V.I フロイトによる推薦……と言う名の脅迫により、セラはヴェスパー部隊に入隊させられる事となった。
V.II スネイルは最後まで反対していたが、フロイトには逆らえず折れる事となる。
しかし、フロイトがセラを評価する際に「面白い」と話した時、スネイルは険しい顔をしていた。
……スネイルは自らの身体を強化する為に、何度も強化人間用の再調整を受けている。
それ程までに強さに執着している。
故に、彼にとって部外者のセラが、自身より強いフロイトに評価されるのは不快なのだろう。
フロイトの指示により、セラはMT部隊ではなくACを割り当てられる事となった。
曰く、MTに乗せるのは宝の持ち腐れ、とか。
兎に角、彼女にはアーキバス製の量産パーツを組み込んだACが割り当てられた。
特段、特徴のないACだ。
ACの強みは各AC乗り毎にカスタマイズできる拡張性、そして様々な戦場に適応する汎用性の高さだ。
得意な戦法、必要な作戦遂行能力に合わせて規格が統一されたパーツを交換する事が出来る。
私の『スティールヘイズ』も高速戦闘に適応させる為にカスタマイズされた機体だ。
つまり、今の平凡な量産パーツを組み合わせただけのACは、セラが乗るには平凡過ぎるという事だ。
しかし、まだ彼女は戦場に出た事もなく、組織からの評価も低い。
用意出来るのは、量産型のみ、という事だ。
だが、量産型ACだからと言って弱いパーツの詰め合わせという訳では無い。
量産される程に性能が保証されたパーツだという事なのだ。
平凡だが、特化及び最適化していないだけで弱い訳ではない。
そんな平凡な装備のACを、ハンガーから見ていた。
ACを輸送するための大型ヘリ、そこに私の『スティールヘイズ』と彼女のACが搭載されていた。
「……ラスティ第四隊長」
ふと、後ろから声を掛けられた。
振り返ると、セラが居た。
耐Gスーツを身に纏った姿を新鮮に思いつつ、視線を合わせる。
「普段通り『ラスティ』で良い」
「……承知しました」
彼女は表情が乏しいまま、何度か頷いた。
「セラ、緊張しているか?」
「……いえ、どうでしょう?私は、それ程……緊張していないと思いますが」
彼女は少し悩ましげな顔をした。
「私からすれば、緊張しているように見えている」
「……そう、ですか?」
今日は彼女の初陣だ。
作戦内容は我々『アーキバス』が所有していた開発プラントを不法占拠している『ドーザー』共の排除だ。
『ドーザー』とは向精神薬としてコーラルを摂取している、ならず者共の事だ。
倫理観の無いイカれた奴らだが、MT等で武装している事もある。
奪取された『アーキバス』の開発プラントも数の暴力で制圧され、自衛手段として配備されていたMTも奪取されてしまった。
『アーキバス』からすれば、それ程重要な施設では無いが……盗られたままというのも沽券に関わる。
だが、敵戦力はMTのみ……ACであれば、それ程苦労せずに殲滅できるだろう。
ヴェスパー部隊の番号付きを出す程、重大な訳では無い。
だからこうして、新人である彼女の初陣となった訳だ。
「安心していい。万が一の時は私を頼れ」
「はい、ありがとうございます。ですが、その万が一にはならないよう努力します」
「いい心掛けだ。だが、無理はするなよ?」
では何故、私が共に出撃するのか?
それは保険だ。
彼女が『ドーザー』共に負ける可能性への保険か?
