この男、【傭兵】につき 作:エアちゃんは大きくても小さくても可愛い
『––––––ハルノ、聞こえてる?』
灰色の分厚い雲が空を覆い、鈍色の光が降り注ぐ。あたりは木々に雪が覆う銀世界で、暖房が回っている筈のコックピットの中でもパイロットが白い息を吐く。
「あぁ、聞こえているよ」
『まもなく解放前線の部隊が作戦エリアに侵入、その後を続いてアーキバスのMT部隊が侵入する予定よ』
「解放前線とアーキバスの距離は?」
『…当初の予定より詰められているわね。相対距離でおよそ2500よ』
「意外と詰められてるな。早めに叩かないと後ろに火を付けられるか…」
自然の力によって作られた峡谷––––––その地上部分に、ACは鎮座していた。
ダークグリーンに塗装された四脚型AC。ベイラム社製の部品を軸に組み上げられたその機体の両腕には、同社の開発したリニアライフルが握られている。
「あと、今回メリニットから供与されたこの【
『ダメよ。実践データの提供を求められているんだからね。担当者曰く『弾を使い切るまで』とのお達しよ』
そんなAC––––––––テイルエンドのパイロットは右肩部の装備に視線を移して溜め息を吐く。装備、というより積まれているという表現が適切かもわからないほど、それは大きく、長い代物だった。
「強襲艦に積むようなランチャーをACに載せようと思うかよ…あいつらは脳みそまで火薬で詰まってるのか?」
『その分威力は保障するそうよ。実証実験によると、直撃なら四脚MTも一撃、通常のMT程度なら爆発の余波でバラバラにしたらしいし』
「そもそもバラバラにしなくたってMTは破壊できるんだってことをいい加減教えた方が良いな…」
テイルエンドのパイロット––––ハルノは重い息を吐くが、それとほぼ同時にスピーカーから砂混じりの声が吐き出された。
『独立傭兵、聞こえるか⁉︎こちら解放前線だ‼︎』
「聞こえてるよ、どうぞ」
その憔悴した声を聞いた刹那、待機状態だったACに即座に火を入れヘッドセットを耳に宛てがう。モニターが各種情報を吐き出す中、傍にあった水入りのボトルを固定する。
『現在我々は渓谷に突入した!だがアーキバスの連中の脚が早く、後方の味方が既に捕捉されてしまっている!早急な援護を求む‼︎』
『…だそうよ。行ける?』
「了解。迎撃ポイントを変更する」
わずかばかりの風で雪が舞い上がる白銀の世界で、紅い目が開かれる。
【戦闘モード起動、作戦行動を開始】
機械音声と共に巨体が空へと舞った。
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––––––––その峡谷は火薬と硝煙による蹂躙劇の舞台だったと、解放戦線の兵士は宣った。
「畜生、アーキバスの連中もう撃ってきやがった‼︎」
雪の積もる峡谷を出来うる限りのアクセルを踏み抜きながら窓の外に走る閃光を見る。
「慌てるな!まだ有効射程じゃない、とにかく距離を離すから飛び出すなよ‼︎」
「わかってるよくそったれ‼︎」
助手席でライフルを持つ同僚に怒声を浴びせながらも視線は正面を向いてる。しかし外を走る閃光の数はますばかりで、ついにはその内一筋の光がサイドミラーを撃ち抜く。
「このままじゃ追いつかれる……もうこうなったら」
「おい、馬鹿な事を考えるなよ⁉︎」
「けどこのままじゃ前の奴らもいずれ追いつかれる!だったらいっそ俺たちで…!」
「ふざけんな!そんなことしたって稼げる時間なんて5秒もねぇよ!とにかく今は生き残ることだけ考えろ‼︎」
手元にあるライフルを後生大事に抱えて眼が血走っている、このままじゃ本当に玉砕なんて言い出しかねない。冗談じゃない、俺は解放戦線の警句になんて殉じるつもりは更々ないんだ。企業の連中がムカつくのは勿論だが、かといって命をかけられる程熱心に活動しているわけじゃない。
今はとにかくアクセルを限界まで踏み抜く。そうしないと恐怖で頭がおかしかなりそうだった。
徐々に死神の足音が近づいてくる––––––そして、決定的な音が鳴り響いた。
『ビー‼︎ビー‼︎ビー‼︎』
「なんの音だよ、これ⁉︎」
