コーラルの井戸の底で   作:WhatSoon

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#5 裏切り者

セラの初陣から 一ヵ月が経過した。

彼女は何度かの出撃を重ねて、企業(アーキバス)からの信頼を勝ち取った。

 

V.II スネイルは……まだ、納得していないようだが、表面上は彼女をヴェスパー部隊として受け入れた。

本当に不本意そうな顔をしていたが。

 

出撃回数は11回。

任務遂行率は90.9%。

回数を重ねていないとはいえ、殆どの任務で目標を達成している。

 

唯一未達成だったのは、企業や封鎖機構に反抗するルビコニアン達である『ルビコン解放戦線』の補給物資の襲撃だけだ。

しかし、それは彼らが名の売れた独立傭兵を雇っていた事が原因であり、仕方のない話とも言える。

 

その実力を評価され、彼女は──

 

 

「ラスティ」

 

 

声をかけられ、そちらに顔を向ける。

ヴェスパー部隊の正式な隊服を着たセラが、そこに立っていた。

表情も、出会った当初よりは豊かになった。

いや、それでも僅かに微笑んでいるようにしか見えないが……これが彼女の精一杯の笑顔なのだろう。

 

 

「就任おめでとう、セラ」

 

 

彼女の胸元には『IX』の文字が刻まれていた。

……彼女は、ヴェスパー部隊の数字付きに就任したのだ。

 

V.IX(ヴェスパー・ナイン) セラ。

それが今の彼女を表す名前だ。

 

ヴェスパー部隊で最も下位の番号だが、それでも番号付きだ。

これまでとは待遇も異なっていくだろう。

 

今日はその就任式だ。

といっても、大々的に行われる訳ではない。

 

スネイル次席隊長から小言を言われて、フロイト首席隊長から形式張った承認を受けるだけだ。

私は、その就任式が終わるのを待っていたに過ぎない。

 

 

「ありがとうございます、ラスティ。貴方のお陰です」

 

「謙遜しなくて良い。君の実力だ」

 

 

そう。

彼女のAC乗りとしての技術は本物だ。

V.IXという最も下の番号を割り当てられているが、実力だけならばヴェスパー部隊でも上位に入るだろう。

 

 

そんな彼女を連れ立って歩く。

セラは何も言わずとも私の側に来た。

私も歩幅を合わせる。

 

……私も、随分と彼女に入れ込んでしまったようだ。

 

 

「ラスティ、何処へ向かっているのですか?」

 

 

目を瞬く。

そういえば、何も言ってなかったが……察していた故に付いてのかと思っていた。

 

 

「食堂だ。本拠地から物資が届いたからな……久々に、多少はマシな物に有り付ける」

 

「そうなのですね……分かりました。私も楽しみです。早く向かいましょう」

 

 

私の言葉にセラは少し嬉しそうにした。

彼女は食い意地が張る。

……いや、違うか。

食事ぐらいしか楽しめる物がないから、食べ物に執着しているのだろう。

 

ヴェスパー部隊の食堂に入り、奥へ向かう。

既に昼食の時間は過ぎている。

規則に縛られた一般隊員は居ない。

 

私はセラと二人、奥へ向かい……一人、座っている男を見つけた。

 

 

「アレは……」

 

 

彼の側により、肩を後ろから叩く。

気怠げな顔が私の方へ向いた。

 

 

「久しぶりだな、オキーフ。君も新鮮な物資が目的か?」

 

「……ラスティか」

 

 

彼の前には真っ黒なコーヒーと、硬そうなクッキーが置かれていた。

クッキーの中心にあるジャムは固形化していた。

 

彼の名前はオキーフ。

V.III(ヴェスパー・スリー) オキーフだ。

アーキバスの情報部門出身で、それ以前は諜報員をしていた男だ。

元々は旧世代型の強化人間だったが、アーキバスに編入した際に新型への再手術を受けている。

 

そんなオキーフがコーヒーを啜っていた。

……酷く粘性のある液体だ。

 

 

「それ、美味いのか?」

 

