辺境の村で惰性的なスローライフを過ごす、かつて準廃だった闇魔法使い系の女の話 作:異界の土饅頭供養
MMO。VRであったりARであったり。ただのMMOであったり。同じタイトルで派生したり、シリーズが長命になればなるほど増え、種別は問わないそんな括りの中。
創作に似た世界に取り込まれ、私達は異世界に押し込まれた。
そして、そんな現象に巻き込まれたプレイヤー達による血で血を洗う闘争があった。
現代では神話の話となってしまった遠くの時代。
ゲームタイトルはとうの昔に忘れた。
取り敢えず簡単に言うと、ありがちな説明になる。
私達はある日突然、アバターの身体で異世界転移し、世界を造った神を片手で捻り殺せるような魔神をステゴロでぶっ殺すような身体能力を持つ身体を得るに至った。
そして、私達小市民の多くは己の力を恐れた。何たっていきなり創作の世界が現実のものとなり、超人怪人になったのだ。仕方があるまい。
その恐れの多くの矛先は、PVPで猛威を振るった暗殺系の戦士ジョブと死霊術系の魔法使いジョブに向いた。突然力を持った超人が最も恐れたのは、同じ力を持つ隣人だったのだ。
辛くも難を逃れた特定のジョブの超人達は、隠れるように余生を送っている。
かく言う私も、その一人だ。
「しっしょ〜!」
「……」
私を失笑に近いイントネーションで呼んだのは、気まぐれで拾った淫魔の弟子だった。
永遠に姿の変わらないアバターと違い、幼体から成長して出るとこ出て思春期に差し掛かった頃合いの娘だ。決して、クソデカく育った乳房に嫉妬したりなどはしていない。決して。あんな脂肪は邪魔なだけだ。必要なのは異性のナイスミドルを騙くらかす時くらいでいい。そんなの魔法で十分だ。
「精気下さい。せーき♡」
「……」
弟子は私に抱きつき、自身の欲望を満たすためだけに、記憶を維持するための瞑想を邪魔してくれやがった。
私は今、大事な記憶を忘れないよう反芻しているのに。……具体的には、千年も前の古のゲーム攻略情報wikiだが。
勘違いしないでほしいが、精気というのはエロパワーとかそんな感じではなく。ゲーム時代に存在したスタミナポイントというマジックポイントと並んで存在していたパラメータのことだ。
「しっしょ〜? 死んだ??」
それと、なぜ師匠呼びなのか。私は拾った幼体の親にはなりたくなかった。成れなかったというべきか。ヒトデナシの私では、人っぽい何かの親になる覚悟はついぞ湧かなかったからだ。それなりに生きて、それなりに死んでくれ。私が与えられるのは、人外としてそれなりに目立たずに生きる術だけだ。
私は、この世界の何物にも染まるつもりはなかった。でなければ、自分を失ってしまいそうだった。
私はこの世界から、かつて生きた世界への憧憬を忘れることができない人間でもある。願わくば、元の世界の安寧とした人生を。そう願ってやまなかった。
「無視しないでくださいよぉ~。あ、そういえば。蜂蜜が切れてました」
「なんだとっ!?」
私は瞑想を止めて立ち上がった。
糖質は私にとって最も重要なものだ。
アルコールから手を離して幾星霜。覚醒剤っぽいアップ系のドーピング薬剤から離れて850年と少し。私は糖質に依存していた。シュガージャンキー。お菓子の魔女とも呼ばれたこともあった。
元の世界の知識をもとに言うなら。糖分は覚醒剤をして数十倍の依存性のある劇物らしい。知ったこっちゃないが。私は私の自我を保つために糖分を取る。
「だって。蜜瓶を行商から買ったの半年前ですよぉ? 私じゃなかったら餓死してますよぉ。冬終わっちゃいました」
「半とっ……」
え? そんなに経ってた?
瞑想だけで半年経ってた?
wiki思い出しながら新しい魔法考えている間に?
そんなことある??
