この男、【傭兵】につき 作:エアちゃんは大きくても小さくても可愛い
※時系列が多少ずれ込んでいる可能性があります。
––––––––面白くない。
別に、特別嫌なことがあった訳じゃない。
大豊が開発したレーションをダース単位で発注したが、口にしたら思いのほか美味しく無かったことか、お気に入りだったバンドのボーカルがコーラル中毒でラリってしまって歌えなくなってしまったと公式発表があったこととか、まぁそんな小さな不運こそあったが、そんなのは大したことじゃない。
…いや、よく考えるとそこそこ大したことかもしれない。
しかし、だ。そんな小さな不運が重なることよりも気になってしまうことがある。そんな精神状態だからか、コーラル漬けの葉巻の味が薄いように感じてしまう。
そんな、少し腐った考えを巡らせていると耳に宛てがっているヘッドセットから電子音が響く。
『登録番号am24 ハルノ・ウィーン。専属オペレーターのオウカより通信が入っています』
「わかった、繋いでくれ」
『––––繋がっていますか、ハルノ?』
AM––––––独立傭兵支援AIから吐き出される無機質な音声から一転、不機嫌な雰囲気を隠しもしないノイズ混じりの声が聞こえる。どうやらオペレーター殿は虫の居所が悪いらしい。
「あぁ、繋がっているよ。オウカ女史は、今日も一段と機嫌が悪いようで」
『えぇ、通話先の気怠げな声の主のおかげでね。最後に出撃したのはいつだったかしら?独立傭兵から引きこもりに転職したのなら、さっさと独立傭兵のライセンスを返納して欲しいのだけど』
「相変わらず手厳しいね…。けど残念、唯一の食い扶持の種を進んで捨てる愚者はいないさ」
肩をすくめて戯けた様子で返すが、そんなのは意にも介さず彼女は続ける。
『よく回る口ね。その軽薄な口ぶり、どうせまたコーラル漬けの葉巻でも吸っているのでしょう?』
「ご明察。流石俺のオペレーター、なんでも知っているんだな」
『貴方なんて、出撃していない時は葉巻か賭博か睡眠でしょ。まるでハイスクールの学生みたいね』
「生憎と学校には通ったことがないもので。それより、今回の葉巻少し味が薄い気がするんだけど、発注元の大豊の系列企業にロットがあってるか確認してもらっても良い?」
吸っていた葉巻を鉄製の手摺りに擦り付けて火を消して口を尖らせる。あくまで彼女からの矛先を逸らす目的で発したそれだが、『あら』とまるで知っていたかのように彼女は口を開く。
『それなら問題ないわ。私から濃度を薄くするように頼んでおいたの』
「…な、なんだって?」
どうやら気分の問題ではなく本当にコーラルが薄まっていたらしい。思わぬ形で暴いた形となってしまった。
『というより、ようやく気がついたのね。注文に私を通すようになってから徐々にコーラルの配分量を減らしてたのに』
「…ちなみにだけど、減らした理由を聞いても良い?」
『コーラル中毒者のオペレーターなんてごめんだもの。当然でしょ?』
「…さいでっか」
胸ポケットに入っていた葉巻の箱––––––まだ五本位入っている–––––を地面へと叩きつける。もう2度と彼女を通して葉巻を発注しないと、そう心に決めた瞬間だった。
『それと、発注は私も通さないとできないようになっているからね』
「……鬼か、貴女は」
––––––––––––––––––––––––––––––––––––
「––––そろそろ、本題に入っても?」
私の言葉にハルノ–––––今の通話相手であり、現在における仕事上の相棒が「うん、構わないよ」と続ける。そこから彼の言葉から遊びが消えて、学生のような軽い雰囲気も綺麗さっぱりとなくなる。
そんな雰囲気を受けて、私も言葉を続ける。
「それじゃあ、まずは現状説明から。…貴方も知っていると思うけど、企業は『壁越え』を成したわ。これで、各企業の『コーラル』調査はより過激になるはずよ」
『………』