いいや、違う。
私の仕事は──
「セラ、そろそろ搭乗してくれ。出撃地点への距離も近い」
彼女が『アーキバス』を裏切った場合、始末する事だ。
「了解しました」
上層部はまだ、セラという人間……いや、身体の半分がコーラルで出来た『何か』を信用していない。
私からすれば彼女は人間なのだが、そうは思わない連中がいる。
ヴェスパー部隊にだって、彼女をそういった目で見る奴がいる。
「……ままならない物だな」
彼女の立ち位置は、細く伸ばされた糸の上に立っているかの如く、不安定だ。
だからこそ、今回の作戦で『アーキバス』に対して有用性を見せなければならない。
「…………」
……困ったな。
恐らく彼女よりも、私の方が緊張しているようだ。
私は苦笑しながら、自身のAC『スティールヘイズ』へ向けて足を進めた。
◇◆◇
その日は、何でもない日になる筈だった。
企業に対して夜襲して奪取した施設内で、俺達はコーラルを摂取していた。
度胸試しとして襲撃した施設だったが、案外上手くいくもんだ。
それに随分と備蓄があった。
開発途中の武器を『
逃げ遅れた企業の狗どもは鉄パイプに包んで、溶鉱炉に投げ入れる事で楽しませてもらった。
正に、人生の絶頂って感じだ。
このまま、ここを占拠し、俺たちの縄張りとするつもりだ。
いや、だった、か。
この施設の元々の持ち主、『アーキバス』のACが襲撃して来た。
勿論、俺たちはMTで迎撃に当たった。
一度手に入れた幸せを手放して逃げられるほど、俺たちは賢く無かった。
だが──
『くたばれ!』
MTからミサイルが放たれ、ACへ迫る。
しかし、ACは回避する事もなく肩に搭載されたパルスシールドを展開した。
ミサイルは電磁防壁に防がれ、ACに傷一つ負わせる事ができなかった。
そのままACは弾幕の中を突っ切り、正面にいたMTへ肉薄した。
瞬間、ACの左手に搭載されたパルスブレードが展開され、MTへ直撃した。
『ぎゃ、あぁああ──
見知った仲間の悲鳴と、パルスで焼き殺される音が聞こえた。
仲間の死に怒り、周りのMTが武器を構える。
『て、てめえっ!』
『生きて返さねぇ!』
囲まれたACは回転しつつ、右手のレーザーハンドガンを連射する。
一機、また一機とMTが破壊されていく。
軽量型ではない筈のACが、ブーストを巧みに使い踊るように攻撃を避けていく。
中量のACだ、速い訳じゃねぇ。
だが、弾が当たらねぇ。
小型のMTが蹴り飛ばされ、中型のMTがレーザーに射抜かれる。
プラズマミサイルが放たれ、小型の武装ヘリが撃墜されていく。
「あ、相手はたった一機のACだぞ……!?」
俺はそれを、監視塔から見下ろしていた。
仲間が皆殺しにされていく様を、指を咥えて見ている事しか出来なかった。
買い揃えた虎の子の重量MTが、一瞬で破壊されていく。
監視塔の内部で、仲間の悲鳴が鳴り響く。
焦る声、怒声、断末魔。
入り混じり、監視塔内部は騒然としていた。
一人、席から立ち上がり逃げ出そうとする奴が居た。
「や、やべぇよ、逃げ──
瞬間、俺はソイツを撃ち殺した。
「勝手な真似してんじゃねぇぞ!ここを捨てりゃ俺たちはまた、泥臭え場所に戻らな──
監視塔の、窓ガラスからの光が遮られた。
振り返る。
強化ガラスの向こう側には、ACの顔。
光るバイザーが俺たちを見ていた。
「あっ──
ACが左腕を振りかぶった。
その先には、展開されたパルスブレードが見えた。
目に見える死が、俺達に迫り──
生きたままパルスに焼かれ、身体を蒸発させた。
◇◆◇
倍率を引き上げたメインカメラで、セラのACを見る。
監査塔の上部へパルスブレードを突き立てていた。
そのまま下部まで引き裂くように振り下ろし、司令塔内部を焼き払ったようだ。
……武装集団だけではなく、司令塔も破壊したか。
周囲に散らばっているのはMT部隊。
統率が取れていなかったとはいえ、数は多い。
それを無傷で殲滅した。
新兵の初陣とは思えない戦果だ。
フロイトとの模擬戦が役に立っているのだろう。
「……やるな。だが──
彼女には躊躇いがなかった。
初めて人を殺す時、誰でも躊躇する筈だ。
だが、彼女はその『誰でも』の中には入らない、例外らしい。
出生が特殊だからか……それとも。
……私は息を吐き、通信回線へ接続する。
「セラ、任務は完了だ。帰投するぞ」
『…………』
呼吸音が聞こえた。
だが、彼女の声は聞こえなかった。
「どうした、何かあったか?」
『……いえ』
セラは私の方へACを向けた。
武器のセーフティは起動され、システムの戦闘モードは終了している。
安心して、機体を向き合わせる。
彼女の声は、いつもより消極的だった。
……人を殺す事に躊躇がない?
