『惑星封鎖機構』により隠されていた『ルビコン調査技研』の廃施設は、『アーキバス』により接収された。
研究施設にはコーラルを使用した兵器やAC、無人兵器等の情報が残っていたが……現物自体は既に存在していなかった。
『アーキバス』の強化人間部隊、つまり私達『ヴェスパー部隊』の襲撃以前に回収されていたのだろう。
もぬけの殻って奴だ。
しかし、それでも取り残されていた物が幾つかあった。
研究資料や、施設、情報……それらは『アーキバス』に利益を齎す事になるだろう。
そして──
「ラスティ、貴方が見つけた人間……と呼ぶべきかは分かりませんが、『アレ』について話をしましょう」
ここは『アーキバス』の拠点の一つ。
机を挟み……神経質そうな男が座っていた。
私の上官、ヴェスパー部隊の次席隊長スネイルだ。
彼はタブレットを取り出し、情報を表示した。
「『アレ』は人工的に作られた生きた人形です」
「……人形?」
「ええ。研究者に解析させました。培養された人間の身体にコーラルを注入し安定化させ……人間の機能を形のみ再現させた人形、と言って良いでしょう」
提示されたタブレットには人の形をしたレイヤーと、解析によって得られた情報が載っていた。
「旧世代の強化人間と同様に、コーラルによって肉体や神経が強化されています。その比率は比べ物になりませんが」
AC乗りは耐G能力や反射能力、ACへの適合を高める為に強化されている事が多い。
ヴェスパー部隊の面々もそうだ。
第1世代から第6世代の強化人間はコーラルを埋め込む事で強化している。
非常にリスクのある処置で、大半が廃人になってしまう。
故に、第7世代以降は代替方法によって強化されている。
ちなみに私と目の前の男は『第8世代』の強化人間だ。
「生まれた時から肉体にコーラルを同化させられた、特殊な生物です。コーラルの比率は致死量を遥かに上回っており……何故、生きているのか不思議なぐらいです」
スネイルが再びタブレットを触った。
画面に表示されたのは……あまりにも平坦なグラフ。
「『アレ』の脳波グラフです。揺らぎすらありません」
「……植物人間状態、という事か?」
「いいえ。『アレ』は人間とのコミュニケーションを行いました。言葉すら話せるのですよ」
「脳は機能していないのに、思考能力はあるのか……?」
私は目を細めた。
あり得ない話だ。
幾らコーラルが現代では解明できていない物質だからと言って、脳死している人間を『人間らしく』動かす事が可能なのか?
……やはり、あり得ない。
しかし、目の前にいる男は冗談など言わない人間だ。
「話を続けましょう。『アレ』が何故、生きているのか……正確には何故、人間らしい機能を有しているのか……研究者にも分かりません。最早、オカルトの領域だと嘆いていましたよ」
スネイルがタブレットの明かりを消した。
これ以上、得られた情報は無いという事だろう。
「『アレ』を強化人間の性能向上に結び付ける事が出来れば良かったのですが……再現は出来ないでしょう。物言わぬ人の形をしたゴミが増えるだけです」
「……彼女は今後どうなる?」
私の言葉に、スネイルは片眉を上げた。
「ラスティ、『アレ』は人ではありません」
「だが、会話も出来るのだろう?」
「
「…………」
私の眉間に皺が寄った。
そんな私の顔を見て、スネイルは少し悩む表情を見せ……何かに納得したように頷いた。
「なるほど……それ程、『処分』をしたくないのであれば、貴方が面倒を見なさい。くだらない些事に、この私を煩わせないで頂きたい」
スネイルは椅子から立ち上がり、使っていたタブレットを置き去りにする。
「『アレ』は第四研究棟に居ます。その資料も含めて、処分は貴方に任せます」
私は机の上に置かれたタブレットを手に取り、遠ざかるスネイルの背を見送った。
……アイツらしくない。
何か企んでいるのか……と訝しむが答えは出ない。
私も部屋を後にした。
◇◆◇
第四研究棟、そこは旧時代のコーラル技術に対する研究室だ。
技研の研究施設から手に入れた物の中から、優先順位の低い物が並べられていた。
『アイビスの火』以前の生活用品など……半世紀前の代物だ。
調べても仕方ないだろうが、それでも好奇心をくすぐられるのが研究者の性なのか。
生体認証でドアを開かせ、研究室内に入る。
透明な強化プラスチックに囲まれた一室に、彼女は居た。
白い髪に、白い肌、真っ赤な目。
自然に生まれた人間とは思えない程、不自然に容姿が整っている彼女は……無表情のまま、椅子に座っていた。
周りには幾人の研究者がいる。
ドアをノックして、中に入る。
研究者達と共に、女が私を見た。
この部屋は特殊フィルムが貼られていて、中から外が見えなくなっている。
だから、今ようやく私を認識したのだろう。
「貴方は?」
鈴のような心地よい声が聞こえた。
……成程、本当に生きた人間のようだ。
私が想像していたよりも、意思疎通がスムーズだ。
これでは、培養された人の細胞とコーラルの集積物と他人は気付かないだろう。
雑念を振り払い、手で自身の前髪をかき上げた。
「私はヴェスパー部隊のラスティだ」
「ヴェスパー……ですか?」
「……あぁ、そうか。すまない、分からない筈だ、後で説明しよう」
彼女は培養ポッドの中で生きてきた。
赤ん坊のような物の筈だ。
万が一にも他企業の諜報員だった時の事を考え、鎌をかけたが……どうやら、本当に何も知れないらしい。
これが演技でなければ良いが……疑い過ぎに越した事はない。
兎に角、頭を下げる。
