ベヒモス「待っててナグモ。すぐ行くから」   作:羽織の夢

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短編として投稿したのが約一年前。
連載で始めようと思います。


2.出現

 雲一つ無い晴天の空。

 明るく澄んだ抜けるような青空からは、陽の光が一切遮られること無くキラキラと地上に振り注ぐ。

 

(ああ、いい天気だなぁ)

 

 その光景を前に、仰向けで転がる青年は無意識に手を空に向けて伸ばした。

 

 

 青年は冒険者だった。

 ランクは緑。冒険者の中では中堅クラスで天職は剣術士。まだ20代前半なことからこれからに期待が寄せられる有望株の一人だ。

 

 とはいえ、黒や金程度にならなければ指名の依頼もそうそうない。

 その日は特に惹かれるような依頼も無く、パーティと話し合ってオルクス大迷宮に潜ることに決めた。所謂鍛錬を含んだ小遣い稼ぎだ。

 

 オルクス大迷宮は階層の深さによって魔物の強さが変わる為、安全マージンも取りやすく、欲を出さなければ危険も少ない。何よりも手に入る魔石が地上の魔物よりも数段質が高い。

 

 良くも悪くもいつも通り。

 青年にとって、そんな日が始まるはずであった。

 

(何でこうなったんだっけ?)

 

 青年は朦朧とする頭で考える。

 伸ばした腕から垂れた赤い雫がぽたりと頬に落ちた。

 

(いつも通りだった。受付を済ませて、さあ行くぞって……)

 

 激しい喧騒。響き渡る悲鳴。

 

(分かってるよ。こいつらの思考回路なんて誰にも分かんねぇってことくらいさ)

 

 地面から断続的に響く振動。人とは似ても似つかない唸り声と咆哮。

 

(でもさ、これはおかしいでしょ)

 

 青年の視界に黒い影が映り込む。

 

(何で、地上に()()()()()が出てくるんだよぉ)

 

 ぐちゃり、と生々しい音を最後に青年の意識は永遠に途絶えた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 宿場町ホルアド。

 

 オルクス大迷宮の玄関口として名を広め、そこから取れる良質な魔石を求めて多くの冒険者や商人で賑わう都市は現在……

 

「うわぁあああああああ!?」

「助けて!? 殺さないで!?」

「衛兵は何してんだよ!? 早く助けろよ!!」

「もう全員殺されたよ!! いいから逃げるぞ!!」

 

 悲鳴が木霊し、肉が弾け、血が飛び交う。

 

 地獄絵図。

 そう表現するに値する凄惨な光景がそこにはあった。

 

 始まりはラットマンが迷宮の入口に姿を現したことだった。

 一階層に生息する魔物で、入口に近いこともあり、時々地上付近まで姿を現すことも珍しくない魔物だった。

 

 しかし、ラットマン程度なら迷宮の入口を警備する兵士達だけで難なく駆除が可能だ。

 それはなんてことない光景。警戒など必要もない通常作業の一つ。ホルアドに住む人々にとってはありふれた日常だった。

 

 ラットマンを一匹、二匹、三匹、四匹と駆除していき……

 

 あれ? と、一人の兵士が疑問を持った。

 

 ラットマンが地上に上がろうとすることは珍しくない。珍しくないが、それにしても数が多い。

 

 魔物たちは人間を見ると問答無用で襲いかかる習性を持っている。魔物が地上に姿を現す数が少ないのは、迷宮に潜る人間に彼らの敵視が向くからに他ならないからだ。群れになれば人間に遭遇する可能性が上がるため、地上に現れるのは必然的に群れから逸れた個体となる。

 

 何よりも現れたラットマンの様子がおかしい。

 自分たちを見ても戦闘態勢に入らない。まるで一刻も早くここから離れたがっているかのような光景に一抹の違和感を感じ、

 

 

──グオォオオオオオオオオオオオオッッ!!

