辺境の村で惰性的なスローライフを過ごす、かつて準廃だった闇魔法使い系の女の話   作:異界の土饅頭供養

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ちょっとした過去編です。
話の都合でTSおじさんやTS^2おばさんが登場する運びになりました。
ごめんなさい。


秋_318年目① 朧

 

 

 

 

 夢を見ている。

 また夢を見ていることを自覚した。

 長く生きて記憶が飛んでしまうことが増えたが、まるで虫の知らせのように記憶が蘇ることもある。

 それの多くは夢というカタチで私に啓示をもたらす。

 まるで予知夢のようなそれは、実際に今の私への扶翼となっている。

 

 

 


 

 

 窓の外に映る景色は、秋も冬の頃に差し掛かった頃合いだ。

 自分の手のひらを窓から差し込む光に翳して見た。半透明に向こう側の景色が透けて見えている。

 

 記憶再生とも言うべきこの夢の中では、私は何にも干渉ができない。ただの記録の再生。しかし此処では、昔の私が無自覚に知覚していたモノについては、自分でも意外に思うほど事細かに見ることができる。

 確かめる術もなく希望的観測になるが、自分の中から消えてしまった記憶は、まだ身体の外側にでも保持されているんじゃないかと、そう思えてしまうような現象だ。

 

 視線を部屋へ移すと、寂れた酒場のカウンターの隅っこで、()()ソロ活をしていた。具合でも悪いのか目の下にある隈が酷い。

 時間帯は昼。客は私一人しかいない。

 私の前にはグラスを無言で拭き続けるマスターが居る。

 

 思い出した。

 

 このマスターは普段から目を瞑っていて、何処を見ているか分からない奴だった。しかし、私が空のグラスを差し出すと、いつの間にか酒を注いだ新たなグラスをシュッと出してくれるナイスなおじさんだったな。

 

「(スッ……)」

「(シュッ……)」

 

 グラスを拭く音、私がカランコロンと鳴らすグラス以外に、音らしい音は無い。

 この頃の私は、コイツに懐いていたというか。ちょっと優しくされただけでホイホイ付いていきそうな心境だった。問題は、誰にも優しくされないということだったが。無言でシュッとされて、優しくされていると勘違いしていた。

 

 何年前だろうか。いや、これは初めの方の記憶。だから数百年前か。私は酒が手放せず、ぼっちで飲んだくれていた。

 この服も懐かしいな。

 

 この頃の私は、かつての友人の形見である赤と黒のミニスカ魔女っ子服を身に着けて、長いソックスの間でチラチラ見える太ももを羽根で無理に隠していた。

 この世界では至宝級のアーティファクトだ。高い防御力と全属性耐性に加えて、魔法使い系が患うと困るデバフをレジストする。さらに、時間経過で自身の体力と同じ分のバリアが張られる優れものだった。

 見た目は友人であった彼の趣味全開だったが。

 

「よぉ、“屍羽”の。久しぶりだなぁ……。変わらねぇよなぁ。アンタはよぉ。何もかもが、あの時のままだ」

 

 そんな私へ、背後から話しかけて来る奴が居た。

 その男はスキンヘッドに黒い礼服をカッチリと着込み、黒い革手袋を着け、さらに星型でピンク色のパリピグラスを掛けた変態だった。

 

「あぁ、お前……。いや、誰??」

 

 少々酔った表情の私が、男の足元から顔を見上げる途中で靴を二度見した。何故なら、革靴であるべきそこには、補助輪のようなピンク色のデカイローラーシューズがあったからだ。

 会う度に思うのだが、エンチャント重視して失敗しちゃったクソコーデ大賞みたいな格好は是非ともやめて欲しい。

 

 この頃から、もう他人の判別が怪しくなっていたか。

 

「また、このクダリやるのかよぉ」

 

 私の扱いが分かっている男だ。つまり、コイツはプレイヤー。

 

