辺境の村で惰性的なスローライフを過ごす準廃だった闇魔法使い系の女の話   作:異界の土饅頭供養

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分割がしんどかったので長文と化しています。
今回主人公は最後。





 Achievement:辺境村警備隊長



春_1021年目⑥ アラン

 

 会場が熱気に包まれている。

 日差しの中に進むと嘲笑が漣のように伝播した。続いて騎士学校関係者からのブーイングが響く。

 俺が相対するのは、カトフォレンドの第二王子コンチャックだ。

 

「やれやれ。近衛達も何をやっているのやら」

 

 幼馴染の形見を隠され、俺は掃除道具から無理矢理取り外した柄で剣術大会に出ることになってしまった。

 しかも、これまでの激戦によって、既に柄の長さが三分の一になってしまっている。

 会場の嘲笑は俺が持った武器とも言えない武器に対してのものだろう。

 

「よもや、そんな玩具でこの伝統ある剣術大会に出ようとは……。アラン=ドルオウル、貴様は死にたいようだな!」

 

 コンチャックの言葉で自身が死んだ後をイメージする。

 母と病気がちな妹のことが脳裏によぎり、右手に持った木の棒が軋んだ音を立てた。

 王子に華を持たせるために仕組まれた試合。

 審判も審査員も相手側の肩を持つのだろう。

 

「なにか言ったらどうだ? それとも、この剣が恐ろしくて声も出ないか?」

 

 この剣術大会では回復魔法を修めた癒者が十分に配備されている。刃引きした刀剣類で出場する者は少ない。

 さらにコンチャックが持っているのは、神代兵器のレプリカだ。魔剣といっていいほどの性能を秘めた片手半剣だった。

 これまで王子と当たった出場者たちは、剣ごと一刀のもとに斬られて敗れている。

 

「ふふ。棒切れを持った貴様には些か勿体ないだろうが……。折角の機会だ。この剣の本当の力を見せてやる。さぁ、神話の再臨だ。『燃え盛れ! レーヴァテイン!』」

「!?」

 

 魔剣が灼熱の炎を吹き上げ、会場に喝采が響く。

 全てが不利な状況。

 普通は恐ろしさとか、悔しさとか、こんな状況に追い込まれてしまった情けなさとか、そういった方向からの怒りが湧くのだろう。

 だが俺の心を占めていたのは、説明のできない無垢な怒りだった。

 

「行くぞ! 精々醜く踊るがいい!! ハァァ!」

「……」

 

 コンチャックが半身の構えのまま駆け寄ってくる。吹き出す炎がコンチャックの背を彩り、大型魔獣のような存在感を出している。

 コンチャックが納めているのは、一対一を前提とした王国剣術。武闘派の初代国王が編み出した剣術だ。コンチャックは、中途半端に実力があるせいで増長している。

 俺は緩く構えを解いた。

 

「馬鹿が! 諦めたまま死ね!!」

 

 一閃。

 燃え盛り渦巻く炎が俺の元居た場所を焼いた。

 

「雑魚め。消し炭も残らなかったか」

「もうやめよう」

「なにっ!?」

 

 そうだ。

 俺は大切な心の領域を侵されたんだ。

 独り言に驚いたコンチャックが、慌てて飛び退いて蜻蛉に構える。

 

「最初は別に負けたって良いと思ってた」

 

 でも、権威を振りかざし、剣の力頼りに戦うお前なんかに負けたら。

 優秀な付与術士だった幼馴染の顔が浮かんだ。

 

「アイツに二度と顔向けできない!!」

「ひっ」

 

 感情の導くまま、俺は踏み出す。

 足元から石片が飛び散る。

 魔剣の炎に負けない熱さ(怒り)を宿した身体が、普段の倍以上の力を吐き出した。

 

「うぉぉッ!」

「この……!」

 

 俺の持つ木の棒に向かって炎で象られ伸びた刀身が迫る。

 身体ごと蒸発しそうな……そんな熱量を感じる。

 それでも、幼い頃から身体に刷り込み続けた型をなぞる。

 腰溜めから掬い上げる身体の動きが、追い付けないと思っていた剣の師匠のイメージと重なる。

 白刃を振るえば光が花開く。

 目と記憶へ焼き付いた斬撃。

 

『八重裂き』

 

 八回の斬撃の型が空気の層の一点を破り、輪を描くように白い雲を生んだ。

 

「がっ……!?」

 

 衝撃波が炎を消し飛ばし、()()()()魔剣を弾き上げた。

 更に踏み込み、身体を仰け反らせたコンチャックに迫る。

 

「ハァッ!!」

 

 額。

 乳様突起。

 顎。

 鎖骨下動脈。

 肝臓。

 睾丸。

 

「ぐわぁぁ!」

 

 六撃。

 鎧によって殆ど阻まれたが、木の棒が砕ける勢いでコンチャックを打ち上げた。

 コンチャックが白目を剥いて墜落する。遅れて魔剣が石畳に刺さる音が響いた。

 会場はシンとしている。

 慌てた様子の審判が笛を鳴らし――。

 

 

――

―――

 

 

 ぱ〜ひぁ〜〜♪

 

 ラッパの音が薄く響く中、視界に入ったのは兵舎の天井だった。

 

「んん、夢か」

 

 剣術大会の時の夢を見るなんて、あまりいい夢じゃなかった。

 視線を巡らせると、立て掛けていたはずの鎖の掛かった剣(幼馴染の形見)が床へ倒れている。

 

「はぁ……」

 

 ぱ〜〜〜♪

 

「……この下手なラッパは、ヒデだな」

 

 シュテロ村の朝は早い。 

 魔物避けの効果があるらしいラッパを鳴らすのは子供達の仕事だ。夜に鳴らすと逆に強い魔物を呼び寄せてしまうそうだ。

 村人たちは皆交代で寝ずの番をしている。

 まるで戦時の砦のように組まれたスケジュールには、村へ最初に来たときは驚いたものだ。

 何だか申し訳なくなり、自分から夜番を申し出たが、

 

