辺境の村で惰性的なスローライフを過ごす、かつて準廃だった闇魔法使い系の女の話   作:異界の土饅頭供養

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夏_1021年目①



 

 村では少し揉め事が起きているらしい。まぁ揉め事と言っても、前向きな感じではあるのだが。

 朝食を取っていると、宙に浮いた淫魔のディルナが、おずおずとした様子で聞いてきた。

 

「ねぇ! やっぱりエレナに付いていってもいい?」

「駄目だ。やっぱりってなんだ。前々から駄目だって言っているだろ」

「がーん」

 

 問いかけたディルナに即答すると、ディルナは顎へ悔しげな梅干しを浮かべた。

 もう何度目かの駄々捏ねだ。

 

「(くねくね……)」

 

 こちらのやり取りを覗っていたサニーの蔦が、ため息を吐くように萎れた。

 ……何のため息なんだよ。

 年の割にしっかりとしたエレナに付いて行くとはいえ、ディルナを()()()()王都近郊などに行かせられるか。

 サニーも分かるだろ。

 

「ちゃんと聞いてよ! だからね――」

「はぁ……」

 

 どうやら村では、警備隊長が狩ったリスリプレテスのナイトキャップの買い手が付いたらしい。

 しかしながら、不眠症に悩む貴族がほしがるような高額な品だ。内密に事を進めねば様々な危険が伴う。

 現在は村に保管されてはいるが、噂が漏れれば輸送にも金をかけねばあっさりと強奪に遭いそうなものだ。

 

 公にここらの領主に売るという手もあったが、村は相談の結果、王都の貴族との密かな直接取引を選択したらしい。税も取られるだろうしな。

 あまり適当な商人なんかが相手だと高飛びされる可能性もあるが。今回は居城へ持ち込むことを条件に、件の貴族との直接取引ということだ。

 しかし、よく伝手があったものだ。

 まぁ、おばばは顔が広いからな。そういう伝手もあるのだろう。

 私が狩った場合はどうしただろうか。うん、適当に捨て銭でアウトローな連中に流したかも。もしくは、おばばに預けてやはり同じように処理をしたかも知れない。

 

「口の軽いお前がついて行っても、何の役にも立たないだろう」

「えー、でも行きたい! だって、みんなと一緒に行ってみたいもん」

 

 そう言って、ディルナは口を尖らせた。

 ……はぁ。

 なんだか最近、エレナ達に執着している感じだ。

 淫魔にとって人間は糧をもらえる隣人ではあるが、人間からすれば体力を掠め取ってくる人間の形をした異形種だ。あまりに近くなりすぎるのも流れ者であるディルナからすれば、良い状況ともいえなかった。

 

「やめておけ。迷子になったらどうするんだ」

「迷子って何さ! そんなに子供じゃないもん!」

()()って、子供だろ。せっかく教えた敬語もあっという間に忘れやがって」

「忘れてないもん! しっしょ〜は、私にずっとここに引き籠もっていろって言ってるの!?」

「お前なぁ……。そこまでは言ってな――」

「しっしょ〜みたいになりたくないよ!!」

「っ!?」

 

 うわ。

 お前、さすがにカチーンってきたぞ。

 

「人を引き籠もりみたいに言いやがって! 増量だバカタレ!」

 

 ディルナは最近の修行で魔力均衡が崩れると爆発する仕様になっている首輪を付けている。その魔力負荷を上げるとディルナがキレた。

 

「ぅも〜ん、しっしょ~の馬鹿!! 分からず屋! おたんこなす! ちび! 貧乳! 忘れん坊! えーとえと、黒髪! 直毛! 長風呂! 長生きババア!!! ()()()()()()()()()()()()()()()()()、バーーーカ!!!」

「あ、……」

 

 捨て台詞を吐いて駆けだしたディルナを叱ろうと思ったが、言葉に詰まってしまった。

 ここぞとばかりに罵詈雑言を吐きやがって……。

 お前、半分くらい事実の羅列だったとしても言い過ぎだろう。

 流石に許さんぞ。

 

「この……! こら馬鹿弟子が。どこへ……!? へぶっ」

 

 そう思って踏み出した途端、立ちくらみと共に膝が抜けた。

 まるで、自分の身体ではないかのように重く感じる。

 あれ……?