トラックに積まれた赤外線受信機がアラームを告げふ––––それはつまり、完全にロックオンされたという事だ。
直後、トラックの後ろから何かの射出音が響く。
「くっそ、ロックオンされた‼︎」
「ロックオン⁉︎ミサイルが来るって事か⁉︎」
「そうだよクソッタレ!」
「チャフは⁉︎」
「そんな高等なもう積んでるわけないだろ!」
「回避は⁉︎」
「こんな峡谷で避けられるわけないだろ‼︎」
いわゆる詰みという状況に、横にいる青年が愕然とし、次いで俯き警句を唱え始める。
「あぁ…コーラルよ、ルビコンと共にあれ…コーラルよ…」
絶望するには十分すぎる状況だ、諦めたくなる気持ちもわからなくはない…だが。
俯いたやつの胸ぐらを掴み上げ、檄を飛ばす。
「おい!しゃんとしろ!お前の持ってるそれは飾りか⁉︎それでミサイルを撃ち落とせ!」
「そんなの不可能だ…こんな状況で…」
「良いからやるんだよ!このままじゃ死ぬぞ‼︎」
死神の鎌はもう首元までかかっている。だが、まだ手はある。砂つぶ程の生存の可能性だとしても、最後までしがみつかなくてどうするというのだ。
警報音がけたたましく鳴り響く中、精一杯の言葉を吐いたつもりだった。これが遺言だとしてもまぁまぁ格好が着くかな、なんて考えも頭の片隅にあった––––––その直後、背後で一際大きな爆発音が響いた。
「うわっ⁉︎」
「なんだってんだ一体⁉︎」
胸ぐらを掴んでいた手を離し、爆風に煽られるトラックの制御に集中する。露出する岩肌に車体を擦り付けて横転を防ぎつつ、急性動を掛ける。けたたましい金属音と衝撃が身体を襲い、砕けたフロントガラスが露出した肌に幾つもの切り傷をつける–––––––が、不思議と身体は五体満足のままだった。
「う、ぅ…なんだ…?」
【そこのトラックの運転手、意識はあるか?】
拡声器越しのノイズ混じりの声。若い声だ、自分より一回り程年下だろうか。
【生きていたらフロントガラスから腕を挙げろ。あげなきゃ死んだ扱いするぞ】
随分不遜な声だ、しかし、死んだ扱いされるのは心外だ。握りしめていたハンドルから手を離し、力無く窓から手を挙げる。
【生存確認、と…。運がいいねあんた、ミサイルを撃ち落とすのがもう少し遅かったら死んでたよ】
運が良い?本当に運が良いやつなら、今頃こんなガラスの破片まみれになってあちこちから血を流していないだろうに。それを言うなら悪運だろうが。
【その幸運を今後も大切にすれば、もう少し長生きできるかもな】
そこで声が途切れると、代わりに地響きが鳴る。そうか、コイツが今回解放戦線が雇った独立傭兵の––––––。
「【遠雷】か…。思ったより、若い声だったな」
直後、峡谷に炸薬音が爆ぜた。
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––––––それは戦いというより、処理という言葉が相応しかったと思う。
「ハルノ?当初の予定だと峡谷の上から敵MT部隊を撃ち下ろす筈じゃなくて?」
『作戦変更だ。この計画の中から迎撃する』
彼のその言葉に、私は「また悪癖が出た」とこめかみを揉む。
「ここじゃ身動きに制限がありすぎるわ。上空から攻撃すべきよ」
『それだと下から一方的に撃たれる。今回はメリニットに【重り】をつけられているせいで空中での姿勢制御すこし怪しい。この峡谷の中で頭を出した奴から叩いていくことにする』
「そんなこと言って、上からランチャーを撃ったら背後の生存者ごと吹き飛ばしかねないって思ってるんでしょ」
『…さてね。さ、敵が来るよ』
ハルノの言葉通り、モニター上に敵マーカーが表示されていく。峡谷に侵入したアーキバスのMT部隊だ。
狭い峡谷を単縦陣で前進してきている。
「ハルノ、まだ話は終わってないからね–––––前方からMT部隊、数は8機。マーカーを表示するわ」
『はいはい。オペレートよろしく』
おざなりな返事から数俊、二つの炸薬音が響く。それと同時に表示されたマーカーが二つ消える。
『LR-037 HARRIS
リニアライフル独自の甲高い炸裂音から少し遅れて敵MTの数が減っていく。一度も外すことがないそれは、まるで初めから当たることがわかっているかのような精度だ。
