向日葵畑と早咲きの桜の前で   作:卵スープの中のワカメ

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かつて見た星 下

 

「マスター、次はいつもの」

「おい坊主、お前もう三杯目だろ。そんなに強くないんだからこんなペースで飲んでると潰れるぞ」

 

 

 現在時刻は午後の18時。まだ夜と言うには早い時間帯。

 依頼の仲介人がマスターを務めるバーのカウンター席に腰かける。今日は本来なら開店していない店なのだが少しわがままを言って来させてもらった。

 

 

「おやおや、未成年飲酒とは褒められた行いではありませんねぇ」

 

 

 次の瞬間、扉を開けて暗殺対象(ターゲット)が現れた。

 

 

「なんだ暗殺対象(あんた)か……………て暗殺対象(あんた)!?」

「いやはや隠蔽が上手くて探し出すのに時間がかかってしまいました」

「まあいいや、何か用ですか?」

 

 

 マスターも驚いてはいるがこの場で殺すのは無理と判断してか黙認するようだ。

 

 

「まずは私ではなく彼女の方から」

 

 

 そして対象(ターゲット)の後ろから少しだけ申し訳なさそうな表情の顔を出したのは倉橋陽菜乃その人だった。

 顔を合わせるのも気まずく互いにあさっての方向を向いてしまう。

 

 

「ほら、倉橋さん。ちゃんと相手の顔を見ないと」

「坊主、お前もだぞ。逃げてないでちゃんと顔を見てやれ」

 

 

 ここでついさっきまでマスターに軽く愚痴っていたのが裏目に出た。この人も俺の事情をだいたい知っているからこそここで口を出してきたのだろう。

 

 

「陽菜乃…」

「先輩、さっきはごめん…先輩なりに色々考えてたと思うのに…」

「………いや、いいよ。俺も言いすぎた…っていうかむしろ『相談してくれ』って言われて黙ってた俺の方が悪かったし」

「100億、あんたはなんか飲むか?」

「100億って…それならドライマティーニをお願いしましょうか」

「えっ、殺せんせーお酒とか飲むの!?」

「ヌルフフフ、今は業務時間外、それに先生は漢字の漢と書いて男の中の男ですからカクテルも嗜みますよ」

 

 

 生徒の前で飲酒って…本当にそれでいいのか教師。

 

 

「そっちの嬢ちゃんはなんか飲むか?市販のジュースくらいならある程度は揃ってるが」

「それならグレープジュースで」

「はいよ、ちょっと待ってな」

 

 

 マスターがカクテルを作っている間、俺と対象の間の席に座った陽菜乃が声をかけてくる。

 

 

「それ、好きなの?」

「ん?ああ、まあ多少はな。………言っとくけどお前は成人するまで飲むなよ」

「飲まないよ。先輩とは違うし。あっ、そのシャカシャカするやつ初めて生で見た!」

「あれはシェイカー、ショートカクテルを作る時に使う道具ですね」

 

 

 月に1回飲むかどうかというレベルなのだがそれでも飲んでいるというのはやはり褒められた行為ではないことに変わりは無い。

 

 

「レイニーブルーですか。いい趣味してますね」

「レイニーブルー?」

(これ)の名前だよ」

「では倉橋さん、訳してみてください。ちなみに綴りは『Rainy Blue』です」

「えっ!?…っと、レイニーが『雨の』だから…」

「ちなみにブルーに関しては昨日の放課後ヌルヌル強化学習で教えた範囲なのでちゃんと復習していればわかるはずですよ」

「うーんと……雨の日の憂鬱?」

「正解です。きちんと復習していますね」

 

 

 顔に赤い丸印を出した対象がそういったのを聞いて、少し笑いがこぼれる。

 

 

「はっ…本当に我ながら馬鹿みたいだと思うよ」

 

 

 雨の日の憂鬱。全く本当にアホらしくなってくる。

 

 

「どれだけ雨が降ったところで…洗い流されて綺麗になる訳でもないのに」

 

 

 自身への嘲笑も含めてそう呟く。

 

 

「………君は何故殺し屋の道を選んだのですか?今の年齢からしても殺し屋としての道を選んだ時、まだ君は幼かったはず。逃げようと思えば逃げれたはずです」

 

 

 一口だけ口に含み、ゆっくりと飲み込んでから揺らめくグラスの中身を見る。まるで雨の日を凝縮したかのようなその色を眺め、視線だけ横に動かしてちびちびとグレープジュースを飲みながらこちらを見る陽菜乃を見る。

 『何故』………『何故』か。ちょうどいい機会だし話してしまおうか。

 

 

「俺の両親、殺し屋だったんですよ。ツーマンセルでどんな難度の依頼でも絶対にこなすって巷じゃ評判だったらしいんです」

「ほう、それはそれは……」

「まあ、殺されたんですけどね。同業者に肩から腰にかけて斜めにざっくり斬られて」

 

 

 普段ならこんなこと聞かれても絶対に答えないが今日は妙に口が回る。

 

 

「かれこれ六年前。知ってます?『死神』っていう殺し屋なんですけど」

「それは……その殺し屋がやったという証拠があるのです?」

「いや、ただ手口がそいつにしか不可能ってレベルの難度だったんですよ」

 