そして私は、研究職の男へ目を向けた。
男は頷き、口を開いた。
「目が覚めた時から、相応のコミュニケーションは可能でした。一般的な常識レベルもあります」
「……そうか」
何も知らない訳ではないらしい。
それなら尚更、彼女の事がよく分からない。
何故こうも人間らしい振る舞いが出来るのか。
再び、視線を彼女へ戻した。
「君は何処まで覚えている?いや……何処から覚えている?」
「何処から……ですか?」
「……分かり難い質問だったな。あの培養ポッドに入れられる前の記憶はあるか?」
私がそう訊くと、彼女は首を横に振った。
「何も覚えては……すみません」
無表情だが、申し訳なさそうにしている……少なくとも、私はそう思った。
「すまない、責めるつもりはなかった。気にしないでくれ」
そう言うと、胸を撫で下ろしたようで小さく息を吐いていた。
……普通だ。
普通すぎる。
荒事など知らないような無垢な女にしか見えない。
これでコーラルを身体に、致死量以上を組み込まれている……というのは信じ難い話だ。
ふと、彼女が顔を上げた。
「……貴方は私の事を知っているのでしょうか?」
その問いに、目を瞬く。
……そうか、彼女もまた見知らぬ人に囲まれ、見知らぬ環境に身を置き……己が何者であるかも分からない。
知りたがっているのだろう。
だが──
「いや、君と出会ったのは施設が初めてだ。君について、私達は何も知らない」
「そうですか……残念です」
彼女は少し悩む素振りを見せて、私に視線を戻した。
「ラスティ。もう一つお聞きしたいのですが、よろしいですか?」
「あぁ、構わない。私に話せる事なら何でも答えよう」
「あの青いACパイロットは貴方でしたか?」
「……そうだ。私が乗っていた。それが──
「ありがとうございます」
突然の感謝に、戸惑う。
そんな私の戸惑いに気付いたのか、彼女は再び口を開いた。
「私を見つけてくれた事への感謝です」
「……そうか」
……ふと、彼女の立場になって考えた。
彼女はいつから培養ポッドの中に居たのだろうか。
『アイビスの火』以前か?
それとも、以降なのか?
どちらにせよ、孤独だったに違いない。
私の価値観からすれば、耐え難い程に。
だからこその感謝だろう。
「ラスティ……どうかしましたか?」
「いや……」
……スネイルの言葉が脳裏に過ぎる。
処分、か。
アーキバス、ヴェスパー部隊の情報を多少なりとも手に入れた人間を荒野に放つ事は出来ない。
他企業の諜報員だという可能性も捨て切れない。
だから、処分……つまり、殺すのが企業に取っては最も良い選択だろう。
……だが。
私は……彼女を、人として認識してしまった。
何も知らぬまま、企業の思惑に殺される事を許す事は出来ない。
だが、私にはこの『ルビコン』で為すべき事がある。
厄介事を背負う余裕はない。
……それでも、見捨てる事は出来ない。
「……君に、名前はあるか?」
「名前ですか?」
「あぁ、名前だ」
周りの研究者を一瞥するが……首を横に振った。
知らない、もしくは名前自体がないのか。
「……申し訳ありません。名前も……分かりません」
彼女は記憶喪失なのか……いや、そもそも元の記憶などあるのだろうか。
人工的に作られた命ならば、何もなくとも……仕方ない。
ふと、手元のタブレットに視線を落とした。
彼女の肉体情報と共に、技研の研究資料も見えた。
彼女に対する研究資料の殆どは破棄、もしくは惑星封鎖機構に持ち去られていたようで……彼女に関する情報は培養ポッド程度しか残っていない。
その培養ポッド、コントロールパネルに一つの識別コードが書かれていた。
IB-P09:SERAPH、と。
「……
天使の階級の一つだ。
……技研の奴らが付けた識別コードであり、彼女の個人名ではないだろう。
だが、今はそれだけが彼女に紐付く名前だ。
「……セラフ、ですか?」
「あぁ、君が居た培養ポッドに刻まれた情報だ。君を作った人間が付けた名前だろう」
「そうですか。それなら、私はその名前を名乗りましょう」
「……良いのか?その名前で」
彼女は技研に対して、どう思っているのか分からない。
彼等によって名付けられた名前を名乗る事に抵抗はないのだろうか。
「いえ、構いません。『セラフ』……いえ、『セラ』と。こちらの方が違和感なく馴染むような気がします」
「……君が良いなら、私は構わない」
彼女は少し、ほんの少しだけ頬を緩めた。
……表情を動かす事が得意ではないようだが、感情が無いという訳ではないのだろう。
「ラスティ、私の名前は『セラ』です」
「……あぁ、そうだな?」
何が言いたいのか理解出来ず、それでも顔に出さないように頷いた。
しかし、彼女はそれで満足出来なかったようで再び口を開いた。
「どうか、呼んでくれませんか?『君』ではなく、名前で」
……彼女は子供のようだ。
いや、子供なのか。
まだ何も知らない、無垢な雛鳥のようだ。
それなら、私は親鳥か?
刷り込みによって親のように見られているのか?
「……セラ。これで満足したか?」
「はい。ありがとうございます。ラスティ」
再び、彼女は感謝の言葉を投げかけてきた。
厄介な女を拾ってしまったのだと……そう思った。
それでも、後悔はしないが。
彼女はこの『ルビコン』で生まれた『ルビコニアン』だ。
それなら……彼女は……私が、守らなければなかった。
無意味に死なせる事は出来ない。
だから、後悔はしない。
例え、将来……私の『為すべき事』の障害になろうとも。
それが私の役目だからだ。