私の見解に彼は無言のままだが、それが同意を意味することは独立傭兵とオペレーターとしては短くない付き合いをしている私にとって明らかだ。
「ベリウス中部に位置する、ルビコニアン解放戦線の重要拠点の一つである要塞都市…通称『壁』の攻略作戦。それが企業間で囁かれていた壁越えという単語の正体だった」
『コーラル資源の調査を妨害する解放戦線に痺れを切らしたんだろう。相変わらず企業の上層部は堪え性がないな』
「それは同意するけど、敵防衛拠点の占領は軍事作戦においては重要よ」
「……たかが星外企業が軍事作戦か。笑えるよ、ほんと」
まるで吐き捨てるように呟くその声に、敢えて反応はしなかった。彼の経歴的に今の企業のやり方に思わぬところがあるはずもない。…が、それと仕事は全く別の話だ。彼もそれがわかっているからこそ、その呟きだけで口を閉ざしたのだから。
「…続きは画面を表示しながら説明するわよ。タブレットは持ってる?」
『持ってるよ、続きを』
彼のタブレットへ私の画面が共有され作戦概要が映し出されている。企業間による『壁越え』が成されてからまだ2日程しか経過していない中、ここまで正確な作戦要項を握っている独立傭兵は私達と……あとは『実行者』位なものだろう。
「作戦は3日前の11:25、ベイラム直属の機械科武装組織『レッドガン』主導で開始されたわ。レッドガン側は【G4】並びにMT5個中隊といった主力を投入し、正面からの壁攻略に挑んだ。…けど」
タブレットにレッドガン側のユニットが記号で映し出されるが、壁へと近づくに連れて大きく数を減らしていく。その数は解放前線側の防衛兵機群をMT部隊が有効射程へ捉える頃には全体の7割を下回っていた。
『解放前線が擁する火力がレッドガン側の想定を上回ったんだろうな…。いや、この場合上層部が壁を甘く見たと見るべきか』
「概ねその通りでしょうね。【G4】は火力にこそ優れるけどその分動きが鈍い。作戦記録を見ても、壁からの集中砲火を受けて持ち前の高火力を発揮できなかった事が明らかよ」
壁に肉薄したあたりでタブレットから【G4】のマーカーが消失する。ここで、彼は撃墜されたのだろう。ベイラム系列企業『大豊』の依頼で何度か協働した身としては、彼程の優秀なAC乗りを使い潰すなんて企業はよほど人材の処分に困っているのかという皮肉しか出てこない。
『一応聞くけど、【G4】…ヴォルタは、生きているのか?』
「……公式発表はないわ。けど–––」
『いや、やっぱり良い。今の俺には関係のない事だからな』
『気にしてないさ』と続けた彼だが、それが嘘であることは誰の目にも明らかだった。さっき吸っていた葉巻も、そんな沈んだ気持ちを紛らわせるためのものだったのだろう–––––だとしても、コーラルを摂取することはいただけないが。
しかし、だ。そんな沈んだ様子の彼について一つ解消しなければならない懸念がある。
「それより、一つ聞いて良いかしら」
『どうぞ』
「貴方、レッドガンから【壁越え】の作戦に参加するよう要請されていたわよね?」
『…ん?おかしなことを言う。それならオウカ女史の耳に入っているはずだろ?任務の受諾は君を通すようにしているんだから』
惚けた様子の彼に、私は自身の抱いた直感が当たっているのだと確信を抱く。
確かに私は彼から依頼の受諾業務を請け負っている。
独立傭兵としてそこそこ実績のある彼には多くの依頼が舞い込む。その中から有象無象を省いていき、依頼の背後関係を洗い出してから受諾に値する任務をピックアップするのだ。
だからこそ、私の耳に入らなければおかしいと彼は言う。そこに矛盾はない、ないのだが…。
「えぇ、そうね。けど貴方、つい5日程前にBAWSの仕切る中立地帯の市場に行っていたじゃない?私になんの連絡もなく」
『酒を買い足しに市場に行ったんだよ。5日前は市場の開場日だし、経費の清算だって、実物と領収書を照らし合わせたじゃないか』
「そうね。けど知ってる?実は私BAWSの中じゃそこそこ顔の効く方なの」
『…それで?』