 

「……サニー。ごめん、起こしてくれないか? なぜだか起き上がれないんだ。力が入らない。なんで……?」

「(クネクネ……?)」

 

 間抜けに突っ伏した姿勢のまま、サニーへ助力を求めた。

 何故か身体の制御が効かなかった。

 

「(クネクネ)」

「あぁ、ありがとう」

 

 サニーのツタに支えてもらってなんとか立ち上がる。どうしてしまったんだ……私の身体は。

 そうこうしている間に、ディルナは走り去ってしまった。

 

 

――

―――

 

 身体の状態を調べるうちに日が暮れた。

 時間経過で調子も戻り、ベッドからも降りられるようになった。

 マルチコンディション(万能薬)もあったが、アレのやばさは似た薬で一時期ポーション中毒のような状態になったことで分かっている。

 なんでも治すような強烈な薬がマトモな訳無いんだよな。

 健常な状態と死にかけの状態を反復横跳びできるようになるような落差の大きな薬なんて、使う機会が無ければそれに越したことはない。

 

「しかし、なんだったんだよ……」

「(クネクネ)」

「あぁ、サニー大丈夫だ」

 

 ふと、昔魔法の反射をもらって命からがら逃げおおせたときの事を思い出した。

 何かのデバフだったな……。

 この虚脱感のようなもの。何だったか。

 

「あ、ダウン系のデバフか」

 

 先日使った『ディクレピト』の様に、火力を下げる系のデバフをもらった感覚に近い。それも強烈なやつだ。枯らした植物の中に上の個体でも混じっていたのだろうか。

 遅効性の反射でももらったか……。しかし、そんな高度な魔法遅延が使えるような植物(もの)が偶発的に湧くのだろうか。

 一応チャージスキルに近いものであれば可能か……。

 蓄積したダメージを閾値を超えた際に吐き出すのもだが、その閾値を超えるのに時間が掛かった、と。

 いや、広域に影響を及ぼす様な者だった場合、サニーやディルナにも影響するだろう。違うか。

 

「ディルナは……まだか」

「(クネ)」

「また家出か。村へ行っているんだろう。おばばに連絡……迎えに行った方が早いか」

「(クネ!)」

 

 私は仕方なくディルナを迎えに村へ向かった。

 

――

―――

 

 

 

 

「なん……だと?」

「じゃから、エレナ達と王都に向かいましたのぅ。それも竜籠で」

 

 ディルナは村にいなかった。

 あいつ今回はガチだ。

 

「……竜種は?」

「スクローフィ種。王国空軍の籠じゃな」

「……うっ、急に頭痛が」

 

 竜籠は空を駆る騎竜を使って、熱気球で使う様な籠に入れて人を運ぶ高速便だ。怪鳥を使っている国もあるみたいだが。偶に上下関係が入れ替わって騎手が喰われる話を聞く。

 また少しクラっと来た。まだ調子は万全ではないらしい。

 

「大丈夫ですかな?」

「目眩がしてくるな」

「国軍の籠じゃから、滅多なこともありますまい」

「それはそうだが……」

 

 そう言うと、おばばは手元の乳鉢へと視線を戻した。

 

「……。痛み止めか」

 

 おばばが作っている薬を材料から推察する。

 

「最近、腰痛が酷いものでのぅ」

「いい歳こいて『コアトル』なんかに乗っているからだ」

「この縮んだ背で乗れるのは、アレか貴女の『絨毯』くらいものですぞ」

「別に貸してやってもいいが……。あんな足の沢山生えた虫みたいなトカゲは、私ならゴメンだけどね」

「そんな生娘みたいに……」

 