『独立傭兵⁉︎あの機体は––––テイルエンド‼︎【遠雷】か‼︎』
『射線から出るな!狙い撃ちにされるぞ‼︎』
最初の突入部隊が文字通り溶かされた直後、アーキバスの拡声器から音声が入る。流石にMT部隊でも彼の通り名は知れ渡っているらしい。
『ちっ、岩陰に隠れやがった。せっかく気持ちよく鴨撃ちできてたってのに』
「隠れたなら炙り出せばいいじゃない。その肩についてるのは飾りかしら?」
『…それもそうか』
その言葉の直後、ヘッドセットから射出音が鳴り響き、その数俊後に鼓膜を貫くかのような爆発音が耳を貫いた。
爆発音と共に隠れていたMT5機のマーカーが消失し、2機のマーカーが動かなくなった。メリニットの連中、威力だけは確かなものを作ったらしい。
「ハルノ、ACの状態は?」
『FCS関連は問題ない。ただ、右腕の動きに少し違和感を感じる』
「そう、所詮は威力だけってことかしらね」
『ただ、お陰でめんどくさい事態にはならなさそうだぞ』
ハルノの言う『めんどくさい事態』–––それはすなわち、リニアライフルの射線に入らず延々とミサイルで遅滞戦闘を繰り広げられることを指す。
普段の兵装だったとしてもそのような事態が起きても問題はないのだが––––今回はそれ以上の力技での解決が可能だ。
「えぇ、そうみたいね」
『この試作品のせいで機体に不具合が起きた場合の修繕費はメリニットが持ってくれるのか?』
「そこは確約をもらっているわ。流石に羽ぶりは良いわね、あの企業は」
『そうか–––––。じゃあ、後は消化試合だな』
その直後、炸裂音が響いてから少し遅れて、モニター上に映し出された敵マーカーがとてつもないスピードで減っていく。戦闘の最初で見せた繊細な射撃とは打って変わり、ただ火砲を敵側に向かって撃ち続けていく。その様子をモニター上でみているからか、まるで作業のように感じられた。
そして、最後の榴弾が吐き出されてから少し遅れて、モニター上にあった敵マーカーの全てが消失する。
同時に映し出されているモニター上でのAC『テイルエンド』の損耗は右腕部を除いてほぼ無し。完勝、と言っても差し支えないものだった。
「戦闘終了よ、ハルノ。お疲れ様」
『後続は?』
「来ないみたいね。特に接近する熱源もなし。ま、これくらい貴方なら問題ないとは思っていたわ」
口ではそう言っていても、入っていた肩の力が抜ける。どれだけの死線を彼と潜り抜けたとしても、この緊張に慣れることはないのだろう。
『相変わらずオウカ女史は手厳しいな…。ま、今回は機体の修繕費はメリニット持ち、弾代も半分は戦線持ち。殆どボロ儲けだな』
「言っておくけど、無駄遣いは許さないからそのつもりでね」
『…まだ何も買うとは言ってないだろ』
「あらそう?ならこの前貴方が態々ベイラム本社経由で予約していた高ーいお酒はこっちでキャンセルしておくわね」
『オウカ女史、俺たちはちゃんと話し合うべきだ。人類と動物で明確に違うのは言葉で分かり合える事だろう?』
「それと、さっきの急な作戦変更についても話があるから、ハンガーに戻ったらすぐに私のところまで来ること。良いわね?」
『……はい』
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––––––あぁ、なんたって今日はこんなに運がないのだろう。
「いや〜お久しぶりですハルノさん!【遠雷】の異名は我がメリニット本社まで届いておりますとも!今回のご依頼も凄まじい活躍だったとか!」
回収ヘリに揺られながらなんとかオウカ女史のご機嫌を取る方法を考えていた矢先、ハンガーにこの男の顔が見えた時の絶望感たるや、ミシガン総長のお酒を勝手に飲んだことをバレた時に匹敵するだろう。
「…どーも、相変わらずお元気そうで」
「それはもう!今回提出いただいた実践データについて開発部からもお褒めの言葉を頂いております!」
パリッとしたストライプのスーツに眼鏡の男––––一見すると仕事のできる営業マンの装いだが、その実火薬に囚われている狂信者とは外見からは想像もつかないだろう。
「さいですか。態々それを伝えにこんな寒いハンガーまで?」