いいや、違う。
彼女は自身の倫理観より、私達に価値を示す事を選んだだけだ。
心の中で己を恥じた。
『声が、聞こえました』
「……声、か。オープン回線は閉じていただろ?」
彼女への精神影響を考慮し、オープン回線は閉じさせていた。
だから、彼らの悲鳴や、命乞いもセラには聞こえない筈だ。
『それでも声が……コーラルを通して……私に……』
セラの言葉に、眉を顰める、
コーラルを用いた旧世代の強化人間は、幻聴を聞き取る事があるという。
……それが本当に幻聴なのかは知らないが、セラにも同じ現象が起きているのだろうか。
「セラ、気にするな」
『ですが……』
「彼等はどうしようもない屑だ。君が気に病む必要はない」
彼等は掛け値なしの屑だった。
だから、殺した事を気に病む必要はない。
……だが、この慰めはその場凌ぎにしかならない。
これからヴェスパー部隊の一員として戦っていくのならば、正しくない戦いや、悪人ではない敵とも出会う事があるだろう。
その時、手を緩めれば……死ぬのはセラだ。
まともな人間から先に死ぬ。
それが戦場のルールだ。
『……そうですか、そうですね』
通信越しで、彼女が深呼吸をする音が聞こえた。
『すみません、ラスティ。少々、ナイーブになっていたようです』
「構わないさ。後輩を導くのも先輩の仕事だ」
AC『スティールヘイズ』の中で苦笑する。
彼女を戦場に連れ出し、人殺しをさせて……導く?
何とも自惚れた発言だ。
私にそんな資格はない。
「さぁ、帰ろう。セラ」
私に出来るのは、彼女の感じている理不尽を安らげる事ぐらいだ。
『……了解しました、ラスティ。帰投しましょう』
彼女のACが地を蹴り、飛翔した。
続けて私の『スティールヘイズ』もブースターを起動させた。
MTの残骸と、原型を留めていない死体だけがこの場に残った。
◇◆◇
AC二機を乗せ、大型の輸送ヘリが飛ぶ。
今はハンガーではなく、休憩室で腰を下ろしていた。
現在飛行中の中継地点は『アーキバス』が統括する地区だ。
それ程、気を張らなくて良い。
まぁ、休憩室と言っても、それ程広いスペースは無い。
私とセラ、向かい合って飲み物を取れる程度の広さだ。
しかし、この部屋には外が見える窓がある。
私は上空から見える、ルビコンの空を見るのが好きだった。
目の前でセラが、味の付いた水を少しずつ飲んでいた。
「……セラ、これで君の価値を上層部は認めるざるを得ない。少しは基地内の自由も増えるだろう」
「はい」
彼女の立ち位置が少しでも盤石になれば良い。
例え、私が居なくとも誰にも脅かされない程度には……認められて欲しい。
窓の外へ目を向ける。
……コーラルに灼かれた、ルビコンの空が見える。
「すまないな」
「……何が、ですか?」
「君を見つけたのが私で無ければ……もっと自由に生きられたかも知れない。こんな戦場に立つ事も、命を奪わなければならない事も……無かったかも知れない」
彼女に対する後ろめたい気持ちが、言葉になって口から溢れた。
それに対して、セラは首を振った。
「例え、そうだとしても……私は貴方に見つけられて良かったと思っています」
「……そうか?」
「ええ。貴方は私を大切にしてくれています。ですから……それだけで十分ですから」
彼女の手が、私の手に触れた。
白く、滑らかな手だった。
「ラスティ、私は……貴方と共に生きたい。今は、それだけが望みです」
指が触れた。
……私とは骨格から形が違う、異性の手だ。
「……セラ、あまりそういう事を人に言うのは良くない」
「何故ですか?」
「いや、それは──
瞬間、窓の外から光が差し込んだ。
会話を中断し、注視すれば……汚染コーラルの雲が引き裂かれ、一つの塊が大気圏から突入して来る。
「……また、余所者か」
その景色に覚えがある。
一人の傭兵によって、この星の内情が外に持ち出されてから……企業間の戦争を嗅ぎつけた傭兵達の密入星が絶えない。
惑星封鎖機構は衛星軌道上で迎撃しているが、それでも限度がある。
奴等はルビコンに火種を持ち込む、無法者共だ。
……いや、それは今の私も同じか。
「ラスティ?」
セラの声で、現実に引き戻される。
彼女は少し、寂しそうな顔をしていた。
……私は笑顔を取り繕う。
「すまない、セラ。どうかしたか?」
「……いえ、少し……何でもありません」
彼女がまた、味付きの水を口に含んだ。
窓の外では汚染されたコーラルが空を赤く染めている。
灼けた空は、どこまでも続いていた。