「隊長殿はいざとなった時の為に、休んでいてくだされ」

 

 と言われ断られる始末だ。

 その後も何度か交渉したけれど駄目だった。

 

 兵舎の簡易なベッドから出ると足先からひりつく冷たさが伝わってきた。

 

「ふぁ……。あーさむ……」

 

 炊事場にある大壷に入った水を桶に汲み上げ顔を洗う。

 

『ぁご……』

「ん?」

 

 部屋の隅から赤ん坊のような生き物の鳴き声が聞こえてきた。

 しかし、視線を向けてもそこには何もいなかった。

 

「空耳か?」

 

 気が付くと、額の傷をさすっていた。

 迷子の子供たちを森から連れ戻したときに、いつの間にか付いていた傷だった。

 大型の怪鳥と戦っているときに付いてしまったものだろう。

 疼くような鈍痛が続いている。

 そう言えば、エレナと仲良くなったのもあの出来事からのような。

 

『――!』

「いや、触ると治るものも治らないだろ」

 

 最近、無意識に額を触るのが癖になっている。

 少し気をつけよう。

 独り言を言って、レレリア様から貰った薬付きのガーゼを額へ粗めに貼り付けた。

 村にとってレレリア様は医者代わりでもあったらしい。

 今は教会の若い娘たちが癒者を務めているが、とりわけ難しい傷は未だにレレリア様に診て貰うようだった。

 俺の怪我も小さな傷だが結構大事だったらしい。

 確かに治りも遅い。

 

「ガ〜〜! グガ〜〜」

 

 突き当りの部屋から爆音が鳴り響いていた。

 ガンドウ殿のいびきだ。

 

「ガンドウ殿! 先に見回りへ出てきます!」

「カゴッ」

 

 ガンドウ殿はいつも二回目のラッパで起きる。

 あんな森が近くにあるにも関わらず、のんびりとしたものだ。

 村人の中にはヒデ達が迷子になったときに森への恐怖を訴えた人が居たが、あの出来事を経て俺も森との付き合い方を考えることが多くなった。

 

 着替えが終われば鎖だらけの幼馴染の形見を背に背負い、訓練がてら走って村の見回りを開始する。

 訓練の際に重り代わりに装備するのは、ガンドウ殿から借りた予備の全身鎧だ。頭と胴周りは外して、手脚だけ身に着けている。

 それでも重い。

 流石に有事の際は脱がなければならないかな……。

 

「あ、隊長殿! おはようございます」

「あぁ、おはようございます。まだ暗いうちに村の外に出てはいけませんよ」

「はっはっは。心配召されるな。慣れたもので夜目も利く方ですじゃ! 隊長殿も気を付けなされよ――」

 

 まだ薄暗い中、既に畑に向かおうとする爺さん連中とすれ違った。

 下手なことにはならないと思うんだけど、一応声を掛けた。

 シュテロ村の朝は早い。

 ……というか、御老体達が早すぎる。

 

 

 

 

 

 

「はっ、はっ――」

 

 極浅く息が切れ始めた。

 鼻呼吸でも何とかなるが、敢えて呼気を吐き出した。

 村の中心に差し掛かった頃だ。

 

 田舎らしく家屋が疎らに建てられていて、長閑な風景が広がっている。家屋の傍らにあるのは、税で持っていかれる穀物類以外の野菜の菜園だ。

 

 家屋に近づくと、焼けて暫く経った小麦が香る。

 そう言えばラニードのやつが、去年人口が減ったせいで備蓄が結構あるって言ってたな。

 

「あ、隊長さん! おはよう!」

 

 家屋を通り過ぎたところで、歳の行った奥さんから背中越しに声を掛けられた。

 

「おはようございます」

 

 その場で駆け足をしたまま振り返る。

 

「ご苦労さま。パン持っていきな」

「え、良いんですか?」

「良いから良いから。走りながら食べちまいな」

「ありがとうございます!」

 

 巡回していると食べ物をもらうことが多い。

 

「いや〜、ガンドウさんだけになっちまったときはどうしようと思ったもんけどねぇ。こう言っちゃなんだけど、こんな若い隊長さんが来るんだったら却って良かったかもねぇ。あ、そうそう――」

「あ!! 今日は水車も見ないといけないんでこれで! また今度!」

「慌ただしいねぇ。気を付けるんだよ!」

 

 急いで立ち去る。

 危うく立ち話に捕まるところだった。

 着任したばかりの頃に捕まって、近所の奥様たちに紹介され、代わる代わる話をしているうちに1日が終わったのを思い出す。

 振り返ると、奥さんは遠くに手を振った後凄まじい勢いで北へ向かって行った。

 

「あっちは井戸端会議でよく使われている場所……。危なかった」

 

 シュテロ村の朝は早い。井戸端会議が始まるのも早い。

 

 

 

 

 

 

「はっ……はっ……」

 

 森に向かって浅い傾斜が続いている。

 走り続けると、村長宅近くにある物見櫓に差し掛かった。物見櫓は森から離した位置にあった。森に近すぎると却って魔物を寄せてしまうからだ。

 通り過ぎるときに声が上から降ってきた。

 

「やぁ、隊長さん! 朝のお勤めかい? 今日もご苦労さま」

「ふぅー。あぁ、自警団の……夜番お疲れ様です。何か変わったことはありませんでしたか?」

「いつも通り特にないよ。隊長さんは毎朝偉いよなぁ。前任者なんて毛がふわふわの駄馬に乗って見回りしてたんだぜ? ……そんなに気張ってちゃ持たないぞ」

「いや、まぁ、仕事ですから。……あはは」

 

