辺境の村で惰性的なスローライフを過ごす、かつて準廃だった闇魔法使い系の女の話 作:異界の土饅頭供養
記憶の読み出しが怪しい。
古い記憶はしょうが無い。消えているかもしれないと考えると、少しだけ残念だ。物事を忘れることへ恐怖を感じると思うかもしれないが、なってみればそもそも思い出せない為、残念に思う程度で済んでいる。
本当に恐ろしいのは。
最も新しく、そして、親しい者の事を忘れる事だ。
◇
未だ夏も遠く、霞がかった日差しが差し込む中。
「しっしょ〜。まだぁ?」
「まだだ。動くな」
ディルナをロッジの前に立たせた私は、両手を伸ばして視界の先を指先で四角く切り取った。いわゆる写真を撮るポーズをディルナに向け、未だ朝露で光るサニーの葉に目を細めた。
『SKETCH』
カシャッと。軽い音が鳴り私の手元に薄い鏡が顕現する。
中にはディルナが写っていた。しかし、薄く滲んで鏡ごと空に溶けていった。
「ちっ。まだ構成が甘いか……」
「ねぇ、しっしょ〜ってばぁ」
「もういいぞ」
「わぁい!」
ディルナが無駄に庭を駆け回ってどこかに走り去った。……絶対書き取りをサボる気だろ。この間、叱ったばかりだっていうのに。
私が試していたのは長年開発している魔法だ。と言っても、ゲーム時代のプレイヤーに当たり前のように与えられていた機能の再現だ。
その時の景色を切り取る魔法。名を『スクリーンショット機能』という。
この機能の再現は、記憶を保持する為には必要不可欠なものだった。ところが、これがめちゃくちゃ難しい。何百年経っても、私単体では魔法での再現がなかなかできなかった。
『SKETCH』
ロッジと揺れるサニーを切り取る。取り零した鏡は地面に落ち、先程と同じく薄くなって溶けていった。
「…………」
世界に、お前の記憶や思い出はいずれこうなるんだと、そう言われているようだった。
「あー……。これなら絵を描いてたほうがマシだなぁ!」
誰も聞いてない空に向かって声を出す。差し込む日差しが流れていった。
ちなみに私は壊滅的に絵心が無い。何年練習してもダメだ。スクリーンショットに寄せて写実的な絵を描こうとすると。こう、何かが致命的に違う感じになる。
……隠し立てせずに言うのであれば、偶にキャンバス上に邪神が生まれる。仲間内での画伯呼ばわりには、昔から辟易としていた。
それでも、と。この森の中に
「久々に今日行ってみるかなぁ」
前行ったのいつだっけ……。
感傷的になり過ぎるから、あんまり行かないようにしているのだが。
「中は暗いから……ランタンがいるな。サニー! あのランタンを最後どこに置いたか覚えているか?」
私はロッジに向かって足を進めた。
サニーの蔦矢印の案内に従って、湯屋から少し離れた場所に建てられた小屋に向かった。
扉を開くと、鶏臭さが鼻を突いた。
「ココッココッコ」
「ほら、どいたどいた」
黄色い綿団子をあまり驚かせないように押しのけていく。
ヒヨコのまま大人になったような家畜だ。ずんぐりとしていて、性格は割とふてぶてしい。それでいて足が短い。名前は……、うん。ダメだ。鶏でいい。
こんな見てくれだが、外敵に襲われたり、酷く驚いたりすると破裂音と伴に全身の羽をパージしてダッシュで逃げる鶏だ。ちなみに、その時に飛び散る羽毛は有毒で、飛び散った羽毛を吸い込むと手足が短時間麻痺する。まぁ、羽をむしる手間が減って解体が楽になるのだが。
鶏同士で喧嘩して、小屋中の鶏が足を痙攣させて麻痺している姿を偶に見かける。お前らカメムシかよ。
ランタンはサニーが建てた小屋の奥にあった。卵を孵す部屋だ。暗幕に巻かれた大の大人の身の丈程もある物体が、柱に鎖で巻き付けてある。嵩張るが明るくて無限に光り続ける何かと便利なランタンだ。
「あぁ、ここに置いたんだった」
すっかり忘れていた。
ロッジに置くと重量で床が抜けるからこっちに仕舞ったんだったな。魔法で呼び寄せるのにも無駄に力を使うやつだ。持ち歩くのが正解だ。
小屋の柱に巻き付いたサニーが鎖を解いてくれた。
「(クネクネ)」
「ありがとう、サニー。いい、重いだろ? 私が持つよ」
「じゃあ、ちょっと行ってくるよ」
「(くねくね!?)」
あまり長居するつもりも無いから、ランタンだけでいいだろ。サニーは心配しすぎだ。お母さんかな?
