セブンティーンからトゥエンティワンへ   作:秋草

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Record:617

 

 C4-621。第四世代型強化人間、ナンバリング621のこと。たった一枚の書類の差で起こされなかった、同胞。

 

 もし621が目を覚ますなら。

 此処に居る『意味』を、遺し、伝えたい。

 ハンドラーがそうしたように。

 夜闇に導<しるべ>を灯すんだ。

 

ーーーーー

 

 『俺』には、施術前の記憶が全く残っていない。

 知識はある。地球、木星、人類社会の大まかな常識。アーマード・コアの操縦、兵器の運用などの戦闘理論。そういうものは、きちんと残っている。

 だが、自身の来歴や過去についての個人記憶が、全て抜け落ちていた。

 自分という指針と基準を失い、その覚束なさに狼狽える。そんな状態では商品としての責務も果たせず、生きている『意味』など無いのではないかと、不安に怯える。

 起こされたばかりの俺は、そうして怯え縮こまりーそんな俺にあの人は、ハンドラー・ウォルターは手を差し伸べた。

 

 『617、お前の『意味』は、俺が与えてやる』

 

 だから、怯えることは無いと。

 お前は此処に居ていいんだと。

 その深い瞳に、俺はそんな『導き』を見出した。

 

 その日から、俺の指針はハンドラーとなった。

 幸いにして俺は、後続のメンバーと比較しても、肉体の不調は抱えていない個体だった。だからハンドラーに付いて、彼の仕事を誰よりも側で見ていた。

 よく観察し、思考し、最適を探す。そんな彼の下で、彼を指針にして俺は生きていた。

 …『俺』と自称するのもハンドラーを真似てのこと。ハンドラーと二人の間は良かったが、メンバーも増えてきて、自分のことを指す名称が必要になり、始めたことだ。

 

 俺は、俺の在り方そのものを、彼に託していたんだ。

 

 彼の指示を受け、彼を補佐し、彼の仕事を学んだ。仲間をまとめてチームを築き、彼の目的を達成するために働いた。

 俺に続いて起こされた仲間達は俺よりもよっぽど『人間』らしく、俺は随分と振り回されていたと思う。だが不思議と苦ではなかったし、皆もハンドラーの意に従おうという方向性は揃っていた。

 彼に飼われ、彼の手足となって戦う。

 他人はそんな俺達の在り方に、外から不幸だのなんだのと評していたが、俺はそもそも、幸福がどんな形をしているか、よくわかっていなかった。

 

 幸福とは、失っていくことで形が見えてくるものだと、俺はその時まで知らなかった。

 

ーーーーー

 

 ハウンズが、欠けた。

 それは許容できる損失だった筈だ。元より俺達は、ハンドラー・ウォルターの道具として、使い尽くされる事が存在意義だ。

 618は自らの価値を十全に発揮した。それこそが、ハンドラーが俺達に与えた『意味』だと思った。

 だというのに、皆に休息を与えて去っていく彼の背中は、酷く憔悴して見えた。いつもは杖をつきながらも真っ直ぐな鉄芯のようなその姿が、揺れる蝋燭の灯火のようだった。

 それが、どうにも胸をざわつかせた。

 この人は、俺が考えているよりもずっと『人間』なのだと、その時俺は思い知ったのだ。

 

 「我々がウォルターに向ける感情は」

 いなくなった618と、こんな話をしたことがある。

 ハウンズ皆が、自分達を拾い上げてくれた事に、多かれ少なかれ感謝の念を持っている。斜に構える自分でさえもそういう面がある、と618は告白した。

「その心を土台に、みな各々別の感情をウォルターに向けている。619は憧憬、620などは友誼か。自分は…強いて言うなら忠節といったところ」

 普段は寡黙な618が、この時は饒舌だった。多分それは、俺にも考えて欲しいからで。

「617、君のそれは『信仰』だ」

 618はそう評して、手元の本に視線を戻す。

 俺から目を逸らすようにして。

「…一人の『人間』に、向けるものでは無い」

 ぽつりと溢れた言葉が今頃になって、まるで潮騒のように耳に響いている。

 

ーーーーー

 

 620は笑って言う。

「617って、自分のことになると鈍いよね」

 

 619は慈しむように言う。

「貴方は、無自覚なだけ」

 

 618は言い遺した。

「『意味』を果たせ」

 

 みんな、みんな居なくなった。

 手のひらからこぼれ落ちていった。

 なんで、どうして、今になって。

 あの人の背中の意味を、理解してしまったんだ。

 

ーーーーー

 

620: 617!ボク達の勝ちだ!

