った同胞達が、上空で滞留している。
まるで川のように、コーラルが空の上で流れているのだ。
そんな赤い空を、私は見上げていた。
「…………」
対岸の中央氷原まで、後1時間程かかる。
こうして、空を楽しむのも悪くないだろう。
「……はぁ」
しかし……そうか。
ラスティが中央氷原に来るまで、一ヶ月もかかるのか。
コックピットの中で膝を抱える。
思い返せば、目覚めてから殆どの時を彼の側で過ごしていた。
そんな彼と一ヵ月も会えない。
たかが一ヵ月だが、されど一ヵ月だ。
……思っていたよりも、落ち込んでいる自分がいる事に驚いた。
技研の養育ポッドの中で、私は半世紀近く孤独で居た。
にも関わらず、たった一ヵ月の別離で寂しいと感じてしまっている。
「……私はそんなに弱い人間ではないつもり、でしたが」
そもそも純粋な意味で、人間ではないのだが。
これも彼等の感性を学習してしまった結果なのだろうか。
だとすれば、彼等に対する理解を深める事が出来たと喜ぶべきか……分からない。
そうして、コックピットの中で悶々としていると……頭上を、何かが通り過ぎた。
「……え?」
既に、姿は見えなくなっていた。
だが、確かに何かが通り過ぎた。
録画していた視界データを遡る。
そこに映っていたのは箱だった。
「……これは?」
ミサイル……ではない。
純粋な質量の塊が、慣性に従い宙を飛んでいった。
……コンテナ、のような箱のような何か。
書かれていた識別コードで検索すれば、情報が弾き出された。
「……大陸間運送用カーゴランチャー、ですか」
グリッド86に設置された、物資を運搬する為の装置……そこから射出された貨物用コンテナらしい。
グリッド86は超大型の建造ユニットであり、現在は
彼等に大陸間運送用カーゴランチャーで輸送すべき物資などない筈だ。
そして、大陸間を移動する輸送装置など、惑星封鎖機構が警戒しない筈がない。
……何故、そんな物が射出されているのだろうか。
それも……集積コーラルの存在する『中央氷原』に。
「……嫌な予感がしますね」
私はコックピットの中で、姿勢を正した。
『中央氷原』に、戦火の気配を感じていた。
◇◆◇
大きな音が響いた。
カーゴランチャーによって射出されたコンテナ……それが、『中央氷原』に着地した音だった。
『……レイヴン、起きてください』
脳内に響く、女の声。
それは、『ウォッチポイント』で発生したコーラルの奔流……そこに飲み込まれてから聞こえるようになった声だった。
彼女の名前は……『エア』と言う。
『カーゴランチャーは文字通り
コンテナが開き、ACが地面に降り立つ。
灰と雪が混じった大地を踏み締める。
『安心して下さい、レイヴン。……ウォルターの見立ては当たっています』
視界は悪い。
まるで全てを拒絶するかのように、吹雪いていた。
『コーラルは、この捨てられた極地のどこかに……眠っています』
半世紀以上前に廃墟となった建造物が、目に映る。
『さぁ。行きましょう、レイヴン。……私が、貴方をサポートしますから』
巨大な金属製の足が……一歩、進めた。