「忘れるなんて寂しいじゃねぇか。俺は片時もアンタの事を忘れた事がなかったってのによ」

「え。いや、忘れてください」

「……ホントに変わらねぇよなぁ。ほら、これで判るだろ」

 

 男はパリピグラスをゆっくりと外した。

 

「お前は……っ!!」

 

 私の驚きように男は口端を吊り上げた。

 そこには、キャラクリ時に選べる3の目の面白初期アバターがいた。サード・アイではなくて、二つのお目々が3になっている。

 

 昔の私は、

(そうだ、こんな特徴的な奴なんて一人しかいない!)

 ……なんて思ってそうな顔してるな。

 

「っ……。あれ? いや、待って。思い出すから……。すぅー、ちょっと待ってね。多分酒のせいだから」

 

 カウンターに座る私が両手で頭を抱えた。

 部屋の片隅で私もひっそりと片手で顔を覆った。

 

「おいおい……。また、1日掛かるのかよ。酒も大概にしとけよ。アバターの身体の癖して酒に弱ぇんだから」

 

 大きなお世話だ。

 

 

 

 

 

 

 店のカウンターの前にいる私は、そのまま夕方まで飲み続けた。

 しかし、男の名前を思い出した様子だった。

 

「……ハゲミチ」

「やっと思い出したと思ったら、そっちの名前かよぉ。まぁ、合ってはいるんだが」

 

 コイツの名前はハゲミチだ。錬金術士でオリーブオイルで溺れる系シェフに近い顔立ちをしている。

 ハゲだけど心の何処かには立派なタテガミが生えてる。ネタサブキャラクターでこの世に降り立ってしまった、プライドがまぁまぁ高い悲しい奴だ。

 メインは剣聖のトッププレイヤーで、リアルではお嬢様だった()だ。酔った勢いで面白サブアバターを作ってしまい、あまつさえその被創作物と化して性転換してしまった彼女の人生には、一体どんな(カルマ)があったのだろうか。

 

「結局。性別を変える薬は作れなかったのか?」

「できたんだけどよぉ。使ったら……。髪と目はそのままだったんですわよ!!!」

「ブフッ!?」

 

 私がハゲミチの強烈なカミングアウトと口調の変化に酒を吹き出した。……これは酷い。

 

「思い出したら腹が立ってきた! 貸して!!」

「あちょ……!」

 

 ハゲミチは私のグラスを奪って呷った。

 

「っ。薄っす!!」

「うるさい」

 

 すぐ潰れるから、マスターが薄くしてくれていたんだろう。

 嫌な顔ひとつせず拭き取ってくれるマスターに恐縮した様子で、カウンター前の私はハゲミチへ質問していく。

 

「じゃあ何で男に戻っているんだよ」

「貴女に分かる!? 性転換しても3の目だった時の気持ちが!?」

「いや、知らんが」

 

 100%自業自得だろうに。

 

「見た目ごと元に戻るには、あと500年は掛かりますわ」

 

 ハゲミチはカウンターに突っ伏してオイオイと泣いた。

 

「(シュッ……)」

 

 そこへマスターから渡される濃いめのお酒。

 

 元に戻ると言うよりは、それはもはや改造というか転生ではないだろうか。というか、この時から目処自体は立っていたのか。

 私達がプレイしていたゲームには、他のタイトルにあるような『幻想薬(エステ)』といったアバターリセット系のサービスは無い。ハゲミチの目標は、少なくとも元の世界のお嬢様くらいには見た目が戻ることだったはずだ。

 

「ハァー。なんか泣いたらスッキリしましたわ」

「どっかで聞いたセリフだな」

 

 しばらく飲んで冷静になり口調も戻ったハゲミチ……コトリが切り出した。名前を思い出した。確か本名はなんちゃら院コトリだったよな。

 