 森に行ったあたりから、俺は朝と夕に1日2回巡回するようになった。

 来たばかりの頃は村の人々の田舎特有なのんびり具合に騙されていた。

 本当は、あんなにも危険な森の境界が近くにあるのに。

 薄氷に挟まれたような仮初の平和が、王都育ちの俺には不安に思えて仕方なかった。

 

「去年流行った疫病以外には、ほんとに何にもないぜ? ……あぁでも春先ならあいつが出るかなぁ」

「え、何か不味いことがあるんですか!?」

「いやいや、そんなに危ないことでもないんだけど」

 

 自警団の中でも比較的若い村人が少し考え込んだ。若いと言っても子供もいて俺なんかよりも年上だ。

 

「えーと、なんて言ったかなぁ。大きな害はないんだけど、春先にはなんちゃらレタスって魔獣が村のどこかに湧くんだよ」

「……野菜ですか?」

 

 俺は頭にレタスを生やしたオーソドックスな魔獣のオオカミを思い浮かべた。

 うん、普通に気持ちが悪い。

 

「いや野菜じゃなくて。あーすまん、名前が思い出せない。5年前くらいに大岩前に住んでるトニーが大きいヤツに罹ってな。それを退治してくれた旅の冒険者が言うにはよ、夢と一緒に時間を食っちまう魔獣なんだそうだ」

「魔獣。……夢と時間を食う?」

「おれぁは頭良くねぇから、よく分かってないんだけどよ。『夢の中で道草食って起きられなくなる』って聞いたな」

「はぁ……?」

 

 思わず生返事を返してしまった。

 

「んーそれ以上は忘れたぜ。あとは、ババ様にでも聞いてくれよ。ハハハ、じゃあな!」

「あ……」

 

 思い出せなくてバツが悪かったのか、自警団の男は櫓の上に引っ込んでしまった。

 消化不良感がひどい。言われた通り、後でレレリア様の所に寄っていこう。

 

 

 

 

 櫓を過ぎると建物はさらに疎らになっていく。

 森の一番近くにあるのは木こりのヨシゾさんの家だ。ヨシゾさんは、この間の3人の子供のうちで少しチビ助なヨシの親だ。

 ヨシも大きくなれば、彼のように大柄で筋肉質に変わっていくのだろう。

 

「改めて見ると、無駄な広場だなぁ……」

 

 黒の森の近くには、開拓途中でやめてしまったような村と森を隔てた広場がある。人工物を極力減らして森の生き物を刺激しないようにしているそうだ。

 こんなところで遊んでいた悪ガキ達の無謀さが、今更になって少しだけ怖くなった。

 村の子供達も慣れっこになって、魔獣達の怖さがわからなくなっているのかもしれない。

 この森を無用に刺激すべきじゃないことは、前回の件を通して俺にも身に沁みてわかった。

 

『――よ!』

「行こう。ココには長居すべきじゃない」

 

 何となく独り言を呟いて、入った生き物が死滅しそうな黒々とした森の入口から目を背けた。

 とはいっても、この村で問題が起こるとすれば村と森との境界付近だろう。

 そう考えた俺は、付かず離れずの距離を村の外周に沿って反時計回りに回ることにする。

 

「ん?」

 

 そうやって暫く走り続けると、森から出てきたような人の足跡を見つけた。

 少し前の雨で泥濘んでいたんだろう、今は乾いているが薄っすらと1つだけ足跡が見える。

 地面を覆っている下草の一部が枯れていなければ、絶対に気が付かなかった。

 自分の足と比べてみるとかなり小さい。沈み具合から見て体重もそう重くないのかもしれない。

 

「子供……か? いや、女?」

 

 足の向きからして俺が向かう方向と同じ。

 つまり、レレリア様の館の方だ。 

 弟子のディルナだろうか。

 ディルナは宙に浮いていたんじゃなかっただろうか……?

 それに、ディルナも小さい訳じゃない。見るからに重そうな――。

 

「いやいや。これじゃあ俺が変態ストーカーみたいじゃないか。あっ、そうだ!」

 

 そう言えば――。

 

『惑乱せよ!』

 

 ストーカーといえば、闇の従者をダークストーカーと呼んだりするが、光の従者をライトストーカーと言い換えると、なんかちょっとストーカーやってみましたみたいな軽い感じになるのは何故だろうか。誰か教えてくれ。

 

「はっ! あれ、何を考えてたんだっけ? ……なにかを閃いたと思ったんだけど」

 

 腕を組んで考え込むが……閃いた事が思い出せなくなった。

 まぁ、忘れるってことは、大したことじゃなかったのかもしれない。

 

「走っているうちに、すぐに思い出すさ」

 

 妙にスッキリとしたような気持ちで、俺は駆け出した。

 

 

 

 

 軽く走ると、レレリア様の住む家が見えてきた。

 ハッキリと言ってしまうと、2階建ての村長宅よりも随分と立派な佇まいだ。

 

「やっぱり大きいよなぁ、この家」

 

 村の外の人間からは『占いの館』と呼ばれている。王都でも聞いたことがあったから結構有名だ。

 見栄えする上に2人くらいで住むのにちょうどいい大きさ。俺も将来はこんな家を建てたいものだ。

 こんな家を建てられそうなのは、ラニードくらいじゃないだろうか。

 辺境伯の6男と言っても、王都の事業で成功してお金には困ってないみたいだしな。

 でもなんで、わざわざ田舎に暮らしてるんだろうな。

 

「今度聞いてみるか。ん?」

 

 館を村へと繋ぐ道に視線を投げると、旅装の女が降っていく。ギルドと教会を兼ねた新しい建物がある方向に向かうのだろう。

 昨日挨拶に来た人だ。

 レレリア様のところで一泊したのだろうか。

 頻度はあまり高くないが、あの館にはあのような人々がまるで巡礼のように訪れているようだった。

 レレリア様は国外にも名が知れている高名な占い師だ。

 かつて道を示された者が、恩義を感じて訪問しているようだ。

 

「おはようございます! ごめんください!」

 