「サニー、そんなに心配しなぐわっ!?」
「ココッ!?」
出口に引っかかって仰向けに倒れた。藁の匂いが舞い、小屋に黄色い羽毛が散る。
「……。……中で着けたら、そりゃそうだよな」
「(くね……)」
入口の扉が開き、黄色い綿毛と禿げた鶏が外へ逃げ出していく。引っかかるよ、と言いたかったらしい。
……サニー、すまん。
◇
緑と黒に青と黄、そして偶に赤。
黒い森は毒々しい色で着飾っていた。
ラボは森の最奥にある。
陰気なところだが、誰かに触れられる心配をしなくていいという点では、非常に安心できる場所にあった。
「まぁ、頻繁に行ける距離に無いのが難点かなぁ」
村よりも微妙に遠く、時間が掛かる。面倒くさい。
場所については、忘れることなく当たりを付けられる。なぜなら、この樹海の中心地にあって異様に濃い力を発しているからだ。
そういった意味でも、忘れっぽい私にとっては利点のある場所にあった。
道中は獣道すら無い。
森の旺盛な植生は新陳代謝が著しく、ロッジの周りの様に安定している場所はかなり少なかった。
今も目も前で、植物が生き物の様に蠢いている。
『ディクレピト』
見える範囲の背の低い草木が枯れていく。
ゲーム時代のデバフ付与魔法の一つ。『Power Down』とかそんなもので、視界に入る限りの広範囲の草払いができるのは微妙に便利だ。背の低い草木に限るけれども。
蔦で覆われていた地面の黒い土が急速に顔を出した。
「まぁ、歩き辛いのに変わりはないんだけど」
気分で履いていた編み上げサンダルが土で汚れていく。普通に靴で来れば良かったなぁ。
そうやって暫く枯らして進んだ先で、森に無い色が視界の隅でチラついた。
「ん?」
進んだ向きをそのままに、数歩下がると。少し離れた木の洞に何かあるようだった。
「結構深い位置なんだけど……。何かな?」
一瞬だけ、半透明で悲しげな女のビジョンがよぎった。
近付いて見てみると、大木の洞の中に人ひとりの白骨化した遺体があった。光っていたのは
「あー……」
物言わぬ彼女の遺品を検める。
遺体は身分を示す物は何も持っていなかった。格好は町娘といった風情。姿格好から比べると、手に持っている金属製のロッドだけが、異様に高価そうな物だった。
「洞に居たから、飲まれなくて済んだのかもね」
この森では、死体はあっという間に土に還ってしまう。
恐らく怪我でもして休んだまま……。といったところだろうか。旅装でもないところを見ると、何らかの訳ありだったのだろう。
洞に背を預けて朽ちている彼女を浮かせて地面に横たえた。
「さて」
そのままにしていても、森の魔物に荒らされるだけだ。運の良かった遺体を弔ってやる事にした。いや、死んでいるから運が悪いのか。
弔うと言っても丁寧に埋めてやるくらいだな。
適当に魔法で穴を掘って寝かせる。
土を被せて長柄のロッドを墓標代わりに突き立てた。
「にしても、魔力がすっからかんの遺体も珍しい」
死ぬ直前まで、何らかの力を行使していたのかもしれない。おかげでアンデッド化しなかったんだろうけどさ。
ふと思いついて、遺体が握りしめていたロッドに魔力を込めてみた。
フワッと。卵型の意匠が花開いた。私の魔力属性が反転し、辺りに清浄な気配が満ちる。埋葬する間に近付いていた植物が退いていく。
「おーなるほど」
この調子だと、害意を持った生き物も近づき辛かったのではないだろうか。
