コーラルの井戸の底で   作:WhatSoon

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#12 ハンドラー

赤い海を漂う。

流れて、弾けて、混ざる。

 

同胞達(コーラル)の潮流の中に身を任せて……何もかも、溶けてしまいそうな感覚。

自身の自我が霧散しそうな──

 

……ダメだ。

私にはまだ、やる事がある。

知るべき事がある。

理解する必要がある。

 

ならば──

 

 

 

 

 

同胞達の下に帰るには、まだ早い。

 

 

 

 

 

目を、開く。

 

開けた瞳孔に光が飛び込み、視界が白く染まる。

少しずつ目が慣れて、景色が見えてくる。

 

あまり質の良くない金属製の病床に、私は寝転がっていた。

 

腕を動かせば、軋む音がした。

腕はベッドと繋がれ、拘束されている。

 

……気絶する前の記憶を遡る。

確か……アーキバスの調査キャンプで独立傭兵『レイヴン』と戦い……惑星封鎖機構の執行部隊が乱入し……そこから記憶がない。

 

 

「……()っ」

 

 

身体の奥が痛む。

……無理をさせすぎて、気を失ったという事か。

 

それなら……ここは何処だ?

ACの中で気を失った筈なのに、ここは……いや、誰が……?

 

 

脳裏に、一つ目のACが……独立傭兵『レイヴン』の姿が──

 

 

部屋の自動ドアが開いた。

腕を拘束されたまま、そちらに顔を向ける。

 

逆光の中に老人の姿があった。

寂れた、しかし覇気を……強い意志を感じる老人だ。

只者ではない。

 

 

「……目が覚めたようだな、V.IX(ヴェスパー・ナイン)

 

 

杖をついて、部屋に入ってきた。

そうして、私の寝ているベッドの横に立った。

 

……タイミングが良すぎる。

バイタルの監視でも行われていたのか……?

 

腕が拘束され、上半身を立たせられない都合上、見上げるような形になる。

威圧感を感じているのは、見上げているから……だけではないだろう。

 

 

「貴方、は……?」

 

 

掠れた声で、正体を問う。

長時間の気絶で、身体は硬く、目も喉も乾いている。

 

だが、そんな弱った私の姿を見ても、老人の表情は変わらなかった。

 

 

「俺はハンドラー・ウォルター……こうして顔を合わせるのは初めてになるな」

 

 

その名を聞いた瞬間、身が強張った。

 

 

「貴方が……」

 

 

手綱を握る者(ハンドラー)・ウォルター……独立傭兵『レイヴン』の代理人を名乗っていた男だ。

顔を合わすのは初めてだが、会話した事はあった。

 

 

「そう警戒しなくていい。今は敵対するつもりはない」

 

「…………」

 

 

疑いつつも、若干の安堵を気付かれないように隠す。

 

 

「気を失うまでの出来事は覚えているか」

 

「……貴方の猟犬に、私は──

 

「いや、その後だ」

 

 

私は頷いた。

 

 

「惑星封鎖機構の執行部隊が……不法進駐者を、強制排除すると……」

 

「そうだ。そこまで覚えているのなら、今の状況を説明しやすい」

 

 

ハンドラ・ウォルターがベッドの側の椅子へ腰を下ろした。

 

 

「惑星封鎖機構の強制執行。それに対抗する為、ベイラムとアーキバスは一時的に停戦協定を結んだ」

 

「……ベイラムと、アーキバスが……停戦協定を……?」

 

「争っている場合ではないと判断した……という訳だ」

 

「…………」

 

 

あの誰よりも何よりも仲の悪い二つの企業が……停戦、か。

驚きつつも、それだけ惑星封鎖機構の執行艦隊の戦力が大きかったのだろう。

 

 

「信じられないか」

 

「……いえ──

 

 

企業は利益を追求している。

共通の敵が現れれば争いを止める事も有り得るか。

 

しかし、共闘ではなく停戦……という所に、企業間の埋められない溝を感じていた。

 

現状を理解し、ウォルターへ視線を戻した。

 

 

「つまり……ベイラムに雇われていた貴方達は、アーキバスと事を荒立てないために──

 

「いや、お前を救助したのはアイツ……『レイヴン』の判断だ」

 

 

困惑しつつ……頷く。

何故、彼が私を……?

会話した事もなく、顔を合わせた事もない。

それどころか一方的に敵視している私を助ける理由とは……何だ?