 磨き上げられた調度品に近い雰囲気の扉の前に立って声を掛ける。

 ……返事はない。

 暫く待つことにした。

 村の人達はあっさりと中に入っていったりするけれど、流石に年若い女の子がいる家だ。誤って着替えているところなんかに遭遇すれば、たちまちこの村から叩き出されるだろう。

 

 立ったまま待っていると薪を抱えたエレナが建屋の裏側から出てきた。

 エレナは明るい色のブラウスに、ここらでは手に入りにくそうな光沢のスカートを着ていた。

 服に付けているリボンといい、町でもあまり見かけないくらいにはいい服を着ている。

 まぁ、美人だよな。

 

「あれ? アラン隊長、おはようございます」

 

 俺を見つけたオレンジ色の髪が肩先で揺れた。

 

『――』

「?」

 

 エレナの様子を見ていると、少しだけ鼓動が跳ねた。

 額に湧いた熱の違和感に首を傾げながらも切り出す。

 

「ああ、よかった。おはよう。よかったら薪を持つよ」

「ありがとうございます。お婆ちゃんにご用ですか?」

「ちょっと聞きたいことがあってね」

 

 あの森の出来事の後から何度か顔を合わせることがあり、エレナと世間話ができるくらいには仲良くなれた。

 と、思う。全然自信が無いけれど。

 

 エレナに招かれて扉を潜った。

 

 占いの館は訪ねてきた人を迎えるスペースが入口に設けてあった。

 普通の家だと居間にあたるんだろうな。兵舎にある執務室よりも広くて天井も高い。ご高齢のレレリア様1人ではとても手入れが行き届かなさそうだ。

 

 品の良い調度品を躱し、程よく乾いている薪を暖炉近くに積んでおく。

 

「お婆ちゃんは、村長の家に行ってます。コアトルで行ったので、すぐに戻ると思いますけど……待ちますか?」

「え。……じゃあ、そうさせてもらおうかな」

 

 コアトルって確か、足の沢山生えてるトカゲか。顔もないから結構苦手なんだよな。

 初めて見たときに巨大な虫だと思い込んだ印象が未だに拭えない。

 しかし、あれに乗れるなんてレレリア様も結構ヤンチャなんだなぁ。

 

「じゃあ、こっちで待っててください」

「ああ」

 

 エレナに勧められるまま革張りの椅子に向かった。

 装備を外さずに座ってしまったが、少し軋んだだけで装備ごと受け止めてくれた。年季が入っているが頑丈なようだ。

 

「あぶない……」

 

 壊してしまっては事だ。

 腕周りの装備を外して一息ついた。

 剣は少し迷って足元側に立てかける。

 

 商売道具と思われる小道具や高そうな衝立が目に入った。小さな彩石類がついているものも飾られていて、色彩で言えば花屋か宝石店にでも入ったようだった。

 

「どうぞ」

「いや、お構いなく」

 

 エレナが何らかの薬草を煮出したお茶を出してくれた。

 遠慮しつつも口をつける。

 微妙に居心地の悪い沈黙が続いた後にエレナが切り出した。

 

「……その剣、どうして鎖で止めてるか聞いてもいいですか?」

「え? ああ」

「だって、あの時も抜けていれば……あ」

 

 エレナを見ると、しまったといった様子で口元を押さえていた。

 あの怪鳥に出くわした時のことだろう。

 確かにあのときは、俺もちょっとカッコ悪かったかな。

 

「言いたくなければ良いんです! 全然ほんと全然聞きたいわけじゃないんです」

「いや」

 

 どっちだよ。

 俺は言葉を飲み込んだ。

 だけど、まぁ、変な沈黙よりは話題としてマシな方だろう。

 

「えーっと、元々は成人祝いに幼馴染から貰ったものなんだ。付与術士だったんだけど……。亡くなる前に色々あって……まぁ簡単に言うとその時に剣が呪われちゃってさ」

「ほっ……。あ、そうなんですね」

「?」

 

 なんでホッとしてるんだ?

 

「あー、んで。それから俺の意志で抜けなくなっちゃったんだ。それに不必要なときに鞘から飛び出すから、鎖で縛ってるんだよ」

「それってどうなんですか?」

 

 手に持つ鞘の留め金が不自然にカタカタと鳴った。

 抜ける兆候だ。

 

「あ、ちょうど良いな。こんな感じでさ、唐突に抜けようとするんだよ」

「それはもう剣を替えたほうが……」

「それがそうもいかなくてね……」

 

 剣術大会で掛かった治療代の請求額が俺の給料を超えて有り余る。

 第一王子の取り計らいで一応分割払いになっている。

 失格になったせいだったんだよな……。

 いや、俺の収入の話なんてあまり続ける話題でもないか。

 

「兵舎に替えがありそうですけど……?」

「自分の意志で持ち替えると、身体中に薄っすらと切り傷が付くんだよね……。距離が離れれば離れるほど深く」

「えぇっ」

 

 配備されている数打ちの剣でも良いんだけど、そっちを持つと何故か切り傷を負う。

 付くかどうかは完全に剣の気分次第なんだけど。

 他にはエレナには言わなかったけれど、ぞんざいに扱うと夢見が悪くなることが多い。具体的には今日の朝みたいに。

 

 ゲンナリとした気持ちで剣を眺めると、何時にもなくしきりに抜けようとしていた。さらには、鞘と刀身の間から黒い火花が散っている。

 火花自体は無害なんだけど、これでは見た目が普通に邪悪だ。

 魔法で損傷しなかったり、それなりの効果を搭載している剣だったんだ。物自体はかなり上物だっただけに、こうなってしまうと勿体ないという気持ちが溢れそうになる。

 

「その幼馴染さんは、どんな方だったんですか?」

 

 俺の様子を見かねたエレナが話題を変えてくれた。

 