 おばばに『絨毯』を出してやった。こいつは所謂、魔法の絨毯で、ゲームでは無機物系騎乗枠だったが、こっちでは魔法生物化している。

 巻かれた『絨毯』は久々の活躍に胸を躍らせているかのようにビクビクと動いた。

 こいつはコイツで、捕まえたイモムシみたいで気持ちが悪かった。

 

「好意は嬉しいのじゃが、あの()にも愛着が湧いておりましてなぁ。お返しいたします」

「そ、そうか……」

 

 何となく取り出したが、受け取ってもらえなかった。心なしか『絨毯』も萎れている。

 こいつを魔法で仕舞うと、どこ行ったか分からなくなるんだよなぁ。勝手に動き回るし……。仕方がない、乗って帰るか……。

 

「ふむ。それで迎えに行ってやったらどうですかな? ついでにエレナの様子も見てくだされ。孫を送り出したわしも少しばかり安心できそうというもの」

「……ディルナを迎えに、か。勝手に帰ってくると思うけどな、()()()()()()()()()

「……。迎えに来てくれる者が居るのは、嬉しいものですぞ」

「そういうものか」

「はいな。そういうものですぞ」

 

 凄腕の占い師の言葉には何処か重みがあった。

 

「それと……『星』が動いておりますのぉ」

「それも占いで?」

「さよう。放っておけば、この国にも大きな災禍と成るじゃろうて」

 

 おばばの言う『星』はプレイヤーの遺物の事だ。もしくはプレイヤーに類する者。そいつらが人々と関わることで何らかの波動を放ち、おばばはそれを感じ取っているらしいのだが。私には何の事を言っているのかさっぱりわからない。

 前聞いた時には、はぐらかされているのではないか、というレベルで堂々めぐりの話と化したので下手に突っ込まないでメリットだけ享受する所存だ。

 

「しばらく……だったな。この国周辺では取り尽くしてると思っていたんだが」

「前回は5年程前でしたかの……」

「その前は7年前か」

「珍しく覚えておられましたのぅ……。やはり、迎えに行ってやりなされ。さすれば、この『星』も捕まりましょうぞ」

「おい、本気で言ってるのか?」

「ほっほっほ」

 

 笑って誤魔化された。

 張り合っても情報をもらえずに終わるだけだろう。おばばの企みは知らないが、『星』を巡る占いに関しては昔から嘘をつかなかったはずだ。

 

「躓く石も縁の端。足元に注意をお払いくだされ。くれぐれも頼みますぞ」

 

 私を送り出すとき、おばばは深刻な声でそう言った。

 おばばがいつも占ってくれているのは、『星』がもたらす行く末なのかもしれない。

 しかし、占いの時のネガティブな物言いはなんとかならないものか……。

 

 

 

――

―――

 

 

 ディルナの事はプレイヤー達の遺産集めのついでだ。そんな言い訳が口をついて出そうになったが、足元に魔法生物がいる手前飲み込んだ。

 こいつは調子乗りで、納屋で動けないように縛っておかないとフラフラとどっかに行く上に、面白いと思ったことでこちらを煽ってくる。良く言えばファンキーな奴で悪く言えばやはりお調子乗りだ。

 このへんは同じ種別のアイテムでも性質が異なる。ざっくり言ってしまうと魔法生物化した影響で生えた性格が異なるようだ。

 

「おい、使ってやるんだ。町中で騒ぎを起こすんじゃないぞ」

 

 そう言ってやると、『絨毯』は器用に敬礼を返してきた。

 ちゃんと分かってんのかね……。

 

 元々はガチャ産の騎乗ペット枠だった奴だ。無機物がペットって何だよ、と思うかもしれないが、他にも超高速機動キャリーケースや空飛ぶサーフボード(通称丘サーファー)、汚い色の筋斗雲なんかもあった。

