ここは『中央氷原』。
ヒアルマー採掘場……アーキバス調査キャンプ。
そこに到着した私は、調査員……そして、キャンプを防衛しているMT部隊から歓迎された。
彼等も昨今の事情、ベイラムからの襲撃を危惧していたのだろう。
ヴェスパーの番号付きという分かり易く強さが保証された助っ人に、安堵しているのだ。
私の小さな肩に責任が重くのしかかる。
初めて顔を合わせたMT部隊の隊長には驚かれてしまった。
華奢な女だったから……だろう。
だが彼等は侮る事もなく、女性隊員を呼び付けて、女性用の施設などを教えてくれた。
私はあまり気にしていないが、その思いやりは嬉しく感じていた。
良い人達だ。
そう思った。
キャンプでは連日、コーラルの採掘、そして調査が進められている。
それを横目に見ながらも、私は特に何もしない。
何もないという事は、良い事だ。
ベイラムからの襲撃がないという事だからだ。
決して短くない期間、穏やかな日々を享受していた。
だから、私は忘れてしまっていた。
このルビコンに於いて『平穏』など脆い物であるという事を。
「ベイラム傘下、
その日、ついに敵対企業からの襲撃が来た。
私はAC『トゥームストーン』に乗り、迎撃に出た。
この拠点を、ここに居る人々を守るために。
雪と灰の嵐を切り裂き、私はベイラム傘下、
そして、こちらが視認したという事は、相手も視認したという事だ。
『AC……?それも、ヴェスパー部隊の番号付きだと!?何故こんな場所に……!?」
……恐らく、彼等の情報は古かったのだ。
ここにヴェスパー部隊の番号付きが……私が来ている事を知らなかったのだ。
AC『トゥームストーン』の右腕の武装……アーキバス先進開発局によって作られた大型のレーザーライフルを構える。
狙いは、目前の重装甲四脚MT。
瞬間、光が弾けた。
レーザーハンドガンとは比べ物にならないエネルギーが、光と熱になってMTを貫いた。
一撃。
この成果は、武器だけが原因ではない。
……新型ジェネレーターのエネルギー変換効率の良さも原因だ。
レーザー兵器に対する変換効率が優れていれば、それだけジェネレーターの出力を武装へと直結できる。
威力の向上が狙えるという訳だ。
「これは……なるほど、使えますね」
首席隊長であるフロイトに装備させられたレーザーライフルとジェネレーターだったが、成程……やはりACに対する知識なら、ヴェスパーで彼に並ぶ者は居ないのだと実感した。
『撃て!砲身が焼けてもいい!撃ち続けろ!敵はAC一機だ!敵の増援が来る前に、アレを落とすんだ!」
「……増援なんて、気にしなくて良いですよ」
彼等は私一人で殲滅するから、だ。
私がこの調査キャンプで優遇されていたのは、こうして前線で戦う義務があるからだ。
命を賭けて先陣を切り、敵を殲滅する。
故に、それだけの報酬が割り当てられている。
だから、ここに援軍など来ない。
左腕にレーザーブレードを展開する。
光の刃が、波のように揺らぐ。
これはフロイトのAC『ロックスミス』と同様の装備だ。
光が機体よりも大きな刃を作り出している。
そして、その光熱の刃を横に薙ぎ払った。
レーザーブレードは中量級MTを貫き、小型MTを溶かした。
『ひっ──
断末魔を耳に、プラズマミサイルを散布する。
そして、ミサイルを回避した勘のいいMT乗りは……レーザーライフルで貫く。
ハンドガンと比べて装弾数は少ないが、ハンドガンなら撃墜に数発必要なところを、レーザーライフルならば一撃で撃墜できている。
結果的に消費は減っている。
命中させられるのであれば、継続戦闘能力に差はないだろう。
斬って、撃って、爆破して。
数分後、足元に
『システム。通常モードに移行します』
念の為にスキャンをかけるが、周りに動く気配はない。
争いで熱った身体を冷まそうと、息を深く吐く。
そして、通信回線を開き、調査キャンプの管制へと繋いだ。
「こちらV.IX セラです。MT部隊の迎撃が完了し──
『今……どこに……』
「……
『南……ACが……』
通信が途絶えた。
辛うじて耳に入ったのは、ACという単語。
「……まさか──
瞬間、私は地面を蹴った。
この
本命はACによる観測情報の奪取なのだろう。
失態だ。
良いように誘導されてしまった。
AC『トゥームストーン』のブースター、全てを点火する。
先程の通信相手……MT部隊の隊長は南部拠点での警備をしていた筈だ。
私は焦る気持ちを抑えず、ACを急加速させ──
「…………」
半壊した調査キャンプを目にしてしまった。
MTが破壊され、燃料タンクへ引火したのだろう。
施設の幾つかは大破しており、そこにいた人の形跡すら消してしまっている。
