辺境の村で惰性的なスローライフを過ごす、かつて準廃だった闇魔法使い系の女の話 作:異界の土饅頭供養
見晴らしの良い高台の上。
「私……最後」
「ン?」
くるみパンを気持ちよく食べていると、隣に座った私より座高の高いエレナがポツリと話し始めた。
「お母さんに会えなかったんです。おばあちゃんのお願いで、王都付近の農場まで行ってて……帰ってきたら、もう居なくて……」
「……コキュ」
パンを嚥下した私の喉が奇妙に鳴った。
いや、急に重いわ。
人が死んでるんだから軽いわけ無いか。長く生き過ぎて、感覚がおかしくなっているのを自覚する瞬間だ。
「それは……難儀だったな」
「……」
たぶん、おばば達は流行り病にかからない様に、この子を送り出していたのかも知れないな。
「あそこへ行ったら、会えるんじゃないかって……。邪魔をしてごめんなさい」
「それで、お昼ごはんね」
お昼ごはんは口実で、ホントは墓所を確かめに来たようだ。時勢柄、あの墓所は秘匿されている。弟子のディルナを連れてこなかったのは、口が恐ろしく軽いから。
ディルナも場所は知っているだろうが……。脳タリンなので、直近にあった出来事をベラベラと話す悪癖があるのだ。
「でも。やっぱり、もう居なかった……」
「……」
私が考え事をしているうちに、彼女がはらはらと泣き出してしまった。どうしたものか……。こういう時にかける言葉を思い付けなかった。
どうしよう、マジで。
「ぐす……」
葬儀すらも、自分の与り知らないところで終わらされてしまったのだ。彼女の中での区切りが出来ず、感情の向け先がわからないのかも知れないな。
「会いたいか?」
私は喪うことに慣れすぎて、この若い子がどれ程焦がれているかが分からなかった。もしかしたら、私の魔法が、ほんの少しでも救いとなれるかもしれない。
「ぐす……魔女さん?」
「私のことは“グリム”でいい。……会いたいかと聞いている」
「……あ゛い゛だい゛! 会いたいよぉ!」
喪う事にとらわれて前へ進めなくなるのは、あそこへ眠る死者たちの望む所じゃない。
とは言え、私が出来ることと言えば似姿を借りるくらいだ。
「そうか。……本来は手遅れだが。少しくらいなら届くと思う」
「……?」
「本人であって本人じゃないんだ。……ただ、お別れはちゃんとやりな」
くるみパン片手に立ち上がった私は、崖の縁まで歩き、エレナを振り返った。
『トランス!』
私は両手を広げて、俗に言う変身魔法を構築した。
引っ張り出すのは最後に会った記憶。そこから、トレスする。
変身魔法とは言うが、実際には記憶から引っ張り出してきたものを魔法で再構成する魔法だ。外側に着るイメージが近いかも知れないな。つまり、自分の体よりも小さいものには変身できない。
青白い光に包まれ、光が晴れると私の視界は頭一つ高くなっていた。
「エレナ。おいで」
私の喉から普段よりも幾分か低い声が勝手に飛び出る。
ダッと走り出したエレナが飛び込んできた。
「お……お母さん。ゔぁあぁ。どうして――」
エレナは声を上げて泣いた。そして、途中で何言ってるのか聞き取れなくなった。
声とガワだけ再現した幻影に近い。しかしながら、鎮魂の際に触れた魂の穏やかさは、きっと彼女が家族を大切にしていたからこそだろう。
号泣するエレナを、私はそっと抱きしめた。
しかし、声を上げて泣くエレナを見ても私の心はそんなに揺れなかった。長く生き過ぎて、共感して流れる涙は枯れてしまったのかも知れない。