「まぁ、私も寝てたから良いんですけどねぇ〜」
「お前の場合は半冬眠だろう」
「ん〜、今回は全部寝てましたぁ」
「え? お前、全部寝てたの?」
ピンク頭の弟子は、のんびり言うと両手を頭の上で組んで宙に浮かんだ。重力を無視して、彼女の明るく長い髪が揺ぐ。
「はっ……。私のコタツとか雪だるまは??」
「そう言えば、今年はしっしょ〜が駄目になる毛布なかったねぇ。……おーい、しっしょ〜。聞いてる?」
「……」
春霞が立ち込める中、冬場のささやかな楽しみを奪われた私は、呆然としてバカ弟子に小突かれるまで立ち尽くした。
◇
常緑の蔦に塗れた小屋は、冬を越えても変わることなくそこに建っていた。まだ、ところどころに雪が残っている。
久々に見た小屋は、小さくともモダンなロッジといった風情で少し感慨深くなった。建てたの私だけど。
「やぁ、サニー。長く家を空けてしまったよ。変りなかったかい?」
「(クネクネ)」
私が手を挙げると、家に纏わりつく蔦の一房が挨拶を返しひとりでに入口の扉を開いた。
魔物から枝分かれした蔦は、私の魔力を吸うことで小屋の強化やメンテナンスを勝手に行っている。私にとっては、ハウスキーパーのような存在だ。
テイマーのように支配はしておらず、言わば共生関係といった具合に近い。良き隣人だ。
彼女はドリアードの遺骸から派生した魔物だ。彼女の母親と縁があり、今際の際に託された。が、まぁ勝手に育ったというか。どう育てていいか皆目見当もつかなくて、植木鉢に放置していたらこうなった。
着ていた外套を脱いで放り投げる。すると壁から生えてきた蔦が勝手にキャッチして、壁に収まった。
サニーに甲斐甲斐しく世話を焼かれ続けた結果、今私一人で生活しろと言われればたちどころにゴミ屋敷と化すだろう。
「さて、朝食にしよう」
「サニー! 私にもお茶!」
長年収集してしまった物が雑然と積まれている一角に、私達がよく使うダイニングテーブルがあった。キッチンへの道も辛うじて通れるくらいには、ものが積まれている。危ないものが多すぎて、サニーもマトモに触れられないらしい。
「うわぁっ! ……しっしょ〜。こんな危ないの放置しないでくださいよぉ」
「ん?」
視線を向ければ。宙を漂ってこちらに向かってきていた弟子が、積まれたものから飛び出た刃物に引っかかっている。
「うーん……。それ、確か悪魔系が即死するタイプの槍だから注意した方がいい」
「殺す気か!」
「何事も修行だよ」
「えー」
超便利な言葉を言い放った私は、不満を垂れながら片付けをする弟子の尻を尻目に席へ着いた。
長年に渡って私が収集しているのは、かつてプレイヤーと呼ばれた異世界人達の置き土産だ。取り扱いに注意しなければならない危険なものや、火口に投げ込んでも破壊不可能なエンチャントが施された指輪もある。
この世の法則を無視したような力ある武具は、世界に無用な混乱を起こす。長い年月をかけて、私は細々とその騒乱の芽を摘んでいる。
「(クネクネ)」
「あぁ、ありがとう」
「まったくもー」
席についた私達の元へ朝食が運ばれてきた。サニーが残飯で育てている鳥の卵の目玉焼き。カリカリに焼けた塩漬け肉。いつの間にか焼き上がったパン。パンにサニーの葉っぱが混じっているのはご愛嬌だ。
冬眠から目覚めた淫魔の弟子が私を呼びに来るときに、サニーが気を利かせて準備してくれたのだろう。
半年ぶりの食事は酷く美味しく感じた。
アバター化した私達は、基本的には食事を必要としない。ただし、肉体を欠損したり極端に衰弱したときはその限りではない。物理法則の齟齬を無理やり埋めるように、体が食事を欲するようになる。
しかしながら、全く食べられないわけではなく。私はかつての人間らしい生活をできるだけ心掛けている。
「今日はどうするんですかぁ?」
「そうだな……。冬の間に変わりがなかったか、村に聞きに行ってみることにしよう」