管制塔も、焼け落ちていた。
「…………」
私を出迎えてくれた青年が乗っていたMTが、焼け焦げていた。
私にシャワールームの使い方を教えてくれた女性が乗っていたMTのコックピットに、大きな穴が空いていた。
酒の場で調子に乗っていた男が乗っていたMTが、バラバラになって地面に転がっていた。
「……う、っ」
……ここは、戦場だ。
『中央氷原』は……いや惑星『ルビコン』は戦場なのだ。
嘆いている暇はなかった。
私はACを加速させ……仲間を殺した相手の元へ向かう。
そして──
MT部隊の隊長が乗っている、四脚の重装甲MT……いや、その『残骸』が崩れ落ちていた。
「……部隊長」
そのMTは足蹴にされていた。
視線を引き上げれば……RaDの開発したパーツを装備した、見覚えのあるACが立っていた。
右腕にアサルトライフル。
左腕にパイルバンカー。
右肩に二連装グレネードランチャー。
左肩にはミサイルポッド。
……泥のような色をしたACだ。
だが、その姿に……いや、そのコーラルの波形に見覚えがあった。
「……独立傭兵『レイヴン』」
何故、海を越えた先である『中央氷原』に居るのか……なんて疑問は、今は全て捨てる。
今はただ、目の前のACを破壊すること。
そして、このAC乗りを抹殺すること。
それだけを考えていた。
……分かっている。
私もベイラムや、
憎くて殺している訳ではない。
誰も彼もが己の為に、生きる為に他者を殺している。
目の前にいる『レイヴン』も同じだ。
立場が違うだけでしかない。
だから……怒るべきではない。
私情に流されるべきではない。
分かっている。
だが、しかし、それでも。
「やはり、貴方は──
今、目の前のACが私の……『アーキバス』の敵であるということ。
その事実に感謝せずにはいられなかった。
「私が、ここで殺します……!」
AC『トゥームストーン』が大地を蹴る。
灰と雪が、大地を跳ねた。
目の前で、AC『ローダー・フォー』の頭部カメラが光った。
◇◆◇
『ヴェスパー部隊の番号付きか……無視はできない。対処しろ、621』
耳に聞こえた飼い主……ハンドラー・ウォルターの声に従い、迫り来るACへ構える。
敵ACは青白くバーニアを光らせ、加速しつつ……その手の、大型のレーザーライフルを構えた。
自分の知っているアーキバスのレーザーライフルとは形状が違う。
警戒して、地を蹴り側面へクイック・ブーストを吐く。
瞬間、自分の居た場所に熱線が通った。
避けた先、背後の崖が溶解しいるのが見えた。
『レイヴン、警戒を。あの武装の出力……直撃すれば致命傷になります』
エアの声に同意しつつ、ミサイルポッドを展開する。
だが、発射はしない。
この動きに敵ACは警戒するような仕草を見せた。
一瞬、反応が遅れた。
それが狙いだ。
ブーストを吐く。
そして、片足で地面を踏み、もう片方の足は浮かせる。
片足を軸に回転しつつ、ミサイルを発射する。
ミサイルの発射先は敵ACの居る方向ではない。
しかし、ミサイルは敵ACへロックオンさせた。
結果、大きく横に逸れながら……回り込むように誘導する。
直後、地を蹴り、後ろに……敵ACからすれば左側に、バックブーストを吹いた。
敵ACがミサイルを目で追えば、逆方向から攻める。
そして、
擬似的な挟み撃ちになる。
連射力を落とし、火力を引き上げたアサルトライフルを放つ。
一撃でACは貫けないだろうが、それでもダメージは蓄積する筈だ。
しかし……敵ACはパルスバックラーを起動し、光の壁を作り出していた。
アサルトライフルの弾丸は防がれる。
だが、光の壁は前面だけだ。
背後からミサイルが直撃する筈──
瞬間、敵ACの全てのスラスターが噴射した。
青白い光をばら撒きながら、こちらに向かって急激に接近する。
ミサイルは……バーニアの熱に焼かれ、コントロールを乱していた。
直撃は期待できない。
そして敵ACの左腕から、光の刃が伸びていた。
レーザーブレード……以前装備していたレーザーダガーとは刃渡りが違う。
こちらもAC『ローダー・フォー』の左腕、パイルバンカーを構える。
ただし、薬莢による爆発は使用しない。
杭を突き出したまま固定し……迫り来る敵ACへ槍のように繰り出した。
敵ACは直前に避け……しかし、機体表面に傷を負った。
……クリーンヒットではない。
滑るようにすれ違い……レーザーの刃が迫り来る。
『レイヴン!防御を!』
瞬間、光の壁が、ACを纏うように生成された。
パルスアーマーだ。
これは別に、このAC独特の装備ではない。