アーティファクトではないけれど、存外に便利な物だ。この世界の職人も結構いい物を作るもんだ。なんというか、店の前に葉を撒き散らす邪魔な街路樹を枯らすくらいには聖なるパワーに満ちている。
「まぁ、草むしりくらい、別に間に合ってるからいいか」
ちょっとは便利になるかもしれない。しかし、この世界由来の故人が、死ぬ間際まで握りしめていた物を取り上げる気にはならなかった。
せっかく埋葬したのに、薄っすらと立つ女は悲しげなままだった。
死体に会って暫く進んだ後、水の流れる音が聞こえた。
湧き水すらも木の根草の根の影響で場所が変わるこの森では、特に興味の湧く場所でもないのだが、先程の遺体に会ったせいか少し寄り道したくなった。ありていに言えば気分が乗った。
「ふーん……。まぁ、何も無いよね」
小さな沢は翠色の清水を溢れんばかりに蓄えている。
「ん?」
サンダルから伝わる感触に眉をひそめた。ぬかるんだ地面の中に不自然に硬い物がある。掘り返してみれば、錆びくれた鎧の破片だった。
「って、ゴミじゃん」
不法投棄しやがって……。
まぁ、不法投棄というよりは力尽きた人間のものだろう。適当にロッジの裏にある材料山に転送した。
「……」
「(カサカサ)」
埋葬したあたりから、ヒタヒタと私の後をついてくる生き物の気配を感じる。
シュテロ村には、私の与り知らないところで、いつの間にか伝えられていた口伝がある。曰く、この森には、後をついてくる怪異の王がいるらしい。私はそれらしい気配に会った事はない。探しても見つからないから、前の世界で言うツチノコみたいなものだろう。
今後ろにいる気配がソイツだったとしたら、どんな奴か。少しだけワクワクして振り返った。
「ほーほー」
「……。フクロウじゃん」
何故か私に餌鳴きしていたのは、夜の森で死体を求めて走り回るネズミを一方的に虐殺するフクロウの幼体だった。
「お前、巣から落ちたのか?」
「ホ、ホー」
近付くと目を瞑って動かなくなった。……こいつ、ダメ元で私に鳴いてやがる。
ビクビク震える幼体を両手で拾い上げた。
「うーん。……またサニーに拗ねられるかな」
庭に寄り付く生き物の何割かは、サニーに呆れられつつも拾ってきた魔物達だ。拗ねられるのは世話を忘れるから。いやぁ、拾ってきたこと自体を忘れちゃうんだよね。
「あ、そうだ」
ちょっとしたことじゃ死なないくらいに変えちゃえばいいか。
魔法で小瓶を呼び寄せ、コルクを抜く。
「よし、食え」
「ほー?」
小瓶の中に入っているのは、白銀に輝くドロドロとした液体。養殖用に育てた菌糸類だ。スライムと言ったほうが分かり易いかもしれない。
地面に落ちたスライムは、球体になって動かなくなった。
この種類を作るのには結構苦労した。あまり能動的に動かないスライムを選別し、トンビが鷹を生む現象を利用して、かなりの上位個体だけれども自分からは増殖以外ほとんど何もしないスライムを作り出した。しかも弱い。
「ぴぃ~」
幼体ながら捕食者の顔付きになったフクロウが、地面に転がるスライムに向かって飛び降り、爪を突き立てた。そのまま貪る。本能的に捕食対象だと判るらしい。
魔物等の元々エネミー側の生き物には、経験値システムのような概念が未だに生きている。しかしながら、手羽先のように鳥から恐竜みたいな奴に変質するような量を得るには、凄まじい
「(ガツガツ)」
「……」