 

答えは出ない。

彼について、コーラルと交信出来る旧世代の強化人間だという事しか知らない。

 

 

「……その『レイヴン』は何処に居るのですか?」

 

「礼でも言いたいのであれば、俺から言おう」

 

 

言外に、彼の居場所を話すつもりはないという意思が見えた。

 

 

「……いえ、お構いなく」

 

「……そうか、なら話を戻そう。これはお前の立ち位置にも関係する話だ」

 

 

ウォルターが端末を弄ると、小型の旧式ロボットが私の前に移動してきた。

……ここには老人である彼と『レイヴン』しか居ないのだろうか。

彼は杖をついている……ならば、機械による補助は必須だろう。

 

 

「まず、お前は先程まで『ベイラム』の虜囚という立場だった」

 

「……先程まで、ですか」

 

「あぁ。『ベイラム』と『アーキバス』の取引により、互いの虜囚を交換する事となった」

 

 

……表面上だけでも互いに仲良くしよう、という話か。

 

 

「つまり、今のお前は、我々が預かっている『アーキバス』の兵士……迎えも、ここに来る予定になっている」

 

 

カチリ、と音がして……腕の拘束具が外れた。

暴れる気配がないと判断したのだろう。

拘束していたのは、彼一人では私が暴れた場合に抵抗できないからだろう。

 

聞きたい事は沢山ある。

彼は何故、コーラルの性質について詳しいのか。

『レイヴン』は何故、顔すら出さず会話も出来ないのか。

 

……だが、口には出来ない。

私は今、彼に命綱を握られている状態だからだ。

機嫌を損なう事も、迂闊に踏み込む事も……自殺行為だ。

 

 

「迎えが来るまでは大人しくしていろ」

 

「……はい、ありがとうございます」

 

「……私には礼を言うな」

 

 

黙した私を横目に、ウォルターは部屋を出ていった。

私はベッドの上で、自身の体の状態を確認する。

……複数の裂傷と、内臓の傷……骨もいくつかヒビが入っているだろう。

 

その幾つかは手当がされていた。

彼ではないな……メディカルマシンか。

 

内心、顔を顰める。

私はハンドラー・ウォルターを信用していない。

彼に私の……いや、この義体の情報を一つも与えたくなかったからだ。

 

彼は『コーラル』について何かを隠している。

少なくとも、アーキバスの研究員よりは詳しい筈だ……その理由は分からないが。

 

敵か味方かも分からない。

だからこそ、信用は出来ずにいた。

 

 

 

 

 

三時間後。

 

 

 

 

ドアが開き、再びハンドラー・ウォルターが現れた。

 

 

「お前の迎えが来た。立てるか」

 

「……えぇ、立てますよ」

 

 

私はベッドから立ち上がり──

 

骨が軋んだ。

内臓が痛んだ。

吐き気がした。

 

それを全て無視して、ウォルターの前に立った。

彼は私の挙動に片眉を上げつつ、視線を逸らした。

 

 

「来い」

 

 

杖をついているが、体の動きに迷いがない。

……兵役か何かの経験でもあるのだろうか。

 

廊下は機械の板が剥き出しになっている場所だ。

窓もなく、ここが何処なのかは分からない。

 

後ろから追いかけ……桟橋のような場所に到着した。

 

そこには2機のACが居た。

 

片方は関節部が壊れている『トゥームストーン』だ。

良く見ると、奥側の脚部が分解されていた。

 

 

そして、もう片方は──

 

 

AC『ローダー・フォー』。

独立傭兵『レイヴン』のACだ。

 

 

「…………」

 

 

ここはACの格納庫だ。

そして彼らの根城である。

ならば、何もおかしな事はない。

 

……筈だった。

 

微弱なコーラルの揺らぎを、AC『ローダー・フォー』から感じた。

目に見える微かな声……私の同胞(Cパルス変異波形)と、『レイヴン』が交信しているのだろう。

 

……間違いない。

このACの中に『レイヴン』は居る。

 

……しかし、何故ACの中に居るのか。

『アーキバス』への引き渡しに対する警戒心か。

咄嗟にAC戦に持ち込めるように……いや、だが、武装は全てパージされている。

 

 

「どうかしたか、V.IX」

 

 

ウォルターからの訝しむような視線を感じつつ……それでも疑問を口にした。

 

 

「ハンドラー・ウォルター。何故、『レイヴン』はあのACのコックピットに居座っているのですか?」

 

「……何故、そう思った?」

 

 

視線が強くなる。

この疑問を口にする事による利点はない。

ただ……私は『レイヴン』について知りたかったのだ。

 

どんな人間なのか、理解したかった。

私を助けた理由も……引き金を引ける理由も、知りたかった。

 

だから、訝しまれようとも問う。

 

 

「勘です」

 

「……ヴェスパー部隊はどうやら、オカルトに傾倒しているらしいな」

 

「そうかも知れません。ただ、私の勘はよく当たります……私の言っている事は間違っていますか?」

 

 

コーラルの声が見えている、とは口にしない。

ウォルターがどこまで情報を知っているのか分からない……故に、少しでも情報は与えたくない。

 

ウォルターは私へ目を向け……小さく、観念したように吐息を吐いた。

 

 

「……お前の憶測は間違っていない。確かにアイツは、そこのACに乗っている。だが、お前と顔を合わせる事も、会話する事もない」

 

 

突き放すような言葉だ。

だが、私は……その拒絶が事情のある拒絶のように感じた。

 

 

