コーラルの井戸の底で   作:WhatSoon

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#3 V.I

セラは私が預かる事になった。

週に数度、研究者達からの検査を行う代わりに、処分は免れる事が出来た。

 

『アーキバス』も従順である彼女を無理に処分する必要はないと判断した為だ。

私の提案……そして、ヴェスパー部隊次席隊長であるスネイルの推薦により説得されたのだ。

 

しかし、これはV.II スネイルからすれば私に一つ貸し付けた……という事だろう。

でなければ彼が私に協力する事はないだろう。

 

情で不穏因子を抱え込めるほど、企業もヴェスパー部隊も優しくはない。

……つまり、彼女は私に対する楔だ。

 

スネイルは彼女の存在を提示するだけで、私に無理を押し通せる力を得たという事だ。

厄介だが、仕方あるまい。

 

守るべき物が増える程、人は不自由さを増していく……分かった上での行動だ。

 

 

 

さて、今日はそんな彼女の検査日だ。

割り当てられた部屋から研究施設まで、連れて行かなければならない。

 

彼女の部屋の前に立ち、備え付けられた静脈認証装置に手を触れる。

赤い光のラインが私の手を読み取り……部屋のドアが開いた。

 

真っ白な部屋だ。

 

 

「セラ、検査の時間だ。用意を──

 

 

声を出しながら……室内に彼女が居ないことに気付いた。

個室のトイレもシャワールームも空いている。

 

 

少しずつ、最悪な想定が脳裏を占めていく。

 

……まさか、脱走したのか?

いや、違う。

 

この部屋には窓すらない。

出ようと思えば、部屋の鍵を開けなければならない。

 

それも一定階級以上……企業の役員か、ヴェスパー部隊の番号付きでなければ──

 

 

「……まさか、スネイルか?」

 

 

急ぎ、室内から部屋の静脈認証システムにアクセスする。

入退室履歴を取り出し、誰が開けたのか……確認する。

 

……読み込みに少し時間がかかったが、情報が投射される。

一番上には『V.IV ラスティ』つまり私の名前だある。

私が先程、入室した時の履歴だ。

 

では、二番目は──

 

 

「……フロイト?」

 

 

『V.I フロイト』の名前が表示されていた。

 

部屋を出て、廊下を歩く。

だが、少し小走りで、だ。

 

V.I フロイト。

ヴェスパー部隊の首席隊長だ。

スネイルの上官に当たるが、彼自身はその自覚がない。

私達に指示を出す事も殆どない、正真正銘、実力だけで『V.I』の称号を手にした男だ。

 

間違いなく、ヴェスパー部隊の中で最強の男……そんな彼が、セラに何の用だ?

 

少し早めに歩いていると、バイザーを頭に乗せた女が給水機の前に居た。

その女は私を見て目を丸くした。

 

 

「ラスティ第四隊長?どうかしたのですか?」

 

「すまない、フロイトが何処に居るか知らないか?」

 

「フロイト……部隊長でしたら、模擬戦用のVRポッドに──

 

「感謝する」

 

 

礼を言い、彼女の横を通り過ぎる。

少し困惑した顔で見られていたが、気にしている余裕はない。

 

別棟まで移動し、彼女の言っていた模擬戦室……その室内にあるVRポッドの前に到着した。

なるほど、四つある内に二つが稼働中だ。

 

あれは仮想空間でACの模擬戦を行う事が出来るポッドだ。

内部はACと同様の形状で作られており、訓練生は使用する事が多い。

 

そんなポッドのハッチの一つが開いた。

白い髪、白い肌、赤い目の女が出てきた。

 

そして、私に気付いたようで目を合わせた。

 

 

「ラスティ?」

 

「セラ、君は何を……いや、君に言っても仕方ないか」

 

 

恐らく、彼女を無理やり連れ出し模擬戦用のVRポッドに入れた奴がいる。

それは──

 