 まぁ、移動に関しては押し並べてプレイヤーのほうが素早くなっちゃったので、機能性としては産廃化してたのだが。ファッションアイテムとしての使い道で相場は高く、生き物系のペットよりは普及してた強かなやつらだ。

 

 そんなことを考えていると、『絨毯』が急に方向を変えた。

 

「おいこら。勝手に方向を変えるな。どこへ行くんだ!」

 

 村の街道から急転回して森の方へ直進する。

 すると、先日見た巣が見えてきた。

 “手羽先”の巣だ。

 

「クルルア?」

 

 こちらを見つけた手羽先は、何処かに連れて行ってもらえると思っているのか猛烈に尾羽根を振り始めた。

 散歩に胸を躍らせる犬みたいになるんじゃない。

 これもう連れて行かないと罪悪感がすごいやつじゃないか……。

 

「……。お前も行くか?」

「クルルル!!」

 

 狂喜乱舞。

 巣の周りの巨木が宙に舞った。

 ぶつかりそうな物を掴んでは投げ飛ばす。

 巨木の重さで絨毯が苦しそうだが、私を嵌めやがったのでいい気味だと思うことにする。

 

「お前は王都の近くまでだからな。ちゃんと待つんだぞ」

 

 巨体の手羽先をあまり王都に近づけ過ぎると騒ぎになる。なんなら魔法騎士隊達がワラワラ集まってきて、季節外れの花火大会が勃発する。

 特等席で見れるから、それはそれで楽しかったりするのだが……。

 

「クルル! グル!」

 

 高速で頷く手羽先。

 ほんとに分かってんのか?

 

「はぁ……」

 

 無い口を覆うように震えている足元の絨毯を私は平手でぶん殴った。

 笑ってんじゃないよ。

 

 

――

―――

 

 

 平たい無機物と首に縄を括り付けた手羽先を伴って、私は王都への途についていた。

 私が根ざしている拠点は標高の高いところにある。王都は村から段々と下った先、常人の足で二ヶ月かそこらで着く距離だ。まぁ、道に沿って歩けばの話ではあるが……。

 

 絨毯から眼下を見下ろす。

 しばらくの期間、雨が降っていたせいだろう。日差しに照らされた荒涼とした山肌にポツポツと新緑が根ざしている。通り過ぎる崖下に石のラインが刻まれた道が見えた。

 ……そんな過酷な道を手羽先が道を無視して嬉しそうに爆走している。生息域外で巨大な怪鳥が荒野を駆けている光景は、普通の人間が見れば頭を抱える光景だろう。

 

 この国は街道がある程度整備されている。と言っても、ほとんどは轍に剥き出しの土が見えているものだ。一見して何もしてないように思えるかもしれないが、轍の中心に主に闇属性の霊石が庭園によくある飛び石のように埋め込まれている。周囲の環境において相反するものや枯渇している様な属性石を埋め、一帯の生き物が寄り付きにくいようにしているのだ。

 だがしかし、街道に埋め込まれているような活性状態の霊石は、翻って条件が重なると偏った属性のモンスターを生み出してしまう。肉をそぎ落とした人骨モンスターとか。

 矛盾しているようだが、周りから集まってしまうのと因果が重なって0から生まれるのでは、遭遇事故発生率が異なるらしい。

 

「ん?」

 

 湧いてしまったものを駆逐する業者は、どの時代にも形を変えて存在している。今、山々を飛び越えてスキップしようとしている私達の目先で起こっていることもその営みの一部だ。

 

「止まれ。……低く飛べ。手羽先、姿勢を低くしろ」

「クル」

 

 意図を察した手羽先が巨体の割に低く沈んだ。そのまま地を這う爬虫類のように、地面を滑らかに移動する。巨体が小さな蛇のように音を立てずに移動するのは、まさに曲芸のような動きだが、私が仕込んだわけではなく手羽先が自ずから編み出した理性的な狩りの手法だった。