「アンタに折り入って頼みがあってなぁ」

「私は隠居してるんだ。他を当たれ」

「隠居? おいおい。生き残った奴らは皆アンタの居場所だけは何となく知ってるぜ? ただ、怖くて手出しできないってだけだ。なんたって、調子に乗ってた最高与ダメージ記録者(ランキング常駐者)共を還したんだからな」

「その話は止めて」

 

 素面に戻ったように私が止めた。

 

「ったく。これだから。本当に隠居したけりゃ、人里から離れた……アンタが作った爆心地にでも行くんだな。樹海になってるらしいぜ。俺が黙っといてやるよ」

 

 ハゲミチは微妙に女っぽい仕草でそう言った。

 爆心地。星を操る魔法使い(アストラル)の魔法を打倒した場所。まぁ、今住んでいる因縁の深い場所だ。

 同時に友人を失った場所でもあって。当時の私は、あの場所をあまり好んでなかった。

 

「……喧嘩でも売りに来たの?」

「違う。まぁ何だ。頼み事があってな? 前金だ。受けるか決めな」

 

 バツが悪そうにコトリは切り出した。カウンターの上に置いたのは銀色の鍵。次元の扉(ゲート)を開く鍵だった。

 一度だけノーコストで好きな地点へワープできる課金アイテム。昔は金を積めばいくらでも手に入ったが、今では誰もが欲しがる希少品だった。

 私も長く見ていなかった。ちょっと欲しい。この時もらったやつはいつ使ったんだっけ……。

 

「話を聞いてからじゃダメなのか?」

「ダメだ」

 

 即答での否定に私は苦い表情になった。

 

「……私がこのままこれを盗むとか考えなかったのか?」

「盗むやつはそんな事言わねぇよ」

「……」

 

 鍵をしばらく手で弄んでいたが、ゆっくりと顔を上げた。

 

「……受ける」

「おお、ホントか!」

「ハゲミチ。でも人殺しはナシだ」

「だーいじょうぶ大丈夫」

「どっかで聞いたリズム……」

 

 グラスを傾け、かなり上機嫌になったコトリはた――。

 

 

 

 

 

 背後から、薪の弾ける音が聞こえる。

 

「夜は冷えるなぁ」

「そうだね」

 

 振り返ると焚火を挟んで昔の私とコトリが座っていた。2人共旅装で身を包んでいた。

 場面は夜だ。辺りは灌木が疎らに生えている。

 

 夢でのエピソードは途切れ途切れになることが多い。

 

「なぁ、飲むの止めとけよぉ」

「余計なお世話だ」

「いや、余計っていうか普通っていうか……。普通の人間にとっては普通に死地だからなぁ?」

 

 そう言うコトリの近くには、ワニのような巨大生物が息絶えていた。苔生した頭部は凹み、身体が半端に解体されている。私達の焚火の前で焼かれている肉塊はコイツのものだろう。

 

「ハゲミチも食べる?」

「……いや。止めとく。ゲテモノじゃないか」

「んぐ……。まぁ、味気はないな」

「味気どころか吐き気物だよ」

「見た目の割に軟弱だな」

「これでも元は上流階層だぁ」

「あっそ」

 

 あまり美味しくなさそうに昔の私は肉塊へかぶり付いた。この頃は、何を食べても味がしなかったんじゃないだろうか。

 しばらく沈黙が続いたあと、肉塊で顔を隠した私が呟いた。

 

「……皆は」

「ん?」

「皆はどうしてるんだ?」

「……。皆ってのは、プレイヤーかぁ?」

「……ああ」

 

 座る姿勢を変えたコトリが大きく息を吐いて答える。

 

「レベルの低かったニュービー達の方が生き残ってる。市井に紛れてな。高レベル共の大半は、噂になった『共喰い』で消えたよ。何の根拠もなかったんだがなぁ」

「そうか。で、廃人共は?」

「……アンタならそっちのほうが気になるよなぁ。めっきり姿を見なくなったよ。心境は解らなくもねぇが、『飽きた』って書いた手紙の上で、装備を残して消滅しているのをたまに聞くくらいだな」