「わぁ! つまみ食いとか」
「ディルナ。駄目だ、目立つな」
「ちぇ〜」
やっと、黒いパツンパツンのオーバーオールを着たピンク髪の弟子の名前を思い出せた。
ここだけの話だが、転移して二百年越えたあたりから新たに人の名前を覚えることや昔のことを思い出す事が難しくなった。それでも、何度も反芻したことは脳裏に焼き付いていたりするわけだが。脳の容量的な問題を指摘した知人を思い出した。
「しっしょ〜、またお風呂ぉ?」
「うるさい」
「ま〜た遅くなるじゃん」
食事の後、ごちゃごちゃ言い始めた弟子を無視して、身支度のために湯屋へ向かった。
近くの沢から引いた水は、石造りの浴槽へ注がれる。その途中で
脱衣場で服を脱ぎ捨てて。鏡の前で全裸になった私は、向こうから眺め返す長い黒髪の少女と目を合わせる。
十代後半の未だ幼さの残る顔立ちをした少女は、陰のある鋭い目付きをしていて、揺れる赤い瞳が私を見つめ返した。
背部。腰元より少し上くらいから、対の翼が生えていた。2つ合わせて人の背くらいで、灰色がかった羽毛の生えたそれは、所々が腐りかけて無惨な姿を晒している。
何の用もなさないただの飾り。
異世界転移したときからこのままだ。元々アバターの一部であるため、治療方法すらない。というよりも、これが正常の状態だ。何なら無意識下では物理的な接触は疎か、服すら勝手に貫通するただの飾りだ。
「かわらんね」
当然のことを口に出して確認する。アバターの身体は劣化しないし、寿命もない。枝毛もなければシミもない。記憶装置に若干の難はあるが。
「面白味のない生き物だよ、君は」
なんとなく、私は鏡に話し掛けて湯船に向かった。
「あ゛ぁ〜」
半年ぶりの風呂は、ちょうどいい湯加減だった。熱湯をうめる雪解け水がいい仕事をしているらしい。水温が上がる夏場に入るとちょっと熱い。
こじんまりとした温泉は、前世でのファミリータイプの温泉を思い出す作りだ。ここの小窓から見上げる蒼穹だけが、私の虚無感を癒やしてくれる。一時的な幻想だが。
……長湯しすぎた。
ロッジに隣接する石造りの湯屋を出た私は、未だひりつく寒気に肌を粟立てた。
「さむっ」
さて、村に行かなくては。
支度を整えた私達は、近くの村へ赴いた。
若草色の緩いワンピースに、姿を隠すために黒いレース生地のローブを着用している。パッと見、実用に耐えられそうにないが、そこはゲーム時代のオーパーツである。2トンくらいあるドラゴンに引きずり回されても大丈夫(実体験)なくらい超頑丈な上に、特殊効果でヘイトコントロール的な隠蔽っぽい何かが付いていたはずだ。職業別クエストで手に入る高レベル帯の装備で……。うん……名前は忘れた。
服に思考を寄せていた私の前を、ふよふよとどすけべオーバーオールの弟子が飛んでいく。
「おばば元気かなぁ〜」
「さぁね」
人をダメにするソファに乗ったような姿勢で、弟子のディルナは村にいる占い師のおばばに思いを馳せていた。移動しながら飛べるとは器用なやつ。
おばばの一族とは縁が深い。何百年か前、どっかで助けて連れてきたのが始まりだ。その子孫が村に居着いて、私のいい隠れ蓑になってくれている。
「買い物は任せたよ」
「買い物て……貢ぎ物貰うだけですけどねぇ」
「……。足りないものを買ってくれ」
「はぁい」
おばばの家には、何故か私宛ての貢ぎ物が捧げられていた。中には私を模したという、全く似ていない邪神像があったりする。イメージが私に結びつかなくなるので、メリットはあるのだが。捧げる連中は、私のことを密教の邪神かなにかだと思っているのだろうか。
「なんか久々すぎて、村を見ると変な感じがしますねぇ」
「そんなに変わらんだろう」
「しっしょ〜は歳とり過ぎて」
「舌を抜くぞ貴様」
「ひえっ。おーい! おばばぁ〜」
私の地雷を踏みかけたディルナは、小高い丘にある古い家屋へ飛んでいった。歳の話はマジで止めろ。何があれって、正確に数えられなくなってるのを自覚するとマジで堪える。