OSのコア拡張機能であり、ジェネレーターのエネルギーを機体周辺に展開する電磁パルス防護壁だ。
エネルギーを大きく食う為、一度使えば当分は使えないが……出し惜しみできる相手ではないと、そう判断した。
レーザーブレードが、機体周辺に展開された防御壁を滑り……ダメージを無効化した。
『面倒な、事を……!』
接触した拍子に、相手の声が聞こえた。
しかし、公開回線を通じた声ではない。
何故か……声が目に見えた。
そして、その声にエアが反応した。
『今のは敵ACからの、声……?』
同時に、敵ACも反応した。
『……これはレイヴンの……!?いえ、別の──
困惑する二名の声を聞き流し、既に半壊している電磁パルス防御壁を敵ACにぶつけた。
相手を吹き飛ばし……防御壁は完全に霧散した。
仕切り直しだ。
ACが向き合う。
しかし、相手は警戒するように立ち回っている。
戦況は硬直している。
直後、エアの声が響く。
『レイヴン、敵AC乗りは……どうやら、何か普通ではないようです』
気付いていた。
敵AC乗り……確か、セラという名前の女は、エアに近しい存在だという事に。
しかし、それでも手を抜ける相手ではない。
実力もそうだが……ハンドラー・ウォルターの猟犬として、敵は排除しなければならない。
今、二機の間には距離がある。
アサルトライフルを、敵ACへ構えた。
◇◆◇
目の前の独立傭兵『レイヴン』を睨む。
先程、接触した瞬間……声が聞こえた。
アレは……私の同胞の声だ。
『レイヴン』は私と同様の、コーラルの大海に生じた歪みである
いや、違う。
もしそうならば、以前の接触時に気付いていた。
ならば……『ウォッチポイント』への襲撃時に、コーラルの本流に飲まれ、接触したのか。
私とは違う、別の
同胞の声が聞こえる旧世代型の強化人間……私達を理解し得る存在なのか。
「しかし──
排除すべきだ。
『レイヴン』は他のどんな人間よりもコーラルの本質に近付いた存在だ。
だが、この人間に信念はない。
ハンドラー・ウォルターの猟犬として振る舞っているに過ぎない。
彼は不安定な、危険因子だ。
生かしておくには……影響が、大き過ぎる。
彼を『戦友』と呼んでいるラスティには悪いが……ここで、殺さなければならない。
どんな手を使ってでも。
「……づ、っ」
脳の中で何かが弾ける音がする。
体内のコーラルが活性化されていくのを感じる。
感覚を、義体の外に広げる。
目に見える世界を遅くする。
私の本質を、拡張していく。
『レイヴン!敵ACから微量のコーラル反応!これはっ──
聴こえる。
接触していなくても、彼と交信しているコーラルの声が。
「貴方は……ここで、死んでください……『レイヴン』!」
AC『トゥームストーン』の
アラートが鳴り響く。
『機体制限解除。パイロットへの影響が懸念されます。ただちに制限を戻し──
通常、ACは人が乗る事を想定し、負荷が掛かり過ぎないように
だが、それを取り払った。
瞬間、構えた状態からブースターで急加速し……敵ACへ肉薄する。
『敵AC、急速接近!速度は先程の1.3倍です……!』
彼と交信している
瞬間、『レイヴン』は後方へ短くバックブーストを吐いた。
ミサイルをばら撒きながら、小刻みに左右へ動いている。
このまま直進すれば直撃するだろう。
だが、回避行動を取れば近付けはしない。
奴は私が回避行動を取るのを狙っている。
ブーストの硬直をアサルトライフルで射抜くつもりだろう。
ならば──
コーラルを活性化させた脳は、反射速度を数倍に引き上げていた。
身体を操る精度も、速度も。
私は──
機体を地面に滑らせ、ミサイルの中をすり抜けた。
瞬間、『レイヴン』から動揺するような感情が見えた。
迫り来るミサイルを回避する訳ではなく、その隙間を通る。
機体の動きが少しでも乱れたら、直撃していただろう。
針に糸を通すような精密さが要求されていた。
だが、今の私には容易い事だった。
この程度では足止めにもならない。
AC『トゥームストーン』の左腕、レーザーブレードの出力上限を解放し、刃の密度を上げる。
光が飽和し、鈍い振動音が空気を震わせる。
『レイヴン、退避を!あのACは──
レーザーブレードを逆袈裟で切り上げる。
『レイヴン』は更に後退し、間合いから抜けようとしている。
私はレーザーブレードで宙を割き──
直後、私はレーザーブレードの出力を切断しつつ、後ろにクイックブーストを吐いた。
レーザーブレードの光波は宙に取り残され──
光る斬撃が、弾き飛ばされた。
『ブレードの光波が……飛んだ?』
同胞と、独立傭兵『レイヴン』から感じる驚愕の色が更に濃くなった。
隙が見えた。
確実に、命中する!