 絨毯から飛び降り手羽先を追った。

 しきりに鼻を鳴らす手羽先とともに崖下を覗き込む。

 

「おーい、こっちに応援をくれ!!」

「“起骸”が出るぞ! 一人になるな!」

 

 むさ苦しい男達の声が聞こえる。

 見れば地崩れでも起きたのか、道が大きく崩落していた。

 燻った煙と木材の破片が見えた。

 随分と規模の大きな地崩れだったらしい。

 

「商隊が巻き込まれたのか……」

「グル」

 

 泥に塗れた男達があちこちで叫んでいる。商隊と伴にいた冒険者だろうか。

 その時、肉が溶け落ち骨だけになった馬が、苦しげに嘶きながら崩落の縁からもがき上がってきた。街道の霊石は野生の生き物を遠ざける。しかし、一度命が失われるような事故が起きてしまうと悲惨だ。

 

「骨馬だ!」

「火だ! コイツラは火に弱い! 火をもってこい!!」

「商人たちは先を急げ! また崩れるぞ!!」

 

 死んだ馬がさっそくモンスター化したらしい。生前はよほど苦しかったのか、痛む肉をすべて捨ててしまったようだ。

 

「うわ」

「油も持ってこい!」

 

 骨だけになってしまった馬の周りがにわかに騒がしくなった。

 

「アイビー! アイビー!! 返事をしろ!」

 

 慌ただしい物音に紛れて悲痛な男の声が響いた。崩落に巻き込まれた伴侶でも探しているのだろうか。

 

 落ちた荷車も地崩れする前ならどうにかできただろうが、時を巻き戻す術を私は持っていなかった。

 

「はぁ……。ったく」

 

 見つけてしまった手前、見過ごすのも寝覚めが悪い。

 

「来い。……来いって。……いい加減にしないと引き裂くぞ」

 

 呼んでも此方を空中からおちょくって来る絨毯をちょっと本気を出して捕まえた。

 巻き取り、逃げないように手羽先に咥えさせる事にする。ヨダレに濡れるのを嫌がった絨毯が暴れるが、地面に叩きつけて大人しくさせた。

 

「コイツを咥えて待ってろ。いいか? 静かにしとくんだぞ」

「ググル」

 

 何故か少しビビっている手羽先は、ちゃんと分かった様子で頷いた。

 

 さて……。

 ここから崩れ落ちた荷車の残骸までは、高さにしてざっと300mくらいあるだろうか。裏返って車軸と車輪が見える。

 地崩れがあった周りの地面は少しぬかるんでいそうだ。場合によっては、また起こるかもしれない。

 

「ふん!」

 

 その辺に落ちている岩塊を蹴り砕いて、モンスター化した馬をめがけて転がした。

 装備の隠行に身を任せ、その後を追うように軽く駆け出して自由落下する。

 

「また崩れたぞ!!」

「おい! 離れろ!!」

「うわあ」

 

 松明を持った男が、骨だけになった馬にのしかかられていた。指先で適当に印を切って防御魔法を模倣する。聖職者系の下級職で覚える『オーラシールド』。名前が強そうな割に、ゲームでのインフレについて来られなかった薄いバリアを再現する。

 一瞬だけ男の周りが暗くなり、骨になった馬だけが落ちてきた岩塊に弾かれて再び転落していった。用をなした障壁が岩の音に紛れて砕ける。

 その脇を逆さに落ちていく――。

 

 着地の瞬間に空中で反転し、先に泥に埋まった岩塊に飛び乗った。

 

「しまった……。岩が少し小さかったか」

 

 勢いがつきすぎたのか岩は思ったより埋まってしまい、片足が足首まで泥に浸かってしまった。サニーの作った革製のショートブーツに浸水してきて不快感を感じる。

 目論見では馬を弾き飛ばして勢いが落ちるはずだったが、一瞬でバラバラになったところを見ると、相手が軽すぎたのかもしれない。

 

「う……」

 