 

 

 突如響き渡った咆哮

 まるで何十、何百の獣が一斉に雄叫びを上げたかのような轟音。

 

 兵士達がようやく異常事態が起こっていることに気付くが、時既に遅く……

 

 数えるのも馬鹿らしくなるような魔物の大群がゲートを突き破り、地上に侵攻した。

 

 

 

 敵の数は未知数。

 倒しても倒しても湯水のように後続が現れる。

 何よりも厄介なのが敵の強さだ。オルクス大迷宮の特性故、後から出てくる魔物ほど深い階層から出てきた個体ということになる。

 

 いつまで経っても魔物の数が減る気配はなく、倒せば倒すほど次の魔物はさらなる強さを持っている。

 階層が深くなるにつれて魔物の強さが変わる性質がここにきて裏目に出ていた。

 

 拮抗出来たのも最初の数分のみ。

 数に呑まれ、恐怖に呑まれ、最終的には単純な強さに呑まれた彼らには逃亡の選択肢しか残されていなかった。

 

 このままではホルアドが壊滅するのも時間の問題だった。

 

「お前、冒険者だろ!? 何とかしろよ!!」

「はあ!? 出来るわけないだろ!? あんな魔物普段の階層じゃあ見たことねぇよ!!」

「それでも何とかするのが冒険者だろ!?」

「何だとてめ……え?」

 

 が、そうはならなかった。

 

 絶望的な状況に口論を始めた男の一人が激情に任せ、もう一人の男に掴みかかった瞬間、異変に気付く。

 

「魔物が、迷宮に帰っていく……?」

 

 何かに急かされるように地上への進撃を行っていた魔物達が、今度は我先にと迷宮の中へ戻っていく。

 数が多すぎてはじき出されたり、踏み殺される個体もいるが彼らは気にもしない。

 これまでとは真逆。魔物に感情があるかは分からないが、まるで今いるこの場所が危険だと言わんばかりの必死さでゲートをくぐる。

 

 深く、深く。ここよりもずっと深く。

 

 地上へと出た、()()よりも少しでも遠くへ。

 

 

「何だったんだ、一体……」

 

 生き残った男の一人が呟く。

 

 彼は知らない。この未曾有の大災害が起こった原因を。

 彼らは知らない。魔物の大進撃に紛れ、オルクス大迷宮の最下層から地上まで飛び出した存在に。

 

 その上昇地点にホルアドが面していなかった。それだけが生き残りの命運を分けたことを。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ホルアドから2km程離れた上空。

 そこには風になびく黒髪を抑える少女の姿があった。

 

「ここが、地上……」

 

 少女──ベヒモスは目の前に広がる光景を見下ろし、ポツリと呟いた。

 

 知識としては知っていた。人間達が生息している住処。

 地平線の彼方まで続く広大な土地。吸い込まれそうな程に青く澄んだ大空。

 生まれた頃より迷宮内で活動していたベヒモスには、その全てが新鮮な光景だった。

 

「でも、なんだろ? どこか懐かしい……?」

 

 しかし、ベヒモスは生まれて初めて見るはずの光景に、何処か既視感を覚えていた。

 

「うーーーん……ま、いいか。今はそれよりも……すんすん……」

 

 首を傾げて考え込むが、すぐにどうでもいいかと思考を打ち切ると、鼻をひくひくと動かす。彼女にはわざわざ地上にまで出てきた目的があった。

 

「……ナグモの匂い、しない」

 

 あの日の出会いの衝撃は今でも鮮明に覚えている。

 もう一度会いたい。会ってあの日の続きをしたい。それだけの為にベヒモスは枷を解き放ったのだから。

 しかし、目的の人物が見つからないことへの落胆に肩を落とす。

 

「うう、どうしよう?」

 

 当然だが、ベヒモスに地上で頼れる存在などいない。

 そもそも今までが魔物の本能に従って生きてきたのだ。『結果』は分からずとも、それを為すための『行程』さえ行っていれば良かったベヒモスにとって、求める『結果』は明確でも、それを為すための『行程』が不鮮明なのは当たり前の帰結であった。

 

 地上に出さえすればハジメの匂いを辿れば良いという安直な考えは早々に打ち砕かれた。

 

「……ん?」

 

 だが、天は彼女を見放さなかった。

 

「ハジメじゃない……でも、何か似てる?」

 

 匂いからハジメではないことは確信出来る。だが、どこか似ている。それは血縁だとかそういったものではない。

 例えるならばミカンの匂いを辿っていたらレモンに辿り着いたようなそんな感じ。

 

「……行ってみよう」

 

 絶対にハジメではないと言い切れるが、他に手がかりがないベヒモスにとっては唯一の光明だった。

 うん、と一人頷いたベヒモスは軽く膝を曲げ、宙を駆ける。

 