占いおばばの家は村のハズレにあった。かなり古い建物だが、メンテナンスが行き届いていて小綺麗にしている。北欧風の年季の入った家屋は、その昔私がこさえたものだ。一族代々、大切に使ってくれていて嬉しい限りだ。
「やぁ、邪魔するよ」
薪を抱えて家の裏から歩いてきた若い娘に声をかけた。やはり人間挨拶が大事だ。人間らしさの源と言っていい。
「……!」
話しかけられた娘は薪を落として大きな音を立てた後、テンパリ気味に叫んだ。
「ばっちゃん!!! 魔女さん! ホントに居た!!!!」
居たって何だよ、珍獣かよ。
少し身なりの良い村娘は、つんのめりながら戸口に突っ込んでいく。誰かと思ったらおばばの孫かな。いつの間にかデカくなってる。前は豆粒くらい小さかったのに。
私も孫に続いて敷居を跨いだ。
「でねでね。しっしょ〜ったら、雪に埋もれてどこにいるかわからなくなってたの」
「へぇへぇ、そうでか。ん……よう来なすった。秋口に来ないもんで……心配しておった所ですじゃ。これ、エレナ。準備せい」
「え!? あ。う、うん」
先に着いたディルナが、小さなテーブルに座るおばばの隣に陣取っていた。
おばばは分かりやすく占い師の格好をしている。由緒正しい、といえば良いのか。いつあげたか全く覚えてないが、私が先々代くらいにあげたプレイヤーの遺産らしい。
「やぁ、おばば。元気そうで何よりだよ」
「貴女におばばと呼ばれるたびに、過ぎ去る時の残酷さを感じますのぉ」
「……」
「しっ、おばば! 歳の話をしちゃ駄目だよ」
「ほっほっほ。知っておるよ」
年老いて小さくなったおばばの言葉には、万感がこもっていた。定命の人間は、やはり永遠の命とか不老とかを求めてしまうものなのだろうか。皺くちゃになったおばばの瞳に、羨望のようなものが一瞬見えた気がした。
「そう良いものでもないんだがね……」
私はそう言いながら、若い時のおばばによく似ている孫に勧められた椅子に腰掛けた。いい加減鬱陶しくなってきていたローブフードを外す。
「わっ……」
私の素顔を初めてみた孫が両手で口を覆った。完全に幽霊見た感じのリアクションである。失敬な。
孫を横目で見、片眉がひくついた私は話を戻した。
「……仮に普通の人間が不老になっても、死なないわけじゃない。そもそも、二百年くらい経ったら大切なものが零れ落ち始めて自死を選ぶだろう。かつて、そうだった奴も大勢いた」
「そう言いなさるな。求めても手に入らない者たちの方が多いのですぞ」
小さい時から見知ったおばばがここまで言うのだ。淡い違和感を感じた。
「……おばば。何があった」
私は真っ直ぐにおばばを見て問いかけた。
「病でレナが死んだ」
表情を消したおばばは淡々と切り出した。孫がビクつく気配を感じる。
「見ないと思ったが……。そうか……寂しいな」
「貴女にそう言われれば、娘も喜ぶじゃろうて。冥府の使いたる貴女に、看取ってほしかったんじゃがな……」
レナはおばばの娘だ。だいぶ年齢が行ってからできた子で、占い師の才能はなかったが元気な娘だった。ここを尋ねてくれば、真っ先に茶出しをしてマシンガントークを繰り出す。少し寂しがり屋の娘だったな。
「……すまんな。墓参りはしよう」
「……」
冥府の使い云々というのは、いつの間にか私についていたあだ名。おばばに悪気はないのだろうが、元々は死霊術師系の最上位職に就いていた私を揶揄ったあだ名だ。
珍しくディルナも沈んだ様子を見せた。快活で能天気な淫魔だが、人らしい感性を保っている私の近くで育ったせいか、人間らしい情動を見せることがあった。それがたとえ、振りであっても。まぁ、空気を読んでくれて助かるが。
「なるべく早くお願いしたいのぉ。レナは寂しがり屋じゃったからな」
「……。ならば、すぐ行こう。いつもの場所へな?」
「はいな」