「それは勿論!貴方には幾度も実践データの収集にご協力いただいていますから!…まぁ別件もあったのですが、それは良いでしょう」
「おい、なんだその別件って。詳しく聞かせてもらおうじゃないか」
「申し訳ありません。私この後本社で打ち合わせがありますので!それでは‼︎」
「機体の修理費は後日請求書で送ってくださーい‼︎」と颯爽と離れていく彼を追いかける気力は、流石に今の自分にはなかった。しかし…。
「別件、か…。そんな話、オウカ女史から聞いてないんだが」
またメリニットから新作でも送りつけられて来たのだろうか。もしかしたらこの後その話でもあるのかもしれない。
「…?」
そんなことを考えていると、ヘッドセットから音声データが響いた。
『独立傭兵ハルノ、今回の作戦への助力感謝する。貴方がいなければ、部隊は大きな損害を出していただろう』
ルビコン解放戦線、そのブリーフィングを担当していた青年の声だ。どうやら律儀にも音声データで御礼を伝えてきたらしい。
『今回の活躍について、ミドル・フラットウェル司令からもお褒めの言葉を預かっている。『峡谷の雷鳴、確かに聞き及んだ』との事だ』
ミドル・フラットウェル…今のルビコン解放戦線の実質的指導者で、俺の倍以上AC乗りを続けているベテランのパイロットだ。そんなお偉いさんに名前を覚えてもらえているとは、光栄と思えば良いのか寒気がすると思えば良いのか…。
『是非貴方のような傭兵にも我々に着いて欲しいのだが……これは過ぎた願いだろうな。また何かあれば連絡する、その時は協力を頼む』
音声が途切れたのを最後に、ヘッドセットを耳から首に掛ける。
「…こんな根無草に期待すんなよ、甘ちゃんが」
縋るように聞こえたその声に、無性に腹が立ってしまった。ただ、それだけだった。
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【通信が入っています】
『待たせたわねウォルター。必要なものが揃ったわ』
『そうか。手間を掛けさせたな』
『別に、こんなの手間でもなんでもないわよ。それで、ウォッチポイントの襲撃はいつ決行するの?』
『明後日の22:25時に決行する。621にはこの後伝える予定だ』
『わかったわ。こっちの傭兵にもこの後作戦を伝える…それより、貴方最近大丈夫?なんだか声に覇気を感じないんだけど』
『…そんな事はない。至って平常だ』
『そう、それなら良いんだけど…。あと、一つ聞き忘れたことがあったんだけど、良いかしら?』
『なんだ?』
『今回の猟犬、優秀なのは戦績を見ればわかるけど…どこから拾ってきたのかしら?』
『それは必要な情報か?』
『別に、ただの好奇心よ。答えなくなかったら答えなくとも良いわ』
『…強化人間のラボから拾ってきた、第四世代の強化人間だ』
『そう。それで、その中身は?』
『……………少女だよ。まだ、二十歳にもなっていない』
『––––お互い、綺麗には死ねそうにないわね』
『覚悟の上だ。作戦決行の際にまた連絡する』
【通信が終了しました】
AC『テイルエンド』
英名『最後尾』の名を冠するハルノ・ウィーンの搭乗機。なお、機体名称は【G1】より下賜されたものであり、レッドガンを除隊する際に付けられた名である。ベイラム社製のパーツを軸に構成される軽4脚ACであり、同社製品の『LR-037 HARRIS』を多用している。主に中・遠距離戦を主体としており、中でも遠距離戦においては独立傭兵の中では無類の強さを誇る。その射程と命中精度から企業からは【遠雷】との異名が付けられている。
PS.EARSHOT
メリニットの販売するハイエンド商品であるEARSHOTを更に巨大化したものであり、本来であれば要塞等に配備される固定砲台であったものをACに載せようと画策した結果生まれた。なお、テスター曰く「これを担ぐほど高火力が必要な相手がいるならば、それはもうACの手には負えないだろう」と愚痴をこぼしている。
メリニットの社員
火力を愛し、爆発を愛する健全なメリニット社員。自社製品を積極的に活用してくれる独立傭兵にテスターを依頼し、多くの実践データを収集している。なお、最近は火砲とは別のアプローチで爆発を生み出す方法を考えた新しい。