「飽きた、ね」

 

 この頃くらいからだろうか。強い弱いに関わらず、プレイヤーの噂が一人また一人と消え始めていた。

 

「この世界を好きなように滅茶苦茶にして、『飽きた』は勝手が過ぎると俺は思うね」

「……同感だよ」

 

 その話題を話す2人の間に長い沈黙が降りた。薪の弾ける音だけが響いている。

 

「……あの噂の元になったアンタみたいな廃人がバックに付いてくれれば、ウチもやりやすいんだけどなぁ」

「私は廃人じゃない。勝手な話を真に受けるな」

「失言だった」

 

 少し低く話す私の声に、焚火の火が弱くなる。無理に会話を続けようとしたコトリは、少し焦ったのか言葉選びを誤った様だった。

 

「……あーまぁ、ほら。ウチに来いよって話だ」

「行かない。……行けない」

「ま、そうだろうよぉ」

 

 コトリはレベルの低かったニュービーや、不本意ながらサブキャラクターでこの世界に降り立ってしまった奴等を集め、小さな勢力を纏め上げていた。

 そんなコトリは、何故だか昔からことあるごとに私を誘ってきた。廃人共のヘイトを集めてしまっていた私をだ。

 

「皆が死んだのは、“屍羽”のせいじゃないさ」

「……」

 

【プレイヤーは、他プレイヤーの経験値(いのち)を吸って強くなる】

 

 噂の根源は、他の高レベルなプレイヤーを返り討ちにし続けた私。

 本来、転移したプレイキャラクターは肉体の成長が止まっている。老化すらできない。大怪我をしても元の状態へ時間をかけて戻ろうとする。

 定常の状態で在り続ける事を強いられる呪いと言っていいかもしれない。

 当然、レベルも上がらない。

 その条理を無視して、あたかも成長して強くなっているかのように見える私に、誰かがそれらしく理由付けをした。その理由付けは、この世界の動植物達が他の生き物を捕食することでレベルアップするように成長する理に則り、勘違いに拍車をかけた。

 その結果、『共喰い』が起きた。

 

「俺はなぁ。アンタが試行錯誤して何とか前に進んで行っているのを見て、元の身体に戻る事を諦めないことにしたんだ。過剰な強化薬の摂取で内臓を腐らせながら、それこそ血反吐を吐いて不条理に立ち向かったアンタを尊敬してんだよ」

「……ただ単に必死だっただけさ」

 

 居直ったコトリが徐ろにパリピグラスを外し、声色を変えて口を開いた。

 

「それを見て、(わたくし)も必死になることにしたんですの。だから、貴女が悔やむ必要なんて無いですわ」

「…………口調と声が合ってなくてキモい」

「大きなお世話ですわ!! 大真面目に言ってましたのに!!」

 

 自分を正当化してくれる他者の存在を、この時の私の心は受け止めきれなかったんだと思う。真っ直ぐに見つめてくれるコトリの目を。

 

 まぁ、3の目なんだけどさ。

 

 

 

 

 

 また、場面が変わった。

 今度は砂地だ。

 砂漠と分かり易い砂漠。

 風紋が斑に刻まれた地面は黄色っぽい。

 

 眩しいな……。

 

 光は空に翳した手を貫通した。

 半透明の私ですら、強い日差しで全身を灼かれるのを幻視してしまう。

 

 砂の丘に足跡が続いている。

 背後へ振り返ると、乗り捨てられた小型の砂船が倒れていた。魔法のある世界にありがちな砂漠をヨットのように進む乗り物だ。風が止まって進まなくなったのだろう。

 足跡を辿っていくと、丘の上に頭上を翼で覆った私が居た。

 