その解決の為に作ったのが、この白スライムだったりする。群体のこのスライムは生命力だけは突出しているせいか、細胞一つ一つが命を積み上げる判定となるようだ。育つのが遅いので、乱用はできないけれど。
本能的に生きる魔物達は命の量を集める傾向がある。この森の生き物は、特にその傾向が顕著だ。
「ホ、ホグ……」
食べ終わったフクロウが震える。
カッカッカッと。身体の内側から湧き出るような光がフクロウから発せられる。最初見た時は自爆するのかと思って避難したもんだ。
光が収まるとそこに居たのは、群青色のフワフワとしたフクロウだった。大きさは人間の子供程ある。幼体だった面影は殆ど無い。
「ギィエピー」
驚きからか、折角可愛かった声がだみ声のようになってしまった。
『SKETCH』
フクロウの姿を切り取って、鏡が溶ける前に見せてやった。
「ほら、今のお前の姿だ。これなら森の生き物に早々に遅れは取らないだろう」
「ギィ!?」
自分の姿を見せられて驚いたフクロウは、めっちゃ細くなった。え……いや、キモ。
「ギィ。ホーー」
「やれやれ……」
礼も言わずに飛んで行った魔物の後ろ姿を見やる。
……サニーの機嫌が悪くならなくて済んだな。まぁ、良かったよ。
◇
沢の生水を飲む気にはなれなかったが、しばらく休むことにした。丁度いい岩に腰掛け、湧き出る清水の音を聴きながらボーッとする。
ここまで落ち着いてくると、焚き火をしてコーヒーなんかを飲みたくなる。
コーヒーといえば。こっちの世界に転移して約ひと月間苦しんだカフェイン離脱性を思い出した。あれは苦しかったね……。
身体はアバターになったはずなのに、脳の何処かがバグってたんだろうな。たぶん皆患っていたから、おかげで転移スタートダッシュを生き残ったと言っても過言ではないかもしれない。
「流石にそれは無いか……。ふふっ」
コーヒーはプレイヤーの有志が、この世界でも見つけ出してくれていた。こっちの世界では、めっちゃ大きい大豆っぽい蔓科の植物だ。巨大な岩亀の糞から鞘ごと発酵された状態で見つかったらしい。匂いが似ているからって、よく飲む気になったよな。
そんな事を考えていると。
「(カサカサ)」
またもや、何某かの気配を感じる。またあのフクロウだろう。味を占めやがったな……。
味を占めたフクロウに向かって振り返る。
「またお前か、もう無いぞ」
異様なアンデッドがこちらに急に襲い掛かってきた。
「……えぇっ!?」
真紅の骨の騎士とでも言えばいいのか。ボロボロの鎧だった残骸を身に着け、黒染めの騎士剣を振り上げて飛び掛かってくる。
「……。びっくりしたな、もう!」
幽霊の出てくるホラーゲームくらいには驚いたが、慌てず黒い剣の振り下ろしに合わせて拳裏で軽くノックする。
「カッ!?」
剣を握ったままの骸骨は、すっ飛んで行って土煙を上げた。
「急に何なの」
カタカタと骨を噛み合わせて、赤い骸骨は立ち上がった。不自然に顔をこちらに向けると再び加速して向かってくる。
「カカカカ」
「うわぁ。……これ、めんどくさい奴だ」
岩から地面に降りて向き直った。
別に相手しなくても構わなかったが、何でか知らんがターゲティングが固定されている。生者への渇望か、何らかの未練か。一生追いかけてきそうな凄みを感じる。
そうやって、既にこの森で何匹もの獲物を仕留めているんだろう。立ち上る気配が、そこらの魔物と一線を画している。元々の肉体の持ち主はそれなりの強者だったのかもね。
そんな事を考えている間に、目の前に迫ってきた赤い骸骨が黒い騎士剣を振り上げた。
