マジカルかりん vs 怪盗かりん vs ダークライ   作:ロードランの巡礼

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1話

時刻は22:00。

 

無計画な都市開発の果て、ビルの狭間に生まれた薄暗い道を足早に行く少女がいた。彼女の左手では僅かな街灯の明かりを受けて指輪が輝いている。

 

年頃の少女がこのような夜道を行くことに眉を顰める者もいるだろう。しかし、彼女とて好んでこんな道を行くわけではない。今日戦った魔女は強く、倒すのに時間がかかってしまった。早く帰らなければ家族に要らぬ心配をかけてしまうだろう。そんな思いからやむを得ずこの道を通ることとしたのだ。それに自らは魔法少女。ただの不審者など問題にならないはずだ。

 

彼女がそう考えるのも無理はない。実際、ただの人間相手に魔法少女が遅れを取ることなどありえないのだから。そう、相手が()()()()()であるならば。

 

少女が角を曲がり、もはや街灯の光すら差し込まない奥まった道に入った瞬間、一つの影が彼女の元へ飛び込んできた。彼女はそれを僅かな魔力反応を頼りに紙一重で受け止めると、返す刀で斬りかかる。しかし、襲撃者は凶刃をひらりと躱すと前方の闇の中へ音もなく降り立った。影は帽子と外套らしきものを羽織っているせいで大きく見えるが、よくよく観察すると実年齢は少女よりもかなり下のようである。

 

「なんのつもりかしら?」

 

年下が相手ならば、上手くやれば追い払うことができるかもしれない。そう考えた少女は襲撃者を威圧するために怒気を孕んだ声で語りかけた。ただでさえ帰宅が遅れているのだ。これ以上の面倒ごとはごめん被りたい。だがそんな思いも虚しく人影は再度こちらへと向かってきた。

 

「クソッ」

 

少女は悪態を吐きながらも、振り回される刃のひとつひとつを丁寧に()()()いく。彼女の戦い方の特徴は相手の力を利用することによる受動的な攻撃にある。敵の攻撃を弾きあるいは受け流すことで、自身の体力をさほど消耗せず、相手の気勢を削いでいくのだ。ゆえに彼女の戦闘技術は同世代の魔法少女と比べても一際抜きんでていた。対して襲撃者はあまり戦闘に慣れていないようで、得物の重さに半ば振り回されるような形で攻撃を繰り返している。そのような二者の攻防が長く続くはずもなく、数合の打ち合いの結果、襲撃者は大きく体勢を崩した。それと同時に少女は襲撃者へと袈裟がけに斬りつける。

 

襲撃者は崩れた体勢のまま無理矢理後ろへ飛び退き、何とか直撃こそ免れたものの深い傷を負った。致命傷でこそないが、戦闘の継続は困難だと思われるほどの重傷である。にも関わらず、襲撃者は先ほどと同じように少女に向かい斬りかかってくる。

 

(ちょっと…!いい加減諦めなさいよ…!)

 

少女は戸惑いながらも得物を構え直すと、もう一度襲撃者の攻撃を弾きにかかった。ただでさえ格下の相手。それに加え、怪我を負っている状態での攻勢などすぐに終わらせられる。そのはずだった。しかし少女の予想とは裏腹に襲撃者の攻撃は止まらず、それどころか一撃ごとに凶刃はより重く、より巧みなものになっていく。

 

(なに…!?コイツ…!)

 

気づけば襲撃者の動きは当初とは打って変わり、一端の武芸者の如く洗練されたものになっていた。

 

「ま、待った!要求は何!?」

 

このまま戦闘を続けていればいずれ打ち負けると判断した少女は、攻撃の勢いを利用して相手との距離を取ると襲撃者に交渉を持ち掛ける。襲撃者はその声に反応し、幽鬼めいたおどろおどろしい声で呟いた。

 

「…トリック・アンド・トリート…」

 

「…は?」

 

それは予期していた内容ではなく、彼女は思わず困惑の言葉を漏らした。だがそんな少女をよそに襲撃者はさらなる言葉を紡いでいく。

 

「お前の力も…グリーフシードも…すべて我が回収する…」

 

「"怪盗かりん"の名に懸けて…!!!」

 

そう言い放つと襲撃者は少女の下へ再三突貫。得物を地面に擦らんばかりに低く構え、こちらへと向かってくる。

 

(まぁそうよね…!)