「泥のような喉越しだが……味気のないレーションよりはマシだ」

 

 

それもそうか、と頷く。

 

部隊で配備されているレーションは不味い。

美味いと必要量以上食うから、敢えて無味にしているらしい。

 

それに比べれば、その泥水のようなコーヒーも美味いだろう。

 

……背後で、セラが私の服を掴んだ。

私はオキーフへ顔を向け、セラを前に押し出した。

 

 

「オキーフ、紹介しよう。彼女は新しい番号付き……V.IX セラだ。セラ、彼はV.III オキーフだ」

 

「よろしくお願いします、オキーフ」

 

「…………」

 

 

セラが会釈するが……オキーフは、何故か彼女を見て固まっていた。

そして彼の表情が歪んだ。

 

 

「……ラスティ、その女は……」

 

「彼女は信頼できる人間だ……少なくとも、私にとっては」

 

 

オキーフの言葉を遮り、彼女の信頼を保証する。

 

セラは少し戸惑うような表情を浮かべていた。

オキーフは……小さく息を吐いた。

 

 

「まぁいい。アーキバスも随分と思い切った選択をしたな……それとも、ただ無知なだけか」

 

「……オキーフ、君は彼女の事を知っているのか?」

 

「いいや……お前よりは詳しくない。ただ、お前の知らない事を知っているだけだ」

 

「……どういう事だ?」

 

 

セラに顔を向けると、小さく首を横に振った。

彼女にも心当たりはないらしい。

視線を戻せば、オキーフはクッキーを口に含んだ。

 

 

「いずれ分かる。だが、その女に深入りするのは辞めておけ」

 

 

そして、コーヒーで流し込み……食器の乗ったトレイを持って立ち上がった。

席から離れて、オキーフは食堂から出て行った。

 

 

「……ラスティ。私は何か、彼に嫌われるような事をしたでしょうか?」

 

 

不安そうな声を、セラは溢した。

私は首を横に振る。

 

 

「いや、君の立ち振る舞いは普通の物だった」

 

 

セラと目線を合わせて、安心させるように声色を優しくする。

 

 

「だから……彼の問題だ。君の所為じゃない」

 

「そうでしょうか……?」

 

 

少し落ち込んでいる彼女を見て、罪悪感が湧く。

 

それと共に、この場を離れたオキーフの事を考える。

……彼は誰にでも人当たりが良い男の筈だ。

なのに何故、彼女を……あんな目で見ていたのか。

 

あれは疑いだけではない。

何か、恐れるような顔をしていた。

 

オキーフは彼女の出生を知っているのか?

それとも、私とは違う彼女の何かを知っているのか……?

 

……問い質したとして、オキーフは答えてはくれないだろう。

それに今……優先すべきは、自分の疑問を解消する事ではない。

 

 

「……気を取り直そう。折角の食事が不味くなる」

 

「は、はい」

 

 

少々、不穏に感じながらも、彼女を連れて食堂のカウンターまで向かった。

 

クラッカーと合成乳で出来たチーズ、人工肉のジャーキーを受け取る。

セラは先程まで暗かった顔をほころばせて、ジャーキーを齧り始めた。

 

 

「これ凄く、美味しい、です。ラスティ」

 

「……良かったな、セラ」

 

「はい」

 

 

セラは無言でジャーキーを齧り始めた。

一口がかなり小さいのは元々ではあるが、それはそれとして美味い物を、長く味わって食べたいから……というのもあるだろう。

 

目の前でリスのようになって、硬いジャーキーを齧っている彼女を見ていると……一人の女がこちらに近寄って来た。

 

 

「随分と美味しそうに食べますね、セラ」

 

 

V.VI(ヴェスパー・シックス) メーテルリンク。

セラを除けば、ヴェスパー部隊で唯一の女性隊員だ。

セラは彼女に世話になっている。

 

私は男で、セラは女だ。

その性差から、どうしても助けが必要なときがある。

女性が必要な場面では、彼女に世話を頼んでいる。

 