「知り合いの話だと、その日はそこに大物が来てたらしいのよ。誰だと思う?」
『……さぁね。どこかのアイドルだったかな?』
どうやらまだシラを切るつもりらしい。そう言う諦めが悪いところも嫌いではないが、例えが気に食わないので追及の手を緩める気はない。
「【G1】…レッドガンの総長が【G4】と【G5】を引き連れてきていたらしいわ。さて、いったい誰に会いにきてたのかしらね?」
『…お酒を買いに来てただけだろ。作戦の前の景気付けに部下を引き連れるとは、総長殿も太っ腹だな』
「レッドガンの総長よ?ベイラムの酒保を使い放題の身分が、質の悪い酒を買いに態々BAWSの中立地帯まで足を運ぶかしら?」
『……た、たまたまそう言う気分だった、とか?」
「そう。ちなみになんだけど、その時ミシガンはよく通る声で言ったそうよ。『久しぶりだなハルノ‼︎まだしぶとく生きていたか‼︎』……って」
『………だから声は小さくって言ったんだよ』
振り絞るような声で白状した彼の声に、多少の優越感を感じる。私に隠し事なんて100年早い。
『…あぁ、会ったよ。直接顔を合わせたのは3年振り位になるかな。相変わらず迫力のある人だったよ』
「その時、壁越えの話は上がったのよね?」
『もちろん。じゃないと、その面子で集まる理由がないだろう』
「けど、貴方は作戦に参加しなかった。依頼は断ったって事よね。何故かしら?」
『…予感、かな。あまり上手くは説明できないけど、参加したら不味いって感じたんだ』
彼の告げる予感という言葉。それ自体はなんの根拠もない代物だけど、彼は今も独立傭兵として生き延びている。この、陰謀と火種が渦巻くルビコン第三惑星で。
「…そう。その予感について、貴方は話したの?」
『一応、古巣の人間だからね。総長は少し検討してくれたけど【G5】に噛みつかれてね。結局、作戦は決行されてしまったってわけさ』
「–––こう聞かれるのも嫌でしょうけど、貴方が作戦に参加していたら、ベイラムは壁越えを果たせたと思う?」
『それがわかっていたら苦労はしないさ。…けど、もしこの作戦に参加していたら、いよいよ俺は独立傭兵では居られなかっただろうね』
「…と、言うと?」
『早い話、引き抜きの話があったんだよ。またレッドガンに戻ってこないかってさ』
彼からのその言葉に、私は驚かなかった。だってそうだろう、そうでなければ態々私を通さずに依頼の話をする必要がない。
「…そう。それで、どうして断ったのかしら。総長直々のスカウトなんて、昔の貴方からしたら狂喜乱舞していても不思議じゃないのに」
『いや…まぁ、実際心揺れたよ。けどなぁ、ちょっと条件が合わなくて』
「条件?」
『そ。オペレーターも一緒ならって言ったんだけど、それはダメって言われちゃってさ。じゃあもう断るしかないじゃんってことで』
「……はい?」
『情報保持の観点からいくと正しいんだろうけどさぁ…』と愚痴る彼の言葉がうまく脳に入ってこない。何故だろう、すごい負けた気分になってきた。
「………まぁ、確かに。貴方は私がいないと何も出来ないからね」
『いや、そこまでじゃないよ?』
「仕方ないわね。不出来な相棒を持つのは不服だけど、これからも貴方をサポートするわ。精々死なないように頑張ってね?」
『いや、だから……』
「返事は?」
『……イエス、マム』
「よろしい。では、次にシュナイダーが行った壁越え作戦について説明します。さ、モニターを確認して」
『えぇ……』
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「結局『壁』はアーキバスが落とした形になった、か」
『えぇ。動いたのはシュナイダーの『V.Ⅳ』と、後は独立傭兵の––––』
「『レイブン』、か。最近は音沙汰がなかったが、やはり生きていたか』