「……顔を合わせる事も、会話も『しない』……ではなく、顔を合わせる事も、会話も『出来ない』が正しいのではないですか」

 

 

独立傭兵『レイヴン』は、誰に話しかけられても無言で返していた。

それは意思が欠落しているから……ではない。

確かに、コーラルから感情が読み取れていた。

 

ならば……『しない』のではなく『できない』が正しいのだろう。

ウォルターは少し、目を伏せて……探るような視線を私へ向けた。

 

 

「……アイツは旧世代の強化人間だ」

 

 

ハンドラー・ウォルターがAC『ローダー・フォー』へ目を向けている。

しかし、私が先に口を開いた。

 

 

「旧世代の、ですか?」

 

「……そうだ。その実態を、お前は知っているか」

 

「……劣悪な環境で作られていると。手術の成功率も低いと聞いています」

 

「正解だ。あの頃は、誰も好き好んで強化手術など受けなかった」

 

 

納得しつつも、ならば何故、それなりの数の強化人間が現存して──

 

 

「……まさか、無理矢理、彼に強化手術を──

 

「強化手術を受けたのは当人の望みだ。だが、そこまで追い込まれていたのは環境の所為だろう」

 

 

そうして、ようやく理解した。

 

 

「他に選択肢が無かった……という事ですか」

 

「お前の想像している通りだが、恐らくはその想像以上だ。この世には想像を絶する地獄のような世界が存在している」

 

 

ウォルターは杖で床を鳴らしつつ、身体ごとACに向けた。

 

 

「強化人間C4-621……『レイヴン』には、人間としての機能が備わっていない」

 

「……備わっていない?」

 

 

理解が出来ず、問いかける。

……いや、私自身が理解を拒んでいるのか。

 

 

「そうだ。621には、ACを動かす事に必要な機能以外は残っていない」

 

 

必要な機能以外……という発言に、怖気がした。

『レイヴン』、強化人間C4-621は……つまり、人間として必要な部位を削ぎ落とした、ACに直接接続された生体パーツなのだ。

 

それ以上でも、それ以下でも……ない。

彼は人として、運用されていない。

運用出来ないのだ。

 

 

「……貴方は、彼の飼い主だと聞きました」

 

「そうだ。違いない」

 

 

普通の感性を持っていれば、これ程、非人道的な事はできない。

ならば、この目の前の男は……人でなしだ。

 

 

「貴方は、これを許容しているのですか……?」

 

「そうだ。俺は621の現状を許容している」

 

 

彼は『レイヴン』とも呼ばず、強化人間の番号として彼を呼んでいる。

そこに悪びれる様子はない。

 

身体の底から熱くなるのを感じた。

 

 

「心は……痛まないのですか?」

 

「目的の為ならば、利用する事に躊躇いはない」

 

「貴方はっ──

 

 

思わず、声を荒げそうになり──

 

見下ろされている事に気づいた。

AC『ローダー・フォー』に。

 

真っ赤な一つ目が、私を無機質に見ていた。

だが、それでも……怒っているように見えた。

 

そして、そのコックピットに居るレイヴンは……コーラルから彼の怒りが伝播してくる。

私に対する、怒りが。

 

 

「『レイヴン』……!貴方は……あぁ、なるほど……そういう事ですか」

 

 

そして、ようやく気付いた。

独立傭兵『レイヴン』は怒っている。

自身の飼い主であるハンドラー・ウォルターを咎めようとしている、私に怒っているのだ。

 

彼等には彼等の……関係があるのだろう。

 

 

「……V.IX、何が言いたい」

 

「すみませんでした。ハンドラー・ウォルター」

 

 

謝罪を口にした。

私の態度の変わりように、ウォルターは片眉を上げた。

 

 

「……何を謝る必要がある」

 

「私は、私の価値観を以て、貴方達の関係を批判しようとしました。それに対する謝罪です」

 

「……律儀な事だ。だが、その謝罪は受け入れる事は出来ない」

 

「……何故ですか?」

 

「事実だからだ。非人的な事をしている自覚はある。俺が人でなしだという事にも、だ」

 

 

AC『ローダー・フォー』の中にいる『レイヴン』からの怒りは霧散していた。

それどころか、少し悲しそうな感情を受け取っていた。

 

彼等は……私の思っているような人間ではない。

目的の為に自らの肉体や、倫理観を捨てられるだけの……ただの人間なのだ。

 

漸く、それを理解した。

 

 

「……さて、無駄話は終わりだ」

 

 

ウォルターの声で、思考の渦から引き摺り出された。

視線を向ければ、先程まで浮かべていた表情は消えていた。

 

ハンドラー・ウォルター……猟犬の手綱を握る者としての顔をしていた。

 

 

「行くぞ。『アーキバス』からの迎えを無駄に待たせるのは、お前も望まない事だろう」

 

「……そうですね」

 

 

そうしてまた、私はウォルターの後ろを追った。

……その背にはどこか、重さを感じていた。

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