別に受けても身体へは傷一つ付かないだろうが、今日着ているロングチュニックは、レースまで無駄に付いたサニーの自信作だ。壊されても困る。
「よ、ほっ、えい」
「カカタ、カ!?」
袈裟斬り、人体の構造を無視した横蹴り、足への斬り払い。
手で払い、仰け反って躱した姿勢から、当たる前にあばらを蹴り上げた。
黒い騎士剣を手放し、バラバラと空中に鎧の破片を撒き散らしながら、赤い骸骨は水の中に落ちていく。
そのまま砕くつもりで蹴ったんだけど、軽過ぎて粉砕できなかったかな。
「おっとっと」
背中に重量物のランタンがあるせいで、少しバランスを崩しかけた。いやよく考えたら、ランタン使えばよかったわ。
普段、武器なんて使わないから思い至らなかった。
『水を。運ばなくては……、フィ、リア様の元へ』
「ん?」
さっきの蹴りで私の魔力が混ざったせいか、水から半身を出した骨の動きがおかしくなった。しきりにスカスカの手で、水を掬う動きを繰り返す。当然水は滴り落ちた。
もはや、私には興味のない様子で自分の世界に没頭している。
「はぁ……」
放置してもよかったが、関わった手前そのままにして置くのも何だか寝覚めが悪い。なんでもない時に思い出して嫌な気持ちになっても困るし……。
左手の人差し指と中指、薬指と小指をくっ付けて準備する。
『ソウルスティール』
「カカカ多…………」
軽く駆け寄って貫手で抜魂する。
左手に抜き出した青白い人魂が乗っかり、私の手を病的に染めた。魂を引き抜かれた赤い骸骨が動きを止める。
PvP専用の即死攻撃スキル。元々、
現実となった今では、魂のある存在には人に限らずにほぼ確定で刺さる魔法スキルだ。
しかしながら、他我が流入してきて気持ち悪い時があるからあんまり使いたくない。
どうしたもんかと、手の平で弄んでいると震えた青白い人魂が独りでに話し始める。
『私はユーグレット=デイレリィ。主命により、公爵令嬢フィリア様の守りを仰せつかった。ポッと出の平民女に騙された王子共に嵌められ、フィリア様は貴族籍から除籍された。濡れ衣を着せられ、追い立てられた我々は王国から逃げる他なかった。苦肉の策で黒き森に逃げ込み、運良く追手を撒くことが出来た。我々は黒き森を抜け、辺境にあるシュテロ村を目指すことにした。ところが、途中でアイツが現れた。ずっと付いて来るのだ。傷を負い体力の落ちたフィリア様に法具の守りを残し、私は水を探した。しかしやはりアイツが付いて来た。私は果敢に剣を振るい。しかしあと一歩のところで及ばず――。気が付くと誰彼構わず襲い掛かる異形となっていたのだ……。私を解放してくれて礼を言う』
「お前……。実は結構おしゃべりだな?」
魂から読み出そうと思ったら、勝手に喋ってくれた。手間が省けたけれど、何かが腑に落ちなかった。
「って、事はだ。その令嬢のところへ連れて行ってやるよ」
たぶん、さっきの女はこいつが守っていた令嬢って事になるんだろうな。……違ったらごめんね。
『感謝する』
「乗りかかった船だ。礼はいらんよ」
自分の為にやってるだけだし。
無駄に呪われた剣を拾い、沢を離れる。
「あ、そうだ」
アンデッド化した亡骸も処理しないと。
剣を地面に突き刺して、振り返って右手を翳す。狙うは真っ赤な骸骨の頭上。
『グラビティ』
沢の上に漆黒の球体が現れる。
球体は、骨や枯れ葉、沢の水も全て吸い込み圧縮していく。