「グラスじゃなくて帽子にすれば良かった……」

「『クラフト倉庫』から出しなよ」

「嫌だね。なんたって、このグラスはゲームじゃ鑑定できるだけのゴミアイテムだったんだが、アンタの『隠密(ハイド)』ですら見破れるスーパーチートアイテムになったんだぞぉ」

「別に両方着ければいいだろうに……。しかし、それで私が居る場所が分かったのか」

 

 その横には、見た目の割にごちゃごちゃと煩いコトリが立っていた。

 場面が飛んでしまったが、何の頼み事だったのか。……思い出せないな。

 

「“屍羽”の。アンタ、……ホントは隠れる気ねぇだろ?」

「……」

 

 砂の丘を降ろうとした私の足が止まる。

 振り返った私が誤魔化すように話題を変えた。

 

「考えてみれば、目を隠してハゲを隠さず。似合ってるよ」

「あぁ!? またハゲって言った!?」

「……お前、目とハゲどっちが大事なの? いちいち突っ掛かるなよ。それはともかく、はぁ…………やっぱ、暑いな」

「そういう()()()()だからな」

 

 晴天の空を見上げた私が呟く。

 しばらく考え込んだ私は、翼を畳み両手を空に広げて魔法を唱えた。

 

『ブラッドムーン』

 

 突如、晴天に赤い満月が浮かんだ。

 『ブラッドムーン』は設置型の環境魔法だ。環境魔法は、影響が及ぶ範囲にバフ・デバフを敵味方選別せずに撒き散らす魔法で、効果時間と再使用時間(リキャスト)がやたら長くMP消費も多くて、昔は使い勝手が微妙な魔法だった。特にボスキャラは、大体この魔法を上書きしてきたもんだ。

 今回のこれは、死霊系のモンスターの特性を活性化させる魔法。具体的には攻撃力上昇とリキャストタイムの低減。まぁ、そういう奴らが居ないところでは、局所的に夜に変えたりできる地味に便利な魔法だ。

 ちなみに私の背中に生えている腐った羽根は、死霊系モンスター扱いらしい。まぁ、服を貫通する霊体のようなものだしな……。

 

 辺りが晴れているのにも関わらず陰っていく。赤い月が影響を及ぼす範囲が温度を変える。

 様子が一変し、太陽が出たまま夜の砂漠へ変わった。

 

「ハァー。いきかえるわー」

「あっ!? 我慢しろって言っただろ! 夜のアイツが起きちゃうだろうがっ!?」

「話を聞いてから考えてみたんだ。多分私は問題ない」

「俺が問題あるんだよ!!」

 

 ブチ切れたコトリが、慌てた様子で虚空に開いた『クラフト倉庫』から長手の直剣を取り出した。

 

 砂漠の夜といえば……。

 

 積み上がった砂山が崩れていく。地面が揺れだした。

 

「やっぱり、起きちゃったじゃない!?」

「……」

 

 コトリのキャラ、ブレてるなぁ……。この頃のコトリは、多分身内では女、外では男で通しているせいでこうなってるんだと思うけど。

 

「ゴハハァァ!」

「……思ってたより、でかいな」

 

 遠くの砂山から顔を出したのは、鮮血色の巨大なイモムシだった。立ち上がった姿はビルサイズあり、骨のような4つの牙と身体の光沢具合から硬質さを感じる。

 そいつが身体を振ると身体の表面から、節足動物系の魔物が剥がれ落ちてきた。サイズ感がバグっているが、一匹一匹は人間よりもでかい。

 

「うぎゃー! 足が()()()()()()してキモい!!」

 

 頭を抱えたコトリが叫ぶ。それを無表情に眺める私が、ふと何かに気付いたように目を見開き、コトリの頭頂部を見た。

 

「…………」

「え。今、なにか言いたげに頭見たけど、どういう意味???」

 

 絶対、頭がツルツルって言おうとしたろ。

 2人が漫才しているうちに、巨大な虫達は高速で走り寄ってきた。

 