 

 その言葉と共に、神経接続の感覚共有から620の反応が消失した。

 身体調整によって嘔吐などしないはずの体から、吐き気が上って脳が揺れる。気が付けば、吐瀉物の代わりとばかりに叫んでいた。

 機動兵器、データ名称カタフラクトは、今この瞬間静止していた。二人がかりで衝撃を与え続けた本体、620を襲った砲塔、そのどちらもがこの刹那、俺の前で隙を見せていた。カタフラクトの中央、コアユニットへの道が、拓けていた。

 レッドアラートを繰り返す機体を、構うものかと突っ込ませる。唯一残ったガトリングガンの、その砲身を槍のように突き立てて。

 振り払おうと、あるいは踏み潰そうと前進するカタフラクトの巨躯にフルブーストであらがい、しがみついて。

 

 叫ぶままに、トリガーを引いた。

 

ーーーーー

 

 ハンドラー、俺は、あなたに救われました。

 あなたと一緒に暮らし、あなたと共に仕事をした。

 『人間』というものを忘れた俺は、あなたの振る舞いを以て『人間』を学びました。

 あなたが俺の導きでした。

 

 だけど、だからこそ、俺は気が付かなくちゃ、いけなかったんです。

 『人間』は傷付くものだということを。

 俺は本当は、傷付いたあなたに、幸せになって欲しかったんだということを。

 

 だからせめて、伝えたい。

 ハウンズ<飼い犬>を喪い、傷付くあなたに。

 

ーーーーー

 

 「俺は、俺達はもう十分に、幸せでした」

 その言葉は、神経接続のログではなく、喉から音となって発せられた。

 機体のシステムはそのほとんどが死に、神経接続もエラーばかりで機能していない。操縦席は半ば潰れかかっており、しかしそれでもかろうじて操縦系統と、操縦のための身体機能は生きていた。

 関節は軋み、装甲は各所が融解し、限界を迎えたジェネレーターは強制排熱を行う。熱で揺らぐ大気の中、幽鬼のように、前を向く。

 ーーカタフラクトは撃破した。

 武装は全損。動くのがやっとの機体状況。奇跡的に無事だったセンサーが、眼前の情報を取り込み、

 ーー稼働する要塞砲を視認する。

 

『ターゲット情報 更新』

 

 アレが残っていたら、ハンドラーは先に進めない。

 機体をゆっくりと立ち上がらせる。

 排熱弁を閉鎖。ジェネレーターを強制再臨界。

 武装は失われてしまったが、武器はある。

 アーマード・コア、鋼の心はまだ熱を持っている。

 618が遺し、619が託し、620が拓いた、

 ハンドラーがくれた意味を、仕事を、果たそう。

 

『フェーズ3 パターンE』

 

 ーー要塞砲に、エネルギーが収束するーー

 ーーその光に向かって、駆け出したーー

 

ーーーーー

 

 もし621が目を覚ますなら。

 此処に居た『意味』を、遺し、伝えたい。

 きっとあの人は、涙を流さず泣くだろうから。

 彼が俺にそうしたように。

 彼の夜闇に、お前が導<しるべ>を灯すんだ。

 

ーーーーー

 

『617 ロスト』

『ハンドラー・ウォルターに報告』

『ミッション完了』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「どうした、621」

 

 ルビコンⅢの資料から目を離し、ハンドラー・ウォルターは自らの猟犬、強化人間C4-621に声をかけた。

 全身に治療の跡が残る621はまだ冷凍から起こされたばかりで、機能の回復と学習を行なっている。

 その621が、じっとログファイルを見ていた。

 歩み寄ったウォルターは、その目を細める。

「…あぁ、それは以前の仕事のログだ」

 少しの懐旧と、深く重い感情。

 言葉の端にナニカを感じた621は振り返り、ウォルターの顔を見上げたが。

「参考になるかもしれん。見ておくといい」

 ウォルターはただそう告げて、自身の仕事に戻っていった。…込められた想いの正体は、621にはまだわからない。

 621は指先で、画面をそっと撫でる。

 ログに残るのは戦闘記録だけだ。

 淡々と記録された、『ハウンズ』の戦訓。

 そこに何か、強い意志のようなモノを感じて、しかし621には読み取れなかった。

 ならばせめて、と、その戦闘経験だけでも全て己の力にするべく読み込んでいく。

 それにはきっと『意味』があるから。

 

 旅立ちの日は、近い。

 

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