もう片方のポッドが開いた。

 

 

「フロイト……」

 

「……ラスティか。何の用だ」

 

 

端正な顔立ちをした男が、そこに立っていた。

普段の退屈そうな顔とは違い、少し笑っている様に見えた。

 

それでも無気力そうに見えるのは、彼の本質だからか。

 

 

「彼女には予定がある。少し借りさせて貰う」

 

「そうか。何度かやり合った後だ。構わない。今日は満足した」

 

 

やり合う……模擬戦の事か。

 

……フロイトはAC以外に興味を示さない。

そんな彼が何故、彼女を模擬戦に連れて来たのか……私には分からない。

 

部屋のドアが開いた。

私の後を追っていたからか、先程話した相手が入って来た。

 

……気になって追いかけて来たのだろう。

 

 

「メーテルリンク、すまないが彼女を第四研究棟まで連れて行ってくれないか?」

 

「え?あ、はい!了解しました!」

 

 

そうして案内を頼むと……セラは私の顔を見た。

 

 

「……ラスティは来ないのですか?」

 

「すまない。私は彼と少し話がある」

 

「……そう、ですか」

 

 

そう言ってフロイトに視線を向けると、セラは少し寂しそうな顔をした。

 

 

「後で迎えに行く。安心してくれ」

 

「……はい。それなら、良かったです」

 

 

そうして、そのままメーテルリンクに連れられ部屋を後にした。

 

模擬戦ルームで、V.I フロイトと向き合う。

 

 

「フロイト。彼女を何故、こんな──

 

「あの女は面白いな、ラスティ」

 

 

私の言葉を遮り、極めてマイペースに感想を口にした。

……少々腹が立つが、それでも彼の言葉が気になった。

 

 

「面白い?」

 

「ああ、面白い。お前が躍起になって守ろうとするのも分かる」

 

 

……何か、勘違いしているようだ。

私は別に彼女に有用性を見出して、守ろうとしている訳ではない。

 

フロイトが気怠そうな目で、私を見た。

 

 

「気付いていないのか?あの女は第7世代の強化人間を凌ぐ身体を持ち、学習能力も常人より遥かに優れている。AC乗りには最適だ」

 

「……誰から彼女の事を聞いた?」

 

「スネイルからだ」

 

 

内心で舌打ちしそうになるのを抑える。

そんな私に気にせず、フロイトが口を開いた。

 

 

「最初はダメだったが……二戦、三戦と繰り返す度に強くなった。あの女は俺の機動を学習し、複製し、その上で対策を取ってくる……興味深い学習能力だ」

 

 

フロイトの言葉に眉を顰める。

……彼女にAC乗りとしての才覚があったのか?

 

いや、才覚がある……という程度で収めてはならない。

相手はV.I フロイトだ。

俺は彼以上に優れたAC乗りを知らない。

 

それ程の男の動きを……複製し、その上で対策をしてくる等、尋常ではない。

 

 

「多少、動きに『遊び』がなかったが……そこはこれからだな。経験を積めば、これからもっと面白くなる」

 

「………」

 

 

こうして、フロイトに褒められるという事は異常なのだ。

……少し驚いていた私に、フロイトが視線でVRポッドさした。

 

 

「ラスティ、模擬戦の良い所は『負けても死なない』所だ」

 

「……確かにそうだな」

 

「だが、模擬戦の悪い所も『負けても死なない』所だ」

 

 

フロイトの目は鋭かった。

ギラギラと輝いている様に見えた。

 

 

「命を賭けたやり取りの方が、人は成長できる。お前にも分かるだろ?」

 

 

そして、ようやく彼の言いたい事を理解した。

 

 

「……彼女をAC乗りにするつもりはない」

 

「考えてみろ。あの女の立場についてだ」

 

 

彼女の、立場?