下級職のLvカンスト時に習得できる魔法スキル。こっちの世界に来てから再現が鬼のように難しかった魔法の一つだ。
グッと。拳を握ると髪をそよがせる程度の衝撃が伝播し、球体は石のように固まって落ちた。
さすがにここまでの状態になれば、アンデッド化なんてしないだろう。
『あ、私の身体が……』
「元々朽ちてただろう。運び易くしただけだよ」
『(しゅん……)』
しゅんてするなよ。
なんか悪い事してるような気持ちになるだろ、それ。
『真にかたじけない』
「良いって」
令嬢の場所は無事に見つける事ができた。それほど距離が離れていなかった事と、清浄な気配が満ちていた為だ。人魂の騎士が元の赤いアンデット状態だったなら、苦しんで消えていた事だろう。
「よいしょ……」
ロッドを刺した横に黒い剣で小さい穴を掘った。そこへ、丸くなってしまった騎士だったものを落とす。
『あぁ、オワッタ……!』
「いや終わってただろ」
今終わったみたいに言うんじゃない。
土を被せてポンポンと地面を叩いた。
「ほら、お前ももういいだろ? ゆっくり休みな」
『あぁ……フィリア様……』
法具が一層輝き、フィリアと呼ばれた女が現れる。騎士も人魂から生前の姿だと思われる鎧姿へと変わった。半透明の2人は手を取り合って身を寄せ合った。残滓である女の表情も角が取れていた。
『感謝する。森の魔女よ』
「何回お礼言うんだよ。気が向いたら、まぁ、また法具をチャージしに来てやるよ。……だから、今は黙って休みな。気の済むまでな」
『フィリア様』
『ユーグ……』
頷いた2人が薄くなっていく。
この法具の力で、ここを荒らされる心配はないだろう。なんたって私の力を込めたんだ。しばらくは持つはずさ。
『SKETCH』
なんとなくの行動だったが、私は薄く消えていく姿を切り取った。森の木漏れ日に当てられた2人が、ゆっくりと消えゆくその途中。
切り取った鏡もゆっくりと薄くなって消えてしまったが、確かに2人はそこに写っていた。
誰もいなくなった森の中。
何処か遠くでフクロウの鳴く声が聞こえる。
少し物悲しくなった私は踵を返した。
ラボへ行こう。
◇
ラボまでは意外なほど早く着いた。見送った余韻が、暇な時間を誤魔化したのかもしれない。
ラボがある周囲に近付くにつれて、地面がガラス質に変わっていく。そして、黒い森の中に突然白い一帯が現れる。降り積もった白い塵が真っ白な砂浜のようなものを作っていた。
そのど真ん中に、巨大な白い花崗岩のような物がポツンと置いてあった。
ここには生き物の気配はない。
「相変わらず寂しい場所だ」
ラボは山のように巨大な超鉱物の岩で蓋がされている。蓋としては優秀だ。
耐久面でも、私が殴りつけても割れないほど頑丈だ。
ランタンを地面に突き刺して準備する。
「バランス取りが難しいんだよな」
私は超鉱物の巨岩に抱き着くように手を掛けた。
「よっこいしょ」
硬い岩が持ち上がる。しかし、重さは然程感じない。
遠くから私を見れば、蟻が自分の身体よりも大きなビスケットを持ち上げているように見えるだろう。
「蟻か。そりゃいい」
自分で考えた癖に、ちょっと滑稽だった。
ゆっくりと、入口を塞いでいた岩を入口脇に置く。
地面に作った穴蔵が顔を出した。ラボは岩盤の中に作ったから、ちょっとやそっとじゃ崩れない。
ランタンの暗幕を剥がす。
昼間にも関わらず、目を焼くような光が溢れた。
無駄に輝く大剣。
そんな大剣を片手に入口を降りてゆく。
「それじゃ行きますか」