 

最もこの展開自体は少女の思惑通りであった。先ほどの交渉はあくまで時間稼ぎ。真の目的は次の一撃のために息を整えることにある。

 

ただ傷つけるだけでは止められないならば、一撃でもって意識を刈り取る。即ちは彼女の奥の手(マギア)、相手の速度と自身の抜刀速度とを乗算したカウンターである。

 

さて、果たして少女の一撃は思惑通り襲撃者の攻撃よりも先に届くーーー

 

と同時に大きな金属音が鳴り少女の得物が空高く()()飛ばされた。

 

「…え?」

 

襲撃者がニタリと嘲るように笑ったのを最後に、少女の視界は黒く閉ざされた。

 

 

ミーン。ミーン。ミーン。

 

「…」

 

ジー。ジー。ジー。

 

「…」

 

ショーワ。ショーワ。ショーワ。

 

「…」

 

ここは栄総合学園。神浜市は栄区に設立された小中高一貫校である。特色としては、芸術の町栄に相応しく芸術家の育成に力を入れていることが挙げられ、新進気鋭のアーティスト"アリナ・グレイ"が通う学校としても知られている。

 

さて、そんな栄総合学園であるが、いくら生徒たちの芸術活動に力を入れているとはいえ、夏季休暇期間中に空調を無制限に稼働させるほど裕福な学校ではない。

 

つまり、何が言いたいかというと。

 

「…あっついの!!!!!」

 

彼女、御園かりんの入り浸っている教室は外気温と変わりないほどに熱せられた灼熱地獄と化していた。

 

この教室は彼女が所属している漫画研究部の部室(そもそも存在しない)でもなければ、ちょくちょく同一視される美術部の部室でもない。"天才アーティスト"アリナ・グレイが特別に自らのアトリエとして使用している空き教室である。最もその部屋の主は「Fu〇kin'Hot!!!!!(クソ暑い)」と言い残し、避暑地の別荘へと旅立っていったのだが。

 

閑話休題(それはともかく)、家では余計な誘惑が多すぎると考えたかりんは作業に集中できる場所を求め、うだるような暑さの中ここまで来たのである。

 

だが現実はこの通り、無慈悲な夏の女神は文明の利器なき弱者に対して平等に視線を注ぐのだった。

 

それでもどうにかこうにかお昼までは何とか耐えてみせたのだが、いよいよ限界を悟ったかりんは新天地を求め旅立つか、それとも自宅に帰るかの岐路に立たされていた。もともと家では集中できないからこそ外へ出てきたのだ。家に戻れば十中八九作業はしないだろう。コンクールの〆切が迫りつつある今、それは非常にまずい。ではやはり新天地を探すしかないのか。彼女はおもむろに自身の財布の中身に目を向けるも、女神の視線は遍く財布の中にまで注がれていたようで、そこには干ばつにあえぐ荒涼とした原野が広がっていた。

 

新天地を求め旅立つのに先立つものはやはり金である。コロンブスにはパトロン(エリザベス女王)がいたが、あわれ(自称)未来の大漫画家にはまだパトロンがついていなかった。彼女の旅はここで終わってしまうのだろうか。

 

いや、違う。新天地を求めるのに金が入り用なのは間違いない。だがそれよりも重要なのは人脈であろう。もとはと言えば一介の船乗りに過ぎぬコロンブスが大提督となり大海へと漕ぎ出でるまでに至ったのは彼の広い人脈のおかげである。そして人脈ならば彼女にも若干の伝手があった。具体的には知り合いのメイドにして、東神浜の最強魔法少女と名高い"なぎたん"こと和泉十七夜である。彼女に頼み込めばドリンク一杯分程度なら奢ってくれるかもしれない。いや、そうとまでは言わずとも空調の効いた室内で座らせてもらえれば御の字である。幸い、今日が出勤の日だということは予め聞いている。

 

かくして彼女は和泉十七夜へ会い(たかり)に燃えさかる炎天下の中へと旅立ったのだった。

 

 

「えー!今日なぎたん休みなの?」

 