 

 あんまりこういう話はするもんじゃないって言うのは分かっている。それでもアルコールのせいかスラスラと口から言葉が出てくる。

 

 

「切り口が鮮やかすぎたんです。多分、縫合すれば元の傷跡が分からなくなるくらいには。そんな両親の死体を見て最初に思ったのが『死にたくない』です」

 

 

 

 死にたくないから身を守るために祖父母から殺しの技術を教わった。

 

 

 死にたくないから祖父母が死んだ後に金を稼ぐ必要があった。

 

 

 死にたくないから金を稼ぐために依頼を受けて人を殺した。

 

 

 

「流石にそんな考えは一人目を殺した時点で捨てましたけどね。そんなこと考えながらやって行けるほど殺し屋(これ)は甘くない。それ以降はプロとして人を殺し続けた。それだけです」

「なるほど…ちなみに両親を殺した相手のことを恨んだりはしないのですか?」

「特には思いませんね。常に死と隣り合わせって言うのは身をもって体験してますし」

 

 

 店内に重苦しい空気が蔓延し始めたところで、その空気を断ち切るようにカクテルが注がれた。

 

 

「マティーニだ」

「おお!それでは早速!」

 

 

 そして一口舐めた瞬間……

 

 

「ウィ〜、ヒック……もう飲めな〜い…ヒック…」

 

 

 顔を真っ赤にして半分溶けながらぶっ倒れた。

 

 

「先輩、このお酒ってそんなに強いの?」

「いや、確かに強い部類だけど…一舐め…それもほんの一瞬しか舐めてないのに潰れるのは流石にこいつが酒に弱すぎる」

 

 

 この状態でも陽菜乃のナイフと俺の刀もそれはもう面白いくらいに避ける避ける…

 

 

「うひょー!ここのカクテルたまんねぇ!!」

 

 

 しかも避けている最中も妙にハイになりながらカクテルを飲み進めていってる。

 

 

「ヒック…ごちそうさまでした…ヒック」

律、録画は?

バッチリです!殺せんせーが泥酔したところを余す所なく録画しました

「えーっと…酔って帰れなさそうなら烏間さん呼ぼうか?」

「ご心配なく…ヒック……体内の成分を弄って…ヒック…アルコールの分解を加速すれば…この通り」

 

 

 そして、次の瞬間には今まで通りの黄色い球形の顔に戻っていた。

 

 

「さて、それでは帰りましょうか」

「え?もう?」

「見たところ君も結構飲んでいるようですし元は営業日では無いのでしょう?それならここらが潮時です。さあ、倉橋さんも」

「は〜い!」

「おい、待て。嬢ちゃんのはサービスだが100億、坊主、お前らが飲んだ分はきっちり払ってもらうぞ」

「それならここは私が払いましょう」

「え?殺せんせー大丈夫なの?今月ピンチとか言ってなかった」

「それはそれ、これはこれです。先生は大人ですからこういう場面では────」

 

 

 そうは言ったものの表向きは高級バーのカクテルが合計で四杯。値段もバカにならないもので…

 

 

「にゅ、にゅやっ!こんなにするんですか!?」

「…」

「あ、あの…実は私、給料日が来週でして…」

「………」

「そ、それで…もう今月予定外の出費が重なったせいでかなりピンチでして」

「……………いいよ、元から俺が払うつもりだったから。半分以上俺が飲んだ分だし」

「ありがとうございます!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽菜乃を家に送り届けた後、ターゲットと二人でまだ明かりの消えていない繁華街を歩く羽目になった。目的地はとにかく人目につかないとこ。そこから音速で飛行して校舎まで戻るらしい。

 

 

「実は今日はお礼を言いに来たのです」

「お礼?」

「ええ。君という彼らとほとんど歳が変わらない暗殺者が今日、私を殺しかけた。その事実は生徒達の中に確実に火をつけました。何せ昼休みに早速君の動きを録画したものを見て細かく研究するくらいには燃えていましたから」

 

 

 珍しく個人主義の生徒達も一緒になっていたんですよ。と嬉しそうに微笑みながら対象は言う。

 

 

「クラス一丸となり研究と実践を重ねて一つの大きな目標を達成しに行く。正に理想の青春でしょう?」

 

 

 そういう事か。……俺の動きをお手本にして生徒により高みを目指させる。これが今回俺の暗殺を受けたこの人の本当の目的だったのか。

 

 

「…完全に掌の上で踊らされてたってことですか。それに気付けていなかった俺もまだまだ未熟ってことですね」

「ヌルフフフ、なんにせよ君の暗殺を通して生徒達はまた一つ、何ものにも変え難い経験を得た。

 私は彼らにそれを忘れて欲しくないのです。なぜなら、暗殺教室という地球上でたったひとつの場所に足跡を刻む仲間と共に在った。その事実こそが、やがて一人歩む彼らを励ましてくれるから。

 私はそれがとても嬉しい。そのお礼、という訳なのです」

 

 

 なんともまあ、立派に先生をしている事で。

 

 