私がそう問いかけると、おばばは頷いたきり視線をこちらに向けなくなった。色々思うところがあるんだろうな。
「あ、まって!」
居た堪れなくなり立ち上がった私に、ディルナが反応した。
「ディルナはここに居な」
しかし、付いてこようとする弟子を置いていくことにした。おばば一族の墓にあまり立ち入らせたくはない。眠っている者たちを無用に騒がせたくなかった。
「ええっ、あたしも行く!」
「おばばを頼む」
「……ちぇ〜。……ね、ね。さっきの話の続きしよ?」
睨めつけると、浮きかけたディルナは再び椅子に沈んでいき、おばばに絡み始めた。
こういうときに快活な淫魔は助かる。こいつらはどんな状況でも、感情がマイナス方向に振り切れることはない。精気を得るための習性みたいなものだろう。伴侶を無くした後、癒やしを求めて淫魔へ依存する者も少なくはない。
「頼むよ、ディルナ」
なんとなく、ディルナを見て口元を緩めた私は、おばばの家を後にした。
早朝に出ていた春霞も消えた空の下。外に出てしばらく歩くと、日に当てられて少し暖かくなった。
おばば一族の墓は、村の集団埋葬地とは離れた場所にある。まぁ、宗派の違いみたいなもんだな。
この村は何代か前の国王が、開拓村として新たに開墾した場所にあって、王都からするとかなりの僻地だ。
表向きには、未だ魑魅魍魎が跋扈する土地だが、私の魔力に釣られた闇属性の眷属たちが広域を支配する生態系が作られている。
今も影から溶け出すように顕現した群猫やフクロウたちが、木陰から私を見つめている。少し鬱陶しい。
「散れ」
私が意味付けしない魔力を発散させると、視線の主たちは存在の大きさに当てられて逃げ出した。
騒がしくはないが、無用に視線を向けられるのはおばばの娘も嫌がるかもしれない。
おばば一族の墓は、私の家に近い方で少し脇道に逸れたほうだ。村民は近づかない。
墓は岩がサークル状に置かれた場所にあった。
墓守の案山子が、グルリと首だけをこちらに回す。自分で作っといてなんだが、相変わらず不気味だ。
システム上、昔は時間制限付きでしか顕現できなかった魔法生物だ。現実となってしまった今では、私が死ねと言わない限り消滅しないガーディアンである。
「やぁ、相変わらずかい?」
「(ぴょんぴょん)」
久々に私が訪ねてきた事が嬉しいのか、案山子は無言で飛び跳ねながら後をついてきた。随分と苔むしているが、何年ぶりかな。
並ぶ岩の中心には、プレイヤー達のログイン状況が刻まれる石碑を模した黒く美しい墓石があった。
破壊不可オブジェクトの模倣品。破壊不可なくせして彫られた文字が様変わりすることに、この世界の住人は神を見たらしい。
「確かに……レナ、ね。覚えておくよ」
新たに彫られた名前を指でなぞって確認する。
そのまま、目を瞑った私は跪いて祈るような姿勢を取った。
「う゛ぅん。ぁー、ぁー。『レクイエム』」
喉の調子を整えた私は魔法を発動した。
私の身体を中心に滲み出た闇属性の魔力が、岩を超えて辺りの地面を飲み込んだ。
現実となった事で、ショートカットからワンアクションで魔法やスキルを使うことができなくなった。プレイヤーは、一定の手順を踏む必要がある。例えば魔力運用だとか。
「ぁー♫」
継続するように小さく歌う。
私が使ったのは、聖職者系ジョブが使える魔法『レクイエム』。それの、発動する際の魔力の動きを模倣したものだ。
『レクイエム』は魔力の乗った鎮魂歌。しかし、聖属性の鎮魂とは名ばかりで、元々はアンデッド系の魔物を
私の持つ魔法属性であれば、この場に定着させ傷付けることなく和らぎを与えることになる。
『とこしえに。安らかな闇に抱かれてお眠りなさい』
異世界転移があったり、死後の復活があるくらいだ。唐突に完全なる無へ帰るよりも安寧の眠りを。
そうして安寧の眠りについた魂魄は、長い時を経て緩やかに溶けるように世界の何処かへ消えていく。
かつては、王族のみに行われた祀り方だ。昔をよく知る、この国の人間にとって最上位の葬送となる。