と言っても、最近はセラも一人で活動出来るようになり、付き添いが必要な事は少なくなったが。

 

セラはジャーキーを齧っていた手を止めて、メーテルリンクへ顔を向けた。

 

 

「メーテルリンク……貴女も食事ですか?」

 

「ええ、同席しても?」

 

 

セラが私へ顔を向けた。

メーテルリンクも私に顔を向ける。

 

……頷く。

 

断る訳がない。

……私は別に彼女達の直属の上官ではない。

それほど敬わなくて良いと思うのだが。

 

メーテルリンクはオキーフの食べていた物と同じクッキーと、薄い紅色をした紅茶を持って来た。

着席と同時に、セラの皿に乗っているクラッカー1枚と、自身の皿に乗っているクッキー1枚を交換した。

 

確認も何もしていないが、セラは文句の一つも言わない。

……どう考えてもクッキーの方が量も多く、質も良い。

メーテルリンクなりに、セラを可愛がっているのだろう。

 

会話が弾んでいる……とは言えないが、世間話をする程度に仲は良いらしい。

 

そんな二人を見ながら、クラッカーを口に含むと──

 

 

「セラはいつもラスティ第四隊長と一緒にいますね?大変、仲がよろしい事で」

 

 

メーテルリンクが急に、爆弾を投擲してきた。

思わず咽せてしまいそうになるが──

 

 

「いえ?私とラスティは週に五日程しか会っていません。『いつも』ではありませんよ」

 

 

セラが更なる爆弾を落とした。

……メーテルリンクは少し引いたような顔をしていた。

確実に何か勘違いをしているだろう。

 

私は色恋にうつつを抜かしている余裕はない。

故に、彼女とそんな関係に発展する事はあり得ない。

 

彼女達の会話を他所に、手元の端末を開く。

時間を確認し……ため息を吐いた。

 

 

「すまない、二人とも。所用が入った為、離席させて貰う。コレは二人で分け合ってくれ」

 

 

殆ど残っている皿を彼女達に指し示すが、セラは少し眉尻を下げた。

彼女の食欲に訴えて宥めたつもりだが、どうやら私との時間を優先したいらしい。

 

 

「……所用、ですか?戻って来られるのですか?」

 

「いや、今日はもう戻らない。今から出撃する……帰りは夜中になる」

 

 

セラが目に見えて寂しそうにしている。

……彼女は私に依存している。

 

それは人として健全ではないが……私の『目的』の為には利用できる……いや、不安要素になり得るか?

 

酷く薄情な事を考えそうになり、それを表に出さないよう努める。

 

 

「メーテルリンクに話し相手になって貰え、セラ」

 

「は、私ですか?」

 

「嫌か?」

 

 

セラが私に向けていた寂しそうな顔のまま、メーテルリンクへ顔を向けた。

 

 

「いえ!そんな事はありませんが……」

 

 

彼女は焦って首を横に振った。

 

 

「それなら、頼んだぞ」

 

「は、はぁ……」

 

 

そんな彼女の様子を見て、セラは少し嬉しそうにしている。

……任せて良さそうだな。

 

そう思った私は席を立った。

背中にセラの視線を感じながら、私は食堂を後にした。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

私はAC単騎での偵察任務に出ていた。

『表向きは』アーキバスからの指示となっている『ルビコン解放戦線』への偵察任務だ。

 

『ルビコン解放戦線』は惑星ルビコンの住民達(ルビコニアン)が結成した、ルビコンの解放を目標とする反抗勢力の名前だ。

 

彼等はルビコニアンから不正にコーラルを徴収する惑星封鎖機構や、星外からコーラルを盗みに来る星外企業と争っている。

彼等の主食はコーラルを原料とするミールワーム等、コーラルを元にしている。

 

故に、惑星封鎖機構によりコーラルを使用しないよう封鎖されたり、巨大な企業によって取り分を奪われれば……飢えて死ぬ事になる。

 

彼等も必死なのだが……星外規模で巨大な組織を倒すには力が足りない。

 