『レイブン』–––––それが今現在の自分にとって頭痛の種となっている者の名前だ。何せ彼奴は腕が良い上に引き際の判断も的確で、やり合うのは相当骨が折れる。ここ最近は音沙汰がなかったので何処かでくたばったと思っていたのだが、まだしぶとく生きていたらしい。
「しかし、妙だな」
『妙、というと?』
「なんでアイツは壁越えに参加したんだ?前は解放前線側の独立傭兵だったろうに。なんで今更鞍替えを?」
『…あくまで想像だけど、解放前線の実質指導者のミドル・フラットウェルと何かトラブルがあったのかも』
「いくらトラブルがあったとしても、解放前線がみすみす特記戦略を手放すか…?」
どうにも怪しい。なにか高度な情報戦が仕掛けられているのか、それとも何か別の思惑が介在しているのか、とにかく、調べてもらった方がいいかもしれないな。
「オウカ女史、悪いけど…」
『わかったわ。レイブンについてはこちらで当たってみる』
「流石、頼りにしているよ」
『それと、ルビコニアン解放前線の話繋がりだけど、そこから依頼が来てるわ』
「解放前線からか…。内容は?」
『【壁】から撤退する部隊の護衛及び追撃してきているアーキバスのMT部隊の殲滅ね。報酬は25万コーム、弾薬代も半分までなら負担してくれるそうよ』
「太っ腹だな。余裕のなさが伺えるよ」
『依頼の裏は取れている。それに、そろそろ出撃しないと腕が鈍るんじゃないかしら?』
彼女の煽りとも取れる軽口に苦笑を浮かべる。流石にそれくらいで鈍る腕前はしていないし、それに、前回出撃してからまだ一週間程度しか立っていない。引きこもり呼ばわりは勘弁してほしいものだ。
「そうだな…わかった、受けよう。もう出立した方が良いかな?」
『そういうと思って輸送用ヘリを手配しているわ。1時間後に出発よ』
「わかった、詳しいブリーフィングはACの中で聴くことにする」
『えぇ、それじゃあ通話を切るわね。また1時間後に』
その言葉と共に声が途切れ、自分はヘッドセットを耳から首へ掛ける。準備が遅れてオペレーターに怒られるのは勘弁だ、早速準備に取り掛かるとしよう。
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【通信が入っています】
『ご機嫌よう、ハンドラー・ウォルター。今大丈夫かしら?』
「あぁ、問題ない」
『まずは『壁越え』の作戦資料の提供ありがとう。助かったわ』
「それくらいの情報提供で感謝は不要だ。…随分今の傭兵に肩入れしているんだな、お前らしくもない」
『別に、肩入れしているわけじゃないわ。彼は私を信頼してくれる、だから私も彼を信頼する、それだけよ』
「…そうか」
『それより、カーラから聞いたわよ。ウォッチポイントを襲撃するんですってね。幾ら【猟犬】が優秀とはいえ、少し性急にすぎないかしら?』
「問題ない。【621】ならやり遂げるさ」
『…あんまり気を配ると、失った時辛いわよ』
「その言葉、そっくりお返ししよう。それと、一つ頼みがある」
『頼み?』
「あぁ。さっきウォッチポイント襲撃について、できるなら保険を掛けておきたい」
『……そう。ウチの傭兵を使いたいって事』
「無理か?」
『いえ、大丈夫よ。こちらから手を回してベイラムから依頼を出させるわ。突入手段は……この前メリニットから試供された外付けブースターを使うとしましょう。あれなら単機でも突入が可能のはず』
「異常事態が発生したらこちらから通信を送る。その時は頼む」
『えぇ、わかったわ。それじゃあ』
【通信が終了しました】
ハルノ・ウィーン
ルビコン3を拠点に活動する独立傭兵。元は企業人だったが脱サラしてフリーランスとなった。現在はかつてのライバル企業や古巣、果ては活動団体などから幅広く仕事を受けている。お酒と煙草が好き。
オウカ
上記傭兵の専属オペレーター。ハルノとはそこそこ長い付き合いだが、彼女には何か託された使命があるとか…?。趣味は傭兵の通帳管理と裁縫。
メリニット
グレネードやバズーカしか使っていない変態企業。何やら悪魔的な加速装置を思いついたらしい。