 荷車の下から声が聞こえる。

 まだ、生存者がいたようだ。

 

 泥の中から引きずり出すと、か細い息をした女だった。

 

「ガハッ……はぁはぁ」

 

 女は肺に何か刺さっているのか、異音を伴う不定の呼吸を繰り返した。

 ……長くはなさそうだ。

 

「おい、生きたいか?」

「……ぐぅ。……子供を、子供だけは……」

 

 血に塗れた腹を押さえた女は、子供と何度も応えた。

 腹に子供がいるのか……。

 月齢はそこまでいっていなさそうだが、必死な様子に本人にはその自覚があるのだろうということが伺えた。

 

「……」

 

 私の持っている薬の力で、女だけは助けることができる。だが、お腹の子供はその限りではなかった。医者ではない私がリスクを取らずにできることといえば、高い効能の魔法薬をぶっ掛けるくらいしかない……。

 

 アーティファクトである最上級回復薬(エリクシル)の効能は『一人の肉体を元の状態へ再生し体力を全快。さらに状態異常を治す』だ。風邪の菌は死滅するし、寄生生物も虫下しされる。異物も排出される上に肉体の再生に伴って少し若返りさえする。そして困った事に、妊娠は一人に何かが寄りかかっていると()()()()()()()()。ガチャのおまけで付いていたありきたりな回復薬は、そんなどうしようもない性質を持っていた。

 手持ちの薬では、生憎と子供を生かして母親を助けることはできそうになかった。

 

 ……回復系統の上位クラス魔法を試そうとして躊躇した。私の魔法属性で蘇生系の術を使うと、真っ当な人間として蘇らない。過去の経験から分かる。生きている人間に使ったことはないが、あまり良い結果にはならないだろう。

 回復魔法の模倣自体では、死霊系の魔物しか回復できない。グリムリーパーによる魔力譲渡、プリースト等の回復魔法の模倣は、闇の眷属たちへの恩寵であり、福音だ。ここで発動すれば、先ほどの骨馬が優先して蘇りまた苦しむ結果になるだろう。

 

 しかし、私が生きている人間に何もできないわけじゃない。

 収集したアーティファクトを呼び出す。

 ゲームでは首アクセサリー装備だったものだ。特定の属性ダメージを受けると固定値回復できるペンダント。パッシブなスキルがついている点は、一見して割と強力な装備に思えるが、回復量が低く結局はダメージを受けてしまう点と装備枠の競合で一線級には絶対に上がらなかった装備品だ。

 現実化した世界では同属性の攻撃を受けると割とちゃんとした回復魔法を吐き出す不思議装備になった。これが、この瞬間までここに残っているのには意味があったのだろう。そう思いたい。

 リジェネーションが付与された装備でもあればよかったんだが……。いつの時代も競争が激しく、今ではほとんどが失われているだろう。

 念の為、女に私の魔力属性を限界まで付与してダメージ自体を限界まで減らし、ペンダントによって回復への反転を狙う。回復量が低い点は……、まぁ効果の発動回数で何とかしよう。

 

『オーラシールド』

 

 手早く何度も、重ねがけをする。

 『オーラシールド』を弄ってこの女の属性値を無理やり上昇させる。

 

「が、……ちと目立つよなぁ」

 

 上を見上げると商隊が騒ぎ始めていた。何よりも問題なのは、時間が足りなさそうだ。骨馬を除したことで転落者の救出に移ったのだろう。

 

「グルアァァァ!!」

 

 地鳴りと手羽先の叫び声が聞こえた。

 商隊の人間たちが上を指さしているのが見える。

 手羽先が気を引いてくれたようだ。ナイスだ、手羽先。後で褒めてやろう。

 すぐに取り掛かろう。

 

「あ」

 

 考え事をしながら『オーラシールド』を掛けていたせいで、私の魔力属性に染まって黒塗りの犯人みたいになってしまった。

 や、やり過ぎた……。こんなの犯沢さんじゃん。

 いや、時間がないからこれでもいいのか。

 