「先祖返りか何かで凄い魔力を持っている奴で、こっちじゃあんまり見ない赤い目と黒髪だったんだ。王都じゃちょっとした有名人だったんだけど……光輪のヴァイオラって知らないか? 昔の品評会で結構優勝してたりしたんだ……」

「うーん、知らないです」

「知らないかー」

 

 まぁあれから何年も経ってるしなぁ……。

 

「あ。もしかして、恋人だったんですか!?」

 

 エレナが少し食い気味に聞いてきた。

 女の子は好きだよなぁ、恋バナ……。

 

「残念ながら、ただの幼馴染だったよ」

「えー?」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ。ホントにただの幼馴染だったんだって」

 

 過去の経験から言って、恋バナを掘り下げる女の子はブレーキの壊れたトロッコみたいな存在だ。

 

「うわっ」

 

 過去一番といった具合に暴れるせいで、鎖まみれの剣を取り落としてしまった。

 

「ちょっとごめん」

 

 断りを入れて、椅子から立ち上がって拾う。

 

「っ。あれ?」

 

 剣に触れたとき、身体が不自然に鼓動した気がした。頭の鈍痛が減っている。

 

「どうしました?」

 

 極自然に話題が途切れた。

 ちょうど良い、話題を変えよう。

 

「いや、何でもない。そういえば、ディルナはいないのか?(森に居た少女は誰なんだ?)

「えっ!?」

 

 口の形と声が合わない?

 

「あれ? ディルナはいないのか?(森に居た少女は誰なんだ?)

「!!?」

 

 口が別人のように動いた。

 そうだ、あの時黒髪の誰かが――。

 

『惑乱せよ!』

『――離……!』

「ぐっ……!」

 

 額に強い痛みが走った。

 握りしめた剣がガタガタと鎖を鳴らす。

 

 何だこの痛みは……!

 

 力が入らずに剣を支えに片膝をついた。

 

「いけない!」

 

 その時、若い草花のような匂いが俺の頭を包み込んだ。

 途端に痛みが引いていく。

 冷静さが戻ってきて、エレナに抱きしめられるような格好になっている事を悟った。

 エレナの体温と鼓動を頬に感じる。

 この柔らかさは――。

 

 何故か剣鞘から再び黒い火花が散った。

 

『切離せよ!』

「ぐぅ……ッ」

「きゃあぁ!」

 

 さっきよりも強い痛みがやってくる。

 いや、それよりも何でエレナが叫んでいるんだ。

 助けなくては。

 

「駄目!!」

 

 無理矢理立ち上がろうとすると、エレナに強く抱きしめられた。さらに柔らかいものが押し付けられる。

 なるほど、見た目よりも大きいかもしれない。

 これは、おっ――考えるな!! 俺が駄目になる!!

 男としては正常な、場違いな思考をねじ伏せた。

 

「これは……! どうして魔法が……。もう一度! 『惑乱せよ!』」

 

 エレナの声で途端に痛みが消えた。

 

 痛みが消えると、少し冷静になってくる。

 無理矢理目を開くと布の破片が飛び散っていた。

 何だコレは?

 

「動いちゃ駄目! 解けちゃう!!」

「溶けちゃう!?」

 

 どういう意味!?

 頭を押さえられつつも、状況を把握しようとして視線を巡らせると肌色が飛び込んできた。

 

「んん!?」

 

 入り乱れた状況に混乱が加速する。

 その時、入り口の扉が叩き付けられるように開いた。

 

「エレナ姉ちゃん! 叫び声がしたけど大丈夫か!? って、え?」

「皆、冷静になれ。(ドバッ)……あ、うーん」

「うわ!! エレナ姉ちゃんとアラン隊長がえっちなことしてる!!? あ、ヨシ! ヨシ!? 大変だ!? ヨシが鼻血出して倒れた!! ヨシッ!」

 

 村の悪ガキ三人組の声がする。

 はたから見ると、抱き合う男女のようになっているのではないか。

 

「「ち、違う違う!」」

 

 二人で慌てて飛び退いた。

 あんなにも痛かったのに、痛みは何処かへ去っていた。

 

 改めてエレナを見ると服がボロボロになっている。

 あー、舞っていた布はエレナの上着だったかぁ……。

 

「きゃ!」

 

 怪訝な様子で自分の姿を確かめたエレナがその場に座り込んだ。

 即座に後ろを向く。

 

「違う! 見てない!!」

 

 いや待て。言ってしまったら見てしまったみたいじゃないか。

 

「見、見ましたね?」

「見てない」

「出ていってください! あなた達も!」

「お、おいらたちは心配してきただけで」

「早く出ていけ!!」

 

 叫びながら腕周りの鎧を投げつけてきたエレナによって、あっという間に追い出されてしまった。

 

「……」

 

 気絶したヨシを背負ったトシと呆れたような表情のヒデが、無言でこちらを見ていた。

 

「な、何だよ」

「アラン隊長、短い付き合いだったなぁ」

「勝手に辞めさせないでくれ!? ……はぁ、とりあえずヨシを休ませよう。教会で場所を借りようか」

 

 レレリア様へ聞きたかったことは今度にしよう……。

 追い出された手前、エレナと顔を合わせ辛い。

 

 俺は子供達を伴って教会への道を降りた。

 

 

 

 

 去年の冬前に完成したらしい教会は村の建物の中でひときわ新しく見えた。

 開けられたままの両開きの扉をくぐると、未だ残る木の香りが鼻をくすぐった。

 教会には癒者のルウトが詰めている。なんでこんな田舎にいるのか不思議な感じだが、幼くしてかなり優秀な回復魔法の使い手らしい。

 

「おーい! 誰かいませんか! ルウト! おーい……居ないか」

「あ!? おいら、探してくる!」

「あ、ヒデ。……ったく」

 

 止める間もなくヒデが外へ走っていった。

 

「長椅子を借りよう。トシ、そっちに寝かせてくれ」

「う、うん」

 

 三人組の中でトシは背が高い。

 しかし、少し気が小さかった。

 