抱き合う私達の脇で、紫色の光子が様子を覗っていたが、ゆっくりと地面に吸い込まれて消えていった。
「はぁ……やれやれ。どっこいせ」
エレナが落ち着いた頃。魔法を解いた私は岩に腰掛けた。今の世の中としては、伝説級の装備であるローブが涙と鼻水まみれになってしまった……。まぁ、サニーに洗わせればいいか。
「うぅ……。ごめんなさいっ」
「いや、いい。落ち着いたか?」
「は、はいっ」
どこか歯切れ悪くエレナが答えた。思春期の乙女が弱みを見せてしまったのだ。さもありなん。
「ふ。……他に変わりないか?」
私は露骨に話題を変えることにした。
おばばに聞く予定だったことをエレナへ聞くことにする。
「他? 私は……。あ、村ですか? うーん……ほかにも……警備隊長さんも亡くなってて。もうすぐ、新しい人が来るみたいですけど」
「そうか」
この村は国境が近く、警備隊とは名ばかりの連絡員が駐在している。しかしながら、仮想敵国が山岳地帯を越えて黒の森を進軍するのはかなり難度が高い。そんな事情も手伝って稀に凶暴な魔物が出るにもかかわらず、この辺境の村には大体左遷されたやつが配属されるのだ。
前任の警備隊長も何かやらかしていた、という噂は聞いたことがあった。今回のやつも、憐れにも貴族の顰蹙でも買ったのだろうか。
「ん?」
「どうかしましたか?」
そろそろ帰ろうかと、視線をやった先。国境付近の山脈の頂に一瞬光を見た気がした。私の感知範囲を大きく超えているため、詳細は分からなかったが……。気には留めておこう。
「いや、何でも無いさ」
エレナと他愛もない話をしたあと、おばばの家に戻ることになった。
「お前はあそこに居候しているわけか」
「はい……。居候というか、おばぁちゃんのお世話というか……修行?」
エレナは首を傾げて困ったように言う。
レナの死後、エレナは見習いでおばばの家に居候することになったようだ。エレナの家は、先祖が開墾した農地を受け継ぐ農家だ。しかし、偶に突出した魔法使い系の才能を持った子が生まれてくる。血の流れを考えれば妥当かな。この子にも光るものを感じるからねぇ。
戻る道すがら、少し遠回りして村の入口を通り掛かった。
私は道の入口に申し訳程度に置かれている馬防柵のような凶暴な杭の元にしゃがみこみ、地面に印字された刻印を擦る。
「おか……グリムさん。何をしているんですか?」
「結界の確認だよ」
「ケッカイ?」
半年前にかけた結界の確認だ。
小さな幸福の呪印。上弦の月に星がいくつも付いた様なデザインの呪印だ。元々は装備に刻む呪印で、レアドロップ率1%上昇という何とも微妙な効果が謳い文句のエンチャントだった。しかし、有志の検証によって、かつてのシステム的にはドロップテーブルのうち
物によっては計算上合ってるという謎理論のゴリ押しでそのままとなっていたが、修正が入らず現実となった今。書き込むと、なんとなく周囲の運の悪さを下げるという、フワッとしたさらに微妙な効果となった。しかし、おまじない程度の効果だが、これが長期的に見れば様々な被害の初動を抑えることができる。タンスの角に小指をぶつけないとか……。熱鼻のどの諸症状に効くとか……。
まぁなんにしても、私は村のあちこちに書き込んだりと重用していた。
「おばばは、しっかりと維持しているようだね」
「あ……徴」
まぁ、管理はおばばに任せっきりだが。ってか、しるしって? ……これ呪印だけど?