そんな『ルビコン解放戦線』への偵察任務。

アーキバスからすれば、敵対する武装戦力への偵察は……妥当だ。

 

 

そう、誰も疑問には思わないだろう。

だが実際は、アーキバス内の内通者による偽の任務だ。

 

 

私はAC『スティールヘイズ』の中から、雪に埋もれた大地のコーラルを吸い上げようとしている『ルビコン解放戦線』の面々を見下ろす。

生きる為にと、必死に少ない資源を掻き集めようとしている。

……だが、ここはいずれ枯れるだろう。

 

暗号回線を開く。

『スティールヘイズ』から『ルビコン解放戦線』の戦略通信機器へ接続し、そこを踏み台に更に先へ──

 

回線が繋がる。

 

 

「情報共有だ。フラットウェル」

 

 

通信先はフラットウェル……『帥叔』ミドル・フラットウェルだ。

ルビコン解放戦線のNo.2。

そして、トップの『帥父』サム・ドルマヤンがコーラル神秘主義の思想家である事から、彼が実質的な戦争指導者でもある。

 

そんな男……アーキバスの敵である彼へ、暗号回線を繋いでいた。

 

 

「解析データB-26-D48、パターンは6.92だ」

 

『……確認した』

 

 

私の目的は、彼等と同じ『ルビコンの解放』だ。

コーラル神秘主義者とは相容れないが、目的の為ならば協力できる。

ヴェスパー部隊への編入も、過去にアーキバスの傘下企業へ密偵を行なっていたミドル・フラットウェルの口利きによる所が大きい。

 

ヴェスパー部隊の部隊長という立場を活かし、企業の情報を彼等に流している。

そう、私は彼等の反抗作戦の幇助をしていた。

 

つまる所、私は……アーキバス、そしてヴェスパー部隊に対する裏切り者だ。

 

 

『それで、ラスティ。何か変わった事はないか?』

 

 

脳裏に白髪で赤目の……女の顔が浮かんだ。

 

 

「ヴェスパー部隊の番号付きが一人就任した」

 

『識別名は何だ』

 

「V.IX。名前はセラだ。引き渡した所属隊員データの中にも居るが、就任したのは本日付けだ。まだ更新はされていないだろう」

 

 

胸は痛まない。

冷めた目で、通信機器を見下ろす。

 

この惑星を来訪者達の手からルビコニアンを守る……このルビコンを解放する。

その目的の為ならば、私は薄情になるしかない。

 

情には流されない。

私は既に『選んで』『捨てて』いる。

 

 

『……その女は、どちら側だ?』

 

「まだ何色でもない」

 

『期待は出来るという事か。使えるのか?』

 

 

使えるか、か。

目を細めて、コックピットの天井を見る。

 

彼女をこんな事に巻き込みたくはなかった。

企業にも、解放戦線にも……だが、彼女の出生が許さない。

 

彼女には力がある。

僅か一ヵ月で番号付きにまで引き上げられているのが事実だ。

そこにフロイトの個人的な意思があろうとも……その力は異常(イレギュラー)と言っていい。

 

この私には、ルビコンで為すべき事がある。

その為ならば、使えるものは、全て──

 

 

「使える。彼女の腕はV.Iも保証している』

 

 

利用する。

 

 

『……そうか、どうにか引き込めるか?』

 

「それはまだ分からない。彼女はまだ、何も知らない……何も分かっていない」

 

『分かっていない?』

 

「このルビコンに取り巻く意志も、人間の腹の底も……」

 

 

フラットウェルが困惑しているのを感じた。

彼はまだセラの出生を知らないのだろう。

 

彼女はまだ、このルビコンの現状を正しく理解していない。

ルビコニアンが今、どんな状況に置かれているのか、も。

 

だからこそ、未知数だ。

仲間を裏切るのか、私と敵対するのか。

どちらを選び、どちらを捨てるか。

それは分からない。

 

 

だが、もし彼女が私の──

 

 

いや、ルビコンの敵になるのであれば──

 

 

その時は、私が彼女を排除しなければならない。

 

 

ルビコンの……夜明けの為に。

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