 崖の方を向き両手を広げて構える。

 規模の大きな魔法は痕跡が残りやすい。しかし、幸いなことに……、いや全く幸いではないのだが、ここは災害現場だ。この世界で勝手に災害級へ指定されている魔法を放つ。

 

『ペトロカスケード』

 

 効果時間やエフェクトが決まっていたゲームではそこまでの効果は無かったが、魔法の発動を継続することで規模がどんどん大きくなる魔法だ。

 崩れ落ちた道付近から、黒いタールのような魔力が吹き荒れた。

 

「なんだこれは!?」

「おーい!! 大きな土砂崩れだ、逃げろ!!」

 

 随所に白い骸骨やうっすら亡霊が沸き立って見えるところは、実に闇魔法らしい。

 魔法で生み出された黒いヘドロは、崖を下ろうとしていた人々を器用に避けてこちらへ向かってくる。まぁ、ヘドロを運転してるの私なんだけどさ。

 女を横抱きに抱えて、轟音を立てて迫る黒い雪崩を待ち構える。

 

 衝撃――。

 ――怨嗟。

 ――悲鳴。

 ――呻吟。

 ――怨恨。

 

 まぁ、魔法で生まれたものは、一切合切突然湧いた感情なので簡単に受け流すことができる。ウェブ上で垂れ流されている誰かの不平不満のようなものだ。

 

「うわあああ」

 

 抱えた女が絶叫し、柔らかな黄金色の光がペンダントから漏れた。

 

 

 

 

 

 

――

―――

 

 

 

 

 

 濁流は既に過ぎ去り、横たわった女を遠くから眺めた。

 崖を下りた商隊から、男が女に慌てた様子で走り寄る。

 泥にまみれた女を抱きかかえて泣き叫び、ハッとした表情で抱き起こした。

 

「生きてる! 生きてるぞ!! 奇跡だ……あぁ奇跡だ」

 

 

 

「グル……」

「あぁ、行こう。()()()……余計な手間を食ったな」

 

 手羽先の声に答える。

 私は今、手羽先の上に乗っていた。

 というのも。

 

「で、さ。なんで絨毯破けてるの? 手羽先」

「……クルル」

 

 萎びた植物のようになってる絨毯を手に取ってみる。絨毯の中心には穴が空いており、とても人が乗れる状況ではなかった。

 ピクピクと震える絨毯が手を伸ばすようにフリンジを伸ばしてきた。それを払いのける。

 

「お前もまだ飛べるくせに、死にかけのフリしてんじゃないよ」

 

 コイツはこの状態でも人が乗れないだけで元気に飛べた。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

報告書

---

報告書番号:[00530719-068]

作成日:[王歴53年 久遠の月 35日 ]

報告者:[書記官 イルフラ・シントド]

件名:[ステンレ渓谷の大崩落について]

第一項:事故概要

・発生日時: [王歴53年 久遠の月 19日 昼]

・付記: [当日は快晴にも関わらず、大量の水、土砂が発生していた]

・発生場所: [ステンレ領 帰らずの小道]

・地理的特徴: [ステンレ領中央に広がる渓谷。落差が大きく、荷車が落ちると復帰は困難]

・被害者、損害: [アイビー・ヴァロア、行商、23歳、女、大崩落に巻き込まれるも無傷、シュテロ村の特産品を載せた商隊の荷車が複数喪失]

・確認された事象: [黒い土石流が多数目撃された。災害指定魔法の特徴と一致]

第二項:推察される事象

・事件性: [宮廷魔法使い級の人間数人が必要な魔法が観測されている事象あり。規模の大きさから、他国の関与が推察されるが現場に証拠及び残留魔力などは見られなかった]

・容疑者または関連人物: [亜神の関与も疑われる。■■■■■■■■■■■■■■■■(カトフォレンドでは度々起きており、)■■■■■■■■■■■(正義の闇魔法使)読めないほど汚い文字が続いている(いはいい加減にしてほしい旨)]