「しるしとはなんだ?」
「え、あ」
私が知らないことが意外だったのか、エレナは固まってしまった。……一体何なんだ。
「よう、エレナ。こんな所に一人で何してるんだ?」
「ひぇっ!? あっ、いや……あははは」
フリーズするエレナへ、男がゆっくりと歩いて来て声をかけた。私はそっとカピカピローブのフードを被り気配を殺す。更にテンパったエレナは、説明しようとして視線を私と男で彷徨わせたあと、口をつぐんだ。
「新しい隊長殿の歓迎か? んー、新しい隊長殿はエレナくらいの歳らしいぞ」
「え、そうなんですか?」
ニンマリと悪そうに笑った男は、辺境伯の子供だ。モジャモジャとした茶髪天然パーマの持ち主で、色々とやらかして勘当寸前の昼行灯だったはず。伯の何人かいる子供の一人で。うーん……名前は忘れた。少なくとも家督を継ぐことはないと思われているヤツ。
「……」
絡まれるのが嫌だった私は、口元に人差し指を立ててエレナを見つめた。悪いが、私はこのまま気配を消すことにするよ。
「ぇー」
見捨てられたエレナは、口から変な声を出した。
半開きの口に覗く八重歯が可愛いもんだ。
歳を取った村人は私の扱いを認識しているが、若い子らはその限りでないからね。
ある一定の年齢より若い層には、私は何かよく分からない妖精として認識されている。まぁ普段から隠れているから。
「まぁボクが調べたところによれば。なんでも、先月の剣術大会で第二王子コンチャック様の不興を買ったらしい」
「はぁ、そうなんですかラニードさん」
そうそう、確かそんな名前だったな。遠い僻地にあって、こいつはよく分からないホットラインを持つことで有名だ。概ね行商人の連絡網だとは思うのだが。情報通という意味では、2週から1月遅れでやって来る粗雑な情報誌よりも重宝されている。
「ふふふ。そうなのさ。なんでも大会に木の枝で出たんだとさ。ククク、真剣を持ったコンチャック様の顔面を公衆の面前でボコボコにしたらしいよ。くくく……」
「えぇ……」
言うのが堪えきれない様子で、ラニードは捲し立てた。エレナはドン引きだ。金もそこそこ持ってるだろうに、婚期も遅れそうだなコイツ。
しかし、ふーん。木の枝ねぇ……。一体どんなやつなんだろう。
「その大会にはさ。王子に華を持たせるための近衛3人も出てて……全員伸して優勝まで行ったんだけど、王子をボコボコにし過ぎで剥奪されちゃったんだとさ」
少し浮かれた様子で、両手を頭に回したラニードは続けて言う。
「しっかし、王子には学生のときに散々馬鹿にされたからなぁ。新しい隊長はお気の毒だけど。くく、話を聞いてさ、いやぁ胸がすっとしたよ」
堪えきれない様子でラニードは笑い声を漏らした。おいおい、内容が不敬すぎないか?
「は、はぁ。そうなんですねぇ、あはは……」
エレナも困った様子で空笑いをしていた。
しかし、木の枝で真剣と打ち合ったのか? 常識的に考えて、打ち合わずに一方的にボコボコにしたのか。それでも、話を聞く限り曲がりなりにも士官学校でも出ているだろうに、一方的に勝ったなら相当な技量だな。
「ラニード様ァ!」
その時、ラニードを呼ぶ声が聞こえた。
何を目的としているか知らないが、ラニードは何故かこの村によく通っており、偶に出される老兵だらけの捜索隊が村の暇な宿を潤している。
「あー! ラニード様! 勝手に移動されては困ります!」
「おっとまずい。ジィ達に見つかってしまった。エレナ、新しい隊長殿がどんなやつか、今度教えてくれ!」
「あ、はい」
追われる状況をどこか楽しむように、少し身なりのいい男は走り去った。
「忙しないやつだ」
「もぅ、なんだか焦りましたよ」
私がフードを脱いで柵の影から出てくると、少しむくれたエレナが不満げに漏らした。先刻あやした影響か、その様子が年相応に可愛らしく感じた。
「すまんすまん」
「でも、気付かないものなんですねぇ」
あのラニードという男。多少は鍛えているとはいえ、常人に毛の生えたレベルだろう。
「追跡型隕石ドッヂボール優勝者の私が、本気で隠れた隠形に気付くのであれば、それはもはや異能だよ」
「……? 単語はわかるのに、言っている意味がよく分からない……?」
「気配を消した私を普通の人は気付けないという話だ」
とある隕石使いの
◇
呪印を見回ったあと、予定を変更して話題に上がった新しい隊長を見に行くことにした。気になったんだから仕方がない。
兵舎のある小高い丘まで来た私達は、今度は藪の中に隠れて様子をうかがっていた。
兵舎は最大30人くらいが詰められる宿舎になっていて、村の有事の際は村長宅かここに避難することになっているところだ。
「へぇ、あいつが新しい隊長殿かい」
「ホントに若いんですね」
私達の視線の先。
兵舎の前に中肉中背の男が立っていた。
その男は緩い茶色の髪をしており、聞いていた年の割にはあどけない顔をしていた。正規軍の軽鎧を着て、腰に鎖まみれの剣を佩いている。あれじゃ抜けないだろうに。封印でもしているのか?