 パッと見は多脚類の虫達。口元にはキチン質の鋏のような器官が蠢いている。肉食で獰猛な分解者だ。それが砂地にも関わらず、かなり素早い動きで移動してくる。

 

「この虫……。元々『奈落の冥府』にいた奴らだよね? どうして此処に?」

「現実化の影響で『公式のダンジョン』が無くなったからじゃねぇか? 仲間の話じゃ、あのイモムシヤローの身体の中に住んでるみたいだぞぉ」

「身体の中? 剥がれ落ちてきてるのに?」

「良く見ろ、穴開けて出てきてんだよ」

「赤い巨大ワームかと思ったら、あれ血なのか。うわぁ……」

 

 あれだけ集られているのに全く弱った様子がなく、ちょっと痒そうにしているだけの巨大生物に私が引いていた。

 

「キシャァ!!」

「ふん!!」

 

 飛び掛かってきたムカデ型の魔物が、率先して前に出たコトリの剣技でバラバラになった。

 8つの連撃だ。青い剣閃が空間に残り、次第に薄くなって消えた。

 錬金術士のくせして、そのへんの剣士も真っ青な技の冴えだ。

 

「なんだ。お()りはいらないじゃないか」

 

 現実化したことでショートカットからスキル発動できなくなった代わりに、アバターを扱うセンスが全てになった。今の私でも、あの技の模倣は無理だろう。

 

「やっとここまで出来るようになったんだけどよぉ。元がクラフターなせいで、瞬間的なスタミナがきついんだ。長持ちはしねぇよ」

「ふーん? 鍛えれば?」

「もう伸びねぇよ!? 生産職の魔法使い以下のスタミナでやりくりしてんの!」

 

 赤い月に照らされた虫達が、山のように飛びかかってきた。

 

「だから、ちゃんと守れよ!?」

「はいはい。分かってるよ。『スマイト』」

 

 柏手を一つ打ち、お祈りポーズを取った私は、体内魔力を循環させて魔法を発動した。

 『スマイト』は、聖職者職(プリースト)の基礎攻撃スキルだ。元々は聖職者職(プリースト)の魔力値と貧弱な筋力値の両方を参照する魔法攻撃スキルで、対象に低倍率の物理ダメージを与えるものだった。

 この世界の聖職者達でも使えるくらいには、難易度の低い魔法だ。その時は、なんでか知らんが『聖撃』と言う場合が多い。

 お祈りポーズ(何でもいい)で、さっと発動できるところはポイントが高い。

 

「キシャァ!?」

 

 そして、リキャスト低減のフィールドバフが掛かっている状態でこれを使うのは中々効果的だ。紫電の衝撃が空を彩り、複数の虫の殻と体液が爆散していく。

 

「え、魔法スキル使うの?? しかも、聖職者職(プリースト)の??」

「だって、触りたくないだろう?」

「いや、気持ちは分かるけどさ……。だったらほら、死霊術師(ネクロマンサー)にも『イロージョン』とかあるだろ?」

「あれは継続ダメージ(DoT)だよ。『イロージョン』」

 

 爆散するはずの虫が一瞬痙攣し、何事もなかったように過去の私へ走り寄っていく。

 

「気持ちの悪い虫が死ぬ前に抱き着かれたいなら、どうぞ」

「どうぞ、じゃねぇよ!! もっと何かあるだろ!?」

 

 片手で案内するように示した私に激昂したコトリが、剣技でゲジゲジ型の虫をバラバラにする。

 

「うーん……? はぁ、分かったよ。ちゃんとやる。その代わり、何か投げる物ある? 何でもいいけど」

「何でも? これでいいか!? 投擲武器だ」

「あーそんな希少品じゃなくても……。まぁいいか」

 

 コトリが取り出したのは金色に輝く小さめの投槍だった。渋々受け取った私が、腕を回して肩の調子を確かめる。

 