その考えのもとに、私は各地に墓石を建てて鎮魂を行っていた。しかし、今日この頃では墓石は死体の埋まったオベリスクと認識される死生観が流布されてしまったため、請われれば、と前置きがつくが。
祈るような姿勢のまま、しばらく経った頃。土を無遠慮に踏み鳴らす音で集中していた意識が戻った。振り返らないまま、意識を向けると里人の気配がする。案山子が反応しないところを見ると、おばばの一族のだれかだろう。
「何をしに来た」
「えっ……。あの!」
若い娘の声。
おばばの孫の……エレナだったか。
振り返ると、明るいオレンジ色の長い髪を一房に纏めている娘が立っていた。元々力ある氏族だった血の流れもあり、そこらの村人よりも容姿は整っている。よくよく見てみると、死んだレナに似ていることが判った。
ちょうど弔いも終わったところだ。なにか用だろうか。
「こ、これ!」
「くるみパン……?」
レナの娘エレナが差し出したのは、蔦を編んだカゴに入ったくるみパンだった。焼いて間もないのだろう、香ばしい匂いが漂っていた。
「……そういえば、レナもそれを焼いていたな」
香りから、記憶が呼び起こされた。
彼女とは茶飲み友達と言ってよかったかもしれない。レナは物怖じしない性格で、かつては深淵の魔女とも恐れられた私を小娘扱いしていた。
「!? お母さんに教わったの」
「ならば味は保証されているな。よし……グリプル、あの子を持って付いて来い」
「(ぴょんぴょん)」
「え? か、案山子さん? うわっ!? ちょ、あっ」
大分昔に食べたくるみパンの味を思い出した私は、ついでに案山子ガーディアンの名前も思い出した。
嬉しそうに飛び跳ねる案山子は、エレナを真っ直ぐな樫の木の腕で器用に抱き上げた。
「陰気臭い森だが、この近くには眺めの良い場所がある。だからこの場所を選んだのだが。大分地形も変わってしまったな。……おばばの一族ならば知っておくんだ」
「い、いや私は、おひるごはん、を、渡しに来た、だっだっ。ひゃっ! はや、速すぎ……!」
「(ぴょんぴょん)」
私は近くにある崖を目指して移動を開始した。
案山子のガーディアン、グリプルは私の動きに難なく付いてきた。エレナからは、瞬間移動しているように感じられるのだろう。ぶつ切りの言葉の端々から、なんとなくそう推測した。
戦士系ジョブの座標移動攻撃スキルの模倣。敵に飛びついたり、離脱したり。ジョブによってスキルが異なっていたが、やっていることは簡単な歩法だ。
数秒もしないうちに、暗い森を抜けて視界が広がった。
「一体、なん……。!!」
「ここだよ」
不自然に斜めに倒れた山。地中の硬い岩盤が隆起してできた一枚板みたいな巨大な山だ。そこには、森を見下ろせる棚状になった崖がある。普通の人間は登れず、超人に片足突っ込んだ人間くらいから見られる光景だったりする。
私達の視界には巨大な盆地の全容が映っていた。かつて追われていた私が、他のプレイヤーが召喚した巨大隕石を
その後、禿げた大地に出来た森には、新緑が広がり命が溢れた。人間の視界である木々の下は陰気臭いが、空から見下ろせばこんなにも青々しい。
遠くに見えるのは、未だ冬の名残を纏う国境の山脈。
「
この世界には、プレイヤー同士の戦闘痕が多く残っている。あの山脈にある不自然に抉れている所もその一つだ。彼奴等地形変えるくらいの魔法とか技ブッパしてくるからね。
まぁそんな事もあって……実際には、16逃走47引き分けといった感じだが。私の勝利条件が逃走だっただけだ。多少盛っちゃったけど、800年も前の話だし。まぁいいか。
因みに、ガチの殴り合いは最後の1回だけだ。それはカウントしたく無かった。
「はゃー……」
「(ぴょんぴょん)」
景色を見て棒立ちになったエレナは、キラキラとした目で景色に見入っていた。なんでも感動してくれるから、田舎の若い子はいいねぇ。