 弾丸のように空を駆けるベヒモス。図らずともその方角は、王都が位置する場所と一致していた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ハイリヒ王国。

 

 一年前の魔人族侵攻により壊滅的な被害を受けていた王都も、今ではすっかり元の形を取り戻し、以前と変わらない賑わいを見せていた。

 

 そんな中、王宮へと続く道を歩く二人組の男女が居た。

 男の名は天之川光輝。かつて地球から召喚されたハジメのクラスメイトであり、勇者の天職を持つ青年である。

 

「厄介な魔物か。十中八九神域から逃げ出した個体だろうな」

「恐らくそうでありましょう。そうでなければ態々我々を呼び戻すことなどしないでしょうし」

 

 光輝の言葉に返すのはハイリヒ王国騎士団の装備を纏った女性騎士だった。

 それ自体はなんらおかしな点はない。だが、光輝はあきらかに女性の様子がおかしくなっていることに気付いていた。

 

「その、大丈夫か? 顔色が優れないけど……」

「大丈夫です。ただ団長に会う可能性があるのが心配なだけです」

「ああ……」

 

 女性騎士の返答に光輝は納得したように頷いた。

 女性騎士は元はリリアーナ付きの近衛騎士で、現王国騎士団団長であるクゼリー・レイル直属の部下だったのだが、とある奇行が原因で問題を起こしまくり、今では光輝のサポーターという体裁で左遷された身だった。

 

 そのせいなのか、王宮でクゼリーと鉢合わせた場合、高確率で鍛錬所に引きずられ、訓練とは名ばかりの折檻を受けることになるのが定番になっていた。

 

「そんなに嫌なら王宮には俺が一人で行こうか?」

「いえ、そんなことをすれば返って後が怖いので無理です」

 

 光輝のサポート役である彼女が、「団長が怖いので職務を放棄しました」なんて知ったら後でどんな目にあうか分かったものではない。

 故に彼女は行かなくてはならない。あくまで目的はリリアーナとの面会。必ずしもクゼリーに会うわけではない。そう自分に言い聞かせながら。

 

「ははは……」

 

 そんな彼女に呆れた笑みを光輝が浮かべる。

 

 光輝は今、高校を中退し、トータスに一人残っていた。

 かつての自らの愚行の償いをするために魔物を狩る日々。未だに光輝に向けられる視線は冷たい。それでもそれが自分の背負った咎だと受け入れる。

 この先、自分が受け入れられる未来がなかったとしても、やり遂げると誓ったのだから。

 

 

 

 

 

 そんな日常は一瞬で砕け散った。

 

「──ッ!?」

「キャッ!?」

 

 ゾクッと全身が硬直してしまう程の悪寒が光輝を襲う。

 もしこれがトータスに来ていたばかりの頃だったのならそのまま何も出来ずに立ち竦んでいたことだろう。光輝は女性騎士を抱き上げ、全力でその場から飛び退いた。

 

 突然の事態に女性騎士が声を上げるも、直後、二人をとてつもない衝撃が襲いかかった。

 

「ぐううううッ!!」

 

 抵抗も許されず、光輝はいたるところに体をぶつけながら吹き飛ぶが、何とか態勢を立て直し、女性騎士の上に被さる形で衝撃を凌ぐ。

 油断すれば再び吹き飛ばされかねない衝撃と、鼓膜が破れるほどの轟音。女性騎士は体を縮め、両手で必死に耳を抑える。

 

 どれくらい経っただろうか。二人には無限にも感じられた中、ようやく衝撃が収まり始める。

 

「だ、大丈夫か!?」

「は、はい。何とか……!」

「良かった……! 一体何が……!?」

 

 光輝が自分に被さる瓦礫をガラガラと押しのけながら安否を問いかけると、動揺しながらもしっかりとした返事が返ってきたことにほっと安堵の息を吐く。

 そして状況を確認すべく辺りを見回した光輝は絶句した。

 

──そこは、阿鼻叫喚の地獄と化していた。

 

 建物は崩れ、いたるところで火の手が上がっている。

 巻き上がった砂煙で全体の確認は出来ないが、煙の向こうから人々の悲痛な声が聞こえる。

 

「何、だ、これは!?」

 