「鼻血だけだから、とりあえず大丈夫だとは思うけど……。ルウトが戻ってきたらヨシを見てもらうんだぞ」

「わかったよ、アラン隊長」

「俺は行くからな。……後で様子を見に戻ってくるけど」

 

 教会の出口側の隅には簡素なカウンターと掲示板があった。

 何となしに近づいて見上げた。張り出されているものは疎らだった。

 村からの依頼として張り出されているものは無い。

 貼られているのは、人口の多い都市で必要とされている物品の採取依頼や比較的に危険度の高い魔物の討伐依頼だ。

 

「危険度が高いって言ってもな……」

 

 黒の森の生物は常識を超えている。

 現れる生物の全てが危険度が高いものではないだろうか……。

 まぁ、山菜の採取ができる浅いところは、そこまででもないって聞いてるけども。

 

「この掲示板が使われるのは俺が動けなくなったときか……」

 

 この掲示板は、魔物が村に現れて俺の手に負えない時まで使われることはないんだろうな。

 その場合の村への被害は甚大だろう。

 俺はゆるく拳を握った。

 

「賞金を懸けられた犯罪者が張り出される場合もあるのではないでしょうか?」

「うおっ!? セ、セラさん……」

「はい。私です」

 

 背後からの声に心臓が跳ね上がった。

 まるで全く気配がなかった。

 セラ=イレアノット。

 ここの教会を任されているギルドから派遣された女性だ。

 

「ほらあれとか」

 

 セラさんは、目隠しをしているにも関わらず正確に指さした。その手配書を読み上げる。

 

「……掠奪のユーグリッド。フェイティリス家の秘宝を盗み逃亡。生死問わず。この人って、天下五剣の人じゃあ……」

「恐らく、その方本人で間違いないでしょう。年始くらいの出来事のようですよ」

「えぇ……」

 

 俺が田舎の村へ向かっている間に一体何が……。

 

「あ! それよりも、ヨシが血を吹き出して倒れたんです。見てもらえませんか?」

「血を? ルウトは、……いえ。診ましょう」

 

 少し言い淀んだが無事に診てもらえるようだ。

 仕事の邪魔をしてしまったのかもしれないな。

 

 村の人達とは信仰している神は違えども、セラさん達は懐の広い人のようで普段から別け隔てなく村人に接してくれていた。

 

「ふぅ……。特に異常らしい異常はないようです」

「よかった」

 

 診てもらったが特に何事も無いようだった。

 

「何か衝撃的なものを見てしまったようですね。目が覚めるまで、念の為ここで安静に」

「!? そ、そう? じゃあ俺はこれで!」

「?」

 

 セラさんは癒者の心得もあるようだったが、手を当てただけであそこまで分かるものなのだろうか。

 俺は居づらくなって早々に教会を出ることになった。

 流石に異性にあれを知られると、ちょっとまずいことになる気がする。

 気の小さいトシは、異性相手にあの出来事を語りはしないだろう。

 

「と、なると問題はヒデか……」

 

 教会を出て少し考える。

 村で悪ガキ三人組と呼ばれている筆頭はヒデだ。

 よくよく考えると、先程何故かヒデは村の入口の方へ走っていった。

 その反対側には村の小さな酒場兼宿があるにも関わらず。

 

「いや、まさかね……」

 

 妙な胸騒ぎを覚えて俺は村の入口へ足を早めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 村の入口の道には、戦場で使うような大型の生き物向けの杭が備えられている。

 その脇には屋根だけついた小屋が設置されていて、畑仕事の休憩に使われることも多い。突然雨が降ったときの避難場所にもなっている。

 村に初めて辿り着いたときには、見慣れないもので少しギョッとしたものだ。

 

「ガンドウ殿!! ……まだ来ていないか」

 

 普段であれば既にガンドウ殿が来ている頃合いだったが、まだ兵舎で寝ているのだろうか。

 いや、道半ばで起き上がれなくなっているかも知れない。

 

「はぁ。兵舎に向かうか」

 

 途中で助け起こそう。

 これまでも何度かそういう事があった。

 

「……そう言えば、二回目のラッパがまだ鳴ってないような」

 

 ぱ〜〜〜♪

 

「いまかよ!」

 

 踵を返して兵舎に足を向けた時、村にラッパが響いた。

 ヒデのやつ、ラッパを吹きに戻りやがったな。

 

「ん?」

 

 脱力して地面に視線を向けると、杭の横に小さな足跡を見つけた。その隣の地面に焼き付けたような印が刻印してある。同じように杭に幾つも意味ありげな印が付けてあった。

 

「レレリア様の所の紋章か……。何か意味があるんだろなぁ」

 

 『占いの館』の扉にもこの印があった。

 きっと、何らかの効果がもたらされているのだろう。

 足跡のサイズから言って、森と村の境界にあった足跡はエレナのもののようにも思えた。

 ……確かめようにも、あの出来事のせいで今は聞けないが。

 

「……とりあえず、エレナに謝ったほうがいいのか?」

 

 いや、謝るって言ったって……抱きついてきたのは、エレナの方だしな。

 

「いや、謝らないと男らしくないのか……? 高そうな服が破けたのは……俺のせいなのか?」

 

 そもそも何故抱きついてきたんだ。

 まさか俺にホの字……。

 それはないか。

 それに、よくよく考えると何から謝ればいいんだ。

 裸を見てごめんなさい?

 馬鹿か。

 

「いや、しかし――」

 

 声に出して整理しながら歩いていると、兵舎に着いてしまった。

 

「ガンドウ殿は倒れていなかったな……。ということはまだ兵舎か」

 

 

 

 

 

 兵舎の戸を開けると、廊下にガンドウ殿のイビキが響いていた。

 2回目のラッパが鳴ったのに、まだ寝てるのか……?