「――というわけじゃ! ゆくぞ! 隊長殿!! シュテロ村の挨拶を兼ねたパトロールへ出発じゃ!!」
「あ、待って下さいガンドウ殿! 着いたばかりで、道がまだ不案内……って。えぇっ、はや!?」
「わははは! 村は狭いから大丈夫じゃぁ! それよりも、追いついてみせい隊長殿! くく、年若い隊長よりも速く走れるとは。この老骨も捨てたものではありま、ぁ。ぬ! ダァ! ゴハァ! ガハッ」
下り坂へ向かって高速で走る板金鎧を着た老人が、盛大に転んで崖から滑り落ちていった。うわぁ痛そう。
横にいるエレナも金属音で肩を跳ね上げている。
「ガンドウ殿ォ!?」
新しい隊長は慌てた様子で段差と言うには高すぎる浅い崖から飛び降り、老兵ガンドウを追いかけていった。
私達もコソコソと追いかけて浅い崖を覗き込んだ。
「ゴフッ。隊長殿……私は、この村に骨を埋める覚悟ですじゃ。ですからどうか、私の亡骸は裏山の石碑の下に埋めてくだされぇ」
「ガンドウ殿! いま助け……え!? なにこれ。重っ。重すぎ」
私の視線の先で、若い男がこの村に勤めて長い老兵を助け起こそうとして失敗していた。
「あー、ガンドウおじぃちゃん。またやってる」
「あれは、いつもの光景なのか?」
「村の真ん中で、最近よく起き上がれなくなってますよ」
「……」
ヒソヒソとエレナが老兵ガンドウについて語った。こんなやつ居たっけ……キャラ濃すぎないか?
「流行り病に掛かって、身体が痩せちゃったらしいんです。村の皆で止めたんですけど……。それでもあの鎧を着ようとするから……」
エレナはどこか諦めた様子でそう語った。
そういえば、何年か前まで村の入り口に無駄に隙無く立つ不動の警備兵が居たのを記憶しているが、まさか奴か……?
「というか、よく無事だったな……」
あんな重さの鎧で落ちたら普通は死ぬぞ。
「うーん……そういえば。不思議と怪我しないんですよね」
呪印のしょうもない効果が、しょうもない人間のしょうもない行動で浪費されているのをひしひしと感じた。
枯れ木のような老人のくせに、老兵ガンドウは金属鎧を着たがるらしい。なるほど、あれでは起き上がれまい。
新任の隊長が来てテンションをぶち上げた結果、いきなり命の危機に陥るという。……馬鹿なのかな。
地面でうつ伏せに藻掻く金属塊を見た私はそう思った。
「助けたほうが良いですかね? いつもは皆で起こすんですけど」
「ふん。あの隊長とやらがなんとかするさ。ん?」
そんな話をしていると、叫び声が聞こえた。
「嫌じゃァァ! 儂は絶対に脱がん、絶対に脱がんぞ!」
「何で!? 脱いだほうが早く起き上がれるでしょうが!!」
「嫌じゃァ!!」
「……」
アホな押し問答を見た私は、さっさと手助けすることにした。
「えい」
顕現させたのは魔法未満の不可視の腕だ。当然、構築が甘いので一瞬で消える。地面から生やして、新しい隊長からは見えない鎧ジジイの胸をそっと押した。
「うおっ!?」
引き起こす身体が、急に軽くなったのか隊長は尻餅をついた。
「ぬ? わははは! 隊長殿やりますの!? 普段は5人がかりで起こすのですぞ!」
「いや……無事なら良いんですがね」
「わははは!」
鎧ジジイは笑い、隊長は頻りに首を傾げていた。