 瞬きの間で作り上げられた絶望的な光景に光輝は言葉を失う。ざっと確認しただけでこの被害。あれだけの衝撃だ。もしかしたら死傷者も出ているかもしれない。

 原因は分からないが、すぐに救助を、と立ち上がろうとした光輝を女性騎士が止めた。

 

「あそこ。何か、います」

「え?」

 

 女性騎士が指差す方向に光輝が目を向ける。

 そこは一際砂煙が充満していて視認が難しい。だが、まるで隕石が衝突したかのような深いクレーターがそこにはあった。誰の目から見てもそこが爆心地であることは明らかだ。

 

 その中心に黒い影がちらりと見えた。

 この異常事態で謎の爆発の中心地で佇む何者か。まず間違いなく今回の元凶だ。

 

 女性騎士を背後に庇いながら、光輝はいつでも対処できるようにと聖剣を構える。

 すると、それを見計らっていたように、肩で煙を切りながら一人の人物が姿を現した。

 

「「……え!?」」

 

 その姿を見て、光輝と女性騎士は目を見開く。

 

「くんくん……確かこの辺から……」

 

 現れたのは黒のドレスを身にまとった黒髪の少女。

 光輝とそう変わらない年齢だろう見目に、剥き出しの肩やスリットから覗く太ももが魅惑的な雰囲気を撒き散らす。一見おかしな鱗のような文様も、彼女の魅力を引き立てる一因にすらなっている。

 

 それだけなら許容できた。

 ただ、光輝達が目を向けたのはその頭部。少女のこめかみ部から生える赤黒い角。この世界には獣人族という獣の特徴を持った人間がいるが、少女と一致する特徴を持つ獣人族は存在しない。

 何よりもその紅玉の如く美しく光る瞳。その奥の瞳孔は縦に伸び、それが何よりも少女を人ならざる者であると証明していた。

 

「誰だ!?」

 

 光輝の言葉に少女がこちらに振り向く。

 視線が合った。ただそれだけで無意識に聖剣を握る手に力が入る。人の形をした人ではない何か。それは嫌でも光輝に一つの可能性を思い至らせた。

 

(まさか、神の使徒の生き残り……!!)

 

 自分の知る神の使徒と容姿は似ても似つかないが、ここまで人に近い造形をした存在は他にはいない。

 光輝の頬をつうっと汗が伝う。

 

 神の使徒の強さはよく知っている。

 エヒトによって力を引き出されていた時ならば勝機はあったが、今の状態ではそれも難しい。仮に自分を無視して他の人間をターゲットにしようものなら結果は分かりきっている。

 

 大戦時ではハジメのアーティファクトや香織の尽力があってようやく拮抗できたのだ。香織は居らず、肝心のハジメ作のアーティファクトは全て壊してしまい一つも残っていない。

 

(何とか南雲に連絡を……いや駄目だ! 定期の開門はまだ先だ……!!)

 

 トータスと地球を移動できるゲートはハジメによって定期的に開かれる。

 しかし、開門には莫大な量の魔力が必要で、魔素がほとんどない地球では最速でも5ヶ月かかる。最後にゲートが開かれたのが2ヶ月前。普通に考えれば次開くのは3ヶ月は先ということになる。

 

(南雲達の救援は望めない……!)

 

 ハジメ達がいない今、この世界での最強は間違いなく光輝だ。

 3ヶ月も耐え続けるなんてとても現実的ではない。ならば、今ここで自分がやるしかない。

 

(俺が何とかしないと──)

 

 絶望的な状況の中、光輝が自らを鼓舞していると、

 

「ねぇ」

 

 それは直ぐ目の前から聞こえた。

 

「すんすん……うん、やっぱりちょっとするかも」

 

 離れていたはずだ。

 目算で約30メートル。確かに間合いが開いていたはずだ。

 

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」

 

 光輝の目と鼻の先に広がる朱色。

 吐息すら感じられるような距離で少女は問いかける。

 

「ナグモって男の子、知らない?」

 

 頬を伝った汗が、ぽたりと落ちる音が嫌に耳に残った。

 

 

 

 




年代としてはエヒトとの戦いから1年後の設定でいきます。
アフターの内容は時系列もバラバラで取り込むのは難しいので基本はスルーします。

どこかにアフターでの出来事を時系列にまとめた表とかあったら便利だなぁ。
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