 

「ガンドウ殿?」

「グガ〜――」

 

 イビキだけで返事は無い。

 不審に思い、イビキだけが響く廊下を突き当りの部屋まで進む。

 今朝、櫓で聞いた話を思い出した。

 

〈去年流行った疫病以外には、ほんとに何にもないぜ? ……あぁでも春先ならあいつが出るかなぁ〉

 

〈えーと、なんて言ったかなぁ。大きな害はないんだけど、春先にはなんちゃらレタスって魔獣が村のどこかに湧くんだよ〉

 

〈いや野菜じゃなくて。あーすまん、名前が思い出せない。5年前くらいに大岩前に住んでるトニーが大きいヤツに罹ってな。それを退治してくれた旅の冒険者が言うにはよ、夢と一緒に時間を食っちまう魔獣なんだそうだ〉

 

〈おれぁは頭良くねぇから、よく分かってないんだけどよ。『夢の中で道草食って起きれなくなる』って聞いたな〉

 

 気付けば、剣の柄を握る手がじっとりと汗ばんでいた。

 ――魔獣。

 端的に言えば、魔法を使う獣だ。

 その種類は多岐に渡る。

 ある日突然新種が出現し、村や町を襲うこともある獣。

 有名なのは、『巨獣ファルス』とか『暴食のココッケ』等。

 俺が対処できるのは、精々小型の魔物くらいだろう。

 

 鎧を外すか迷ってそのままにする。

 

「でも、少し運が良かった」

 

 剣から固く縛り付けていた鎖を外した。

 今日一度抜けかけていたため暫くは抜ける。また一時時間が経つと糊付けしたように抜けなくなるが。

 久々に抜剣すると、複雑な文字が紋様のように描かれた鈍色が姿を表した。

 

「ヴァイオラ……。よし!」

 

 勢い良く扉を蹴り込んで中へ転がり込んだ。

 

「ヴァッ!?」

「!」

 

 眠るガンドウ殿の上に乗ったピンク色のナイトキャップを被った異形と目があった。

 サイズは子犬ほどで鼻が異常に長い。

 一見してちっさいおっさんに見える。

 

「ヴァ」

 

 驚きから立ち直ったのは魔獣が先だった。

 霧が立ち込め、立ち上がる一呼吸で頭がグラついた。

 

「眠りの霧……!? 『切離』!」

 

 エンチャントを起動し魔法を下段から切り払う。

 

「ハッ!」

 

 便利な付与を施してくれた幼馴染に感謝の念が湧いた。

 

 間髪入れず、振り上げた剣を下ろす。

 長い鼻の根元から一気に切り飛ばした。

 

「ゥ゙?」

 

 魔獣は何が起きたのかわからない様子で事切れた。

 

「ハァハァ……」

 

 ドッと汗が吹き出した。

 緊張していたらしい。

 かなり弱い部類だったみたいで良かった……。

 

「グガ〜。……ん、ハッ」

 

 鼻提灯を膨らましていたガンドウ殿も直ぐに目を覚ました。

 

「良かった。ガンドウ殿、起きられましたか。目が覚めなかったらどうしたものかと――」

「ヒィエエエ!」

「ちょ、ま、ガン」

「こ、殺さないでくれぇ!!」

 

 急に取り乱したガンドウ殿を咄嗟に抑えようと近付くと、ベッド脇に転がり落ちていった。

 

「え?」

 

 今の状況を客観的に考えてみた。

 俺は血みどろの剣を持って寝起きのガンドウ殿の前に立っている。

 シーツとベッドには血糊がべっとりと付いていた。

 倒したはずの魔獣の死体は、ガンドウ殿が転がり落ちたときにシーツに埋もれてしまった。

 ガンドウ殿の上に乗ったシーツは、今もジワジワと血が滲んでいる。

 

 これは……一見すると、眠っているガンドウ殿に襲い掛かった悪漢なのでは?

 

「ちがう!! 待ってくれ!!」

「ち、血が! お助けぇ〜」

 

 鎧を着ていない時のガンドウ殿は気弱だ。

 目を見開いたまま気絶してしまった。

 

 

 

――

―――

 

 

 モヤモヤしたりイライラした時は素振りに限る。

 

「フッ! ……ハッ!」

 

 あれから、色々あってもう夜だ。

 

「フンッ! フン!」

 

 あの後、レレリア様や村長に確認を取った結果、ガンドウ殿のところに居た魔獣は『リスリプレテス』という名前の魔獣だったようだ。

 ピンク色のナイトキャップは、不眠症に悩まされる貴族へ高く売れるらしくもの凄く喜ばれた。

 なんでも結構効き目のある魔道具に加工出来るらしい。

 

 酷く怖がらせてしまったが、ガンドウ殿の誤解も無事に解けた。

 

〈ヒソヒソヒソ〉

 

 午後の村人達の様子を思い出す。

 

 俺のこのモヤモヤは別の件だ。

 色々あったせいで、ヒデを捕まえて午前中の出来事を言わないように言い含めておくのを忘れていた。

 その結果、村中に噂が立ってしまった。

 

『うら若い乙女に抱きつき、変幻自在に動く手で昇天させたおっぱい魔人』

 

 というあらぬ噂だ。

 というかこちらから触れてすらおらず、イリーガルなことすらしていないのだがどうしてそうなった。

 

「フン! フン! フン゛ッ!」

 

 雑念と一緒に嫌な噂も集中の空白に――。

 

 

〈ヒソヒソヒソ……まぁ!〉

 

 ひそひそ話をしながら頬を染めた奥様達を思い出す。

 やめろ。

 

〈アラン隊長。このナイトキャップを見てわかるように、どうやら貴方はこの村に必要な人間のようじゃ。…………じゃが、どうかほどほどにして貰えんじゃろうか〉

 

 村長の重々しい声を思い出す。

 やめろ。

 

〈隊長さん、うちもまだ子供が欲しくてなぁ。まぁ、何だ……。今度一緒に飲もうぜ? その技、教えてくれよぉ……〉

 