「そうなの~。折角来てくれたのにゴメンね!」

 

そんなこんなでえっちらおっちら十七夜の働くメイド喫茶まで来たかりんであったが、肝心要の十七夜本人はどうやら急遽休みを取ったらしい。エントランスへ応対に現れた十七夜の同僚であり魔法少女でもある牧野郁美にそう告げられ、かりんは思わず肩を落とした。しかし、彼女の話にはまだ続きがあるようで、郁美は声を低くすると彼女の耳元で囁く。

 

「なんでも大東区の魔法少女の子が"調整屋"さんに運び込まれたらしくって。急ぎの用事ならまだそこにいると思うよ!」

 

"調整屋"とは神浜市に独自に見られる存在で、"グリーフシード"と引き換えに魔法少女たちの"ソウルジェム"に触れることで潜在的な能力の覚醒を促したり、あるいは魔法少女の身体能力をもってしても容易に自然治癒しないような重傷を癒すことを生業としているものである。

 

そんな彼女の元へ自ら足を運ぶのではなく運び込まれたというのは十中八九後者、傷の治療が目的だろう。ましてや十七夜が呼び出されるほどの事態なのだ。ただ事ではなかろう。

 

それを聞いたかりんは居ても立っても居られず、"調整屋"へと赴くことに決めた。たとえ何の役にも立てないのだとしても、ここでじっとしているのは性に合わない。それに彼女がなりたい自分と定める"マジカルきりん"ならきっと駆けつけているだろう。

 

「ありがとうなの!」

 

「気をつけてねー!」

 

かりんは郁美にお礼を言うと、くるりと彼女に背を向け"調整屋"に向かって駆けだしたのだった。




「うう…あああ…」

情けない声を上げながら、りなはうずくまった。

己は魔法少女であり、魔女を倒して世界を守る使命がある。頭でこそ分かってはいたが、実際に魔女の目の前に立ってみると、使命感よりも恐怖心の方が勝り武器を振るうことが出来なかった。

幸いにも今回は逃げ切れた。でも次はダメかもしれない。そう思うと足がすくみ、その場から動くことすらできなくなる。

ただ、かといって彼女には戦わないという選択肢を選ぶことは許されない。なぜなら、りなたち魔法少女は魔女が生み出す"グリーフシード"と呼ばれるアイテムを使用し、変身アイテムである"ソウルジェム"の穢れを払わなければならないためだ。

"ソウルジェム"の穢れは魔力の消耗と悪感情によって溜まっていく。現に自己嫌悪に陥っているりなの"ソウルジェム"は今も少しづつ濁っている。

なぜ"ソウルジェム"を濁らせてはいけないのか、濁りきったときにどうなるのか。どちらも彼女のナビゲーターである"キュウべえ"は教えてくれなかったが、何かよくないことが起きるのだという確信だけはあった。

故にりなは震えながらも立ち上がる。大丈夫、自分には才能があるのだ。"キュウべえ"からのお墨付きだって貰ったではないか。そう己を鼓舞しながら、魔女の隠れる結界へとゆっくり近づいていく。

しかし、あと一歩というところまでりなが近づいた瞬間、結界は音もなく崩れていった。

崩れた結界の跡地からひとりの少女が姿を現す。傷ひとつ負っていないところを見るに、おそらくかなりの手練れであろう。

「あ、の…」

優れた魔法少女なら、"グリーフシード"のおこぼれを多少分けてくれるのではないか。そんな打算でりなは結界から出てきた魔法少女へと声をかける。だが、彼女はそんな浅ましい考えを見透かしたかのように、りなのことを一瞥すると声をかけることもなく夜の闇へ消えていった。

「ひぐっ…ううう…!」

りなは再びうずくまると、今度は本格的に涙をこぼす。どうしてこんなことになったのだろう。あんなつまらない願いごとしなければよかった。後悔がふつふつと沸き上がり、"ソウルジェム"が急速に濁っていく。だが"グリーフシード"を持たないりなにはどうすることもできず、泣きじゃくる彼女を尻目に"ソウルジェム"が濁りきろうとしたその時である。

「トリックオアトリート!」

闇夜に少女の明るい声が響き渡った。
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