 

 

「ラスティ。『企業(アーキバス)』がいつまでも、役に立たない女を養うと思うか?」

 

「……いいや、私もそう思わない」

 

 

事実だ。

企業は役立たずを囲むような事はしない。

 

だが、彼女は研究対象としての価値が──

 

 

「今の立場がいつまで続くかも分からない。そうだろ?」

 

「……そうだな」

 

 

元々、彼女の研究は打ち切りになっていた。

正体不明、原因不明として……だが、それを私が無理矢理変えさせた。

 

だからこそ、いつまでも彼女がその立場に居られる保証がないのも分かってしまった。

 

 

「あの女をヴェスパー部隊に所属させる。それが最も良い選択だと思わないか?」

 

「……だが、彼女は兵士ではない。企業の都合で戦わせる事など──

 

「下らない悩みだ」

 

 

そう切り捨てられた。

フロイトは退屈そうな目で私を見ていた。

 

 

「あの才能を死なせるには惜しい。彼女をAC乗りとして所属させる。これは決定事項だ」

 

 

……忘れていたつもりはないが、フロイトはヴェスパー部隊の首席隊長だ。

つまり、私よりも……スネイルよりも立場が上だという事。

彼がそう決定したのであれば、逆らう事は出来ない。

 

 

「あの女は何にも縛られていない……お前も下らない物に縛られなくなれば、もっと面白くなる……勿体無いな」

 

 

……下らなくなど、ない。

私は『ルビコン』で為すべき事がある。

それは死んでいった同胞達の願いであり、今を生きる同胞達のために為すべき事だ。

否定される筋合いはない。

 

だが、それをフロイトに話すつもりはない。

何か察しているような勘の鋭さはあるが、全体を掴めてはいないだろう。

 

私のこの思いは、誰にも教える事など出来はしない。

 

 

話題に興味を失ったのか、フロイトは目を逸らした。

入り口の方を見ている。

 

 

「あの女……あぁ、ラスティ。あの女の名前は何だ?」

 

「名前……?知らないのか?」

 

「いや、スネイルから聞いた。だが、覚えていない」

 

 

……きっと、興味が薄かったのだろう。

フロイトは自身の興味がある事以外は真面目に取り組むつもりがないからだ。

 

セラのAC乗りとしての才覚に興味があるが、彼女の生い立ちや名前などはどうでも良いのだろう。

 

 

「セラだ」

 

「セラ……そうか。覚えておこう」

 

 

そう言ってフロイトは、部屋の入り口に向けて足を進めた。

 

 

「まだ話は──

 

「俺から、これ以上話す事はない。あの女……セラはヴェスパー部隊に入隊させる。お前が面倒を見る。俺はアイツと戦いを愉しむ。それだけだ」

 

 

ドアが閉じた。

残ったのは、私一人だ。

 

思わず壁に手を置いた。

己の無力さを感じながら……私は一人、息を深く吐いた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

その後、私は研究棟まで足を運んだ。

約束したのもあるが、セラはまだ一人で施設内を歩き回る事を許されていない。

 

研究室に入れば、初日と同じく半透明の強化プラスチックに覆われた部屋の中にいた。

彼女の付き添いを頼んだメーテルリンクは、どうやら帰ったらしいが。

 

採血と反射試験、脳波検査が完了した所だったようで少し待てば……検査を終えた彼女が部屋を出て来た。

 

いつも通り表情の乏しい顔だったが、私を見た瞬間……少し、頬を緩めた。

 

 

「ラスティ……すみません、待たせてしまいましたか?」

 

 

私の名前を呼びながら、側に寄ってくる。

……随分と懐かれてしまったものだ。

 

 

「いや、セラの検査は企業(アーキバス)の都合だ。君に落ち度はない」

 

 

研究者達と少し会話をし、セラを連れ立って研究室を後にする。

 

……彼女の身長は私より少し低い。

歩幅を彼女に合わせて少し遅めに歩く。

 

 

「……今日、フロイトと模擬戦をしたらしいな」

 