 自警団の男。

 しっとり言うな、やめろ。

 

〈ホッホッホ。ホッ?? ホッホッホ……ホッ???〉

 

 爺様方。

 忘れたふりして同じ話を何回も聞くのはやめろ。

 

〈アラン隊長殿。孫にあらぬ噂が立っているようじゃが……。何にもないのはわかっとる。じゃが、何とかならんのか?〉

 

 レレリア様。

 何ともなりません。

 

「フーーーーーーン゛ッ!」

 

 俺の声が闇夜に木霊した。

 

 

 

 


 

 

 

 

「はぁ……」

 

 村から家に帰る道中、私は溜息をついた。

 夏に向けての資金として当てにしていた魔獣が、村の警備隊長に狩られてしまった。途中で気配が消えたので間違いないだろう。

 

「何年か寝かせていたのになぁ」

 

 睡眠魔法を放ちまくる魔獣は育つまではかなり弱い。数年程度では人間が狩れる程度には弱い部類の魔獣だった。

 人の夢を食べて成長し、初めこそは人一人分に満たない夢を食べる。しかし、枕を持つほど育ち切るとソイツが描く夢の世界が現実に干渉し始めて、現実からの攻撃が殆ど通らなくなるといった厄介な性質を持った魔獣だ。

 テリトリーに近づくと昏睡してしまうしな。まぁ、育つ前に狩り取ればいいのだけれども。

 

 いつものように流れの冒険者の女に化けていたのだけれど、あの教会兼ギルドなるものが出来てしまったため、設定にちょっと無理があったのかも知れない。

 

 隠れて狩るにしても村にお金を落とし辛い。それに私が総取りにするにしても額があまりにも大きい。大きな金の流れは目立つからなぁ。

 

「狩って、村に預けて、先にちょこっと貰う……」

 

 ちょうどよかった流れも変えなくてはならない。金策も考えないとなぁ。

 

 教会の女には邪魔をされるし何だか運が悪かった。

 そんな事もあって、早々に引き上げて馬鹿弟子の様子を見ることにした。

 

 

 

 

 

「えい! たーっ!」

 

 修行を言いつけていたはずの馬鹿弟子は、焔っぽいエフェクトが出る短剣を振り回して遊んでいた。また本か何かの影響を受けでもしたんだろう。

 今朝方は瞑想を途中まで見てやっていたんだが、少し目を離していた隙にもう遊び始めやがった。

 

「ディルナ、瞑想はどうした?」

「げっ!」

 

 私の声に驚いて直立したディルナは、意を決したように宣言した。

 

「しっしょ〜! あたし、剣士になります!」

「阿呆め」

「アホウってなにさ! この剣の英雄みたいに、あたしも『レーヴァテイン』使いみたいな剣士になるの!」

 

 ディルナが身に着けている意味のないベルトに挟んでいた道楽小説を取り出した。

 ……あんな小説買ってたっけ?

 まぁ、それは兎も角、訂正しておかねばなるまい。

 

「ディルナ、『レーヴァテイン』は杖だ」

「え? だって、この剣の柄に似て――」

「ディルナ、『レーヴァテイン』は杖だ……」

 

 ディルナが持って遊んでいる短剣は低レベル帯の属性武器だ。サニーが薪の焚付に使っている便利な着火マンだった。使用者に限っては延焼しないため、サニーも安心して使える。

 

「じゃあこれは?」

「紅蓮短剣。銘はない」

「じゃあ、お話の『レーヴァテイン』は?」

「ない。作り話だよ」

「えー!!」

 

 ディルナは崩れ落ちた。

 露骨に残念がりやがって……。

 

「じゃあ……本物を見せてやるよ」

「え、ホントに!?」

「あぁ、本当さ」

 

 ガバッと起き上がったディルナを尻目に小屋に向かって叫んだ。

 

「サニー! 枝毛みたいなやつ持ってきてくれ!」

「枝毛て……」

 

 しばらく経ってサニーが持ってきたのは、枝毛のように先のササクレた木の杖だった。

 

「あホントに枝毛みたい」

「(クネクネ!!)」

「あいたー! サニー痛い! ちょっと、痛い!」

 

 ディルナはあっと言う間に短剣をサニーに取り上げられた。更に執拗に短剣を持っていた方の腕をシッペされている。

 これはさすがの私でもわかる。火遊びするなとガチで怒っているな。

 

「謝っとけよ……。サニーは結構本気で怒っているぞ」

 

 サニーのシッペは地味に痛い。何と言うか骨に響く。ゲーム的に言えば、絶対『貫通』持ちだろ。

 

「ごめんてばー!」

「(クネクネ!)」

 

 そういえば昼時を過ぎた頃合いだ。もしかしたら、サニーは火が着けられなくて困っていたのかもしれないな。

 

「そのへんにしておけよ。ディルナ、よく見ておくんだ」

 

 『レーヴァテイン』は魔力を可視化できる。未だ運用が微妙に下手くそな馬鹿弟子の修行には、もってこいかもしれない。

 一見すると剣の柄のような意匠の杖だ。上部は折れたようにササクレている。

 そこに私は魔力を込める。

 

「ハァ!」

 

 ササクレた杖先から、吹き出す魔力がビーム状に溢れた。

 

「…………。いや、剣じゃん」

「いや、杖だろ」

 

 だって、魔力吹き出してるだけで切れないし。

 

 

 

 

 

 




【ヒデの噂話】
エレナと抱きつき
何が起きたのか判らないが
とりあえず服は破けた
ヨシが鼻血を出したので多分エロ疑惑



【tips】
コアトル:多脚トカゲ 虫∪蛇≦巨大ムカデ
一般の魔獣への見解:ピンキリ。巨大生物も魔獣扱い。
リスリプレテス:鼻の長いちっさいおっさん。二足歩行の獏。進化すると夢枕を持ったねむねむおじさんになる。


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