「そしてこれは本来なら学生をしている年齢である君へ教師としてのアドバイスです。

 まだまだ君の人生は走り始めたばかりです。もうしばらくの間は何度道を間違えて転んでもいい。その度に我々(大人)が手を伸ばして立ち上がらせきちんと導きますから。

 …それと、殺し屋稼業から足を洗う事に決めたのならロヴロさんや烏間先生に話をすれば手助けをしてくれるはず。きっとあのバーのマスターもそうです。

 ああ見えて彼らのような人間は子供には甘いですから」

 

 

 マッハで髪を梳かされ眉毛も整えられ、おまけに爪まで綺麗にさせられた。ここまで近寄られたものの既に刀を振る気は起きない。

 

 

「これは私が暗殺者への報復として行っている手入れです。君にはまだしていませんでしたからね」

「…あの、なんで俺にそこまでしてくれるんですか?あなたの教室の生徒ですらない。たかが一介の殺し屋ですよ?」

「道に迷った子供がいれば導いてやるのが教師という仕事ですから」

「……………あなたも随分と残酷なんですね」

「ほう?」

 

 

 つい、思ったことを口にしてしまった。しかし、対象は怒った様子を見せず、むしろ続きが気になると言った様子でこちらをじっと見つめてくる。

 

 

「E組の彼らはまだ気付いていないと思いますが…『殺す』という行為がどういう意味を持つか、あなたは分かっていますか?」

「当然、分かっていますよ」

「…あなたは俺が出会ってきた人間の中で、多分一番教師として誇りを持っている。だからこそ生徒と向き合う時も本気になっている……自分と本気で向き合ってくれる人間と出会えることなんか人生でそう何度あるか分からない」

「……」

「ましてや、まだ中学生の彼らにとって、あなたの存在は卒業までかけてじっくりと大きくなる。そんな人間を自分たちの手で殺すって結構キツいと思いますよ」

「やはり君は殺し屋にしては優しすぎますねぇ…」

「はい?」

 

 

 そう言うと、マッハ20の謎の生物はぽつりぽつりと語り始めた。

 

 

 

「…私の命に価値を与えてくれたのは彼らです。私が彼らを育むことで彼らは私を育んでくれているのです。そして、今もそれは続いている」

 

 

 

 

 

「そうして命の価値を誰よりも知った上で、ただ私を殺すだけでなく、最高の殺意で私というひとつの命を収穫し、未来への糧にしてもらいたいのです」

 

 

 

 

 

 

「大丈夫、きっと彼らにはそれが出来る。そう私は信じています。何せ、彼らに価値を与えられたこのマッハ20の怪物が卒業まで残りの8ヶ月全てを使って彼らに教えられることは隅から隅まで教えるのですから」

 

 

 

 

 そうして、対象…いや、先生が俺から少し離れたところで振り向いて声をかけてきた。

 

 

「アルコールの分解が終わっていないのですかね。少し喋りすぎてしまいました。

 …最後に一つだけ、殺し屋を続けるのも続けないのも先生は君の選択を尊重します。ですが、どうするか決まったその時はまた─────殺しに来てください」

 

 

 そう言ってニヒルに笑った先生は凄まじい衝撃と共にほんのりと紫に染まり始めた空に消えていった。

 

 イカレてる。これ以上ないほどに。

 

 

「…けど、誰よりもちゃんと先生してるよ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「またね、おじいちゃん、おばあちゃん!それから先輩も!」

「急に大勢で押しかけてすいませんでした」

「いいよいいよ、どうせこの辺なら誰も噂なんかしないし気にしないで」

「そうよ、また暇な時に桜の様子を見においで」

「むしろこちらの方こそロクなもてなしも出来なくて…」

「いやいやいや!急に押しかけた俺達が悪いんですから…!」

 

 

 春────早咲きの桜が少しずつ蕾を開き始めた頃、いきなり田舎の祖父母の家に大勢で押しかけてきた元暗殺者たちが、ぞろぞろと電車に乗り込んでいく。

 

 何でも桜の枝が折れてしまったのでどうせなら挿し木でもしようということになったらしく、桜の挿し木に心得がある倉橋夫妻を頼りに来たらしい。しかも全員深夜テンションだったらしくクラス全員で。

 流石に年頃の男女を30人近く老夫婦の家に泊まらせるのもどうなのか。それでちょうど祖父母の家にいた俺にも白羽の矢が立った訳だ。

 倉橋夫妻は女子、俺は男子を家に泊め、夜は少し肌寒かったがバーベキューと洒落込んだ。ちなみに一番の懸念だった布団の数は倉橋夫妻も俺も昔は親戚が多かったので何とかなった。

 

 そして電車が見えなくなる頃、スマートフォンに一通のメッセージと共に写真が送られてきた。

 

 

『卒業しました』

 

 

 そこには制服を着て筒に入った卒業証書を片手に、いつぞやの花畑で見たようなピースサインと笑顔の少女が挿し木されたばかりの桜の前にいた。

 

 

「そっか…」

 

 

 一言だけ返し、スマートフォンをポケットにしまう。

 

 心地よい暖かさの春風が彼らを祝福するように吹き抜けていった。

 

 

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