・亜神だった場合の動機: [不明]

・特筆すべき点: [アイビー・ヴァロアは自身は死んでいたと証言。どこをどう調べても無傷であり、災害指定魔法の直撃を受けて人間の形が残るわけがない]

第三項:今後の見込み

・今後の方針: [国内の闇属性魔法使いのアリバイを聴取。紛失した荷車の捜索、国内供給量の減少を踏まえ黒い森へ派兵を打診]

・懸念事項: [帰らずの小道の復旧が急がれる]

・備考:[その他、先月続いた長雨の影響も考えられる。また、調べたことでアイビー・ヴァロアの妊娠が発覚した。おめでとう]

署名:[イルフラ・シントド]

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 貴方は王国魔術院(アカデミー)の図書館で古ぼけた教科書を見つけた。

 表紙には墨で描かれたような、ぞっとする挿絵がある。それは、特定の形を持たない渦巻く闇の塊であり、その中から無数の苦悶の表情を浮かべた顔が浮かび上がっては消えていくそんな様子が描かれていた。

 挿絵の周りには、理解不能な歪んだ符丁がいくつも書き込まれており、目の錯覚か、それらが絶えず蠢いているかのように見える。

 貴方は興味からその本を開いた。

 

 

【魔法名:ペトロカスケード】

 

・系統分類: 闇属性魔法、災害指定

 

・概要:ペトロカスケードは、53年の歴史を持つ「カトフォレンド王国」において災害指定を受けた危険魔法である。発動と同時に、黒く濁った土石流が噴き上がり、周囲一帯を土砂と呪いで破壊しつくす。濁流は効果時間によって極めて広範囲に広がっていく。また、規模が大きいため、対抗魔法は無く王国魔術院にすら対処できないとされる。

 

・特徴: 生命を冒涜する濁流である。複数人にて発動することで極めて大規模な攻撃性を有する。また、その性質上、極めて高度な精神集中と倫理的判断を要する。

 

・厳重な警告: この術式の私的利用は、いかなる理由であれ固く禁じられている。

 

・詠唱例:この術式の完全な詠唱は、教育目的であっても公開されない。

 

・印例:極めて複雑かつ危険性の高い印のため、本教科書では図示できない。

 

・記録:王歴3年、帝国との戦争の際に使用された。劣勢を覆すべく、帝国兵10万に対し宮廷魔法使い5人が共同で使用、これを撃退した。以降の使用は禁じられている。

 

【注意点と法的制約】

・法的な禁忌: この術式は、王国の法典および魔法評議会の厳格な規定により、その使用が強く制限され、事実上禁じられている。 無許可での使用は、即座に投獄、あるいは処刑の対象となる。

 

・後遺症、倫理的な問題: 所領の土地を耕作不能地にさせる。

 

・ 取り扱いに関する厳重な注意: この術に関する情報の収集、あるいは研究への関与は、厳重な監視の対象となる。 決して、個人的な興味や、安易な好奇心で深入りしてはならない。

 

・歴史的背景: 古代においては、亜神達が息をするようにこのクラスの魔法を掛け合った痕跡が各所に残る。過去、これらの魔法を再現しようとした魔法使いは多く、そのほとんどは失敗に終わり、悲劇的な結果を招いている。

 

・現代における位置づけ: 現在では、その危険性と倫理的問題から、研究自体が極めて限定的な機関でのみ、厳重な管理下で行われている。

 

(――記述が続いている)

 

 

 

 




【TIPS】

ペトロカスケード:闇魔法使い中位職で覚えるスキル。実装当初は猛威を振るった。範囲内及び効果時間内での判定回数が複数回あり、プレイアブルキャラから敵に向かって放射状に広がるエフェクト。後ろから見ると泥を吐くように見えていたことから、通称『ゲロ』と呼ばれていた。
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