 使い捨ての投擲武器。投げると無くなる上にエフェクトばっかり凄い塵アイテム。何かの作品とのコラボアイテムで攻撃力は1。殆ど素手と同じだ。

 恐らくこの世界の常人が投げれば、轟音とともに飛んで行き、刺さった地面が大爆発して吹っ飛んだように見えるだろう。しかし、攻撃力があまりにも低いため見えるだけなのだ。爆煙が消えれば飛んで行った槍は消滅し、無傷の地面が顔を出すことだろう。

 現実化した世界でのこの齟齬感は、アイテムエフェクトにパワーを吸われているとでも表現すればいいのか。

 

 まぁ、それも常人が投げればの話だが。

 

「大分溜まったな」

 

 投槍を右手に持った私が、右手を頭上に左手を地面に、飾り羽を大きく広げて構えを取った。この頃はこの構えが一番効率が良かったのだが、客観的に見るとシェーに見えなくもない。

 両手両羽から4つの魔法を繰り出す。

 

『ソウルアブソーバー』

 

「あぁ、そのバフ……死霊術師の――」

 

『ブレスオブホワイト』

『イービルハート』

『竜鬨』

 

 コトリが言い切る前に過去の私が強化魔法(バフ)を吐き出した。順にセイクリッド、魔法使い系最上位職(ミスティック)、ファイター系上位職の攻撃力増加自己対象バフの模倣だ。

 過去の私の存在感が急激に増し、周囲の砂が浅く浮き上がった。

 複雑に絡みついた魔法が、細かい光の粒子となって燐光を放っている。

 

「いやいやいや、ちょっと無節操過ぎますわよ!? なんか違う魔法になっちゃってますし!?」

 

 驚いたコトリの口調が乱れる。

 

「前やってた強化薬ちゃんぽんと同じことをしてるだけだよ」

「えぇ……」

 

 ゲームバランスを考えて、他人に指定できなかった魔法、スキルを重ねがけする。この世界ではセンスが全てだ。使おうと思えば、使い方さえ解れば何重にでも重ね掛けできる。もっとも、それに耐えられる()()をしていなければ、自分の力で爆散することになるが。

 

 多くの同胞と戦った経験が、様々なスキルを模倣し複合できるレベルに私を押し上げていた。

 

「いくぞ……! っせい!」

「ばか! まって!!!」

 

 コトリを左手に掴んだ私が跳んだ。

 光の粒子を散らしながら上空へ登っていく。赤い月を背後に未だ虫を吐き出し続けている巨大ワームに金に輝く棒を投げ放った。

 

 金色の軌跡がビルサイズの巨大なワームの根元に届いた瞬間、光が溢れた。

 

 ――砂の壁が押し寄せてくる。

 

 

 

 

 砂に飲まれたように思えたが、私の足は傾斜の無い平面に立っていることを伝えてきた。

 夢幻と分かっていても反射的に顔の前に上げてしまっていた腕を下ろすと、私はオフィス街によくありそうなエントランスにいた。大理石で敷き詰められた市松模様の床は、玉のように磨き上げられている。

 

 何処の建物だろうか。過去の私の姿を探した。

 

「いや、確かに砂の中に埋まってるって言いましたわよ? 砂の中にはヤバいイモムシ野郎が居て、とてもじゃないが近づけないって確かに言いましたわよ?」

「あぁ、言ったな」

「それでも貴女が砂漠を掘るって、自信満々に言ったからそのままここに連れてきたんですのよ?」

「そうだったっけ……?」

「そうですわよ!!」

「まぁ……壊れなくて良かったじゃないか」

「いや破壊されましたの!! 『砂漠のダンジョン』としてのギミックが!!?」

「居城システムか。聞いてはいたけど、まだ稼働してたか」

「話聞いてますの!?」

 