「はい。ACに関して、色々と教えて頂きました」

 

「そうか。どうだった?」

 

 

そう訊くと、セラは少し悩むようなので仕草をした。

 

 

「ラスティ、私は人とコミュニケーションを取る事が好きです。今までにない経験ですから」

 

「……そうか」

 

 

命の取り合いではないのなら、ゲーム感覚だという事、だろうか。

 

……彼女は無垢だ。

 

ヴェスパー部隊のAC乗りになるという事は、つまり……企業の走狗になるという事だ。

ACは兵器で、AC乗りは兵士だ。

誰かを殺し、誰かを踏み台にして生きていく……そんな生き方を、彼女に強要して良いのだろうか。

 

 

「……すまないな。君にもっと自由を与える事が出来れば良かったのだが……」

 

 

そう口にする。

 

彼女を培養ポッドの外に出しても、私では自由を与える事は出来ない。

……そもそも、私自身が自由ではない。

 

フロイトに言われた通り、『何か』に縛られて生きている。

人の願いや、想い、信念……背負った物に縛られている。

 

それを煩わしいと思った事はない。

私自身が選び背負った物だからだ。

 

だが、彼女は違う。

この世界の誰にも縛られない筈だった……だが、他人や企業、環境に縛られている。

彼女が望んだものではないのに。

 

 

「……いいえ、ラスティ。私は貴方に感謝しています」

 

「君は……」

 

 

彼女になら恨み言の一つや二つ、口にされても良いと思っていた。

それでも、返ってきた言葉は感謝だった。

 

 

「貴方が見つけてくれなければ、私はこうして人と関わる事すら出来ませんでした」

 

「……買い被りだ。見つけたのが偶然、私だっただけで──

 

「それでも見つけてくれたのは貴方です。ラスティ」

 

 

足を止めて、セラと顔を合わせた。

迷いのない真っ直ぐな視線が、私の目を見た。

 

真っ赤で、深い……コーラルと同じ色をした目だ。

吸い込まれそうで、見透かされそうな……そんな目だ。

 

逸らしてしまいそうになる。

だが、それでも……私は彼女と向き合った。

 

 

「……フロイトは、君をAC乗りに……兵士にしようとしている」

 

「そうなのですか……」

 

「……君に選択肢はない。だが、それでも……私は──

 

 

私に出来る事はない。

この流れを断ち切る術はない。

 

それでも、私はどうにかしたいと思った。

だが、私には私の『為すべき事』があり、それはまだヴェスパー部隊に所属していなければ達成出来ない事だ。

 

為すべき事と、彼女を天秤にかけて……私は後者を見捨てようとしている。

 

彼女に対して罪悪感が──

 

 

「貴方が気に病む必要はありません」

 

「セラ……」

 

「私も貴方に迷惑は掛けたくありません。ですから……他人を殺せと言うのであれば、兵士であれと望まれるのであれば……私は戦う事を厭いません」

 

 

視界の下から、赤い目が私を見上げていた。

そうする事が当然だと思っている。

そんな顔をしていた。

 

……思わず、手が伸び……彼女の頭を撫でた。

 

 

「……ラスティ?」

 

 

困惑した彼女の声を聞き、ようやく自分のしている事に気付いた。

 

 

「あぁ、いや……すまない」

 

 

彼女は記憶がないとはいえ、女性だ。

無闇に頭を撫でて良い筈がない。

溢れた謝罪の言葉に、セラは首を振った。

 

 

「いえ、不快ではありません。寧ろ心地良いので……よろしければ、もう一度、撫でて頂きたいのですが」

 

「……そ、そうか?」

 

 

上目遣いで撫でられるのを待っている。

……観念し、彼女の頭を撫でた。

 

銀髪の髪は、子供の髪のように艶やかで滑らかな触り心地だった。

彼女自身、表情に乏しかったが……ほんの少し、嬉しそうだと……そう、思えた。

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