そう感じた瞬間……敵AC『ローダー・フォー』は地面へ、グレネードランチャーを二発放った。
「なっ──
その距離では自身を巻き込む。
自殺行為に等しい行動だった。
だが、その目的は……反動と衝撃で機体を浮かせる事にあった。
想定外の出来事に、即座に対応する判断能力。
……まるで、V.I『フロイト』のような思考速度だ。
ただの独立傭兵の筈なのに、ヴェスパー部隊の主席隊長と比べてしまう程に……彼は異常だった。
だが──
パルスバックラーを起動しつつ、急加速する。
ミシリ、と軋む音がした。
ACからか、それとも私の身体からか。
いや、その両方だ。
無人機でしか叶わないような急加速に、『レイヴン』は反応出来ない。
反応しても、そのACでは動けないだろう。
パルスバックラーを展開したまま、敵AC『ローダー・フォー』に衝突した。
相手は姿勢が崩れている……受け止める事も出来ず、弾けた。
よろめいた所に、更にブーストを吹かせる。
『立て直して下さい!追撃、来ます!』
耳に焦る同胞の声が聞こえる。
つまりこれは……想定外のダメージだという事だ。
好機。
レーザーブレードは回路が焼き切れたのか、反応しない。
ならば、と蹴りを繰り出す。
敵AC『ローダー・フォー』に直撃し、地面へ落下させた。
灰や雪を巻き上げて、機体が地面を滑る。
私はAC『トゥームストーン』に装備されている、大型レーザーライフルを構えた。
まだ、敵ACの
これで、終わ──
ブ、ツゥ──
と鼻から血が垂れた。
急加速と急停止を繰り返した結果、強烈なGによって身体の機能が幾つか破損したのだろう。
視界が一瞬、ボヤけた。
……思考が──
「こ、のっ……!」
歯を食いしばり、目を見開く。
まだ、耐えられる。
そして、レーザーライフルを発射した。
だが、コンマ数秒の寄り道が、彼に回避する余裕を与えてしまった。
レーザーはACの横を通り過ぎ……真っ白な大地に着弾した。
雪が溶け、蒸発し、水蒸気が吹き上がる。
視界が不良となっている間に、『レイヴン』が姿勢を立て直していた。
だが、機体の損傷は隠せていない。
しかし、それはこちらもそうだ。
機械音声がコックピット内で鳴り響く。
『脚部関節、損傷甚大。AP 残り50%』
無理な加速、機体制限を越えた挙動の連続……負荷をかけてしまった関節が悲鳴をあげていた。
だが、まだ動く。
このACも──
「ぐ、ゔっ……」
私の身体も。
耐Gスーツに血が垂れている。
だが、思考はクリアだ。
呼吸を整え、レーザーライフルを構えて──
……音がする。
何か、異音がする。
拡張された聴覚に、何か大きな飛行物体が迫る音が──
「っ!?」
顔を上げれば……巨大な空中戦艦がこちらに接近していた。
「ぁ……惑星、封鎖機構……?」
だが、規模が今までとは違う。
大型の武装ヘリの何十倍もの大きさの要塞とも呼べる戦艦が……こちらに向かってきている。
それが……数えきれない程の数で──
これは、ルビコンを警備している
より上位の……執行部隊だ。
本来の封鎖圏内では運用されない過剰な戦力だ。
『ルビコンに不法侵入した全ての勢力に告ぐ』
公開回線、そして強襲戦艦外部のスピーカーから無感情な声が聞こえる。
『ただちに武装解除し、封鎖圏外へと退去せよ』
惑星封鎖機構はルビコンを食い荒らす企業同士の争い、そして不法侵入に業を煮やし、武力制圧による強制執行を行うつもり、なのか?
『これ以上の進駐は惑星封鎖機構に対する宣戦布告と見做し、例外なく排除対象とする』
強襲戦艦の下部から、MTとは異なる機体が射出された。
私は目前のACへ視線を戻す。
……今は『レイヴン』と戦っている場合ではないのだろう。
誰だって分かる話だ。
だが、それでも……しかし。
この、独立傭兵だけは──
「私が──
視界が点滅する。
拙い。
無理をした身体の、限界が──
限界を知らせる肉体の悲鳴を無視していた、その反動が身体を覆う。
身体を支える力が弱まっていく。
今、この瞬間に意識を失う訳には──
「く、ぁっ──
視界が、暗転し……目の前が真っ暗になった。