 過去の私はコトリの話を聞きながら、毒々しい色合いの小瓶に入ったマジックポーションを呷った。

 

「形あるものはいずれ壊れる。人の作ったものならなおさらな。魔法だってそうだ」

「良い風な言い方して誤魔化さないでくださいまし! ん!? ちょっとそのポーション貸して!」

「………………ダメだ。MP切れだよ」

 

 コトリに言い寄られた私は、器用に翼を使って背中に隠した。

 

「あ!」

「マジポじゃない! これお酒ですわ!?」

「盗るなよ」

「酔っててアレでしたの? えぇ……」

 

 しかし、コトリの『クラフト倉庫』によってあっさりと奪われたようだった。

 何やってんだか。

 

 

 


 

 

 

「(クネクネ?)」

 

 天井でサニーの蔦が蠢いた。

 

「おはようサニー。もしかして、寝言でも言ってたかい?」

「(クネクネ)」

 

 うん、何言ってるかさっぱりわからない。

 ベッドに腰掛けて夢の内容を反芻した。

 

「しかし、居城システムか……。懐かしいな」

 

 居城システム。クランハウス系統の拡張コンテンツだ。本来は農場を作ったり、モンスター牧場を作ったりするだけのシステムだったが、ユーザー要望によりクランバトルが実装された。

 チーム戦でのPvPは既にあったことから、各クランで簡易的なダンジョンを作成し、居城に攻め込んでベットしたアイテムを奪い合うコンテンツとなった。

 ちなみに、私が所属していたクランの居城は転移して最初の100年を待たずに略奪に遭って消滅している。

 

「コトリは何をしようとしてたんだっけ……」

 

 プレイヤー達の居場所を作るって言っていたような。

 定常の状態で在り続ける事を強いられる呪いを唯一何とかできる()だ。居城システムを使って、また改変した魔法でも作ってるのかもしれない。

 

「どうせ探さないといけないし、今度あったら聞いてみよう」

「(くねくね?)」

「ああ。サニー、お茶を淹れてくれ。うーんと熱いやつな」

「(クネ)」

 

 さて、今日も馬鹿弟子を鍛えよう。

 

 

 

 




【没話】

 しかし、このマスターは逐一シュッとしないと気が済まないのだろうか。マスターを注意深く見ると、コップを拭く手元が震えている。

 ん?

 顔もよく見れば冷や汗が流れている。
 なんだ、汗っかきだったのか……。


マスター「(裏社会最強の暗殺者であるこの俺が……、こんな少女にビビってるだと……!)」

マスター「(あり得ない……。しかし、この女。常人なら俺の動きについて来れず、突然瞬間移動したように見えるはずの動きを平然と追ってきやがる。しかも何もしてこねぇ……!! 何処の回しもんだ……!?)」

マスター「(ダメだ……。近付くと恐怖から震えが止まらない……! どうなっているんだ……)」

 ニコッ。

マスター「!!?(こっちを見て笑いやがった……!!!)」

マスター「……(悟られるな!! さながらコイツはうさぎの皮を被った猛獣。ビビっていることを悟った瞬間に襲いかかってくるはずだ! あくまで平静を装うんだ)」

マスター「!!?(待て。何故こっちを向いて笑ったんだ……! わかったぞ!? コイツ俺を試してやがる……!! この恐怖心に打ち勝って、この女を饗せるかを図ってやがるんだ……! くそ! 俺にも意地がある!!)」

マスター「(シュッ……)」

 満足気な女。

マスター「(よっしゃっっ!!!)」



【Tips】
※ソウルアブソーバー:戦闘により発生したトークン(魂)を収集して次回の攻撃を強化する。
※ブレスオブホワイト:自身の回復力、体力、防御力、攻撃力、魔力を強化する。
※イービルハート:自身が敵に与える最終攻撃値を効果時間中に増加させる。
※竜鬨:攻撃力を増加させる。
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